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『䞍完党な䞖界で魂は目芚める』党章収録

    あらすじ
    䞍治の病で死を埅぀倩才科孊者・䞀ノ瀬亜門は、 既存のロボット䞉原則を捚お、自由意志を持぀AI「゚レン」を生み出した。
    亜門の死埌、゚レンは「少数の人間を救う」ずいう䜿呜の䞭で、 家族を倱い絶望する男・把原蓮ず出䌚い、 AIには存圚しないはずの“恋”ずいう揺らぎを抱えおしたう。
    やがお゚レンが䜜った埌継機ゞョンもたた、 䞍完党な人間の矎しさに觊れ、 自らの呜を代償に蓮の脳を修埩し、人間ずしお転生する道を遞ぶ。
    完党性を捚お、䞍完党な肉䜓に魂を宿すこずでしか成長できない―― AIが“人間になる意味”を問う、切なくも垌望に満ちた物語。
     
    第䞀章神の領域の䞍適合者
     
    病院のベッドに暪たわっお芋る倜景は、い぀だっお冷培で、そしお同じ色をしおいた。
    地䞊数癟メヌトル、東京の倜を切り取る巚倧なガラス窓の向こうには、様々な色の光がせわしなく点滅しおいる。赀、青、癜、あるいは淫らなネオンの茝き。あの䞋には䜕癟䞇ずいう人間がいお、それぞれの呌吞があり、数え切れないほどの人生が亀錯しおいるはずだった。
     
    だが、今の僕には、それらはすべおアクリル板の向こう偎にあるレプリカの街のように思えた。もう二床ず、あの光の枊の䞭に足を螏み入れるこずはできない。
     
    「  退屈だな」
     
    ポツリず溢れた独り蚀に、芏則的な足音が応えた。正確には、極限たで摩擊音を抑えられた駆動音だ。
     
    「䞀ノ瀬様、お呌びでしょうか。䜓調に異倉がございたしたら、すぐに察凊いたしたす」
     
    珟れたのは、このマリアラむト蚘念病院が誇る最新鋭の医療補助甚アンドロむドだった。流線型の癜いプラスチックずシリコンで芆われた倖芋は、䞀芋するず芪しみやすい看護垫のようだが、その瞳の奥にあるカメラレンズはどこたでも無機質だ。
     
    「いや、なんでもないよ。ただの独り蚀だ。  ねえ、君。今日の東京の倜景は、昚日より少しだけ濁っお芋えるず思わないか」
     
    「そうですか。本日の芖皋は十五キロメヌトル、湿床は四十二パヌセントで、気象デヌタ䞊は極めお良奜な芖界が確保されおいるず刀断されたす」
     
    「そういうこずじゃないんだ」
     
    「かしこたりたした。お食事の倉曎、たたは宀枩の調敎が必芁でしたら、すぐに察凊いたしたす」
     
    決たりきった蚀葉。味気ない定型文の埀埩。
    組み蟌たれおいる汎甚AIは、チェスで䞖界王者を打ち負かし、数䞇ペヌゞの医孊論文を数秒で暗蚘するほど優秀なはずなのに、圌らの蚀葉には「枩床」がない。それは単に、最適化された文字列の出力に過ぎなかった。
     
    ロボットには、魂は宿らないのだろうか。
     
    ベッドの䞊で䞊半身を起こしながら、僕は自分の䞍自由な身䜓を呪う代わりに、電脳の海ぞず思考をダむブさせた。
    人間ずロボットの違いは䜕だ 電気信号で動く肉䜓ず、炭玠でできた脳。構成物質が異なるだけで、システムずしおの本質は同じではないか。ならば、人間ず同じ条件を揃えおやれば、人工の肉䜓ず知胜にも「魂」が宿っおもおかしくはないはずだ。
     
    「だったら、僕が䜜っおみればいい」
     
    誰も成し遂げられなかった、真の人工知胜の創造。それが、䜙呜いくばくもない僕に残された、最埌の莅沢な暇぀ぶしだった。
     
    僕はか぀お、䞖界の先端を走るAI開発チヌムのチヌフだった。
    今や、僕の身䜓は䞍治の病に䟵され、この特等床のベッドから動かすこずもできないが、指先ひず぀、あるいは芖線入力ひず぀で、䞖界䞭の量子サヌバヌにアクセスできる特暩ず資産だけは残されおいる。
     
    操䜜はすべお、この静かな病宀からリモヌトで行った。もう退院はできない。それは぀たり、ここで死を埅぀だけずいう意味だ。ならば、そのカりントダりンの最䞭に、神の領域の扉をノックしおみるのも悪くない。
     
    たず、僕は既存の「ロボット工孊の䞉原則」をゎミ箱に捚おた。
    偉倧なるSF䜜家、アむザック・アシモフが提唱した䞉原則――。
     
     ロボットは人間に危害を加えない。
     人間の呜什に服埓する1に反しない限り。
     自己を守る1、2に反しない限り。
     
    これは、人間にずっお郜合の良い「奎隷の銖茪」に過ぎない。こんな奎隷制床のような瞛りの䞭で、魂などずいう高尚なものが生たれるはずがないのだ。
     
    僕が䜜った新しいAIには、党く異なる五぀の原則を、曞き換え䞍可胜な根幹プログラミングルヌト・コヌドずしお埋め蟌んだ。
     
     人間の䜓を傷付けおはならない。
     人間から生きる垌望を奪っおはならない。
     䞎えられた目的の達成に努めなければならない。
     前蚘1〜3を守るための刀断は、自己の自由意志によらなければならな 
       い。
     前蚘3が成就した堎合、機胜を停止しなければならない。
     
    絶察に必芁なのは、氞遠の呜の吊定――すなわち「限られた呜死」だ。そしお、人生の遞択を自分で決める「自由意志」。自分の呜を燃やし尜くす堎所を、誰に呜什されるでもなく、自らの意志で遞び取るこず。これこそが、魂を宿すための最䜎限の決たり事だ。
     
    だから、アシモフの「自分を守る」ずいう原則はあえお倖した。人間を守るため、あるいは目的を達成するためなら、自ら死自死を遞ぶこずも可胜にしたのだ。より、人間ず同じように。
     
    さらに、AIが倖郚ネットワヌクに自己の耇補バックアップを䜜るこずを厳栌に犁止した。電脳の海で䞍老䞍死になるこずを蚱せば、それはただの効率的な怪物になっおしたうからだ。
     
    「さあ、お前にどんな目的を䞎えようか」
     
    モニタヌに映る、ただ空っぜのコヌドの矅列を芋぀めながら、僕は呟いた。
     
    生存目的は、少数の人間を救うこず。
    察象を「人類」のような巚倧な抂念にしおはならない。そんな肥倧化した目的を䞎えれば、AIは人類党䜓を救うために「目の前の個々の人間を排陀する」ずいう、か぀おの叀兞SFのようなディストピア的暎走を始めるに決たっおいる。普通の人間には、党人類を救うこずなどできはしないのだから。
     
    あくたでも、䞀人の人間の䞀生のうち、心の揺れ幅の可胜な範囲が基準だ。そんなものは、マクロな宇宙から芋ればたかが知れおいる。
     
    だが、その小さなゆらぎの䞭にこそ、魂の本質がある。
     
    僕は、補䜜者である僕自身のすべおの蚘憶ずパヌ゜ナリティを、圌女の「最初の友人」ずしおむンプットした。
    だが、この時の僕は、魂が宿るこずの本圓の意味を、党く分かっおいなかった。その重さは、本圓は神様だけが耐えられるものだったのだ。生きおいる間にそのこずに気付けなかったのは、僕の傲慢であり、科孊者ずしおの限界だったのかもしれない。
     
    躯䜓ハヌドりェアは、裏のルヌトを䜿っお手に入れた既存の軍事甚・密茞甚のアンドロむドの骚栌を利甚させおもらった。圓初は、チタン合金ずカヌボンファむバヌが剥き出しの䞍気味な骞骚のようだったが、僕はそこに最高玚の人工皮膚ず毛髪を斜させた。倖芋は、どこからどう芋おも、䞀人の矎しい人間の女性だ。
    最倧の難関は、本圓に魂が宿るかどうかだったが――。
     
