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働き方の正解を探し続けている

働き方について考え続けている。

現在、私はコーヒー屋で働いている。週5日、一日あたり9時間~9時間半労働。年間休日は114日ほどだろうか。条件だけを羅列すると、ホワイトとは言い難い。

働き方についての考えごとは、学生の頃から始まった。大学に入ってから初めてアルバイトというものをしてみるものの、半年ぐらいでもう働くのが嫌になってしまった。それ以降はアルバイトを極限まで減らすべく、生活費を削ることで生活を成り立たせていた。

大学3年生の終わり頃、一応何度か就活のイベントに参加はした。しかし働くことについて考えるのが嫌になってしまい、大学院に行くことにした。一旦先延ばしにしたのである。

大学院も修了が迫ってくる。消極的な理由で進学しているので、さすがにこのまま研究を続ける体力も意欲もなかった。

就活をするしかない。働かないという選択肢をとる勇気はなかった。ぎりぎり社会に滑り込んでしまった。

それ以降、快適に働けたと思ったことはほとんどない。学生時代のアルバイトですら苦痛を感じていたのだから、労働時間が増えたらまあそうなるだろう。

唯一苦痛ではなかったのが、ワーキングホリデーで行ったニュージーランドのカフェでの勤務だ。せっかく会社を辞めて海外で生活するのだからと、労働時間を削り、かつ好きなコーヒーを扱える仕事を探した。週3日、一日あたり6時間。カフェまでの道は静かで緑が多くて、歩くのが楽しかった。カフェではコーヒーを触れるだけで嬉しかった。

ニュージーランドから帰る日が近づいてくると、就活のときと同じ恐怖感に襲われた。働きたくない。でも働かなければならない。今思うと、そんなに縛られなくてもよかったのになあ。

結局、日本でもコーヒー屋で働くことにした。これもけっこう思い切った決断ではあったが、ニュージーランドで働いたときの要素を少しでも取り入れることを優先した。好きなものを扱えていることには満足している。

でもやっぱり苦しい。ずっと立ちっぱなしだし、仕事の日は10時間以上拘束される。連休も最長4日しか取れない。とはいえ、残業がほとんどなく10日ほどの長期休みを年3回取れた最初の会社より辛くないのが不思議なところである。

会社で働くというのは、部活みたいだなぁと思う。働くしんどさは、週6日活動があった高校の部活で感じた息苦しさに似ている。能力の向上もしくは人間関係の構築が必要であるという点だろうか。それができないと、そのコミュニティに「居る」ということが苦しくなる。そもそも1週間の過半数を占める活動に耐えられないというのもあるかもしれない。

「快適に生きたい」という気持ちが強すぎるのか、自分の生活を眺めると一日の大半を費やす「労働」がどうしても改善項目に挙がってくる。だから考えてしまう。しかし、どうしたら快適に働くことができるのかが未だに分からない。

嫌なことならたくさん思い浮かぶ。好きな時間にごはんを食べられないこと。帰るときに日が暮れて真っ暗なこと。自分の意志で移動ができないこと。場をつなぐためだけにどうでもいい雑談をすること。疲れたまま耐えなければならない時間。

働いた後のビールが美味いなんて思わない。休みの日に昼から飲むビールの方が絶対に美味い。

…書いていても、こいつ(自分)はなぜ働いているんだ?という気持ちになる。

どうしたら快適に生活できるんだろうか。この考えごとはいつ終わるんだろうか。これからこのnoteで考えていきたい。

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