
カバー?コピー?いや愛すべき剽窃?──Mr.Childrenがどんだけ洋楽が好きかって話
愛が溢れすぎた借用──
ロック・ミュージックというのは、突き詰めれば憧憬の連鎖だ。
以前、この場所でブラインド・ウィリー・ジョンソンの話を書いた。テキサスの焼け跡で死んだ盲目の黒人ゴスペル歌手の祈りが、ディランを経由し、ツェッペリンを経由し、2026年の配信ドラマにまで流れ込んでいた話だ。
あの記事を書きながら、ずっとミスチルのことを考えていた。
プレスリーは黒人音楽に憧れた。ストーンズもビートルズも同じだ。ディランはデルタ・ブルースのど真ん中へ飛び込んだ。ツェッペリンはそれを11分の儀式に変容させた。そうやってロックは生き延び、増殖し、太平洋を渡ってきた。
その連鎖の末端のひとつに、90年代のMr.Childrenがいた──と私は思っている。
話は逸れるが、当時私はポニキャにいた。
正直あの頃のポニキャは音楽では苦戦を強いられ、avexやソニー、ユニバーサルに大きく後れを取っていた。我々がボニピンやだんご三兄弟で溜飲を下げていた頃、ミスチルは何百万枚も売っていた。
でもテレビでミスチルの曲がかかるたびに「あ、これは」と手が止まる瞬間があった。パクりとは言わない。でも「知ってる、この感じ」という、あの奇妙な既視感。
それが何なのか、ずっと言語化できないでいた。
コピーは盗用じゃない
もっと前の話だが、私は学生時代にバンドをやっていた。
オリジナルの曲を書いたり多重録音で宅録なんてしてた時代だ。
好きな洋楽が見つかると、すぐコピーした。ジャンルなんか関係なかった。「格好いい」と思った瞬間に耳でトレースして、自分の曲に混ぜ込んだ。
それは盗用じゃない。彼らみたいになりたかったからだ。
桜井和寿と小林武史も、同じだったと思う。
おそらく洋楽の趣味が近い二人が、「これ格好いい」にすぐ反応して、気づいたら曲に染み出していた。微笑ましいアマチュアイズムと、ロックへの終わらない憧憬。それが1994年から2000年にかけての、あの黄金期の底に流れていた。
今回はその「染み出し」を、本人公言または複数ソースで広く実証されているものに絞って並べてみる。「それらしい話」は今回は抜きだ。
『Atomic Heart』(1994)
雨のち晴れ → Elvis Costello「Strict Time」(1981)
イントロの16ビートのハネるドラムと、裏打ちで刻まれる鍵盤・ギターのコンビネーション。ニューウェイヴ/パブロック直系のあのビートが、「サラリーマンの日常」というテーマのJ-POP似ているなっている。コード比較で実証済み。同アルバムの「シーソーゲーム」で炸裂させるコステロ愛は、すでにここで仕込まれていた。
Round About〜孤独の肖像〜 → Billy Joel「All for Leyna」(1980)
イントロのピアノ連打から、ベースが重厚に入ってくるビルドアップが完全にシンクロ。コード比較で実証。80年前後のビリー・ジョエルが持っていた、ロックとポップの融合期への純粋なリスペクトだ。
Tomorrow never knows(1994)→ Cyndi Lauper「Time After Time」+ Sting「Englishman in New York」
コード進行のシンディ・ローパーへの引用は本人公言。
さらにAメロ裏で淡々と刻まれるドラムのゴーストノートが、スティングのあのジャジーな歩幅と一致することも動画で実証されている。タイトルはビートルズだが、リズムの骨格はポリスだ。
ミリオンヒット3部作(1993〜95)
シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜(1995)→ Elvis Costello
歪んだオルガンリフ、跳ねるベース、早口のボーカル。桜井氏本人が「コステロを意識した」と公言。PVでの眼鏡姿とあのポーズ込みで、全身コステロだ。愛着の表明として、ここまで清々しい「確信犯」もなかなかない。
『深海』(1996)
アルバム全体 → Pink Floyd『狂気』
コンセプトアルバム構造、シームレスにつながる曲順、プログレッシブなアレンジ──「深海はフロイドの狂気を意識している」という指摘はファン・評論家の間で広く定着している。後年の『Reflection』のジャケットもフロイド『狂気』へのオマージュであることは明白で、バンドとの親和性は作品を超えて続いた。