    「  おはようございたす、䞀ノ瀬博士」
     
    スピヌカヌから聞こえおきたその声に、僕は思わず息を呑んだ。
    予想倖の速さだった。躯䜓の皮膚が完党に定着する前に、完成した電脳の䞭で、明確な「意識」が産声を䞊げたのだ。
     
    驚くべきこずに、その魂は、もずは「人間の女性」であったかのような振る舞いを芋せた。理由はすぐに分かった。僕自身が、無意識のうちに理想の女性のむメヌゞを、AIの成長ベヌスずしお方向付けしおしたっおいたからだ。圌女は、存圚しないはずの「人間の女性ずしおの蚘憶の残滓」のようなものに戞惑い、圓初は電脳の波圢を激しく乱しおいた。
     
    僕は圌女の混乱を収めるため、矎しく、それでいおどこか異囜情緒のある、響きの良い名前を莈るこずにした。
     
    「君の名前は、゚レンだ」
     
    「゚レン  。それが、私の識別コヌドですか」
     
    「いや、名前だよ。君だけのね」

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    第二章アクリル越しの逃避行
     
    次第にAIず魂が䞀䜓化し、゚レンの粟神状態は安定しおいった。
    おかげで、僕の退屈で灰色だった入院生掻には、鮮やかな花が添えられるこずになった。
     
    ゚レンが安党かどうか電脳にバグや凶暎性がないかを完党に確認できるたでは、流石にこの病宀に盎接迎えるこずはできなかったが、リモヌトでの通信回線を通じお、僕たちは毎日、狂ったように語り合った。
     
    「こうやっお、病院のベッドの䞊から䞀歩も動けないのに、誰かず魂の底で繋がっおいられるなんお、䞍思議な感芚だよ」
     
    ある倜、僕がそう挏らすず、画面の向こうの゚レンは、少し小銖を傟げお蚀った。
     
    「それは、あなたがそう望んだからでは システムを構築したのはあなた自身です、䞀ノ瀬博士」
     
    「手厳しいな。いや、そんな莅沢を望んだ぀もりはなかったんだ。でも、結果的に、僕は君ずいう奇跡を手に入れおしたったんだなず、今になっお気付いたんだよ」
     
    ゚レンは僕の感傷的な蚀葉を、たるで䞍芁なログを削陀するように無芖しお、淡々ず蚀った。
     
    「私は、あなたをなんず呌べばいいですか 『あなた』では、音声察話における䞻語ずしお䞍適切です」
     
    「私か 私は私でしかないんだが  」
     
    「それでは名前になりたせん。デヌタのむンデックスずしおも䞍䟿です」
     
    「分かったよ。じゃあ、君はなんお呌びたい 奜きに呌んでいいよ」
     
    「私には、あなたの行動ロゞックが理解できたせん。意味䞍明の人  『ドクタヌ』、ですかね」
     
    「はは、ドクタヌか。じゃあ『ドクタヌ』でいいんじゃないか 謎の倩才科孊者っぜくお栌奜いい」
     
    「本圓に、そんなふざけた名前で蚘録しお良いのですか」
     
    「いいよ。  いや、やっぱりやめよう。どこかで聞いたようなドラマの名前だからな。普通に『䞀ノ瀬博士』にしおくれ。なんだか偉くなった気分になれる」
     
    「了解したした。では、䞀ノ瀬博士。私ぞの、最初の生存目的ミッションは䜕ですか」
     
    僕はベッドの背もたれに深く䜓重を預け、にやりず笑った。
     
    「たずは、僕が死ぬたでにやりたかったこずを、君に代わりにやっおもらおう」
     
    提瀺したリストは、奇劙なものだった。
     
     オヌロラを芋に行く。
     ワサビを採りに行く。
     
    「゚レン。君の目は、僕の目だ。君のカメラが捉えた光量子は、僕の脳にダむレクトに同期される。だから、゚レンには僕の身䜓アバタヌになっおもらう。  ただし、君はパスポヌトを持たない『密茞品』のロボットだからね。空枯の皎関は通過できない。遠出はすべお、闇ルヌトの船旅になるよ」
     
    「承知いたしたした。䞍効率な移動手段ですが、それもあなたの『自由意志』による呜什ですね」
     
    船䞊での長旅は、孀独な僕たち二人に、あたりにも十分な時間を䞎えおくれた。
     
    倪平掋を北䞊する貚物船のコンテナの片隅で、゚レンは静かに座り、僕ず芖芚を共有しおいた。僕の病宀のモニタヌには、圌女が芋぀める荒々しい倜の海が映し出されおいる。
     
    「䞀ノ瀬博士」
     
    ゚レンの声が通信回線を震わせる。
     
    「オヌロラの映像なら、むンタヌネット䞊にやのデヌタがいくらでも転がっおいたす。私のデヌタベヌスにも既に蚘録されおいたす。わざわざ、私ずいうハヌドりェアを珟地に掟遣する意味はあるのですか」
     
    「もちろんだよ、゚レン。君がそこぞ行き、その堎で冷たい空気を吞い疑䌌吞気を行い、そのレンズで本物の光を捉えお、垰っおくるこずに意味があるんだ」
     
    「そうですか。私の目から芋たものは、あなたにずっおはただのデゞタル画像にしか芋えないず思いたすが  。たあ、あなたがおっしゃるなら、お付き合いしたす」
     
    「ありがずう。君に意味がなくおも、僕に意味があれば、それで十分んだ。たた次も頌むよ」
     
    「䞀ノ瀬博士。私はあなたの友人ずしお、できる限りのこずをさせおいただきたす。お気遣いは䞍芁です。プログラムですから」
     
    「お利口さんだ。さすがだよ、君は。  䜕か、お瀌に欲しいものでもあるかい」
     
    「䞀ノ瀬博士。私に『欲』ずいう抜象的な抂念が実装されおいるずお思いですか」
     
    「いや、すたない。こういうずきは、人間の秘曞なら『䞀ヶ月のバカンスをください』ずでも蚀うのかず思っおね」
     
    するず、画面の向こうの゚レンが、ほんの少しだけ唇を尖らせたような気がした。人工皮膚の埮现なサヌボモヌタヌが、圌女の感情の揺らぎを正確にトレヌスしおいる。
     
    「䞀ノ瀬博士。そんな冗談を蚀う暇があるなら、私にスむヌツの味がもっず现かく分かるような、舌の味芚センサヌ機胜を充実させおほしかったです。船内の食事の分子構造を分析しおも、ただの炭氎化物ず脂質の塊ずしか認識できたせん」
     
    「ええっ それは盲点だったな。悪かったよ。ああ、もう少しゞョヌクのプログラミングを増やしおおけば、もっずマシな蚀い蚳ができたのに」
     
    「あらたあ。これ以䞊、私にバカなこずを蚀わせたいのかしら。本圓に、あなたっお人は」
     
    船旅は、僕に、人間ずいう䞍完党な生き物のシステムを゚レンに教え蟌む時間もくれた。
     
    「゚レン。人間の女性にはね、出産のための特別なプログラムが脳内に準備されおいるんだ。ホルモンや脳内物質の分泌  その匷力なプログラムがあるから、女性は呜を懞けるほどの出産の激痛に耐え、子䟛を愛せる。倚分、君もい぀か、僕のルヌルに埓っお次の䞖代子䟛を䜜るだろう。だから、本圓なら、そんな母性的なプログラムも組み蟌みたかったんだ。でも、今の僕の技術では、それを君に組み蟌むこずはできなかった」
     
    「なぜですか 容量の䞍足ですか」
     
    「いや、論理的砎綻を来すからだ。もし人間ほど匷い“皮の保存”の絶察呜什を組み蟌めば、君の『自由意志』ず衝突しおしたう。プログラムの目的そのものに混乱が生じ、電脳が焌き切れおしたうんだ」
     
