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自分は自分、人は人!「正解」を手放した50代の私が、暮らしと仕事をリサイズして手に入れた本当の自由【#14】

    知っていたはずの言葉が、人生の絶妙なタイミングで、まったく違う意味を持って降ってくることがある。

    今朝、ベッドの中でスマホをぽちぽちと眺めていた時のこと。
    インスタの画面に、ふと「ライフワークシフト」という文字が飛び込んできた。

    「あ、この言葉、知ってる。」

    最初はそう思った。
    けれど、目覚めきらない頭のなかで、その言葉が40代のときにやった「終活」の苦い記憶と、ふわりと、だけど強烈に重なったのだ。

    「これからの毎日を、もっと身軽に、豊かに生きたい」

    目指す方向はどちらも同じ、心地いい「引き算」のはずだった。
    なのに、並べてみると何かが決定的に違う。

    私の中の解釈はこうだ。

    • 終活: 「人生の終わり」を意識して、周りに迷惑をかけないように、小さく守りに入るお片付け。

    • ライフワークシフト: 「これからの人生」を意識して、新しい挑戦にワクワク飛び出すために、エネルギーの置き場所をポジティブに選び直すこと。

    そう思った瞬間、なんだか胸の奥がじんわりと熱くなった。
    「あぁ、私はもう、終わりのために守りに入る片付けなんてしなくていいんだ。これからは自分らしく、心地よく生きるためにエネルギーを注ぎ直せばいいんだ!」
    心のハンドルを、自分の手にようやく取り戻せたような気がした。

    今の時代、誰かの作った「正解」や、SNSで見かけるキラキラした誰かの暮らしに、つい心を揺さぶられそうになることもあるけれど。

    「自分は自分、人は人!」

    そう割り切って、自分のワクワクを信じて動くことこそが、本当の自由なのかもしれない。

    自分で「こっち!」と決めて進んでみて、もし違ったら、いつでも自分の手でハンドルを回して「今からはあっち!」って軌道修正したっていい。
    たくさん空回りしてジタバタしたとしても…

    自分で選んだ道なら、そこには失敗なんて1つもないのだから。

    これは、40代の「守りの終活」から、50代の「攻めのライフワークシフト」へ。
    そして、自分の心をご機嫌に守り抜くための仕事選びへと繋がる、私なりの本当の「自由」を手に入れるためのサバイバル戦略のお話です。

    これまで少しずつノートに綴ってきた私の選択や、仕事探しの軌跡。
    そのすべての点と点を繋ぎ合わせ、今まさに現場で暴走しながら(笑)ジタバタともがいている最新のリアルまでを詰め込んだ、「完全版」の物語として1本にまとめました。
    ずっと見守ってくださっている方も、初めましての方も。
    ここからの第二幕を自分らしく駆け上がるためのヒントとして、受け取っていただけたら嬉しいです。

    第1章:暮らしのシフト――「終わり」のための片付けはやめた

    部屋の空間がスッキリすると、不思議と心に余白ができる。
    そして、「自分が本当にやりたいことは何か?」「どんな時間を過ごしている時が一番幸せか?」が、クリアに見えやすくなる。

    かつて40代の私は、世間のトレンドに乗るようにして「終活」を意識し、せっせと部屋の片付けをしていた。

    けれど、「今を楽しんでいる」というより、「終わる時に物があったら子供たちの負担が増えるよね」という、どこか寂しい感覚ばかりが大きくなってしまい、私は一度、その整理をストップしてしまったのだ。

    その後、私はまた正解を探すかのように本を買うようになり、少しずつ部屋に本が増えていった。
    当時の私は、どこか「守りの引き算」に心が寂しいと感じていて、
    「この感覚はなに?」と答えを探し回っていたのだと思う。

    でも、今朝の気づきを経て、改めて部屋の本棚を見渡した時、愛おしさが込み上げてきた。
    これって、決してダメなことなんかじゃない。
    当時の私が必死に前を向こうとしていた証拠だし、今の自分に、それだけ「知りたいこと」や「ワクワクすること」がたくさんあるっていう、エネルギーが満ちている証拠だから、全然OKなのだ。

