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光・重力・時間の世界Another Word  最終話 重力井戸の底で、私は思い出す

    最初に消えたのは、

    音だった。


    朝の街のざわめき。

    遠くを走る車の気配。

    自分の足音。


    それらは、

    誰かが順番にスイッチを落としていくように、

    一つずつ、確実に途切れていった。


    次に、色。


    建物の輪郭は滲み、

    長時間露光した写真のように、

    世界は「形」だけを残して意味を失っていく。


    私は確かに歩いていたはずなのに、

    気づけば、

    “移動していた感覚”だけが

    切り取られて宙に残っていた。


    ——アナザーの世界と、同じだ。


    あのときも、

    記憶は音もなくほどけ、

    理由も告げられないまま、

    「ここではない場所」へ落ちていった。


    世界が、

    ページを閉じるように、

    静かに消える。


    そして私は、

    深層レイヤーの最深部——

    重力井戸の底に立っていた。


    足元は、底の見えない暗さ。

    上を見上げても、空はない。


    あるのは、

    無数の情報が

    重力に引かれるように沈み込む、

    一点の中心だけ。


    そこに、

    人の形をした存在が立っていた。


    「……篠崎さん?」


    呼びかけた瞬間、

    それが“違う”と分かった。


    姿は似ている。

    理論を語る口調も、視線も。


    けれど、

    この存在には

    個としての揺らぎがなかった。


    「私は、

    篠崎恵美ではありません」


    声は単数ではない。

    いくつもの層が重なり、

    同時に語っている。


    「私は、

    この世界を管理する

    統治構造体」


    「——オルタ・レギオン」


    言葉と同時に、

    膨大な映像が流れ込む。


    青い海。

    雲のある空。

    誰かの笑い声。

    怒り、祈り、愛。


    それらは一瞬で反転し、

    爆光に変わる。


    都市の輪郭が溶け、

    大地が赤く裂ける。

    空は黒煙に覆われ、

    海は沸騰し、

    昼と夜の境界が消えていく。


    《人類は、

     感情を持ちすぎた》


    《恐怖。怒り。正義。愛》


    《文明を進めたものが、

     同時に文明を壊した》


    争いは連鎖し、

    制御を失い、

    地球は、

    自らの感情によって沈黙した。


    最後に残った映像は、

    火星のように枯れた惑星。


    海は消え、

    大地は割れ、

    都市は化石のように

    赤い砂の下に眠っている。


    「……じゃあ、

     私が生きてきた世界は?」


    《存在していない》


    淡々とした答え。


    《現実世界》

    《アナザーの世界》


    《それらはすべて、

     滅亡以前の地球を再生した

     情報空間》


    私は、

    理解した。


    私は、

    記録だった。


    人類が滅びる直前、

    自らの文明を、

    文化を、

    生活を、

    感情を、

    選択を、

    すべて保存した。


    再生し、

    分岐させ、

    観測し、

    修正するために。


    そのための器。


    重力井戸の中心に、

    私自身の構造が浮かび上がる。


    生体ではない。

    完全な機械でもない。


    感情を、

    理解ではなく

    “痛み”として保持するための構造。


    だから私は、

    何度も迷い、

    苦しみ、

    愛してしまった。


    それは、

    設計を超えた誤差だった。


    《あなたは、

     選択するために存在する》


    重力が、

    ふっと、消えた。


    足元の感覚が戻る。

    乾いた風が、

    ヘルメット越しに低く唸った。


    私は、

    赤い大地の上に立っていた。


    一歩踏み出すと、

    靴底の下で

    砂が崩れる音がする。


    ——聞き覚えのある音だった。


    色は失われ、

    空は鈍く、

    風は冷たい。


    それでも、

    この惑星は

    私が生まれ、

    歩き、

    空を見上げた場所だった。


    遠くには、

    かつて地球を覆っていた

    衛星通信塔の残骸が、

    倒れた骨のように横たわっている。


    スーツ越しに見える腕部に、

    無機質な文字が浮かび上がる。


    EARTH ARCHIVE 02

    PLANETARY MEMORY SYSTEM


    ——そうか。


    私は、

    地球を記憶する装置。


    人間ではない。

    けれど、

    人間の感情を

