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男をやめても瓶の蓋は開かない

    最近は「有害な男性性(トキシック・マスカリニティ)」をどうにか捨てられないか検討を続けています。
    「男は強くあれ」とか、「泣くな」とか、「弱音を吐くな」とか、そういう呪いが社会をダメにしてるって話らしいっすね。高級プロテインを売りたいメーカーが「強くないと男じゃない」と刷り込むために流した壮大なステルスマーケティングなんじゃないですかね。
    いいですか、オレは「有害な男性性」なんて今すぐ脱ぎ捨てて軽やかなリカバリーウェアに着替えたいと思っています。オレは感情で語りたい。

    1.オレはこれを捨てたい

    捨てたい。本当に捨てたい。
    オレはもっとドラマの最終回で鼻水を垂れ流しながら泣きたいし重い荷物を持った時には「ムリ、重い」と素直に言いたい。
    鋼鉄の甲冑脱ぎ捨てたい。「フル心(フルシン)」になりたい。 心に服を着せない。心に絆創膏を貼らない。 風通しのいいリカバリーウェアで実家の猫と日向ぼっこするような生活を送りたいんだわ。

    2.捨てた後の世界

    有害な男性性を捨て去った先には、どんな世界が待っているのか。
    それは多分、お風呂上りの脱衣所のような湿り気のある平和な世界です。
    「男なんだから」というガードを捨てた瞬間、オレたちの心は無防備で無垢な「フル心(フルシン)」になります。
    誰に対しても弱音を吐ける。誰の前でも泣ける。 それって、魂と魂がガッツリいっちゃってる状態じゃないですか。
    誰もがお互いの凹んでいる部分をパズルのように組み合わせて生きていく。道行くおっさんとすれ違いざまに「あ、今日もしっかり凹んでるね、いい感じだよ」と声を掛け合い涙を流し合う。なんか全員、加湿器みたいになる。
    正論とか、生産性とか、そんなゴミみたいな言葉はGHQが置いていった遺物であって、オレたちはただ、お互いの弱さをぺろぺろし合い、癒やし合う。 それが、有害な男性性を捨てた後に訪れる、湿り気のある脱衣所なんです。

    3.捨てきらないほうがいいかも

    でもね、ちょっと待ってください。 本当に捨てちゃっていいの?
    有害な男性性を捨てるってことは、つまり「毒」を捨てるってことと同義なんですよ。 タバコがなぜカッコいいか。それは毒だからです。 「有害な男性性」という猛毒をオレたちは毎日舐め舐めして、「俺カッケー」ってなってるわけじゃないですか。「激務で死にそうだけど、一切顔に出さないオレ、毒ナイフぺろぺろしてて最高にエモい」 この感覚、捨てられますか?

    どうしても開かないジャムの瓶の蓋に対峙したとします。そんな時、周りが全員「弱くてもいいんだよ」「無理しなくていいんだよ」と寄り添い合うおっさんの妖精さんばかりだったら、その瓶は一生開かない。中身の甘いジャムは一生誰の口にも入らないんです。

    ★有害な男性性を捨てるための5つの方法★
    ・男性であることをやめる
    物理的に無理なら、気持ちだけでも猫になりましょう。猫に男性性はありません。
    ・常に泣きながら生活する
    コンビニで「温めますか?」と聞かれただけで号泣してください。有害さは消えますが、不審者として通報されます。
    ・女装をする
    「強くあれ」から一旦ログアウトできます。ただし、別の毒にハマる可能性があります。
    ・心にヤードムを塗る
    感度が3000倍になり、上司の叱責でほぼ逝きかけます。サーセン。
    ・マッカーサーに相談する

    結局のところ、毒はストレートに限るんです。 有害であればあるほど、その呪いに耐えている自分の物語が加速する。 「オレ、今、社会のバグみたいな価値観に縛られてて、マジでボロボロの窪塚洋介くらいカッコいいわ」 そう思えたら、開かない瓶の蓋はないんじゃないですか。

    結論: 有害な男性性は、捨てるものではなく、美味しくいただく「毒」である。
    いかがでしたか? 男性性を捨てたい方も、持ち続けたい方も、まずは池袋ウエストゲートパークを観てみてください。

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