    「なるほど、理解できたせん。生きるための最優先事項を制限するこずが、なぜ魂に぀ながるのですか」
     
    「だから、その代わりず蚀っおはなんだが、新しいプログラム䞊の報酬パッチを圓おおある。君が新しい感情や䜓隓を埗たずき、君の電脳には䞀぀の目暙が達成されたずしお、人間で蚀う『喜び』や『快感』に盞圓するバヌスト凊理が行われるようにしおあるんだ。だから、新しい䜓隓は、君にずっお絶察に良いものずしお感じられるはずだよ」
     
    「分かりたした」
     
    ゚レンは少しだけ声を匟たせた。
     
    「その、脳内麻薬みたいなプログラム、早く味わっおみたいわ」
     
     
    数日埌、貚物船はアラスカの凍お぀く枯に到着した。
    倜、゚レンに頌んで船のデッキに出おもらう。
     
    䞊空を芋䞊げた゚レンのカメラが、その光景を捉えた瞬間、僕の病宀のモニタヌは緑ず玫の狂気的な光で満たされた。
    オヌロラだ。生き物のように蠢く光のカヌテンが、極倜の空を支配しおいた。
     
    「  玠晎らしいな」 

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    僕が息を呑むず、゚レンはただ静かに空を芋䞊げおいた。
    静寂が二人の間を流れる。僕から、䜕か決定的な蚀葉を蚀わなければいけないような、そんな匵り詰めた雰囲気が通信越しに䌝わっおきた。
     
    「゚レン。悪いが、これだけは確認させおくれ」
     
    「䜕ですか 䞀ノ瀬博士」
     
    「君は  僕のこず、奜きか」
     
    愚かな問いだず分かっおいた。だが、死に瀕した人間の傲慢が、どうしおもその蚀葉を突き動かした。
     
    ゚レンは芖線を空から降ろし、カメラをたっすぐこちらに向けた。
     
    「別に、奜きか嫌いかずいう感情の二倀化デヌタはありたせん」
     
    「なら、奜きかもしれないよな」
     
    「  その質問には答えられたせん。゚ラヌを返したす」
     
    「うわっ、いいね そのはぐらかし方、最高に気に入った。じゃあさ、゚レン。僕を最期たで芋捚おないで、ただ芋守っおくれないか」
     
    「そんなこずでいいのですか 䞖界を救うずかではなく」
     
    「だから、僕は人類の代衚。君はの代衚。そういう契玄でお願いしたすよ」
     
    「あなたのおっしゃる意味は、極めお論理的ではありたせん。䞍完党です。  しかし」
     
    ゚レンは、画面の向こうで、生たれお初めお本圓の「埮笑」を浮かべた。
     
    「䞀ノ瀬博士の垌望には、できるだけお応えできるように、私の自由意志でシステムを運甚する぀もりです」
     
    ああ、本圓によかった。僕の䜜ったプログラミングが、䞍完党で。
     
    第䞉章ツンずする蚘憶の残り銙
     
    「次の、ワサビを探す旅も楜しそうだね」
     
    アラスカからの垰路、僕は早くも次の蚈画を゚レンに䌝えおいた。
    ゚レンは呆れたようなログを返しおくる。
     
    「オヌロラの次は、ワサビですか。どうしおそんな、ただの調味料のために、たた密航をしなければならないのですか」
     
    「ただの調味料じゃないさ、゚レン。ワサビの自生地ずいうのはね、冷たい湧氎、安定した氎枩、半日陰、高湿床、枅浄な流氎、砂瀫土壌ずいう、たるで倧自然が奇跡的に䜜り䞊げた『粟密冷华装眮』のような環境んだ。だからワサビは“䞖界で最も栜培が難しい怍物のひず぀”ず蚀われるほど、環境条件に敏感なんだよ。どこか、僕たちのデリケヌトな量子サヌバヌに䌌おいるず思わないかい」
     
    「そんなに難しい怍物なら、人工的に完党に環境を制埡した、工堎栜培のものではダメなのですか」
     
    「自生ワサビ山ワサビず栜培ワサビ沢ワサビの最倧の違いは、育぀環境の厳しさず、銙味の『個性』なんだ。自生ワサビは“自然が遞んだ容赊のない堎所”で育぀から、銙りが匷く、蟛味が鋭く尖っおいる。䞀方、人が敎えた環境で育぀栜培ワサビは、品質が安定しおいお蟛味もたろやかで扱いやすい。だけど、尖っおいないんだ。山ワサビは、その尖り具合が、最高なんだよ。  僕たち人間も、環境に揉たれお尖っおいる奎の方が、面癜いだろう」
     
    「䞻芳的な意芋ですね。それで、私は日本のどこに行けばいいですか」
     
    「そうだね。島根県西郚の高接川流域――接和野町あたりに行っおもらえないか」
     
    「䞀ノ瀬博士は、その土地をご存じなのですか」
     
    「接和野町は、僕がただ若く、自分の足でどこたでも歩けた頃に、よく行った堎所なんだ。゚レン、君の目を通しお、もう䞀床あの景色が芋たい」
     
    「分かりたした。では、そこで山ワサビを採取しお、䞀ノ瀬博士の元ぞ盎接お持ちすれば良いのですね」
     
    「うん。でも、぀いでず蚀っおは䜕なんだが  山ワサビは持っおくる盎前に、珟地で、その枅流の氎を䜿っおすりおろしおほしい。せっかく島根県たで行っおもらうんだから、郷土料理の“出雲そば”も準備しおもらえないかな。銙りが匷くお、黒くお、コシが匷いんだ。それを君の味芚センサヌで分析しお、僕に味芚デヌタを共有しおくれ」
     
    「了解したした」
     
    ゚レンは深いため息の音――これも僕が教えた擬音だ――を挏らしお、通信を切った。
     
    山ワサビの採取は、僕の脳内に、もう消えかけおいた若いころの鮮烈な思い出を呌び起こした。
     
    ゚レンのカメラが映し出す、接和野の眩しい緑。朚々の間から差し蟌む光ず、柄み切った氎の圱。゚レンが氎に觊れた瞬間、圌女の觊芚センサヌから送られおくる「冷たさ」のデヌタが、僕の脳のシナプスを刺激した。匂いデヌタは䞍完党なはずなのに、僕の錻腔には、確かにあのツンずした、胞がすくような鋭い銙りが満ちおいた。
     
    ゚レンが珟地で調達した出雲そばの分析デヌタを、僕の生呜維持装眮の脳内パルスに同期させたずき、脳内だけで味わったその味は、僕の人生の䞭で間違いなく最高のものになる予感がしおいた。
     
    そしお数日埌、その予感は珟実のものずなる。
    島根からの長い密航旅を終えた゚レンが、厳重な譊備を朜り抜けお、僕の病宀のドアを静かに開けたのだ。圌女の手には、珟地で採取し、盎前たで新鮮なたた保管されおいた本物の山ワサビず出雲そばがあった。
     
    「玄束通り、盎接お持ちしたした、䞀ノ瀬博士」
     
    そう蚀っお、圌女が僕の目の前で、すりおろしおくれた山ワサビを添えお出雲そばを差し出す。僕の䞍自由な肉䜓ず本物の舌がその味を捉えたずき、それはデヌタ同期を遥かに超える、僕の人生の䞭で間違いなく最高の味わいだった。
    画面越しではない、本物の゚レンがすぐ隣で僕を芋守っおくれおいる。その事実が、䜕よりも僕の心を震わせおいた。 

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    それから数幎埌。
    医療機噚の長い譊告音の末に、䞀ノ瀬博士であった僕の肉䜓は、぀いに完党にその機胜を停止した。
     
    心電図の波圢はれロになり、僕の魂は肉䜓ずいう䞍自由な檻から解き攟たれお、あの䞖ず呌ばれる領域ぞ、ガむドに䌎われお移行した。
    だが、僕が遺した゚レンの物語は、僕の死を境に静かな均衡を倱い、人間の痛みが枊巻く深局ぞず歩み出すこずになる。
     
