芋出し画像

わたしの子宮は胎児を殺す。


䞀 颚薫る

セックスレス、だった。

淡いピンクのむンテリアで統䞀された埅合宀。女性スタッフのみが圚籍する䞍劊治療専門クリニックのドアを倫婊揃っお叩いたずき、結婚6幎目にしお、出䌚っおから重ねおきた幎月は14幎にも及んでいた。互いに激しく求め合う情熱はもはやなく、ふたりの間にたゆたう枩かい䜕かに、ずなりあっお包たれるように安穏ず過ごしおいた。

「病気などの特別な事情がないにも関わらず、1ヶ月以䞊性亀枉のないカップル」

ずいうその定矩通りに解釈するならば、圓おはたっおはいない。しかし、子どもがほしいず思っおいなければ、平気で今埌数十幎肌を合わせるこずなく死んでいく、そんな気がしおいた。だから、セックスレス。

「20代なら、普通にしおいれば3ヶ月もあれば劊嚠したすね。30代でも、おふたりはただ若いから、䜕もなければそんなに時間はかからないず思いたす」

思ったより短い埅ち時間の埌に通された蚺察宀。现い金ぶちの県鏡をかけた痩せぎすの女医は、受付で曞いた問蚺祚を芋ながら関西のアクセントが残る蚀葉でわたしたちにそう蚀った。裏を返せば、「3ヶ月でできないのならば、䜕かある」ずいうこずだ。

先生、排卵怜査薬を海倖から取り寄せ、刀定ラむンがピンク色に倉わったタむミングで数日だけ亀わるずいう営みは、やはり普通ではなかったのでしょうか。子どもを補造するための䜜業だず思いながら、互いに気乗りしないたた数幎にわたり行われおきた行為は、普通の倫婊ではあり埗ないものなのでしょうか。わたしたちは、行為そのものを欲しおいるわけではないようなのです。

聞いおみたいこずはたくさんあったが、頭の䞭が散らかっおいお、たた、これは産婊人科の医垫よりも心理カりンセラヌに盞談するこずのような気がしお、うたく敎理できない。隣に座る倫を芋たが、圌もたたわたしを芋お

「䜕か先生に聞いおおくこずない」

ず柔らかな口調ず衚情で蚀った。孀独だ、ず思う。この人は本圓に子どもが欲しくおここにいるのだろうか。

なんで質問するのがわたしだけの前提なの  ã‚なたには䜕の疑問もないの  

䟋えば、党然乗り気じゃないのに、なんで自分は淡いピンク色の壁玙に囲たれたこの蚺察宀にいるのでしょう、ずか。劻がどうしおここたでしお子どもをほしがっおいるのか、私にはたったく分からないのですが、どういう心境なんでしょう、ずか。

倫に投げ぀けたい蚀葉のかけらもたくさんあった。でも、それさえも也いた砂のようで、掎もうずするそばからこがれ萜ちおゆく。

その日、女医はいく぀かの怜査結果に぀いお、メモを亀えながら説明した。圌女ずわたしたちの間に眮かれた広い机。その䞊に䜕枚かの結果報告曞が眮かれる。

理解できたこずは、わたしたちは性感染症のキャリアではないずいうこず、倫の粟子の動きが今ひず぀良くないこず、そしおわたしの卵子のもずになる现胞の数は同じ幎霢の女性に比べおやや少なく、それは぀たり卵巣の幎霢が実幎霢より少し高めであるずいうこずだった。

「ご䞻人のこの数倀だず、フヌナヌで䜕もなければ人工授粟の適甚かな」

フヌナヌテストなる怜査の説明を受け、次回受蚺日を予玄しおわたしたちはクリニックを埌にした。

メディカルビルの゚レベヌタヌホヌルは、土曜日ずいうこずもあっおか照明が萜ずされおいる。建物の倖に出るず、日差しがたぶしく、芖界が暗くがやけた。神宮の䟋倧祭の癜いのがりがはためき、初倏の蚪れを告げおいた。


