
古代の視点が解き明かす地名の謎 武庫川と六甲山は同じ語源?
先日、兵庫津ミュージアムとそれに隣接する初代県庁館を訪問しました。
ここは兵庫県の歴史を深く学ぶことができる場所で、歴史好きには間違いなくおすすめできるスポットです。
展示内容が充実しているのはもちろんのこと、ボランティアガイドの方による説明も大変分かりやすく、充実した時間を過ごせました。
その際、非常に興味深い地名の由来を教えていただきましたので、ご紹介します。
なんと、あの「武庫川」と「六甲山」の名称は、もとを正せば同じ由来に基づいていると考えられているのです。
武庫川と六甲山といえば、関西にゆかりがある方なら誰もが知っている名称。
関西以外の方でも、おおむねどの地域の川や山かは思い浮かぶのではないでしょうか。
まず武庫川に関してですが、
古代の都が存在した大阪の港(難波津)から見て、海の対岸を指す「向こう」という言葉が「武庫(むこ)」の語源と考えられています。
難波津の対岸にある川、つまり「むこうの川」が「武庫川(むこがわ)」と呼ばれるようになったと考えられているのです。
ここまでは「なるほど」程度の話かと思いますが、物語にはさらに続きがあります。
難波津の対岸にある山、つまり「むこうの山」は、かつて「武庫山(むこやま)」と呼ばれていました。
後世になると、この「武庫山(むこやま)」に対して、「六甲山(むこやま)」という漢字が充てられるようになります。
そして、時代とともに「六甲山(むこやま)」は、音読みの「ろっこうさん」という呼び名へと変化していったのです。
つまり、かつて大阪の港から見えた「海の向こうの川」と「海の向こうの山」が、それぞれ「武庫川」と「六甲山」になったわけです。
私は24歳で東京へ移るまで、大阪と兵庫に住んでいましたが、このような話は聞いたことがありませんでした。
AIに確認すると、上記の内容は、これらの地名における最も有力な説であるとのことでした。
「なぜ関西で育った自分が知らなかったのか」とAIに尋ねてみますと、
「現代では大阪中心に地形を捉える視点が少なくなったこと」、そして「“ロッコウ山”という名称があまりに定着していて、それを“ムコウ山”と読む発想が出ないこと」が理由として挙げられました。
私自身、まさにその通りだと感じた次第です。
地名の語源を探ることは、実に味わい深く、奥深いものであると改めて実感いたしました。
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