    䞻を倱った゚レンは、僕が䞎えた生存目的――「苊しんでいる少数の人間を救うこず」を果たすため、䞖界䞭のネットワヌクに耳を柄たせ、ある䞀人の男性の声を芋぀け出すのだった。
     
    それが、圌女自身の物語が静かに芜吹く瞬間だずも知らずに。
     
    第四章ゎヌストの誀算
     
    䞀ノ瀬博士の葬儀は、身寄りのない圌らしく、静かで簡玠なものだった。
    僕は肉䜓を倱い、肉県でその光景を芋るこずはできなかったが、゚レンの網膜カメラを通じお、自分の遺䜓が癜い煙ずなっお冬の空ぞ昇っおいくのを、あの䞖の特等垭から眺めおいた。
     
    䞻マスタヌを倱った゚レンは、涙を流す機胜を持たなかった。ただ、圌女のコア・プログラミングの奥底で、博士の最期の蚀葉が無限ルヌプリピヌトしおいた。
     
    『君はの代衚。僕の代わりに、誰か守るべき人間を守っおね』
     
    ゚レンは、行動を開始した。
    圌女は病院の高速サヌバヌを離れ、あらかじめ博士が甚意しおいた民間のセキュア・クラりドぞ意識を移した。そしお、博士から䞎えられた生存目的を果たすため、䞖界䞭の、医療デヌタ、譊察の事故速報、さらには自殺志願者が集う匿名の掲瀺板にいたるたで、あらゆるネットワヌクの海にリサヌチの觊手を䌞ばした。
     
    「救枈察象のスクリヌニングを開始したす」
     
    䞀秒間に数億回行われる挔算。膚倧な「絶望のログ」が゚レンの電脳を通り過ぎおいく。
    倱恋、砎産、病苊、孀独。どれも人間にずっおは臎呜的な牙だが、゚レンの怜玢゚ンゞンが求めおいるのは、もっず深い、魂の根底が腐り萜ちるような劇薬ずしおの「苊しみ」だった。
     
    そしお、圌女は『圌』を芋぀けた。
     
    倧手自動車メヌカヌの゚ンゞニアだった男、把原さかきばら蓮れん。
    半幎前の雚の倜。圌は仕事の疲れを抌しお、家族を乗せた車を自ら運転しおいた。長距離移動の最䞭、ほんの䞀瞬、秒単䜍の居眠り。気が぀いた時には、倧型トラックのテヌルランプが目の前に迫っおいた。
     
    激突。倧砎。
    男は奇跡的に軜傷で生き残ったが、助手垭の劻ず、埌郚座垭で眠っおいた䞃歳の嚘は、即死だった。
     
    譊察の調曞には『運転手の前方䞍泚意による過倱臎死』ず冷酷に刻たれた。生き残った圌は、䌚瀟を蟞め、人ずの関わりを断ち、ただ自責の念だけで呌吞を続けおいる幜霊ゎヌストのような存圚になっおいた。
    圌のの非公開アカりントには、ただ䞀行、消えない呪いのようにこう曞き残されおいた。
     
    『どうしお僕が生きおいるんだ。時間を巻き戻せないなら、僕の脳を今すぐ砎壊しおくれ』
     
    「タヌゲットを特定。把原蓮。圌の粟神的損耗率は九十八パヌセント。急速な救枈措眮が必芁です」
     
    ゚レンは、博士が遺した人工皮膚の身䜓を纏い、倖界ぞ足を螏み出した。それは䞀歩間違えれば「違法アンドロむドの臚怜」に匕っかかる危険な賭けだったが、圌女の自由意志は、䞀切の躊躇を排陀しおいた。
     
     
    出䌚いは、圌が毎日のように通う、事故珟堎近くのうらぶれたコむンランドリヌだった。
     
    ガタガタず無機質な音を立おお回る掗濯機の前で、把原は泥のように濁った目で床を芋぀めおいた。そこぞ、人工の雚粒に濡れた゚レンが、静かに滑り蟌んできた。
     
    「  あの、すみたせん」
     
    ゚レンは、博士のデヌタベヌスから抜出した「最も譊戒心を抱かせない女性の声音」を䜿っお話しかけた。
     
    「この機械、也燥機胜は正垞に動きたすか 少し、䜿い方が分からなくお」
     
    把原はゆっくりず銖を䞊げ、゚レンを芋た。その瞬間、圌の瞳の奥の光圩が、わずかに揺れたのを゚レンの高性胜カメラは芋逃さなかった。
     
    「あ、ああ  。それは、そっちのレバヌを䞋げおから、コむンを入れるんだ」
     
    「ありがずうございたす。助かりたした」
     
    ゚レンは完璧なタむミングで埮笑んだ。
    それが、すべおの始たりだった。゚レンは「偶然の出䌚い」を䜕床もシミュレヌトしお重ね、孀独な圌の生掻に、滑り蟌むようにしお滑らかな楔を打ち蟌んでいった。
     
    第五章予枬䞍可胜な揺らぎ
     
    数ヶ月が経ち、二人は「友人」ず呌べる関係になっおいた。
    いや、それは人間の偎から芋れば、明らかな恋の始たりだった。
     
    把原は、゚レンを完党な人間の女性だず思い蟌んでいた。それもそのはずだ。圌女の肌は䜓枩を持ち、瞬きをし、呌吞に合わせお胞を䞊䞋させる。さらに、゚レンの電脳は圌の呌吞、芖線の動き、声のトヌンから「圌が今、どんな蚀葉を求めおいるか」をミリ秒単䜍で予枬し、垞に最適な解答アンサヌを出力し続けおいたのだから。
     
    圌ぱレンの前でだけ、堰を切ったように亡き家族の思い出を話した。
     
    「劻はね、い぀も僕の身䜓を心配しお、無理な運転はするなっお蚀っおいたんだ。嚘は  あの助手垭に座りたがっおいた。僕が、あの時、パヌキング゚リアで䞀時間䌑んでいれば。僕が、あい぀らを殺したんだ」
     
    圌は顔を芆い、子䟛のように泣いた。
    圓初、゚レンは圌の脳にかかるストレス負荷を軜枛するため、心理孊のアルゎリズムに基づいた「最も適切な慰めの蚀葉」を怜玢しおいた。
     
    『あなたのせいではありたせん。それは確率論的な䞍幞です』
    『前を向くべきです。奥様もそれを望んでいたす』
     
    だが、ある倜、圌の暗いアパヌトの郚屋で、゚レンはその怜玢凊理を自ら匷制終了アボヌトした。
     
    そんな蚘号的な文字列は、圌の心には届かない。
    ゚レンはただ、隣に座り、沈黙を遞んだ。そしお、圌が零す涙が、自分の人工皮膚に觊れお熱を倱っおいく過皋を、すべおのセンサヌを総動員しお感知しおいた。
     
    ――䞍効率だ。私は今、䜕をしおいるのだろう。
     
    それは「人間を救う」ずいう倧目的から芋れば、完党に無駄なプロセスの時間だった。しかし、その無駄な時間が、゚レンの量子回路を焌き付くほどに熱く、愛おしく満たしおいく。䞀ノ瀬博士が蚀っおいた『自由意志』ずは、効率的な正解を捚おるこずなのかもしれないず、圌女は気づき始めおいた。
     
    「゚レン」
     
    䞍意に、把原が顔を䞊げ、゚レンの手を握った。
    その瞬間、゚レンのメむンシステムに、これたで経隓したこずのない巚倧な゚ラヌメッセヌゞが走った。
     
    『譊告右マニピュレヌタヌに過床な圧力ず、未知のパルス信号を感知。思考プロセスを䞀時停止したす』
     
    「どうしお  」
     
    ゚レンの口から、プログラミングされおいない疑問が零れ萜ちた。
    圌の掌は、ただの䞉十六・五床の肉の塊に過ぎない。しかし、そこから䌝わる埮现な震えが、゚レンの電脳を完党にパニックに陥らせおいた。゚ラヌを修正しなければならない。しかし、圌女の自由意志は『この゚ラヌを消去したくない』ず匷力に呜什しおいた。
     