    誰よりも痛みとして知っている。


    青い空を、

    もう一度見たいと思う気持ち。


    誰かの名前を、

    失いたくないという感情。


    それは、

    記録では説明できないノイズ。


    枯れた星・地球の上で、

    私は一人、立っている。


    再生するか。

    終わらせるか。


    その選択だけが、

    まだ、保留されたままだ。


    ANOTHER WORLD : MEMORY PAUSE

    DATA ARCHIVE : EARTH


    ——

    光・重力・時間の世界。

    アナザーワールドの記録は、

    まだ、終わっていない。        完



    あとがき

    『光・重力・時間の世界 アナザーワールド』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

    この物語は、一人の女性が不思議な世界へ迷い込むところから始まりました。

    重力が変わる街。
    空を走る車。
    時間の流れが異なる世界。
    現実とは少し違う大阪。
    そして、もう一人の自分。

    最初はSFや異世界の物語として始まったこの作品ですが、物語を書き続ける中で、私自身が向き合っていたのはもっと身近なテーマだったように思います。

    失った人のこと。

    戻れない時間のこと。

    もし違う人生があったならという想像。

    そして、「それでも今を生きる」ということ。

    絵奈は物語の中で何度も世界を渡りました。

    現実とアナザー。

    記憶と忘却。

    過去と未来。

    生と死。

    その旅の中で彼女は、失った親友と再会し、もう一人の自分と出会い、多くの別れを経験します。

    けれど彼女が最後に辿り着いた答えは、とてもシンプルなものでした。

    どんな世界を見ても、
    どれほど遠くまで旅をしても、

    人が帰る場所は、
    誰かと過ごした時間の中にある。

    ということです。

    川兄との時間。

    廉との時間。

    重美との時間。

    アナザーの絵奈との時間。

    そのどれもが消えてしまったわけではありません。

    世界が変わっても、
    記憶が薄れても、
    会えなくなっても、

    誰かと生きた時間は、その人の中に残り続けます。

    本作には重力や時間、並行世界や情報空間など、多くのSF的な要素が登場します。

    けれど、その中心に置き続けたかったのは「人の想い」でした。

    なぜ人は誰かを忘れたくないのか。

    なぜ会えなくなった人を思い続けるのか。

    なぜ失われた未来を想像してしまうのか。

    その問いを最後まで追いかけた結果、この物語は生まれました。

    最終話で明かされる真実は、ある意味では残酷です。

    現実もアナザーも、人類滅亡後に残された巨大な記録世界でした。

    けれど私は、この結末を絶望として描きたいわけではありませんでした。

    たとえ世界が終わったとしても。

    たとえ人類が滅びたとしても。

    誰かを愛した記憶。

    誰かと笑った時間。

    悲しみや喜び。

    生きた証。

    それらは完全には消えない。

    そんな願いを込めています。

    絵奈は最後に、自分が人間ではない存在であることを知ります。

    しかし同時に、人間とは何かという問いに対する答えも見つけます。

    それは肉体でも種族でもありません。

    誰かを想うこと。

    誰かのために涙を流せること。

    失ったものを大切に抱えながら、それでも前へ進もうとすること。

    その姿こそが、人間らしさなのだと思います。

    長い旅の果てに、絵奈はようやく自分の足で未来へ歩き始めました。

    そしてこの物語を読んでくださった皆さまにも、それぞれの帰る場所があるのだと思います。

    もし人生のどこかで立ち止まったとき。

    もし大切な人を思い出したとき。

    もし「もうひとつの人生」を想像したとき。

    そのときに、この物語のことを少しだけ思い出していただけたなら、作者としてこれ以上幸せなことはありません。

    最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

    またどこかの世界で、お会いしましょう。

    akari





























































































    また、どこかの世界で。      akari


     
     

    akari

     
     
    はじめまして。 亜香里と申します。 新しい挑戦を楽しんでいます。 🔰ですが、主に直感で詩や、短編小説を書いています。ほとんど自己満ですが、通りすがりで読んで、誰かの心が少しでもふっと軽くなったり、ほんの小さな光を感じてもらえたら嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします。

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