
50代、離婚、そして新しい自分――青森の空の下で始めた「二度目の青春」の歩き方
13年前、私は逃げるように青森にたどり着いた。
右も左もわからず、耳に飛び込んでくる言葉の意味すら掴めない。スーパーがどこにあるのか、どうやって生計を立てればいいのかさえ分からない。そんな不安よりも、私を突き動かしていたのは「誰にも見られたくない、干渉されたくない」という切実な願いだった。
かつての私は、他人の目に縛られ、家族という名の狭い檻の中で息を潜めていた。
結婚生活は、わずか1年。
血尿が出るまで働き続け、ようやく借りた借家。その途端に始まったのは、夫の浮気と借金、そして働かない現実だった。自分よりも給料の少ない夫を支え、義家族からは心ない言葉を浴びせられ、愛ではなく「束縛」という名の鎖に繋がれる日々。心身ともに限界だった。
離婚が成立したあと、私は燃え尽きたように1ヶ月の入院生活を送った。
あの頃から、私は笑い方を忘れてしまった。今も、心から笑うことはできない。
土曜日や日曜日は、一歩も外に出ない。人混みに紛れると、急激な吐き気に襲われることがあるからだ。「こんなはずではなかったのに」という過去の後悔が、人波に押されるようにして込み上げてくる。
けれど、それでいいと思っている。
今の私には、守るべき「自分だけの聖域」がある。
一緒に暮らすのは、保護猫の「アル」。
体が重い日は、誰に気兼ねすることなく眠りにつく。体調が良ければ起き出し、自分のタイミングで病院へ行く。どこへ行くにも、誰の許可もいらない。
かつて当たり前だと思っていた自由が、これほどまでに尊く、手に入れるのが難しいものだとは知らなかった。
13年前、孤独で静かなスタートを切ったこの街は、今では私にとってかけがえのない居場所になった。
50代。世間では「もう遅い」と言われる年齢かもしれない。けれど、私にとってはここからが本番だ。天然石の輝きに癒やされ、SNSを通じて新しい世界と繋がり、好きなものに囲まれて生きる。
無理に笑わなくてもいい。外に出られない日があってもいい。
あの苦しかった日々を乗り越え、自分の足で立って、今日という日を淡々と生きている。その事実こそが、私の誇りだ。
青森の澄んだ空の下、私は今、人生で二度目の、そして本当の意味での「青春」を歩んでいる。