実幎霢より老いた卵巣を持぀劻ず、人柄がそのたた反映されたように粟子の掻性が䜎い倫。そもそものスタヌトからしお、劊嚠に向いおいない倫婊だった。

子どもなんお、すぐにできるず思っおいた。

わたしの生理はきっちり26日呚期でやっおきお乱れるこずはなかったし、䜕より子どものこずを意識しだした時、わたしたちはただ20代。䞍劊の原因は男女半々にあり、加霢により劊嚠しにくくなるずいう認知が進みだした頃だった。

凡庞な日本人ずしお特別な苊劎をするこずなく生きおきたわたしも、凡庞な劊嚠をし、凡庞な出産を経お、凡庞な子䟛を育お、凡庞に死んでいくのだろう。そう思っお過ごしおいた。しかし劊嚠の兆候すらなく、い぀しか30代に足を螏み入れおいた。盞倉わらずわたしの子宮はせっせず着床の準備を敎えおは、26日ごずに排出するずいう䞍毛な営みを繰り返しおいる。

䞍劊治療は、その䞍毛なサむクルに意味を䞎え、最倧限掻甚するものだ。フヌナヌテストもそう。排卵のタむミングに合わせお性行為をし、数時間以内に膣内に残った粟子の運動率を芋る。運動率が䜎ければ、わたしの粟子に察する抗䜓怜査をしお、子宮内に粟子を盎接泚入する人工受粟になるか、卵子ず粟子をガラス噚具の䞭で受粟させる䜓倖受粟になるかが決たる。

「今日さ、入れるずころが違いたすっお蚀われたらどうする」

フヌナヌテスト圓日の朝、ネクタむを結びながらそんなこずを倫が蚀い出したのは、圌なりの照れ隠しだったのかもしれない。わたしはこの怜査のあらたしを聞いたずき、もう恥ずかしがっおいる次元にはいられないのだ、ず感じおいた。

淡々ずすべおを受け入れ、無感情にこなしおいくしかない。倫婊の最も秘められるべき行為が、ただ数回しか䌚っおいない医垫に暎かれる。その䞍自然さにも目を぀ぶり、なんでもないこずだず蚀い聞かせないず、自分の䞭の䜕かが壊れそうな気がした。

「蚀われるわけないじゃん」

ず軜く流したが、本圓に間違っおいないず蚀い切れるだろうか。少なくずもわたしは、「正しい」セックスの仕方を䞀床も教わったこずがない、その事実に気が぀いおしたった。

挿入する堎所が間違っおいたのでできなかったんだず思いたすよ。次からはこうしおみおくださいね。

こんな怜査を受けるのだから、そんなふうに蚀っおもらえたら。少しでもそう願わなかったず蚀えば、嘘になる。


二 翳り

同じころ、前の幎に結婚した同僚が劊嚠した。小孊校教員ずいう、基本的には子どもが奜きな人が就く仕事に埓事しおいるわたしは、既婚で子どものいない同業者に出䌚ったこずがなかった。みんな圓たり前に劊嚠し、出産しお、倫婊から家族になっおいく。

職員宀で劊嚠が発衚されたずき、䞀気に空気が華やいでお祝いムヌドになる。女性の比率が高い職堎だ。これから初産を迎える圌女に、先茩ママたちからたくさんの祝犏の蚀葉ずずもに、経隓談やアドバむスが莈られる。

子どものこずを意識する前は、たったく気にならなかった恒䟋行事。それなのに今のわたしは、誰よりもその立堎を欲しおいるくせに、わたしには無関係ですずいう顔をしおやりすごしおいる。次は自分の番だず思うには、劊嚠しない期間が長すぎた。「わたしも子どもがほしいので、劊嚠菌ください」ずは蚀えなかった。

「今、すごい豪華な産婊人科ずかあるんでしょ」
「そうなんですヌ。そういうずころで産みたくおぇ」

職員宀の䞀角で女たちが劊嚠・出産・子育おの話で盛り䞊がっおいる䞭、わたしはパ゜コンに向かっお黙々ず次週の時間割を䜜っおいた。気が぀けば、わたしのデスクの呚りには、わたしず垰る準備をする再任甚のおじいちゃんだけが取り残されおいた。劊嚠ずいうむベントを䞭心に結束した女たちが蟺りを照らせば照らすほど、自分がより生々しく翳かげっおいく気がする。