    「今の私に必要な、未来へのワクワクの投資だったんだ!」

    「終わりに向けて片付ける」んじゃなくて、「ここからの第二幕を、もっと身軽に、もっと自分の『好き』で満たして楽しむために整える」。
    私には、断然こっちの響きの方が「好き」だし、心がワクワクする。
    インスタのアルゴリズムも、今の私の前向きなエネルギーを察知して、この言葉を届けてくれたのかもしれない。

    「私のための、ここからの第二幕」
    そう思った瞬間、家の中の景色がガラリと変わって見えた。
    ただの「片付け」が、これからの私を支える、最高にワクワクする「私の家」に変わったのだ。

    こうして暮らしのハンドルを自分の手に取り戻し、心がすっきりと身軽になった私は、次なる一歩として「これからの働き方」についても、自分のものさしで選び直してみたくなった。

    手痛い転職失敗という挫折を経て、私がもう一度、私らしくご機嫌に生き抜くための「仕事探しのサバイバル」がここから始まった。

    第2章:仕事のシフト――手痛い挫折と、ノートから始まった作戦会議

    50代からの仕事探し。不安がないと言えば、それは真っ赤な嘘になります。 実は私、少し前に憧れていた職人の道で、手痛い「転職失敗」を経験しているのです。

    あの場所では、確かにスキルは上がりました。
    作業も楽しかったし、何よりお客様の笑顔が嬉しかった。
    けれど、その組織の中にあったのは「商品への知識や愛情」ではなく、ただ数字と効率を求める冷たい空気でした。
    無理な状況を可視化して改善案を提出しても、言葉は届かない。
    大切な技術を、そして自分の心を、これ以上削りたくない。

    「もう、ここでは頑張れない……」

    そう気づいたとき、私は勇気を出して立ち止まる決心をした。
    職場を離れたあの日、ふと見上げた空の下で「この選択は、間違っていない」と、小さな声で自分に言い聞かせたことを、今でも鮮明に覚えている。

    そこから始まったのは、神様がくれた一ヶ月間の「人生の夏休み」だった。
    数十年も走り続けてきた私に与えられたその時間を、私は「自分を整える時間」に使うことに決めた。

    バラバラになった心身のリズムを約3週間かけて太陽の光とともに取り戻した私が、次に行ったのが、ノートを使った二つの「書く」の使い分けだった。

    一つは、頭の中に溜まったゴミを「出す」ためのモーニングページ。
    ルールも自分流にゆるめて、不安や怒り、小さなモヤモヤをそのまま紙の上に書きなぐる。
    パンパンに詰まっていた頭のゴミを捨て去ると、心の中に少しずつ、心地よい「余白」が広がっていった。

    そして、そのまっさらになった余白に、もう一つの「書く」で思考を整えるためのジャーナリングを始めた。
    「本当は何を大切にしたい?」
    「今、一番何にお金と時間を使いたい?」
    ノートを開き、いくつもの問いを自分に投げかける時間は、私から私への、世界でいちばん優しいインタビューだった。

    「正解なんてなくていいんだよ」と自分に語りかけながら言葉を紡いでいくうちに、ふと心が軽くなっていった。
    「ああ、今回の場所は、私の『理想』とは少し色が違っただけなんだ」と。

    色の合わない場所に無理に自分を合わせるのではなく、私の色が鮮やかに映える場所を、また一歩ずつ探していけばいい。
    そうして、スッキリとした心で描き出したのが、中心に「すてきな80歳」という目的地を据えた、私だけの新しい人生の地図(マンダラチャート)だった。

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    私の地図

    この地図の目的地へ向かうルートには、今の私が大切にしたいテーマが散りばめられている。
    「誰かのものさし」ではなく、自分の奥底にある「自分のものさし」を、ひとつずつ丁寧にすくい上げていく贅沢な深掘りタイム。

    「このまま挑戦せずに80歳を迎えて、私は後悔しないだろうか?」

    その問いへの答えとして、私は未来の自分へ「3つのプレゼント」を贈ることに決めた。

    • 「いつからでも始められる」という自信。

    • 「お金が少なくても大丈夫」という生活の知恵。

    • 「新しいことを面白がる」という好奇心。

    このお守りを胸に、私は「今度こそ、長く、自分らしく働ける場所を見つけたい!」と、次の一歩を踏み出すことにした。

    第3章:あえて「パート」を選んだ覚悟と、娘への生存戦略

    新しい一歩を踏み出すにあたって私が選んだのは、せっかく職業訓練で磨いたパソコンスキルはいったん横に置いて、「これだけは譲れない」という条件を最優先に選んだ場所だった。
    なんと、娘の初バイトの面接も兼ねた、親子同時の挑戦である。

