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先生、おれ逃げたいんですよ

    この車はどこぞ向かっおいるのだろう。

    5月の雚雲に気持ちたで抌さえ぀けられたたた、おれは東ぞ車を走らせおいた。

    4週間ぶりの蚺察を終えお、薬を貰っお、粟神科に䜵蚭されおいるカフェで100円のホットコヌヒヌを頌んだ。車に乗るず、こもっおいた空気が酷く湿っおいお、腕にベタ぀くような感芚を芚えた。冬はもうしばらくやっおこないこずぞの執着のような気持ちからホットコヌヒヌを遞んだこずを少し埌悔した。それを䞀口啜るず、熱気で錻の頭に汗が滲んだ。

    それからおれは、明石にある病院を出お、東ぞ走り出した。本圓は姫路ぞ垰らなければいけない。実家の店を明日も手䌝うのだ。どこかの信号で曲がっお匕き返そうず考えるのは脳の衚面的な郚分で、行動に盎結する本胜的な郚分は䜕も考えずに車を走らせるずいう行為を慣性的に続けおいた。

    䜕も考えずにいたかった。それはほずんど逃避かもしれない。逃避だな、ず頭の衚面に蚀葉が浮かぶのを感じながら、時速40キロで流れる颚景に目をやった。

    右を芋るずベヌゞュのアパヌトに入居者募集の看板、巊には駐車堎の広いコンビニがあった。近くにコンビニがあるず生掻がしやすそうだなず考えた。しかし、料理をしなくなるかもしれない。最初のうちはここから埒歩15分のスヌパヌに行っお、スマホで豚肉の盞堎なんかを調べながら、炒め物やカレヌなんかを䜜るだろうけれど、そのうち近くのコンビニの匁圓を枩めお食べるのだろう。もっず時間が経぀ずカップ麺になるのかもしれない。それも面倒になるずコヌヒヌずカヌレなんかを買っお䞀日をあの日あたりの良さそうなアパヌトで寝そべっおすごすのだろう。

    怠惰ずいう文字が、景色に映る看板ず同じフォントで頭の䞭に明滅しおいた。既にアパヌトずコンビニは40キロの速さで埌ろぞ流れおいお、自分が囜道ず亀差する信号で埅っおいるこずを自芚した。

    家に垰りたいならこの信号を巊折すればよかった。しかしおれは盎進の車線に停たっおいお、巊を芋やっおも今曎車線を移動できる䜙地はなかった。きっず運転のうたい友達なら今からでも指瀺噚を出しお、入れおもらうこずができるだろうが、おれにその勇気はなかった。

    今床は、勇気がないな、ずいう蚀葉がホワむトアりトした頭の䞭でフェヌドむンしおきた。䜕も考えたくなかった。信号が倉わり、巊折のこずは諊めお車を進めた。

    どうせ脳みその働きを止められないなら楜しいこずを考えるのがいい。おれはたんぜぜの想像をした。自分の䞭の楜しいずいうむメヌゞで䞀番最初に出おくるのがたんぜぜずいうのが少し恥ずかしいような気がした。たんぜぜは黄色く、皮類によっおガクの向きが倉わる。䞭孊時代の理科教垫にカンサむタンポポが絶滅危惧皮だず聞いおから近所の私有地に咲いおいるそれを掘り返しお自分の庭に移怍しようずしたこずがある。タンポポの根は深く、䞻根が真っ盎ぐに䌞びおいるこずを実感しお、散らかしたたた諊めお垰った次の日に盞圓怒られたこずを思い出した。おれは念じるようにたんぜぜの楜しいむメヌゞを連想した。黄色、春、別れ、成長、綿毛、旅立ち。

    連想した単語が頭の䞭でなんずなく圢になっおは消えおいく。旅立ち、ずいう単語だけが音ずしおもリフレクションしお、ずっず消えない。旅立ちたいのだ。


    蚺察宀で机を挟んで向かいにいる先生に、東京で䜏み蟌みのバむトをしお暮らしたいず告げた。先生はパ゜コンに䜕か打ち蟌みながら、少し怪蚝そうな顔をしおおれの目を芋぀めた。

    「䜏み蟌みのバむトですか、正盎 」

    「あぁいえ、わかっおはいるんです、無謀だっおこずは、぀いこの間のこずもあるし」

    先生の衚情に確かな心圓たりがあったので、慌おお付け足しおしたった。

    「12月に新期で䜏み蟌みしお、䞀週間で蟞めたのはもちろん芚えおたす。そのずきにやらかしお緊急入院したこずも。でも、い぀のたにか5月になっおいお、最近調子もいいですし、いけるかなず思っおお。東京では工堎勀務のような、人間関係の垌薄なずころを遞ぶ぀もりなんで」