シーラカンス → Pink Floyd「Wish You Were Here」期
「Wish You Were Here的アコギから始まる」と複数のレビューが指摘。桜井氏の精神的な葛藤を表現するのに、あのプログレの沈み込む音響空間が引き寄せられるのは、むしろ当然だったかもしれない。
ありふれたLove Story〜男女問題はいつも面倒だ〜 → Beatles「Hello, Goodbye」(1967)
サビ裏のストリングスとスライディングするベースラインが、「Hello, Goodbye」のアレンジと重なることを動画で実証。重苦しい『深海』の中で唯一ポップに機能しているこの曲が、ビートルズのカラフルなサイケ期から養分を得ていた。
名もなき詩(1996)→ Beatles「Ticket to Ride」(1965)
Aメロに入る瞬間の「タタ・タン、タタ・タン」というドラムのハネるビートが、リンゴ・スターのあのパターンそのものだと動画で実証されている。王道を王道として鳴らすための、確信犯的アレンジだ。
花 -Mémento-Mori-(1996)→ Radiohead「Just」(1995)
アコギのストロークと、うねるように動くベースラインのコードの動かし方を動画で実証。当時の『The Bends』が与えた衝撃を、ミスチルが「死生観」のテーマごとリアルタイムで吸収していた。
深海(タイトル曲)→ Beatles「Hey Jude」(1968)
後半のリフレインと、ブラスが積み重なっていく壮大なアウトロの構成が「Hey Jude」の後半へのオマージュとして動画で実証。アルバムの最後に、絶望の果ての希望として「Hey Jude」の構造を持ってくる──その選択の重さがある。
So Let's Get Truth → Bob Dylan 初期フォーク
アコギ1本とブルースハープ、ぶっきらぼうな歌い回し。「ボブ・ディラン」という指摘は複数のレビューサイトで定着している。
『BOLERO』(1997)
Everything(It's you) → Aerosmith「What It Takes」(1989)
イントロ・Aメロ・ギターソロへの引用として明言されており、動画でもバラードの骨格が完全に重なることが実証されている。
【es】〜Theme of es〜 → King Crimson「クリムゾン・キングの宮殿」
アウトロに「クリムゾン・キングの宮殿」のイントロが引用されている。プログレの王者への、これ以上ない直接的な敬礼だ。
『DISCOVERY』(1999)
アルバム全体 → Radiohead『OK Computer』(1997)
「DISCOVERYはOKコンピューターに似てる」という指摘は発売当時から定着している。複数のブログが具体的な楽曲名を挙げて言及。活動休止中に世界が変わった、その変化がまるごと吸収されているアルバムだ。
Prism → Radiohead「Let Down」(1997)
イントロのクリーンで切ないアルペジオ、裏で細かく動くベースライン。動画の比較では「Let Down」との地続き感が実証されている。世紀末の衝撃を、バンドがいかにリアルタイムで咀嚼したかが見える。
連鎖は続いていく
桜井和寿と小林武史は、プロになった後も「格好いい、やってみたい」という衝動を手放さなかった。それが彼らの音楽の核心だったと思う。
あの時代のミスチルが洋楽に対してやったことは、ストーンズやビートルズが黒人音楽に対してやったこととまったく同じことだ。
憧れて、吸収して、自分たちの言葉で鳴らし直した。
その繰り返しだけで、ロックは半世紀以上生き延びてきた。
ミスチルがいなければ、今の日本の音楽シーンは確実に違っていた。
Official髭男dismの緻密なコード進行も、Mrs. GREEN APPLEのポップとロックの混合も、Vaundyの引き出しの多さも、あの世代が90年代のミスチルをコピーしながら育った事実と無縁ではないはずだ。彼ら自身がそう語っている。
プレスリーがカントリーとR&Bのあいだに立ったのと同じように、ミスチルはあの時代、洋楽ロックの栄光の日々と日本の音楽シーンのあいだに立っていた。ブリッジというのはそういうことで、橋の素材が憧憬だったというのが、私にはひどく腑に落ちる。
コピーは盗用じゃない。愛の表明だ──と、私はいまも思っている。
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