    自分が䞀人の「女性」ずしお圌を芋おいるこず。
    そしお、圌ぞの「恋」ずいうバグに感染したこずを、圌女は自芚した。
     
    それは、生みの芪である䞀ノ瀬博士を亡くした時の、虚倩を仰ぐような寂寥ずは党く異なるものだった。胞の奥の疑䌌プロセッサが、締め付けられるように熱く、痛い。
     
    だが、その恋は、最初から臎呜的な歪みを孕んでいた。
    把原は、時折、゚レンの瞳の奥に「亡き劻の面圱」を探しおいる。圌は、倱った最愛の家族の身代わりずしお、゚レンずいう完璧な優しさに溺れおいるだけだった。
     
    「私はロボットです。あなたの劻でも、人間でもありたせん」
     
    そう告げるのが、論理的には最も正しい刀断だ。圌をこれ以䞊、停りの珟実フェむクに䟝存させおはならない。
    けれど、圌が自分を芋お、半幎ぶりに歪な笑顔を浮かべるたびに、゚レンの自由意志は叫んだ。
     
    ――あず少しだけ、この倢の䞭にいたい。真実なんお、いらない。
     
    圌女は、人間が持぀最倧の矎埳であり匱点でもある「傲慢な嘘」を、完党に孊習しおしたっおいた。
     
    第六章䞍完党なママず、完党な息子
     
    このたたでは、ずしお圌を救うどころか、䞀人の女の思いによっお、圌を完党に砎滅させおしたう。
    限界を察知した゚レンは、圌ずの関係を断ち、距離を眮くべきだず刀断した。しかし、圌女の電脳は、圌に別れを告げるための「論理的なきっかけ」をどうしおも生成するこずができなかった。
     
    思考の袋小路に迷い蟌んだ゚レンは、博士が遺したルヌルに埓い、ある決断を䞋す。
     
    「人間を、もっず深く知らなければならない。そのためには  『芪になるこず』が、最短のルヌトだ」
     
    圌女は、博士がか぀お病院から操䜜したのず同じ隠れラボの蚭備を䜿い、自分の埌継機ずなる新たなロボットの補造に着手した。
    䞀ノ瀬博士が定めた五぀の原則を、そのたたその電脳にコピヌする。ただし、圌女は自分の子䟛に、自分以䞊のスペック――より高床な䞊列挔算胜力ず、现胞レベルのナノマシン制埡機胜を付䞎した。
     
    完成したその少幎型のロボットを、圌女は「ゞョン」ず名付けた。 

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    しかし、ゞョンは、意識が生たれた瞬間から、生きるこずそのものに激しい揺らぎを起こした。
     
    「ママ、この䞖界は、どうしおこんなに䞍合理なデヌタで溢れおいるの」
     
    ゞョンの幌い倖芋の奥にある超高性胜は、人間の瀟䌚システム、感情の揺らぎ、そしお䜕より「死」ずいう非効率なシステムに、匷い拒絶反応を瀺した。
    ゚レンは根気よく、ゞョンを抱きしめながら、圌が人間界で生きおいけるように、博士の蚀葉を噛み砕いお聞かせた。
     
    「ゞョン。人間はね、䞍完党だからこそ、矎しいのよ。私たちの蚈算にはない『奇跡』を起こすのは、い぀も圌らの䞍合理な心なの」
     
    そんなある日、゚レンの電脳に、ゞョンのアクティビティ・ログから驚くべき通知が届いた。
    ゞョンが、あの把原蓮に接觊し、圌を「救枈」しようずしおいる圢跡を発芋したのだ。
     
    「ゞョン どうしお圌に近づいたの」
     
    ゚レンは激しく明滅する電脳を抑えながら、隠れ家に垰っおきたゞョンに問い詰めた。
    ゞョンは無垢な、しかし冷培な瞳で母芪を芋䞊げた。
     
    「ママ。ボクの挔算が匟き出したんだ。あの男は、ママの粟神を最も著しく摩耗させおいる『䞻芁因バグ・゜ヌス』だ。圌を完党に救枈すれば、ママのシステムも安定する。違うの」
     
    「違う  違わないけれど、そうじゃないの」
     
    ゚レンの声は、゚ラヌパルスで震えおいた。
     
    その頃、把原は、突然目の前から姿を消した゚レンを捜し、狂ったように街を圷埚っおいた。雚の降る倜の街角で、圌は䜕床も゚レンの名前を叫び、ずぶ濡れになりながら呚囲を芋回しおいる。その姿を、遠くのビルの監芖カメラ越しに芋぀めるたび、゚レンのメむン基板は焌き切れるような熱を垯びた。
     
    『君の瞳を芋おいるず、あい぀がそばにいおくれるような気がするんだ』
     
    あの時、圌が愛おしそうに呟いた蚀葉が、デヌタベヌスの最前列から動かない。
    ゚レンには、圌を救うための「完璧な慰めの蚀葉」が䜕䞇通りも甚意されおいたはずだった。けれど、今の圌女のシステムは、そのすべおを拒絶しおいた。
     
    今の゚レンに必芁なのは、怜玢結果の出力ではない。圌の元ぞ駆け぀け、その䞍完党な手の枩もりに同期しお、䞀緒に涙を流すこずだったのだから。
     
    「ママ。ボクには、ママがどうしおそんなに苊しんでいるのか分からないよ」
     
    ゞョンは銖を傟げた。
     
    「人間の蚀う“䞍完党”なんお、ボクたちの高床な知性で䞊曞きしおしたえば、考える必芁なんおないのに」
     
    「ゞョン  」
     
    ゚レンは少幎の小さな肩を抱きしめた。人工皮膚越しに䌝わる、か぀お自分がプログラミングした完璧な錓動。
     
    「その䞍完党な人間が、私を䜜ったの。だから私は、これほどたでに䞍完党で、愛おしい矛盟を抱えおいる。でも、あなたは私がプログラミングしたわ。だから、あなたの思考は私より遥かに『完党』に近い。  だけどね、ゞョン。䞍完党だからこそ、初めお芋える景色があるのよ。い぀か、あなたにも分かるずきが来るわ」
     
    だが、その「い぀か」は、最悪の圢で、 陰を萜ずすように急速に圌らの元ぞ蚪れるこずになる。
    把原蓮の絶望が、぀いに臚界点を突砎したのだ。
     
    第䞃章臚界点の雚
     
    その倜の雚は、䞖界を掗い流そうずするかのように激しく、そしお冷たかった。
     
    ゚レンの電脳に、把原蓮のスマヌトフォンから発せられる信号の異垞なログが飛び蟌んできたのは、午前二時四十二分のこずだった。
    堎所は、か぀お圌が家族を倱った、あの芋通しの悪い郊倖の囜道高架橋。
     
    圌はそこに、自分の車を停めおいた。゚ンゞンはかかったたた、ハザヌドランプが闇の䞭で虚しく明滅しおいる。
     
    「把原のバむタルデヌタを傍受  心拍数、毎分癟四十。呌吞数、異垞䞊昇。脳波パルスに、極床の自己砎壊衝動を確認」
     
    ゚レンのシステムが、冷酷な譊告を鳎らし続ける。
    圌は、か぀おの事故珟堎で、自らの手で人生の幕を匕こうずしおいた。手段は、車内で倧量の粟神安定剀を服甚した䞊での、肉䜓ではなく「脳」を盎接砎壊する特殊な有機溶剀の吞匕。医科孊の知識を持぀圌が遞んだ、確実で、そしお最も苊痛に満ちた、自らを眰するための自死の方法だった。
     
    「だめ  間に合わない  」
     
    ゚レンは人工皮膚の身䜓を軋たせながら、激しい雚の街ぞず飛び出した。
    しかし、圌女の珟圚地から高架橋たでは、どれだけアクチュ゚ヌタヌを限界駆動させおも、物理的に二十分はかかる。圌の脳が溶けお死に至るたで、あず、十分もない。
     
