😿トリガー
その㉖
「やめて」
1年ほど前のことです。
高校生の長女にこんな事を言われました。
娘 >「ママってさ、私が弟妹(小学生)と遊んでる時『やめてよ〜』とか言ってると弟妹たちの事スゴイ怒るじゃん、なんで?」
「え ?? だって、アナタ『やめて』って言ってんじゃん?私が助けなかったらずっと苦しいでしょ?」
娘 >「私達、フザケて遊んでるだけだよw」
「どういうこと? それだって『やめて』って言ってんだから、もうそれ以上はやっちゃだめじゃない」
娘 >「じゃあ、ママは『やめて』って言ったのに、もし止めてくれなかったら、どうにかなるの?」
「それは、、その人(言ってもやめない人)は殺されても仕方ないんじゃない?」
娘 >「うぅ‥wそれまじで言ってるの?😳」
「そりゃそうでしょ。『やめて』って言ったのに止めてくれなかったんだからw」
娘 >「因みにママに何回それ言わせたらその人殺されちゃうわけ‥?」
「ま、3回言っても止めてくれなかったら正当防衛じゃない?法律がオカシイよね」
娘 >「あのさ…実はさ、私の『やめて』って大した意味ないんだよ。コチョコチョとかして遊んでる時につい口から出ちゃうだけで」
「ちょっと、、、嘘でしょ!?😳」
娘 >「本当🤣私だけじゃないよ、弟や妹の『やめて』も、そんなに嫌がってるわけじゃないと思う…」
「そんな、、まって、、『やめて』って言ったら、普通口にした時はもう限界でしょ?そんな簡単に出てくる言葉じゃないでしょう?」
娘 >「そうなんだ…ママの『やめて』って、そんなに重い言葉だったんだね…」
「‥‥」
娘 >「私達はさ、そんなに我慢してないよ。だから、10回『やめて』って言ったとしても、別に怒ってないし、辛くもないんだよ」
「え、、 」放心
娘 >「ママ、凄く我慢してたんだね。今までの『やめて』ってそんなに辛かったんだ。私達も実はママが怖過ぎるから遊びながら緊張してたの」
「そうだよ… 辛かった…でもみんな止めないから、いつ誰が殺されても仕方ないって思ってた…」
娘 >「うん‥分かった。とにかくね、これから私達の言う『やめて』は気にしなくていいよ!私達はいつも遊んでるだけで誰も怒ってないし、言ったとしてもそれは辛いって事じゃない。だから、ママ、私達遊んでるの見てそんなに緊張しないでいいからね😊」
「‥じゃあ聞くけどさ、、アナタ達、本当にもう限界って時は人に何て言うの?助けて欲しい時に『助けて』って言えるの?」
娘 >「限界まで我慢なんてしないし、私達はお互いにそこまでやらない」
「限界って普通毎日何回もあるよね…?毎日死ぬくらい辛いのに、誰かに助けてもらったり止めに入ってもらわなきゃ明日死んじゃうんじゃない…?」
娘 >「そんな事で死なないw」
「うそーーー😭」
1年前の目からウロコが落ちた日でした💧💧
この時50才ですよ💧💧
私はそれまでずっとこの思考が普通だと思って生きてきました。。
‥ 実はそれには明確にキッカケになったトラウマがありました。中学生の時に父から受けた暴力でした。
‥‥‥
小学生時代は父と一緒に「エロビデオ/暴力ポルノ」を観ることが私の役目だったんですが(その㉕[前編]をご覧下さい😌)
しかし中学生になるとそれは私も「いや」と言えるようになり、身体が大きくなったのもあって誘われなくなったんです。それで父が新たに始めたスキンシップとして、帰宅後にプロレス技を仕掛けるという暴力が始まりました。
帰宅すると直ぐに捕まってリビングへ引きずられ、首を絞められて、あちこち手や足で締め付けられ、掴まれて投げられて転ばされて、色んな体勢で自由を奪われる。毎日続きました。私の中学校、セーラー服だったんです‥(;_;)恥ずかしかった。
私は涙と鼻水を流して家族の前で晒し者でした。。そのうち最初は笑っていた妹達も次第に「お父さん、やめて」「お姉ちゃん息できない」「死んじゃう」と言って止めに入るようになりました。
それで父の力が少し抜けた時にやっと出るコトバ、、それが私の「‥やめて‥」だったんです。
むせて咳きこむ私と、それを笑う家族が私の中にいつもありました。。父は懇願する私を見ていつものけ反って笑ってたんです。
その内やめてと言う気力も無くなりましたが、だけど苦しくて苦しくて、つい言っちゃうんです「…お父さんやめて…」って。
私にとっての『やめて』は屈辱、惨敗、降参、服從、ごめんなさい、もう許して、分かった、コレ以外のことなら何でもやります…といった口にできない数々の意味をもつ言葉でもあったんですよね。。
あれから40年も経ったんですね。
自分でも気付いていなかったトリガー。
娘の言葉で蘇った記憶でした。
‥‥‥
今日も最後まで読んで下さりありがとうございます🙏😌
どうぞ皆さま良い一日をお過ごし下さい♡
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