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【うつ病・繊細さん】生きづらさは性格ではなく「心のレンズ」かもしれない―認知の歪みの話

「どうして私はこんなに生きづらいのだろう。」

うつ病や繊細な気質を持つ人の中には、そんなことを考えた経験がある人も多いと思います。

人より傷つきやすい。
人より気にしすぎる。
人より落ち込みやすい。
人より不安になりやすい。

周りからは、「考えすぎだよ」と言われる。

けれど本人からすると、考えすぎているつもりはありません。

むしろ、その考え方が当たり前になっているのです。

だから苦しい。
だから抜け出せない。

私も長い間、生きづらさの原因は性格だと思っていました。

自分が弱いから。
気にしすぎるから。
もっと強くならなければ。
もっと前向きにならなければ。

そう考えていました。

しかし後になって気づいたことがあります。

それは、生きづらさの正体は性格そのものではなく、「物事を見るレンズ」にある場合があるということです。

心理学では、それを認知の歪みと呼びます。


認知の歪みは「間違った考え方」ではない

認知の歪みという言葉を聞くと、「自分の考え方がおかしいと言われているようで嫌だ」と感じる人もいるかもしれません。

ですが、本来の意味は少し違います。

認知の歪みとは、物事を受け取る時に生じる偏りです。

そしてその偏りは、心が弱いから生まれるわけではありません。

むしろ多くの場合、

過去に傷ついた経験。
失敗した経験。
否定された経験。
見捨てられた経験。

そうしたものから自分を守るために生まれています。

例えば、何度も人間関係で傷ついた人は、「また嫌われるかもしれない」と考えるようになります。

失敗を強く責められて育った人は、「失敗してはいけない」と思うようになります。

傷つかないための防衛反応です。

つまり認知の歪みは、あなたを苦しめるために生まれたものではありません。

過去のあなたを守るために生まれたものなのです。

自責思考と他責思考は実は同じ根っこを持っている

認知の歪みというと、自分を責めることを想像する人が多いかもしれません。

確かにうつ病の人には、「全部自分が悪い」という思考がよく見られます。

返事が来ない。
私が悪い。

相手が不機嫌。
私のせいだ。

失敗した。
私は価値がない。

そんなふうに考えてしまうのです。

しかし逆に、
「あの人が悪い」
「環境が悪い」
「周囲が理解してくれない」
と他人に原因を求める人もいます。

一見すると真逆です。

けれど実は、この二つには共通点があります。

それは、物事を一つの原因だけで説明しようとすることです。

現実はもっと複雑です。
人間関係も複雑です。
人生も複雑です。

本当は様々な要因が絡み合っています。

しかし心が疲れると、その複雑さに耐えられなくなります。

だから、「全部自分のせい」あるいは「全部あの人のせい」という単純な結論を求めてしまうのです。

認知の歪みが強くなると世界が狭くなる

認知の歪みが強くなると、人は可能性を見失います。

返事が遅い。
嫌われた。

予定が合わない。
避けられている。

一度失敗した。
もう終わりだ。

そうやって一つの出来事から、一つの結論しか見えなくなります。

しかし本来、現実にはたくさんの可能性があります。

相手は忙しいのかもしれない。
体調が悪いのかもしれない。
たまたま余裕がないだけかもしれない。
失敗も次につながる経験かもしれない。

ところが認知の歪みは、その可能性を切り捨ててしまいます。

だから苦しくなるのです。

世界が狭くなるからです。

認知の歪みを修正する第一歩は「否定しないこと」

ここで意外に思う人もいるかもしれません。

認知の歪みを修正する時に大切なのは、最初から否定しないことです。

例えば、「嫌われた気がする」と思ったとします。

その時に、「そんなこと考えちゃダメだ」と押さえ込む必要はありません。

まずは、「私は今、嫌われた気がしているんだな」と認めます。

ここが大切です。

感情は否定されると強くなります。

だからまず受け止める。

そのうえで、「本当にそうだろうか?」と考えてみる。

認知の修正とは、自分との戦いではありません。

自分との対話なのです。

「別の可能性」を探す練習

認知の歪みを修正するうえで、私がとても大切だと思うのが、

別の可能性を探すことです。

例えば、友達から返信が来ない。
嫌われた。

そこで終わらない。

忙しいのかもしれない。
疲れているのかもしれない。
後で返そうと思っているのかもしれない。

もちろん本当に嫌われた可能性もゼロではありません。

でもそれは数ある可能性の一つに過ぎません。

大切なのは、一つの解釈を真実だと決めつけないことです。

「証拠はある?」と自分に聞いてみる

認知の歪みは感情から生まれることがあります。

しかし感情と事実は同じではありません。

私はダメな人間だ。
その証拠はあるだろうか。

誰にも必要とされていない。
その証拠はあるだろうか。

嫌われている。
その証拠はあるだろうか。

こう考えてみると、意外と証拠がないことがあります。

もちろん苦しみは本物です。

でも苦しみと事実は別です。

ここを切り分けることができるようになると、心は少し楽になります。

認知の歪みは一気には変わらない

認知の歪みを知ると、「今までの考え方を変えなければ」と思う人がいます。

でも焦る必要はありません。

何年も何十年もかけて作られた心の癖です。

数日で変わるはずがありません。

むしろ大切なのは、

少しずつ疑うことです。
少しずつ広げることです。
少しずつ柔らかくすることです。

今日は一回立ち止まれた。
今日は別の可能性を考えられた。

それだけでも十分な前進です。

生きやすくなる人の共通点

長い時間をかけて少しずつ回復していく人たちには共通点があります。

それは、自分の考えを絶対視しなくなることです。

以前は、「私は価値がない」と思っていた。

でも今は、「そう感じる日もある」と考えられる。

以前は、「嫌われた」と思っていた。

でも今は、「そうかもしれないし違うかもしれない」と考えられる。

白黒だった世界に、少しずつグレーが増えていくのです。

そしてそのグレーこそが、生きやすさにつながります。

最後に

認知の歪みを修正するというと、自分を変えることのように聞こえるかもしれません。

しかし本当は少し違います。

認知の歪みを修正するとは、自分を否定することではありません。

今までの自分を責めることでもありません。

それは、世界を見る窓を少し広げることです。

これまで一つしか見えていなかった景色に、もう一つの景色を加えることです。

うつ病や繊細な気質を持つ人は、真面目で一生懸命な人が多いです。

だからこそ、自分の考えを疑うことに罪悪感を覚えることもあります。

でも覚えていてほしいのです。

認知の歪みは、あなたが弱いから生まれたのではありません。

今まで必死に生きてきた証でもあります。

だから無理に捨てなくていい。

少しずつ見直していけばいい。

「本当にそうだろうか?」

「別の可能性はないだろうか?」

その問いを繰り返していくうちに、世界は少しずつ広がっていきます。

そして気づけば、以前よりも少しだけ生きやすくなった自分に出会えるかもしれません。

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