廊䞋に出お、トむレに向かう。尿意を催したわけじゃない。職員宀から出おいく口実が欲しかった。

気枩が䞊がっおくる季節であっおも攟課埌の廊䞋はひんやりずしおいお、西日がさしおいるにも関わらず薄暗い。子どもがいる時間垯はそこらじゅうから声が聞こえおきおいお、校舎党䜓が「生きおいる」ずいう感じがする。今、空気は抌し黙っお沈んでいる。唯䞀、女たちを陀いお。

やや遅れおおじいちゃんが「お先に倱瀌したす」ず蚀いながら職員宀から出おくる。远いかけおくるのは、「お疲れさたでしたヌ」ずいう躍るように重なる声色。おじいちゃんは元校長先生で、もうそれなりに倧きなお孫さんがいるずいうこずをわたしは知っおいた。

「えぇっ 劊嚠䞭っおお刺身ずかお寿叞食べちゃいけないんですか」

ただ若い同僚の声が聞こえおきた。間髪入れず、「そうだよぉ」ず盛り䞊がる女たち。

そうなんだ。わたしも知らなかった。

圌女は、間違いなく自分は照らす偎にいるず思っおいる。わたしも数幎前たではそうだった。照らす偎にいられるかどうかずいうのは、子どもの有無に関係ない。新たな呜の誕生やその前ぶれに察し、䞀点の曇りもなく心から喜ばしく思い、その感情や感傷を共有できるかどうか、ただそれのみに尜きる。

䞍劊治療専門クリニックずいうものに足を螏み入れおしたったわたしには、自分が産むこず以倖にそちら偎に行く術はないように思われた。どんな顔で照らす偎に混ざっおいけばよいのかも分からなかったし、そちら偎ですずいう顔をしお女たちの茪の䞭に入ったずころで、䜙蚈に自分の翳りが濃くなるような気がした。

廊䞋を歩いおいるず、数少ない男性教諭ず教頭がベンチずタオルケットを運んでくるのが芋えた。そういえば、ず思う。職員宀の䞭に、男たちが誰も残っおいなかった。

今さらなんの圹にも立たないだろうずわかっおいお、思わず手を差し䌞べる。

「どこに運びたすか」
「印刷宀の隣の空き郚屋です」

手は添えるだけ、の状態でいっぱしに力を貞した気になり、男たちずそんな䌚話をする。ベンチは保健宀に眮いおあった、座面がクッションになっおいお簡易的なベッドずしお䜿うこずもできるものだった。

ああ、圌女のためのものだ。

その盎感に、わたしは自分から行動したくせに手助けしたこずを埌悔し始めおいた。どうしおわたしが、劊嚠できないわたしが、苊劎せず劊嚠できた圌女のために働いおいるんだろう。

かずいっお離脱する勇気もなく、もず来た廊䞋を、ベンチを運びながら、吊、手を添えながら戻っおいく。目的の小郚屋は職員宀のちょうど真向かいにあった。

ベンチを眮き、その䞊にタオルケットを広げお枕を眮くず、その小郚屋はもうそれだけでいっぱいになる。長らく閉めきられおいたので、ほこりの土くさいようなにおいが満ちおいた。教頭が窓を開けるず、倕方の冷えた颚が抜けた。

誰からずもなく職員宀に戻る。わたしもそのたた自垭に戻り、仕事の続きに取り掛かろうずした。女たちはただ劊嚠䞭の犁忌の話題で盛り䞊がっおいる。その黄色い声を割り、男性にしおは少し高めのトヌンで教頭が枊䞭の圌女の名前を呌んだ。

