
Dog-Wood
誘われるままに入った、スクリュージス(綴りは思い出せない)という名の初めてのバー。ジン系の甘いカクテルと、覚えたての “why not”。その勢いで、つい飲み過ぎてしまった。
目が覚めたのは、8時をとっくに過ぎてからだった。
いつも一緒にオフィスへ向かう相乗りレンタカーの姿は、もうない。
「ひと声かけてくれても」と一瞬思ったが、出発は8時と決めていたし、皆はアメリカ暮らしに馴染んで、ずいぶんドライになったのだろうと納得した。
タクシーを呼ぶ気には、はじめからならなかった。
外は新緑。歩いていくのも悪くない。急ぐ用事もない。
フロントのおねえさんの目が、「You did it」とでも言いたげに、少しだけ首をかしげる。私は照れ笑いを返すのが精いっぱいだった。
宿のDAYS LODGEを出て、静かな森の中を歩く。車で通い慣れたはずの道を、今日は自分の足でたどる。人影はない。そもそも住宅もまばらだ。
やがて、見覚えのある並木に出た。
新緑の中に、白とピンクの花が点在している。その脇を線路が走っている。
どうやら、間違いなくオフィスの方向らしい。
1978年春。
アメリカ・ジョージア州、アトランタ郊外ノークロス。
定宿からの、いつもとは少し違う一日が、こうして始まった。
その日の、その後の記憶はない。
あるのは、あの「新緑に白とピンクの花の並木」までだ。
後になって知った。あの木はダグウッド(アメリカハナミズキ)という。
“ドッグ”ではなく、“ダグ”と発音する(そう聞こえた)。
花の形は、確かに犬の足跡のようにも見える。
その出会い以来、アトランタで過ごした約一年の記憶の入り口には、いつもこの花がある。花の季節になると、あの朝がふとよみがえる。
そして、そこから記憶がつながっていく。
英語の拙さから起こしたフロリダの病院での大失態。
フィラデルフィアでの病院トラブルの顛末。
ソフトボールチームで「神風サード」と呼ばれたこと。
出張中に生まれた長男の写真が、オフィスに貼り出された日のこと。
などなど・・・
それらは毎回、同じ順番では現れない。
体調や気分によって、つながり方が変わる。
不調のときは、なぜか思い出したくない記憶ばかりが連なり、
調子のいいときは、ひとつふたつ思い出したところで、いつの間にか消えていく。
思い出というものは、それぞれ独立しているようでいて、
あるとき突然、勝手にリンクしはじめる。
――そんなものなのだろうか。それとも、ぼくだけだろうか。

