【うつ病・繊細さん】精神的自立と依存の違い―「一人で頑張る」と「誰かにしがみつく」の間にあるもの
「もっと自立しなければ。」
うつ病や繊細な気質を持つ人の中には、そんな言葉を自分に向け続けている人が少なくありません。
人に迷惑をかけてはいけない。
誰かに頼りすぎてはいけない。
もっと強くならなければならない。
そう考えているうちに、気づけば苦しさを一人で抱え込んでしまうことがあります。
その一方で、心が限界に近づくと、今度は誰か一人に強く寄りかかりたくなることもあります。
「この人だけは分かってくれる。」
「この人がいなくなったら私は駄目になる。」
「この人だけが心の支えだ。」
そんな感覚です。
すると私たちは不安になります。
一人で頑張り続けるのも苦しい。
誰かに頼りすぎるのも苦しい。
では、いったいどこにちょうどいい場所があるのでしょうか。
私たちは「自立」を誤解している
まず最初にお伝えしたいことがあります。
多くの人は精神的自立を誤解しています。
精神的自立という言葉を聞くと、
何でも一人でできる人。
弱音を吐かない人。
誰にも頼らない人。
いつも前向きな人。
そんな姿を想像しがちです。
しかし実際には、それは自立ではなく「我慢」に近いことがあります。
本当の精神的自立とは、一人で生きることではありません。
自分の人生に責任を持ちながら、必要な時には助けを求められる状態です。
自分の足で立ちながら、人とも繋がっていられる状態です。
ところが、うつ病や繊細な人は、この感覚を持つことが難しい場合があります。
なぜなら幼い頃から、
「迷惑をかけてはいけない」
「我慢しなければならない」
「期待に応えなければならない」
という価値観の中で生きてきた人が少なくないからです。
なぜ助けを求めることが怖いのか
人は本来、誰かに助けを求めながら生きる生き物です。
赤ちゃんは一人では生きられません。
子どもも誰かに守られながら成長します。
大人になっても本当は同じです。
けれど、過去に傷ついた経験がある人ほど、人に頼ることを怖がります。
相談したら否定された。
弱音を吐いたら責められた。
助けを求めたら迷惑そうな顔をされた。
そんな経験が積み重なると、
「頼ると傷つく」
という学習が起きます。
その結果、苦しい時ほど一人で抱え込むようになります。
そして限界まで我慢します。
しかし人間は無限には耐えられません。
限界を超えると、今度は反動のように誰かを求め始めるのです。
依存は弱さではなく「安心不足」から始まる
依存という言葉には、どこかネガティブな響きがあります。
ですが依存の始まりは、決して怠けや甘えではありません。
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