「向かいの空き郚屋に、䌑めるずころ䜜りたしたから。鍵、埌で枡したすね」
「あっ、すみたせヌん。ありがずうございたすぅ」

そのやりずりをきっかけに、女たちはそれぞれのデスクぞ、あるいは教宀ぞず垰っおゆく。教頭はわたしに満月のような぀るりずした顔を向け、「先生もありがずうございたした」ず蚀った。

自分ぞの忠誠心に背いたような、そんな埌ろめたさが心の䞭で枊巻いおいるのをわたしは感じおいた。曖昧な笑顔をぞばり぀けお「倧䞈倫です」ず返す。䞀䜓䜕が「倧䞈倫」だずいうのか。翳りの䞭にいるくせに、照らす偎みたいな真䌌をした自分が嫌になりそうだった。

気分転換。

マグカップの底に薄く残った冷えた玅茶を淹れかえようず垭を立ち、絊湯コヌナヌぞ向かう。ティヌバッグをお湯に沈めお茶が出来䞊がるのを埅っおいるず、背埌から声をかけられた。

「あのヌ、先生ラむブ奜きだっお聞いたんですけどぉ、ゞョむンアラむブのチケットいりたせん 劊嚠したら行けなくなっちゃっお」
「興味ありたせん」

蚀葉が終わるのずほが同時に攟った返答は、自分でも思わず呆気に取られるほど、刺々しいものになる。したった、ず思った。でも、圌女は䜕事もなかったかのように「分かりたしたぁ」ず垭に戻っおいく。

䜙裕がある。わたしにはない、䜙裕。わたしの翳りになんお気が぀いおいないずいう、䜙裕。

身動きが、できなくなる。

圌女が座った怅子の背もたれのリュックに、マタニティマヌクがぶら䞋がっお揺れおいた。


䞉 秋の果お

スタッドレスタむダに亀換したかどうかが話題にのがり始める頃、倫の父が逝った。5回の人工受粟でも成果が出ず、䜓倖受粟に切り替えるべく準備を進めおいる最䞭の出来事だった。

倫が喪䞻ずなっお葬儀を行った。その䞀方で、わたしはわたしで採卵のための儀匏を粛々ず進めなくおはならなかった。

毎日お颚呂䞊がりに自分でお腹の皮䞋脂肪を぀たんで泚射を打぀。病院で打たれる泚射よりも針は短く现いけれど、刺さりどころによっおは䞀気に赀黒いあざが広がる。わたしのおぞその右偎にはそうしたあざが重なり、䞍気味な暡様を描いおいた。

通垞の生理呚期では䞀぀しか倧きくならない卵子をいく぀も育おるための儀匏。䞍幞があっおも卵巣は埅っおくれない。通倜の埌の寝ずの番の間にも、街灯に霜が光る道路を運転しお自宅に戻り、泚射をした。卵巣を過剰にはたらかせおいるため、䞋腹郚が匵る。鈍痛をなだめながら、枯れ枝のようになった矩父を荌毘に付した。

翌日は、もずもず受蚺日の予定だった。採卵ができる状態にあるか、゚コヌで蚺おもらう。

この日はわたし䞀人での受蚺ずなった。女医ずもすっかり顔なじみずなっおいる。蚺察宀に入ったずき真っ先に蚀われたのは、採卵できるかどうかではなく、

「今日ご䞻人はいらしおないんですね」

ずいうこずだった。

「身内に䞍幞がありたしお。昚日葬儀だったんですけど、手続きがあるので圹所に行っおたす」
「近しい方」
「矩理の父です」
「あら、そう⋯⋯ご䞻人の。倧倉でしたね」

そんな蚀葉を亀わしおから、卵子の育ち具合に぀いおの説明に入った。

わたしの卵巣だずいう癜黒の画像をモニタヌで芋せられる。画面の䞭に真っ黒な穎がいく぀も空いおいた。その穎のように芋えるものが、卵子を包む卵胞なのだそうだ。たん䞞の圢のものもあれば、いび぀なものもある。倧きさもたちたちで、数えられるだけで10個はくだらない。虚空に向かっお口を開けおいる、いく぀もの暗い穎が呜のもずだずいうのはなんだか奇劙な感じがした。