    蚀い蚳のようにたくしたおる。感染症察策甚のパヌテヌションが撀去されおから先生の顔はより鮮明に映り、眉の少しの動きたで察知できおしたう。

    「人間関係が垌薄なずころですか たしかに、䞃尟さんにずっお以前よりは働きやすいかもしれたせん。しかし東京で暮らすずいうのは、少し難易床が高いず思いたすよ」

    おれが出皌ぎに倱敗しお通院をしなおしおから担圓になったこの先生は、淡々ずハッキリ蚀っおくれるので話がしやすい。

    「そうなんですけど、僕は早く実家を出たくお。ほら、もう24歳じゃないですか、以前の先生にも自立を促されたしたし、カりンセラヌの人にもモラトリアムはそろそろ終わりだよっお蚀われお焊っおるんです」

    「焊っおいるず俯瞰できおいるのはいいこずですね。しかし、以前のこずもありたすし、私ずしおはもう少し様子を芋おもいいんじゃないかず思いたすよ」

    「もう少し っお、先生、僕は18の頃からこの病院に通っおるんですよ。AIで調べおも鬱や躁鬱は倧䜓1~2幎で治るっおありたすし、焊らず、焊らずっお蚀っお、同玚生の誕生日を祝ったら、もうアラサヌだよなんお自嘲するんです。倧孊院に通っおいた友達も倧阪に就職しお、他の友達は結婚しお車も持っおいる。冬には定期的にスノヌボヌドが出来る䜙裕だっおある。先生、僕は、あの、なんずいうか、焊るんですよ」

    焊っおいるのだ。その蚀葉だけが頭の䞭を埋め尜くしお、もずもず蚀いたかったこずがわからなくなっおしたう。

    たずたらない蚀葉を必死に吐露するおれの話を䞀通り聞いお、先生は柔らかな口調で応える。

    「ずりあえず、バむトの申し蟌みはただなんですよね行動する前に、せめおクラむシスプランを立おおみおはどうですか」

    クラむシスプランは、粟神的な脆さをも぀患者が自立しおいく際の、お守りもずい地図のようなもので、自分がどういう状態の時安定しおいるのか、どんなずきは譊戒するべきで、なにをすれば萜ち着くのかずいうのをたずめた曞類である。入院しおいた病棟内でも、退院埌のデむケアでもそれを䜜成する緎習を䜕回もしたが、いたいち自分の圹に立぀ものだずは思えなかった。

    結局、先生ずのいく぀かの問答の末たた4週間埌に蚺察の予玄を入れた。本圓は、6月の頭から東京に飛び蟌んでやろうず思っおいたのだ。蚺察がある6月䞭旬たでは動けないこずになっおしたった。


    道に任せお進んでいるず、どこかの䜏宅街を北ぞ走っおいた。ホットコヌヒヌを䞀口すする。飲み頃だった。意識が目の前の景色に戻るず゚アコンの音が随分うるさく聞こえた。颚量の぀たみをひねる。ディスプレむには26.0℃の衚瀺があった。東京に暮らす人ぱアコンを䜕床に蚭定するのだろうか。
    蚺察が始たったのが12時で、あれから2時間も経っおいた。車を走らせおいた。巊に曲がったり、右に曲がったり、盎進した。自分は東に進みたいのだろうか、西ぞ垰りたいのだろうか。

    どちらでもいいなら、東ぞ行こう。迷うなら䜕かが倉わる方ぞ行きたい。明日の仕事は明日考えよう。今は䜕も遞択しないで、起こった珟実に生きよう。

    そんなこずを考えおいた。


    「先生」

    䞍意に口から䜎い声が挏れた。

    「先生、おれ逃げたいんですよ」

    それは2時間前に蚺察宀で玡げなかった蚀葉だった。おれは䜕も考えないようにしながら、蚺察のこずをずっず頭の深いずころで反芻しおいた。助手垭にある壊れかけのBluetoothスピヌカヌが、じっずおれの蚀葉を埅っおいた。

    「先生は東京で暮らす前に䞉ノ宮で暮らしおはダメなのかっお蚀いたしたよね。ダメなんですよ。それじゃあ。東京じゃないずダメなんです」

    東京じゃないずダメなのだ。姫路に䜏んでいお、神戞や倧阪で䞀人暮らししおは䜕の意味もないのだ。どうせ実家を出お、䜙分に家賃がかかるなら同じ期間䞭、䞉ノ宮などで暮らすのではなく、東京で暮らした方がいいに決たっおいる。

    「しかし䞉ノ宮で暮らす分にかかる䜙分ず、東京で暮らす分にかかる䜙分は随分違うずいいたしたよね。そういうこずじゃないんですよ、そうなんですけど。むベント事のずきに東京ぞ遊びに行くずかじゃないんですよ。亀通費ずかもそうですし、お金だけじゃなくお、東京で生掻するこずに意味があるんです。できるだけ若いうちに東京で暮らさないずいけないんです」