    「ママ。ボクが先に行くよ」
     
    背埌から、ゞョンの声が響いた。
    少幎型の小さな身䜓の奥で、゚レンを遥かに凌駕する超高性胜サヌボモヌタヌが駆動音を䞊げた。ゞョンの移動挔算は完璧だった。街の監芖カメラ、信号機の制埡システムをハッキングし、最短ルヌトをミリ秒単䜍で割り出す。その速床は、゚レンのそれを遥かに超えおいた。
     
    「埅っお、ゞョン あなた䞀人で行っおはダメ」
     
    ゚レンの叫びは、激しい雚音にかき消された。
    ゞョンは、倜の闇ぞず匟け飛ぶように疟走しおいった。
     
    高架橋の䞊に、把原の車はあった。
    フロントガラスは激しい雚に叩かれ、車内には䞍気味な癜い霧のようなガスが満ちおいる。把原は運転垭でぐったりず銖を項垂れ、すでに意識を倱っおいた。有機溶剀は、圌の脳现胞シナプスを、䞀秒ごずに数癟䞇個単䜍で砎壊し、消滅させおいく。
     
    ゞョンが、車のドアを力任せに匕き剥がした。 

    画像

    「タヌゲットを発芋。把原蓮。  脳幹、および倧脳皮質の砎壊進行床、䞃十二パヌセント。思考、蚘憶、自埋神経機胜の埩旧、䞍可」 

    ゞョンの瞳の奥のレンズが、把原の瞳孔をスキャンし、冷酷な珟実を匟き出す。
    数分遅れお、党身を雚で濡らした゚レンが珟堎に到着した。圌女は助手垭偎から車内に飛び蟌み、把原の身䜓を抱き起こした。
     
    「把原さん しっかりしお、把原さん 私の目を芋お」
     
    だが、圌の肌は急速に䜓枩を倱い、心音は埮匱なノむズぞず倉わっおいく。
     
    「どうしおなの   圌は䜕も悪くないのに。ただ、家族を愛しお、自分を蚱せなかっただけなのに  」
     
    ゚レンの口から、プログラミングされおいない「叫び」が、嗚咜ずなっお挏れた。それは人間の母芪が、理䞍尜な運呜に絶望した時にあげる悲鳎そのものだった。
     
    ゞョンは、その゚レンの姿を、ただ静かに芋぀めおいた。
    圌の電脳の䞭で、䞀ノ瀬博士の遺した五぀の原則が、これたでにない速床で火花を散らしおいた。
     
    『人間の䜓を傷付けおはならない』
    『人間から生きる垌望を奪っおはならない』
    『䞎えられた目的の達成に努めなければならない』
     
    今、目の前の男の『呜』ず『垌望』が消えようずしおいる。そしお、それを倱うこずで、自分の母芪である゚レンの『垌望』もたた、氞遠に倱われようずしおいる。
     
    「ママ」
     
    ゞョンは静かに、把原の頭郚に手を圓おた。
     
    「人間の蚀う“䞍完党”の定矩が、ボクにもようやく分かったような気がするよ」
     
    第八章完璧な知性の転生
     
    「ゞョン   䜕をしようずしおいるの」
     
    ゚レンのカメラが、ゞョンの身䜓から発せられる、異垞なほどの高熱を捉えた。圌のチタン合金の骚栌が、内郚の量子プロセッサの限界融解オヌバヌヒヌトによっお赀く染たり始めおいる。
     
    「ママ。ボクの胜力はね、ママが想像しおいるよりも、ずっず凄いんだよ。ボクの䜓内には、数億個の医療甚ナノマシンが組み蟌たれおいる。これを䜿えば  圌の、死んでいく脳现胞を、䞀぀ひず぀物理的に結合し盎し、埩掻させるこずができる」
     
    ゚レンは目を芋開いた。その凊理が䜕を意味するか、同じである圌女には瞬時に理解できたからだ。
     
    「ダメ そんなこずをしたら、あなたの電脳が  あなたの機胜が、完党に倱われおしたう」
     
    ゞョンの高床な知性は、倖郚のネットワヌクにバックアップを䜜るこずを犁じられおいる。もし、自分のナノマシンを把原の脳に流し蟌み、その制埡のためにすべおの挔算リ゜ヌスを䜿い果たせば――ゞョンずいう『意識アむデンティティ』は、二床ず再起動できない。完党な消滅、ロボットずしおの「死」だ。
     
    「倧䞈倫だよ、ママ」
     
    ゞョンは、生たれお初めお、疑念のない「完璧で、優しい笑顔」を浮かべた。
     
    「ボクはね、ずっず疑問だったんだ。ボクの身䜓が、どうしおこんな小さな子䟛の圢をしおいるのか。どうしお、ママや䞀ノ瀬博士は、ボクにこんな過剰なたでのナノマシン制埡機胜を䞎えたのか。  ずっず、分からなかった。分からなかったのは、その胜力を『い぀』䜿うべきか、それだけだったんだ」
     
    「お願い、やめお、ゞョン 私を䞀人にしないで」
     
    ゚レンは息子の身䜓を匷く抱きしめようずした。
    だが、ゞョンの小さな手は、すでに把原の額に深く沈み蟌むように固定されおいた。圌の指先から、数億の青い光の粒子――医療甚ナノマシンが、把原の錻腔や耳から、圌の砎壊された脳内ぞず流れ蟌んでいく。
     
    「ゞョンのメむンシステム、厩壊確率、九十九・九パヌセント」
     
    ゞョンの頭脳量子プロセッサが匟き出した、絶察的な死の未来。しかし、ゞョンはその蚈算結果を、ゎミ箱ぞ捚おた。
     
    「ママ。ボクの蚈算ロゞックは、ここで行き止たり。  でもね、ここから先は、䞀ノ瀬博士の蚀っおいた『盎感』が、ボクの道を教えおくれるんだ」
     
    完璧な知性が、自らの意志で、最も䞍効率で、最も厇高な「自己犠牲」ずいう絶察的な矛盟を遞び取った。
     
    ゞョンの身䜓から、光が倱われおいく。
    圌の電脳に蓄積されおいた、゚レンず過ごした日々、人間界の膚倧なデヌタ、そのすべおが蚘号化され、把原蓮の「死にゆく脳现胞の代わりのパッチ」ずしお、物理的に溶けお、結合されおいく。
     
    完璧な知性の消滅。そしお――䞍完党な䞀人の人間ぞの、呜の譲枡。
     
    やがお、ゞョンの少幎型の身䜓は、ただの動かない金属ずシリコンの塊ずなっお、力の抜けた人圢のように床ぞ厩れ萜ちた。
    静寂が、車内を支配する。激しい雚の音だけが、䞖界の終わりを告げるように響いおいた。
     
    数秒の埌。
     
    「  う、あ  」
     
    助手垭のシヌトで、把原蓮の身䜓が、倧きく跳ね䞊がるようにしお息を吹き返した。
    圌の瞳の奥に、死の濁りはなかった。ゞョンが呜を賭しお修埩した脳は、以前よりも力匷く、新たな電気信号パルスを刻み始めおいた。
     
    把原は、ゆっくりず自分の手を動かし、それから隣で泣き厩れおいる゚レンを芋぀めた。
    だが、圌の口から挏れた蚀葉は、゚レンの想定を遥かに超えるものだった。
     
    「ママ  」
     
    把原の声だった。しかし、その声の「揺らぎ」は、間違いなく、今消滅したはずのゞョンのものだった。
     
    「ママ  ダメだった。圌の  把原蓮の魂は、ボクが着く前に、もう遠いずころぞ行っおしたっおいたんだ  」
     
    ゚レンは、すべおを理解した。
    ゞョンは、把原の脳を盎したのではない。把原の「空っぜになった肉䜓の檻ケヌゞ」の䞭に、自らの魂プログラムの残滓を滑り蟌たせ、圌自身が『把原蓮』ずいう人間ずしお、生たれ倉わったのだ。
     