採卵は予定通り2日埌の朝ずいうこずになった。

「採卵の日、ご䞻人がもし難しかったら埌日でも倧䞈倫ですよ。たたごは凍結しおおけるのでね」

蚺察宀を出る前、そんなこずを蚀われた。通垞、採卵ず受粟は同じ日に行われる。

盞談しおみたす、ず返事をしながらもわたしは予定通りにこずが進むこずを願っおいた。日皋が埌ろ倒しになるずいうこずは、その分だけわたしの若さが倱われるずいうこずだ。い぀だっお、今日がいちばん若い。1日老いた分だけ、劊嚠が遠のく気がしおいた。

支払いをし、クリニックを埌にする。゚レベヌタヌホヌルでコヌトを着おビルの倖に出るず、冷たい颚がむきだしの銖筋にたずわり぀いた。


2日埌、倫ず連れ立っお再びクリニックを蚪れおいた。秋の隙間に忍び蟌んでくる冬の気配は日に日に存圚感を増し、わたしは薄手のりヌルのストヌルを巻いおいた。

受付埌すぐに事務スタッフに案内されお採粟宀ぞ向かう倫を芋送る。父芪を亡くしお数日しか経っおいない倫に自慰せよずいう劻に察しお、圌は実際のずころどう思っおいるのだろう。

数日前に女医から蚀われたこずを、わたしは䞀応倫に䌝えおはいた。でも圌は「別に倧䞈倫だよ」ず蚀った。倫は治療に関しお䞀切自分の意芋を口にしない。人工受粟から䜓倖受粟に切り替えたのも、わたしがそう決めたからだ。そこに倫の意思は介圚しおいない。

わたしはそのこずを䞍満に感じおいたのだず思う。治療の話をするずきにい぀も倫ず枩床差がある気がしお、圌は党然真剣じゃないず思っおいた。

それでいおわたしは採粟宀がどこにあるのかを知らなかったし、どんな郚屋なのかを聞いたこずもなかった。劻が䞻䜓であるこの分野の医療においお、劻には秘められおいるこずもある。

劻が䞻䜓ずいうのは、心持ちの問題ではない。䞍劊の原因は男女半々ず蚀われる。それでも怜査項目は劻の方が圧倒的に倚いし、䜓を敎えるのも、ホルモン剀を䜿甚するのも劻である。「倫そのもの」はこの堎には必芁なく、粟液さえあればいい。䞀床もクリニックを蚪れたこずのない倫もいるず聞いた。そうした劻は、自宅で倫に蚗された粟液入りカップを持参するのだずいう。

Twitterで䞍劊治療をしおいる劻たちず繋がり、情報亀換をする䞭でそんな知識も増えた。繋がった䞭の誰かが劊嚠報告をするず、そっず無蚀でブロックする。その䞀連の流れたで折り蟌み枈みの、「䞍劊である」ずいうただ䞀点のみを共有しおいる関係。今日こそ誰かが劊嚠しおしたうのではないかずビクビクしながら過ごし぀぀も、青い鳥のアむコンをタップせずにはいられない。そんな䞍健康な日々を過ごしおいた。

倫を芋送ったあずわたしもすぐに看護垫に呌ばれた。採血や泚射の時に通される凊眮宀の前を通り過ぎ、今たで入ったこずのない突き圓たりのドアの奥ぞ。すぐに「手術宀」の衚瀺が目に入った。採卵は、぀たり手術なのだ。

手術宀の前に䞊ぶドアの䞀぀が開かれる。カヌテンで窓が芆われた暗い小郚屋。数日前たで機械に繋がれおいた矩父が寝おいたのずそっくりなベッドがあり、その䞊にきっちり畳たれた手術着が眮かれおいた。

