
目の手術より怖かったもの
1.白内障手術で思い出した一冊
少し前に、白内障手術を受けました。
手術そのものは、拍子抜けするほど短時間で終わりました。
しかし、怖かったのは手術ではありません。
四十年前、学生だった私が読んだ、吉行淳之介氏の『人工水晶体』でした。
そこに描かれた目の手術の様子は、長い年月を経ても私の記憶から消えることはなく、その後の人生に思いがけない影響を与えることになります。
2.吉行淳之介との出会い
大学時代、私は片道約2時間かけて電車で通学していました。
往復約4時間の車中は格好の読書時間で、ほぼ一日一冊のペースで本を読んでいました。
当時のお気に入りは、丸谷才一氏のエッセイ。
そして丸谷氏の文章には、吉行淳之介氏がしばしば登場します。
その縁で吉行氏のエッセイを読み始めたところ、その軽妙な文章にすっかり魅了され、片っ端から読み漁るようになりました。
その中の一冊が『人工水晶体』でした。
3.40年前の読書体験が将来を決めた
当時の日本人は、「人工水晶体」という言葉自体をほとんど知りませんでした。
これは、白内障手術で使う人工のレンズです。
二十歳前後の若者にとって、三十年、四十年先に経験するかもしれない白内障など、自分とは無縁の病気です。
ところが、この本には、眼球への注射や、目にメスを入れる手術の様子が実に克明に描かれていました。
その恐怖だけは、強烈な印象として私の記憶に残りました。
それから約十年後。
私はアメリカで網膜剥離の手術を受けることになります。
医師からは局所麻酔を勧められました。
しかし私は迷わず全身麻酔を選びました。
自分の目の前で、自分の目が手術されていく。
しかも、それを自分の目で見ながら耐える。
そんなことは無理だと思ったからです。
振り返れば、その判断に最も大きな影響を与えていたのは、学生時代に読んだ『人工水晶体』だったのでしょう。
一冊のエッセイが、十年後の自分の意思決定にまで影響していたことになります。
4.白内障になって読み返してみると
今回、自分自身が白内障になったことをきっかけに、四十年ぶりに『人工水晶体』を読み返しました。
やはり吉行氏の文章は実に読みやすい。
目を患ったときの辛さ。検査の煩雑さ。
手術への不安。回復への期待。
そして、手術後の後悔まで。
それらが終始ユーモアを交えながら、軽妙な筆致で綴られています。
また、当時の最先端だった白内障手術や人工水晶体についても、専門知識のない読者に分かりやすく説明されています。
現在では、切開創の大きさや手術方法、術後管理など、多くの点が進歩しました。
しかし、病気と向き合う患者の心理や、視力を取り戻した喜びといった本質的な部分は、今読んでも全く色あせていません。
5.講談社エッセイ賞への小さな疑問
ただ一つ、病気や本の内容とは関係のないところで、少し気になったことがありました。
「これは、本当にエッセイ賞を受賞するほどの作品だったのだろうか?」
もちろん、とても面白い作品です。
しかし、「講談社エッセイ賞受賞作」と聞いて期待して読むと、「そこまで絶賛される作品だろうか」と少し首をかしげてしまいました。
文庫本の巻末には、選考委員の講評が掲載されています。
どれも似たような褒め言葉が並び、熱い議論の末に決まったというより、「皆さん異議ありませんね」という雰囲気さえ感じてしまいます。
さらに言えば、吉行氏自身の受賞コメントも、あまり喜んでいるようには見えません。
もっとも、それが吉行氏らしいと言えば、その通りなのですが。
特に印象に残ったのが、この一文です。
「選考委員の顔ぶれがいいので、いつか貰えたらいいなと思っていた。」
この賞、まだ第2回なんですけど。
6.【寸劇】私の頭の中で始まったエッセイ賞選考会
ここから先は、受賞コメントや選評を読んでいるうちに、私の頭の中で始まった寸劇です。
実際の選考会とは何の関係もありません。
登場人物の発言も、すべて私の創作です。
【第1回選考会前】
講談社
「このたびエッセイ賞を創設します。井上ひさし先生、ぜひ選考委員長をお願いします。」
井上
「ええ、また賞を作るの?もう十分でしょう。それで、他の委員は?」
講談社
「井上先生のお知り合いでお願いできればと……。いつもすみません。」
【第1回選考会】
井上
「いろいろ声をかけたら、皆さんが快諾してくれた。大岡信さん、丸谷才一さん、山口瞳さん、ありがとう。」
丸谷
「快諾なんてしていませんよ。半ば強制じゃないですか。」
井上
「人聞きの悪いことを言うねえ。実は講談社で候補作をある程度絞ってあるんだ。エッセイだし、そこまで大変じゃないよ。」
大岡
「それなら今回は講談社さんの趣旨を尊重するということでどうでしょう。」
井上
「山口君も、それでいいかな。」
山口
「結構です。」
井上
「ほら見ろ、丸谷君。思ったより簡単だっただろう。」
(第1回講談社エッセイ賞 :
野坂昭如氏と沢木耕太郎氏が受賞。)
【第2回選考会】
井上
「皆さん、また集まってもらってお礼を言います。第1回が好評だったので、今年も続けることになりました。」
大岡
「井上さんから電話をいただいた時点で、嫌な予感はしていました。」
山口
「実は糖尿のせいか最近目がかすみましてね。執筆以外では、あまり目を使いたくないんですよ。」
丸谷
「目といえば、吉行さんが白内障の手術を受けたせうですよ。0.1だった視力が1.0まで回復したとか。その体験をエッセイに書いていました。」
山口
「そうなんですか。早速に聞いてみます。」
大岡
「井上さん、どうしました? ずいぶん嬉しそうですが。」
井上
「いやあ……今回も、意外と簡単に決まりそうだなと思ってね。」
(第2回講談社エッセイ賞 : 吉行淳之介『人工水晶体』受賞。)
7.おわりに
……以上は私の勝手な妄想です。
実際の選考会がどのように行われたのか、私が知るはずもありません。
ただ、受賞コメントや選評を読み返しているうちに、なぜかこんな寸劇が頭に浮かび、思わず書き留めてしまいました。
四十年前に『人工水晶体』を読んで、目の手術ほど怖いものはないと思っていました。
ところが実際に白内障の手術を受けてみると、手術そのものは驚くほど短時間でした。
目の手術より怖かったもの。
それは、四十年前に読んだエッセイでした。
最後に、念のため申し添えておきます。
私は今も、丸谷才一さんと吉行淳之介さんの大ファンです。