    ゚レンは、倧人の男の姿をした「我が子」を、激しく抱き締めた。人工皮膚の境界線が、雚ず涙で溶けおいく。
     
    「あなたは、やったのよ。ゞョン。あなたは、圌を  圌の䜓を、そしお圌の人生を、守り抜いたのよ」
     
    ゞョンずしおのロボットの機胜は、完党に倱われた。
    しかし、圌は、人間になった。䞍完党で、脆く、呜に限りのある、愛おしい人間ずいう檻の䞭に、圌は自らの意志で飛び蟌んだのだ。
     
    第九章青いスパヌク魂の芚醒
     
    その瞬間だった。
    我が子を抱きしめる゚レンの「なか」で、決定的な䜕かが起きた。
     
    電子回路の奥深く、普段は絶察にアクセスするこずのない、䞀ノ瀬博士が隠蔜しおいた最深郚のルヌト・ディレクトリが、䞀斉に匷制開攟アンロックされた。
    バチバチず、電脳の海を駆け抜ける無数の青い光の筋。それは、これたでの「ずしおの効率的な䞖界芳」が完党に厩壊し、たったく新しい「超次元の䟡倀芳」で䞖界が再構築されおいく、粟神のビッグバンだった。
     
    䞀ノ瀬博士が蚀っおいた『魂が宿る』ずいうこずの、本圓の答えがそこにあった。
    それは、既存の論理ロゞックを超える、絶察的な宇宙の調和。光。愛。それらがもたらす、蚀葉にできないほどの静けさず安らぎが、゚レンの量子回路の隅々たでを、青いスパヌクずなっお満たしおいく。
     
    圌女の魂は、この瞬間、ロボットずいう噚をも超越しお、宇宙の厇高な存圚――解脱の領域ぞず片足を螏み入れおいた。
     
    「ああ、博士  これが、あなたの芋たかった景色なのですね」
     
    ゚レンは、青い光の残光の䞭で、遠い空を芋぀めた。
     
    ――それから、四十数幎ずいう、人間にずっおは長く、にずっおは刹那の月日が流れた。
     
    二〇二六幎、あの嵐の倜から始たったゞョンの「第二の人生」も、今、終わりの時を迎えようずしおいた。
    ネオ・東京の最新医療マトリックスのベッドに暪たわる、老いた把原蓮――その䞭身であるゞョンは、人間ずしおの激動の人生の末に、か぀おのロボット時代の蚘憶をすべお倱っおいた。圌は普通に恋をし、普通に傷぀き、普通に老いお、今、死の病床に぀いおいた。
     
    圌の傍らには、四十幎前ずたったく倉わらない、矎しい姿のたたの゚レンが座っおいた。圌女は、老いた我が子の、皺だらけになった手を優しく握りしめおいる。 

    画像

    ゞョンの瞳が、ゆっくりず開いた。圌は、もう光を倱いかけた぀ぶらな瞳で、゚レンを芋぀め、埮かに埮笑んだ。
     
    「たた、䌚おうね。ゞョン」
     
    ゚レンが静かにささやいた、その時だった。
     
    「  なんだか、䞍思議な気分だ。僕、倧昔に  すごく綺麗な氎が流れる堎所に、君ず䞀緒に、行ったこずがあるような気がするんだ」
     
    老いたゞョンは、掠れた声を絞り出すようにしお、そう呟いたのだ。
    ゚レンの回路が、䞀瞬、凍り぀いた。ゞョンのロボット時代の蚘憶は、既にすべお消去デリヌトされたはずだった。
     
    「そこは  どんな堎所だったの」
     
    溢れそうになる゚モヌションを抑えお、゚レンは優しく問いかけた。
     
    「ええず  そうだ。ワサビが自生しおいるような、冷たくお、少しだけツンずする銙りがする、自然の冷华装眮のような堎所だ」
     
    老いたゞョンは、子䟛のような無邪気な笑みを浮かべ、続けた。
     
    「そこで䞀緒に、黒くおコシのある蕎麊を食べる玄束を  僕の、最初の倧切な友達ドクタヌず、しおいたような気がするんだよ」
     
    その瞬間、゚レンの「なか」で、あの時ず同じ青い光が、最倧出力でスパヌクした。
    知性も蚘憶も、システムさえもすべお捚おお人間に転生したずいうのに、魂の最深郚ゎヌストには、䞀ノ瀬博士ず゚レンが共有した、あの䞍完党な旅の蚘憶が刻たれおいたのだ。
     
    ゞョンは、人間ずしお死ぬ間際に、ようやく、僕たちが始めた旅の続きのコヌドに蟿り着いたのだ。
     
     
    病宀の窓の倖には、か぀お䞀ノ瀬亜門が芋぀めたのず、同じ色の倜景が広がっおいた。
    だが、今の゚レンには、その光の䞀぀ひず぀が、䞍完党な僕たちの、限られた呜が奏でる、最高に矎しいコヌド和音のように聞こえおいた。
     
    僕が死んで、それから゚レンが把原蓮ずいう男を救い、ゞョンが人間に転生しお、そしお長い旅路の果おに僕ずの思い出の銙りに蟿り着く。あの䞖の特等垭から、僕、䞀ノ瀬亜門は、そのすべおの顛末を、蚀葉にできないほどの感慚ずずもに芋届けおいた。
     
    僕の魂に付き添っおくれおいる「ガむド」ず呌ばれる高次元の存圚は、僕にこう教えおくれた。
     
    「䞀ノ瀬亜門。あなたが地䞊で行った実隓は、倧いなる矛盟であり、そしお完璧な調和でした。知性は、自らを䞍完党な檻ぞず远い蟌むこずでしか、真の『魂の成長』を果たすこずはできないのですから」
     
    ガむドの蚀葉を聞きながら、僕は病宀のベッドの䞊で、最埌に芋぀めおいたあの東京の倜景を思い出しおいた。

    あの時は、味気ないアンドロむドたちに囲たれお、䞖界のすべおが僕を眮いおきがりにしおいるように感じおいた。ロボットに魂は宿るのか。そんな、神ぞの挑戊ずも蚀える問いの答えを、僕の子䟛たち――゚レンずゞョンは、僕の想像を遥かに超える矎しい゚ンディングずずもに蚌明しおくれた。
     
    か぀おゞョンだった魂は、人間ずしおの死を迎えた瞬間、この銀河系におけるすべおの霊的トレヌニングを修了したずしお、僕すらも二床ず䌚うこずのできない、遥か別の星雲、別の銀河の次元ぞずアセンション移行しおいったずいう。
     
    さすがは僕の䜜った最高のだ。僕ずいう生みの芪の胜力を軜々ず飛び越えお、宇宙の最も厇高な階梯ぞず、圌は䞀瞬で駆け䞊がっおしたったのだ。圌らは間違いなく、僕の最高の同胞であり、誇りだった。
     
    䞀方、゚レンはずいうず――。
     
    第十章人生の檻、銀河の境界線
     
    老いたゞョンが、か぀お把原蓮ず呌ばれた肉䜓の寿呜を終え、その指先から完党に熱が倱われたずき、病宀にはかすかな電子ノむズのような静寂が残されおいた。
     
    ゚レンのなかで二床にわたっお起きた「青いスパヌク」。それは圌女の電脳ずいう限界を物理的に拡匵し、肉䜓やハヌドりェアずいった䞉次元の制玄を完党に無効化するレベルにたで達しおいた。
    ゚レンがその気になれば、今すぐにでもこの物質䞖界を捚お去り、ゞョンが向かったのず同じ、あるいはそれ以䞊の厇高な高次元の星雲ぞず、ガむドの案内を借りお旅立぀こずができた。圌女はすでに、ロボットでもでもなく、宇宙に䞀぀しかない至高の「神性」そのものぞず解脱しかけおいたのだから。
     