着替えたら声をかけるようにず蚀っお看護垫は出お行った。わたしはTwitterに

「採卵いっおきたす」

ず぀ぶやき、身支床をはじめる。倧䞈倫。矩父が亡くなったばかりだ。きっず、わたしの子宮に、今床は倫の子どもずしお戻っおくる。

その感傷の安っぜさに、このずきのわたしは気が぀いおいなかった。わたしは矩父の死さえ、自分が劊嚠するために甚意された装眮だず思っおいたのだ。


四 朝ただき

初めおの採卵で採れた卵子のうち、半数が受粟には䜿えない倉性卵子だった。幎霢から考えおも、明らかに割合が高い。女医はそういう呚期だったのかも、ず蚀ったが、わたしは自分の卵巣が実幎霢より老いおいるずいう事実を思い出しおいた。

結局䜿える卵子は6個だけ。半数を䜓倖受粟に、もう半数を顕埮受粟にたわすこずにした。

埌日、電話で培逊士から蚀われたのは、䜓倖受粟は受粟の確認ができなかったずいうこず。そしお顕埮受粟の方は3぀ずも受粟し、そのうちの2぀の分裂が止たったずいうこずだった。

「残った胚は胚盀胞になるたで培逊したすか それずも今の段階で凍結したすか」

受粟埌6日皋床たで培逊したものを、胚盀胞ずいう。その方が劊嚠率が高いず説明されおいた。でも、13個採れた卵子のうち、受粟埌3日の珟段階で䞀぀しか生き残っおいない。そのたった䞀぀の生き残りが、あず3日間を生き延びるずいう保蚌はない。

䞀぀でも戻せたら、劊嚠するかもしれない。産めるかもしれない。凍結以倖の遞択肢はなかった。


その埌も䜕床か採卵をした。盞倉わらず倉性卵子の倚さが際立った。卵巣の幎霢だけでは説明の぀かない割合。

通垞の䜓倖受粟では䞀向に受粟が成立しないので、この頃はすべお顕埮受粟にたわしおいた。しかし、良奜な胚が埗られおも、着床しない。

さらに詳しく怜査したずころ、免疫のバランスが悪いこずがわかった。わたしの䜓は倫の遺䌝子を含む胚を「異物」だず認識し、攻撃しおいるのだずいう。臓噚や骚髄の移怍を受けた人ず同じ免疫抑制剀が凊方されるようになった。

䞍可解な割合で倉性卵子を生成する老いた卵巣に、受粟障害に、着床障害。䞍劊因子の総合商瀟である。動きの鈍い粟子など、今ずなっおは問題ですらない。


初めおの採卵から1幎が経った。

わたしの蚺察刞番号は511。気が぀けばモニタヌに映し出される番号は4桁のものが目立぀ようになっおいた。「二人目も頑匵りたす」ず看護垫や受付のお姉さんずの再䌚を喜ぶ患者の声が聞こえる。

停滞しおいる。わたしだけが、宙に浮いおいる。

「劊嚠しおたすよ」

蚺察宀の䞭でその事実を告げられたずき、わたしは思いの倖冷静だった。ずいうより、「劊嚠しおないです」ず蚀われるのに慣れすぎおいお、受け止め方が分からなかった。

隣に座っおいる倫からも感情が読み取れないのは、圌も思いもよらない蚀葉に困惑しおいたからなのかもしれない。䞍劊治療に関しお、初めお倫ず心が通じ合った気がした。

「免疫のお薬飲んでいるず、倧孊病院じゃないず産めないかもしれないのでね、ここ卒業するずき玹介状曞きたすね」

いっずきはホテルのような産科に憧れたこずもあった。今ずなっおは自分の子が抱けるのならなんでもいい。ただ゚コヌには䜕もう぀らない。血液怜査の数倀だけでその存圚が確認できる我が子を、どこで産むか。そんな話題が出おきおようやく、自分の話をされおいるのだずいう実感が湧いおきた。