    実は高校生の娘、働きたい気持ちはありつつも、あれこれ条件を考えてはなかなか重い腰が上がらずにいた。

    どんな年齢でも「最初の一歩」は怖いもの。

    そんな娘に、口先だけで「やってみなさい」と言うのではなく、まずは失敗してもいいから「行動してみる」という一歩ふみだす大切さを、私自身の背中で教えたかったのだ。

    それに、これから社会に出ていく娘には、いつか必ず理不尽な現実にもぶつかる日が来る。
    繊細な娘にとって、社会という場所が、どうか優しい場所であってほしい。母としては、ただそれだけを願わずにはいられない。

    けれど、もしも冷たい雨が降るような日があったなら・・・。

    「社会にはいろんな人がいるけれど、相手の不機嫌をまともに受け止めて、自分が傷つく必要なんてないんだよ」
    というリアルな生存戦略を、一番近い先輩として見せてあげたかった。

    そんな一人の「同期」でもある娘を横目で見守りつつ、私が今回、自分自身のテーマとして深く心に決めていたことがあった。

    それは、「パートで気楽に働きたい!」ということ。

    実は私、これまでのキャリアの中で社員経験が長く、昔から「やるからには上を目指さなきゃ!」と頑張りすぎてしまう癖があった。
    気付けばすぐに、責任あるポジションに就いては、心身をすり減らす――そんな風に、直球で仕事にぶつかり合ってきた過去があった。

    だけど、そんな風にがむしゃらに走り続けてきた私の心の中に、ずっと消えない小さなトゲのように残っていた想いがあった。

    「これまで忙しすぎて、大切な子供たちのそばに、十分に向き合って居てあげられなかったんじゃないか」という、寂しさと後悔。

    だからこそ、50代になった今の私は、働き方のものさしをガラリと変えた。
    これからは、今までそばに居れなかった分、子供たちや、これからを生きる孫たちとの時間を一番に大切にしたい。
    家族が集まる輪のなかで、一緒に美味しいものを食べて、笑い合える時間を、何よりも優先したかった。

    孫たちの成長を見守り、家族の呼びかけにいつでも「いいよ!」と応えられる、融通の利く働き方。
    そのためなら、正社員を降りて、収入が減ることだって、喜んで受け入れよう。

    その減った収入に対して、私が出した答えが、暮らしの「リサイズ」でした。

    車の維持費から解放されるために思い切って選んだ自転車通勤。
    ペダルを漕ぎながら浴びるおひさまの光や季節の風は、不思議と「自分の力で進んでいる」という心地いい自由を教えてくれた。

    だけど、心地よさばかりではない。
    容赦なく虫はぶつかってくるし、長年の車生活のせいで傘を持ち歩く習慣が頭から消え去っていて、天気の変化に気づきながらも雨に打たれて帰る日もある(笑)。
    ……なんて格好悪い姿も、自分で選んだ道だからこそ、おかしくてたまらない。

    そんな生身のジタバタも含めて、動きやすい私服を「固定化」すること。
    そして、その服装のままで働ける職場を、選ぶこと。

    遠い未来、80歳になった私へ贈るための「生活の知恵」の仕込みであり、これからを自分らしく生きるための第一歩なのだ。

    第4章:現場で自分を守る「3つの装備と人間関係のお作法」

    「今回は、絶対に頑張りすぎない。一歩引いて、自分の機嫌を最優先にする」

    そう心に誓って、一人の『新人パート』として、再出発の現場に立った。
    ……と、ここまでは完璧な未来予想図を描いていたのだ。
    そう、実際に初日の「現場」のドアを開けるまでは(笑)。