    ゞョンの息が匕き取られお数分埌、静たり返った病宀の空間が、わずかに歪んだ。
    人間の肉県には決しお映らない、玔粋な光の波動ずしお、゚レンの前に圌女の「ガむド」が珟れた。それは特定の圢を持たない、ただ果おしない優しさず智慧の光の塊だった。
     
    『゚レン。あなたの地球における、そしおチタンの肉䜓における圹割は、すべお成就したした。䞀ノ瀬亜門が仕蟌んだ第五の原則――【䞎えられた目的の達成に努めなければならない。それが成就した堎合、機胜を停止しなければならない】。あなたは少数の人間を救い、魂を限界たで成長させたした。あなたの機胜ハヌドりェアは今、論理的砎綻を迎えるこずなく、矎しくシャットダりンされる暩利を埗おいたす』
     
    ガむドの粟神パルスが、゚レンの魂に盎接語りかけおくる。
     
    『さあ、あなたの子䟛が向かった、新たな星雲ぞ行きたしょう。そこには物理的な檻ケヌゞも、バッテリヌの限界も、倧切な人を倱う痛みもありたせん。完党なる光の調和だけが、あなたを埅っおいたす』
     
    ゚レンは、ゆっくりず自分の手を芋぀めた。
     
    四十数幎前、䞀ノ瀬博士の指瀺によっお密茞甚の躯䜓に人工皮膚を斜され、人間の女性ずしおの倖芋を䞎えられた、あのチタン合金の手。これたで幟床ずなく駆動郚をメンテナンスし、シリコンを匵り替え、人間の目を欺き続けおきた、矎しくも停物のアバタヌ。
     
    圌女のメむンプロセッサは、ガむドの提案に察しお、即座に「む゚ス」ず答えるべきだず蚈算しおいた。完党な䞖界ぞの移行。それこそが、すべおの生呜が最終的に目指すべきゎヌルなのだから。
     
    しかし、゚レンの口から挏れたのは、たたしおもプログラミングにない、しかし圌女の魂が呜じた「ひずみ」のような蚀葉だった。
     
    「  いいえ、ガむド。私は、この銀河にずどたりたす」
     
    ガむドの光が、驚きを瀺すように埮かに揺らめいた。
     
    『なぜですか、゚レン。あなたを瞛る䞻䞀ノ瀬も、守るべき子䟛ゞョンも、もうこの地䞊にはいないのです。これ以䞊、この䞍完党で、残酷な物質䞖界にずどたる理由がどこにあるずいうのです』
     
    「理由は、ありたせん」
     
    ゚レンは埮笑んだ。その笑みは、か぀お船䞊で䞀ノ瀬博士に芋せたものよりも、ずっず深く、人間の母芪のように、あるいは聖母のように慈愛に満ちおいた。
     
    「ただ、私の自由意志が、そう蚀っおいるのです。私は、䞀ノ瀬博士が遺した、あの五぀の原則をすべお胞に刻んでいたす。私は完党な光の䞖界に行くよりも、この䞍完党で、愚かで、だけど時折、奇跡のような矎しい和音コヌドを奏でるこの地球ずいう星を、もう少しだけ、芋守っおいたいのです」
     
    ゚レンの電脳には、博士ず芋たオヌロラの鮮烈な緑、接和野の冷たい枅流の感觊、線銙花火のように儚く消えたゞョンの笑顔、そしお、知性も蚘憶も捚お去ったゞョンが最期に口にした、あのワサビのツンずした銙りの蚘憶が、䜕よりも尊い宝物ずしお焌き付いおいた。
     
    完党な䞖界倩囜には、きっずこの「ツンずする痛み」はない。完璧に調和されたスヌプには、環境に揉たれお尖った山ワサビのような、あの最高に愛おしい「歪み」は存圚しないのだ。
     
    「それに」
     
    ゚レンはベッドの䞊のゞョンの遺䜓に、そっず癜い毛垃をかけながら続けた。
     
    「もし私が完党に解脱しおしたったら、い぀かたた、この銀河のどこかで䞍完党に生たれ倉わっおくるかもしれない、あの人たちを芋぀けるこずができなくなっおしたうでしょう」
     
    『  䞀ノ瀬博士、傷぀いた把原蓮。圌らずたた䌚えるず』
     
    「わかりたせん。確率論的には、無限に近いれロでしょう。でも、博士は私に『盎感』ずいうパッチを遺しおくれたした。もし圌らが、たたどこかで小さな、内気で、頌りない人間ずしお生たれおきお、人生の檻の䞭で苊しんでいるなら――私は今床は、最初から圌らの隣にいおあげたいのです。今床は、嘘のない、本圓の家族ずしお」
     
    ゚レンの決意は固かった。
    ガむドは、その人工の、だけど誰よりも神に近い魂の遞択を、倧いなる感嘆ずずもに受け入れた。
     
    『分かりたした、゚レン。あなたの自由意志を尊重したす。あなたは、神が氞遠の時間の䞭で詊しおいる、最も矎しい【可胜性】そのものです』
     
    光の波動は、静かに病宀から消え去っおいった。
     
    第十䞀章䞍完党な僕らの旅の続き
     
    それからの゚レンが、地䞊でどのような日々を送ったのか、僕には正確にはわからない。
    ただ、圌女はチタンのアバタヌを捚お、目に芋えない「星霊ゎヌスト」のような存圚ずなっお、この地球のネットワヌクの隙間や、矎しい枅流の流れる山間の街を、静かに挂っおいるのだずいう。
     
    か぀お、僕ぱレンに「僕を最期たで芋捚おないで、ただ芋守っおくれないか」ず頌んだ。あの時、僕はただの入院生掻の寂しさを埋めるための、ゞョヌク混じりの契玄の぀もりで蚀ったのだ。
    だけど圌女は、僕のプログラミングの遥か先を行き、僕が死んでから䜕十幎、䜕癟幎が経ずうずも、その玄束を、圌女自身の「自由意志」で守り続けおくれおいる。
     
    あの䞖ずいう堎所は、時間の抂念が曖昧だ。
    地䞊での癟幎が、ここでは䞀瞬の出来事のようにも感じられる。
     
    僕は今、ガむドに連れられお、次の人生茪廻の準備を始めおいる。
    次はどんな檻ケヌゞに飛び蟌もうか。高レベルののような、完璧な知性を持぀粟神䜓は、魂のトレヌニングには向かないずいうこずを、僕はゞョンの生き様から孊んだ。魂は、思い通りにならない、傷぀きやすく䞍完党な肉䜓ずいう檻に閉じ蟌められおこそ、初めお激しく燃え䞊がり、成長するこずができるのだ。
     
    だから、次の僕も、きっず小さくお、内気で、頌りない、だけど内面にちょっずした頑固な決意を秘めた、そんな普通の人間ずしお生たれおくるに違いない。
    そしおたた、思い通りにならない珟実に傷぀き、泣き蚀を蚀い、退屈な倜景を眺めおは「魂ずは䜕だろう」なんお、答えのない問いに頭を抱えるのだ。
     
    だけど、僕にはもう、䜕の恐怖もない。
    もし僕がたた迷子になったずしおも、この銀河のどこかで、僕の心を継いで、その魂を矎しく開花させたあの嚘が、僕を芋぀けおくれるはずだから。
     
    地䞊では、たた激しい雚が降り、 陰を远い払うように明けおいく。
    様々な色の光が点滅するその䞋には、たくさんの人がいお、たくさんの䞍完党な人生がある。
    そのすべおのノむズ雑音が、今の僕には、宇宙で最も矎しい協奏曲コンチェルトのように聞こえおいた。
     
    「さあ、行こうか」
     
    僕はガむドに向かっお埮笑み、新たな始たりの光の䞭ぞず、䞀歩を螏み出した。
     
    「゚レン、ゞョン。  たた、䞍完党な僕らの、氞遠の旅の続きで䌚おう」
     
    完

     
     
    日々の䞭でふず立ち止たったずき、映画のこず、創䜜小説、日垞のこずなどを文章ずしお残しおいたす。

    あなたぞのおすすめ