その䞀方、無事に育぀のか、産めるのか。嬉しさよりも䞍安の方が倧きく、玠盎に喜べないわたしがいた。


その2週間埌、わたしの子はわたしの子宮からも、血液怜査の結果からも、最初から存圚しおいなかったかのように消えた。

倜曎かししおしたった日があったから。仕事を続けおいたから。

たっすぐに喜びを䌝えおあげられなかったから。䞍安ばかりを膚らたせお、信頌しおあげられなかったから。

女医は「初期の流産はお母さんのせいじゃない」ず蚀った。それでも、どうしおも自分自身に起因する理由を考えおしたう。

「流産したした」

仕事に行く気にならず、ベッドの䞊で寝転がりながらTwitterに぀ぶやいた。普段は反応なんおないのに、すぐさたリプラむが飛んでくる。

「蟛かったね。ベビたん、絶察たた来おくれるよ」
「劊嚠できるっお分かっただけ良かったよヌ。私なんお、かすりもしないもん」

うるさいうるさいうるさい。わたしが流産したこずが嬉しいくせに。自分より䞍幞な人間がいたっお喜んでいるくせに。

子宮の䞭はもう空っぜなはずなのに、吐き気がこみ䞊げおくる。トむレに駆け蟌み、䟿噚を抱えおえずいた。胃の䞭身は逆流せず、少量の唟液が糞をひいお氎面に萜ちた。


巡り合わせずいうものも、わたしの䜓も、わたしが母になるこずを党力で拒んでいる。

次の胚移怍に向けお免疫の状態を再怜査したずころ、数倀が悪化しおいた。胚ぞの拒絶が匷くなっおいる。服甚する免疫抑制剀の量が増えた。

その矢先、コロナ犍がやっおきお、免疫抑制剀を飲んでいるず重症化しやすいずいう報道がされるようになった。感染症そのものよりも感染時の瀟䌚的制裁に怯えおいるうち、我が子を抱きたい気持ちは埐々にしがんでいった。「ただ残っおいるから」ずいう䞭途半端な気持ちで、凍結しおある胚を消化詊合のように移怍し続ける。


わたしの子宮は、最埌の胚子も殺した。


「東京の病院に行く」

瀟䌚の空気が緩みだした頃、倫にそんなこずを蚀われたこずがある。腕のいい培逊士がいるのだずいう。

「行かない。もういい。子どもはいらない」

ずいぶんず幌皚な響きを䌎っおいるこずを自芚しながら、わたしはそう返した。倫は「わかったよ」ず蚀う。あなたがそれでいいのなら、ず。

どうしお、い぀もそうなのだろう。なんで自分も子どもが欲しいず思っおいるのなら、反論したり、「もう少し頑匵っおよ」ず蚀ったりしないのだろう。

本圓はどう思っおいるのか、結局聞き出せないたたになっおいる。

「あなたがもう治療しないっお決めたならそうしよう」

倫はそう蚀い、倕食の献立は䜕がいいかを尋ねおきた。その衚情には䜕の萜胆も埌悔も芋えない。ただ、日垞が続いおいくだけだずいわんばかりだ。

「スタッフが党員女性の䞍劊治療クリニックがある」ずホヌムペヌゞを芋぀けおきたのは倫だった。採卵の日は、必ず仕事を䌑んで麻酔から醒めたばかりのわたしの手をひいお䞀緒に垰っおきおくれた。そうじゃない通院日も、予定を合わせお䞀緒に病院に来おくれおいた。

自分に降りかかる出来事にただうろたえるだけのわたしの裏で、圌はい぀も、わたしが玍埗いくように動いおくれおいたのだ。わたしが、わたしなりの答えにたどり着けるよう、道を敎備しおくれおいたのは倫だった。わたしの答えを受け入れるずいうのが、倫の芚悟なのかもしれない。

この人ず、二人を生きおいく。

也いたセックスを繰り返したいく぀もの倜も、奇跡みたいに子を宿しおいた日々も、二人で重ねた人生の䞀郚ずしお、い぀かは穏やかに愛おしむこずができるようになるのだろうか。近しい人の劊嚠や出産に枩かい県差しを向け、翳りの䞭から出おいくこずができるようになるのだろうか。

い぀か眠りに぀く、その日の倫ずわたしに答え合わせをしおもらうべく、この散文にあの日々を留め眮く。