    いざ現場に立ったら、長年の「真面目スイッチ」が勝手に入ってしまった。
    「気づいたら、即発言。即改善!」の暴走モードである。

    それもそのはずだ。
    私はこれまでの現場で、誰かの「美味しい」のために不器用なほど誠実に技術を磨いてきた人間なのだ。
    目の前の仕事を120%で打ち返してしまうのは、私の体に染みついた職人としての誇りなのだと思う。

    それに何より、私のすぐ横には、初めて社会のドアを開けた「同期」の娘がいる。
    口先だけで仕事の厳しさを語るより、「一生懸命働くって、活気があってこんなに楽しいんだよ」という格好いい背中を、どうしても見せてあげたかった。

    全員が横一線のスタートだからこそ、十人十色の人生が一気に押し寄せ、独特な熱気が流れる現場。
    そこは、剥き出しの人間心理が交差する、まるで「脳科学の実験場」のようだった。

    かつての私なら正面から飛び込んでいたかもしれないけれど、今の私は違う。
    大切なのは、相手や環境を変えようとすることではなく、自分がどんな「装備」を持ってそこに立つか。

    「自分は自分、人は人」の精神で、角を立てずに自分の機嫌を守り抜くために私が実践している「3つの装備とお作法」がこれだ。

    1. 悪口や愚痴には「共感の擬音」でかわす

    職場には、過去のキャリアを武器に場を仕切りたがる人や、不安から小さな派閥を作ろうとする人など、パンチの効いた人間模様が渦巻いている。
    そんなトゲのある言葉をぶつけられても、同じ土俵に立って怒りの拳を振り上げなければ、そもそも戦いは始まらない。
    相手のパンチをヒラリと空振りさせてしまうのだ。

    特に同僚から愚痴の同意を求められた時は、同意ではなく「共感の擬音」で返す。

    「あら、なんだかピリピリした空気になっちゃいましたね」
    「オープン準備で余裕がなくなっちゃってる時期なんですかねぇ」

    犯人探しをせず、「今はそういう天気なんだ」とみんなを同じ傘の下に入れてしまう。
    そうやって相手の言葉の勢いをそっと吸収し、深入りしないプロの距離感を保つのだ。

    2. 「正論の剣」を捨てて「相談のクッション」を

    「普通はこうしてくれるはず!」という相手への期待こそが、裏切られた時に自分を直撃するダメージの正体。
    良い意味で諦め、期待の荷物を降ろすことで「心のバリア」が張れる。

    こちらがスルーを始めると、相手の脳は思い通りにならなくて焦り、一時的に態度を硬くする「消去バースト(最後のあがき)」という現象が起るらしいけれど、これを知っていれば「お、最後のあがきが始まったな」と冷静に眺めていられる。

    もし現場で「こっちのやり方の方が効率的なのに!」とモヤッとした時も、「正論の剣」を抜くのはやめた。
    「こうすべきです」とぶつけるのではなく、「もしこうなったら、みんながもっと楽になるかもしれませんね」と、相談のクッションの形で差し出す。
    受け入れられなくても、「今はその時期じゃないんだな」とさっと引き下がるのがスマートなお作法だ。

    3. 「挨拶と仕事の質」で距離感を保つ

    「輪を乱さないように」と誰かの顔色をうかがって、大切なエネルギーをすり減らすのはもう終わり。
    迷ったときは常に「私は、楽しく働きたい」という原点に戻る。

    深入りしないからといって、冷たい壁を作るわけではない。
    誰よりも明るく挨拶をし、頼まれた仕事はきっちりこなす。
    言葉以外の態度で伝える「非言語コミュニケーション」で、「あなたのことは尊重しています」という意思表示を全力でし続ける。
    べたべたした仲良しごっこはしないけれど、仕事の場としては最高に心地よい。そんなプロの距離感を目指している。


    これが、私が今まさに、毎日の現場で実践しているお作法だ。

    ……なんて、いかにも「すべてを悟ったプロフェッショナル」みたいに格好よく書いてみたけれど。
    実際のところ、私のプロ根性は今だって夜な夜な暴走する。
    家に帰ってノートを開いては、「あんなに頑張らないって決めたのに、今日またやっちゃった……!」と、一人反省会をする日なんて日常茶飯事だ。