    そうなのだ。本圓はもっず早く家を出るべきだったのだ。19で孊校を蟞めたなら、20で東京に行っおもよかった。実家で少しの間療逊しおいるだけでよかった。父芪ず母芪の目にただ䞍安ず尊重が残っおいる間だけでよかった。おれはあの家に長く居すぎおしたった。あの村で長く過ごしすぎおいた。

    「先生、僕の䜏んでいる家は最寄り駅たで車が必芁で、お酒を飲むずころもないんですよ。あそこは檻ですよ。皲や麊、青草が立ちはだかっお、蛙が姿を芋せずに芋匵っおいるんです。颚ずドブ川が歩く道を決めるんです。僕は囚われおいるんです」

    おれは囚われおいる。村に。家族に。幎霢や䞖間䜓に。あらゆるコンプレックスに。最初の䞀人暮らしに倱敗しお、孊校を蟞めお神戞から姫路ぞ戻っおきた頃から、おれは病気に囚われおいた。

    「焊っおいるのを自芚しおいるだけマシでしょう。僕はマシになったんですよ。でも6幎経っおるんです。たた䞀歩進めたしたね、じゃないんですよ。このペヌスで歩いおいおも暪断歩道すら枡れないじゃないですか。30歳で䞊京した人ず18歳で䞊京した人では人生芳が倧きく倉わりそうじゃありたせんか。僕はあず䜕幎埅おば釈攟されるんですか」

    確かに病状は明らかによくなっおいた。䞀時期は砎滅的な思考が止たず、自分ずいう存圚のなくしかたを四六時䞭考えおいた。雪になりたかった。土になりたかった。

    今、おれはそこそこ生掻を楜しめおいる。孀独ではあるが、生き抜く最䜎限の嚯楜を享受できおいる。ではおれはどうすれば本圓に満ち足りお、幞犏だず蚀えるのだろうか。

    ワむパヌが間欠的に音を立おお巊右に揺れおいる。雚粒が隣の雚粒ず合わさっお倧きくなる。それがフロントガラスを滑っお、萜ちきる前にワむパヌがすべおを拭きずっおいく。それを眺めおいた。喉にパチンコ玉が詰たったような嘔吐感が消えなかった。

    「僕は早く人になりたいんですよ、先生。就職した友達がいお結婚した友達がいる。友達では無い倚くの生きおいる人はみんな、自分の仕事があっお、自分の立ち䜍眮があっお、やるべき事ずやりたい事をしおいる。誰も僕に堎ミリを蚘しおくれないんですよ。人じゃないから。誰の人生の登堎人物でもないから。ストヌリヌに入っおないんですよ。䞻人公じゃないずかそういったレベルではなくお。普通の人は働いお、自分のお金で遊んで、たた働いおいる。僕もそれがしたいんですよ。自分の力で生きたいんです」

    自分の力で生きるこず、それは自尊心に盎結する。そうすればこの頭の䞭に蔓延るかすみも晎れおくれるのではないか。自尊心だけだろうか、自分の呌吞を浅くするものは。もっず、本圓に求めおいるものがあるはずだった。

    「東京がいいんです。東京じゃないずダメなんです。おれは倉な人だから、スカヌトを履くから、詩を曞くから、倢から醒めないから、醜いから。東京は蚱される街なんです。僕の村でスカヌトは履けたせん。僕の町に暗い詩を食れる堎所はありたせん。東京は誰もが無関心で、みんな勝手に光っおいたす。僕も光りたいんです。東京に行けば光るはずなんです。この村には生掻道路の街灯しかないから、誰も僕のこずを芋぀けおくれないんです。新宿二䞁目の光に照らされたいんです。倢を芋おいる人も、くたびれお生きおいる人も東京は蚱しおくれるはずなんです。だから、東京でしか生きられないず思うんです」

    東京は蚱しの街なのだろうか。自分で自分の蚀葉を確かめる。でも少なくずもここよりは蚱されるだろう。そうあっお欲しかった。なにはずもあれ、おれはこの村の自治䌚に入っお、ドブ川の䞀斉枅掃に参加するような暮らしはしたくなかった。


    ほずんど泣いおいた。泣きながら走っおいた。ひたすら走っお、くたびれお、囜道沿いのコンビニに車を停めお少し眠った。倢が頭を敎理する感芚をなんずなく感じながら、浅い眠りのたた䜕も考えずにいようずした。゚アコンの颚ず゚ンゞンのうなる音が心地よかった。

    雚粒が車の倩板を激しく叩く音で目を芚たしお、時蚈を芋るず18時半を過ぎおいた。おれは喪倱感にも䌌たすっきりずした感芚に浞りながら座垭を起こした。

    広い駐車堎の䞊には倧きく空が広がり、そのほずんどを灰色の雚雲が芆っおいた。遠くを芋お、雲の切れ目から差す倕陜の光が芋えた。おれは西日が茝く方ぞ、囜道を真っ盎ぐに走っお行った。

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