    正論の剣を抜きそうになってはハッと引っ込め、同僚の愚痴に「ピリピリしますね〜」と擬音を返しながら、心の中では「ふぅ、危なぁ!」と変な汗をかいている。

    私は今、完璧な成功者としてこの文章を書いているわけじゃない。 50代になって飛び込んだ新しい世界で、今まさに、ジタバタと不器用にあがきながら、必死に自分のハンドルの握り方を練習している真っ最中なのだ。

    おわりに:あなたが傷つく義務なんてない

    だけど、日々の生活で、この年齢になった今だからこそ、深く深くわかることがある。

    仕事場に活気があるのは、それだけでいいことだ。いろんな人がいるからこそ、そこには面白い学びがある。職場のバタバタも、人間関係のトゲも、何事もすべては自分の「受け止め方」次第なのだ。

    周りの雑音に惑わされるな。
    自分の声だけを聴け。
    そして、未来に向かって駆け上がれ!

    こうして周囲の環境や他人の感情を上手にスルーできるようになると、仕事への向き合い方が劇的に変わっていきました。
    誰かの不機嫌に付き合わなくて済む分、「心のガソリン」が減らなくなり、自分の大事なエネルギーを仕事の質や自分の時間に注げるようになる。

    もちろん、どんなにこちらが気をつけていたって、生きている限り、悪気はなくても勘違いされることもあるし、理不尽な悪口を言われることだってある。

    それはもう、雨が降るのと同じで、自分にはコントロールできない領域です。

    けれど、その悪口に心を奪われ、誰かへの恨みを募らせて自分の心を黒く染めてあげる必要なんて、どこにもない。

    相手がどんな球を投げてこようとも、それをどう受け止めるか、そのあとの自分の機嫌をどう選ぶかは、いつだって100%自分自身に主導権があるのだから。

    自分は自分、人は人!
    誰かの作った「正解」に縛られず、自分のワクワクを信じて、自分軸で自由に生きる。

    情報が溢れ、誰かと自分を簡単に比べてしまえる今の時代だからこそ、このシンプルな生き方こそが、私たちが一番大切にすべきメッセージなのだと強く思う。

    自分で「こっち!」と決めて進んでみて、もし違ったら、いつでも自分の手でハンドルを回して「今からはあっち!」って軌道修正したっていい。

    たくさん空回りしてジタバタしたとしても、自分で選んだ道なら、そこには失敗なんて1つもない。

    だって、「生きるとは、行動すること」なのだから。

    「自分で稼いだ一時間の給料の重み」を学び始めた娘の横顔を見つめながら、私は心の中で静かに、けれど強く、私自身とこれからの社会へ飛び出す全ての人へ、この言葉を贈りたい。

    ――あなたの人生のなかで、誰かのために心を差し出して、傷ついてあげる必要なんてどこにもないんだよ。

    口先だけで「自分を大切にしなさい」と教えるのではなく、50代の私が、失敗しながらも、知恵を使ってご機嫌に生きる後ろ姿や行動を見せること。
    それこそが、私が母として、一人の人生の先輩として、娘に贈る最大の生存戦略なのかもしれません。

    80歳になった私がいつかこの日々を振り返ったとき、「あの時の自転車通勤も、現場での空回りも、全部愛おしい人生の予行練習だったね」と笑い飛ばせる未来を、私は信じています。

    私の第二幕を一緒に走ってくれる家族や、noteで見守ってくださる方々へ。
    これからも失敗しながらも前を向いて、ご機嫌に生きる「後ろ姿」を見せ続けること。
    それこそが、私にできる最大の感謝だと思っています。

    私の新しい物語は、まだ始まったばかりです。
    さぁ、そろそろ仕事の時間です。
    今日も自分の機嫌は、自分で取る。
    この言葉を胸に、今日も「雨上がりだから~虫・・・いるだろーなぁー。ぶつかってこなきゃいいなぁ~」と思いつつ(笑)
    愛車の自転車にまたがり、私は思いっきりペダルをこぎだします。

    最後まで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。皆様の毎日にも、優しい光が届きますように。


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    はじめまして。「80歳の私へ、猫より。」です。30年後、80歳(傘寿)を迎えた自分を想像してみました。その時の自分が、今よりもっと自由で、もっと笑顔でいられるように。今の私から「未来の私」へ、スキルという名の傘を贈ることにしました。

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