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【短編小説】ふたご座じゃない

    「ふたご座のあなたは、フットワークが軽く、コミュニケーション能力に長けています!」

     時は6月某日。友人宅のソファでくつろいでいると、テレビの電波に乗って、そんな声が聞こえてきた。昨今のテレビ番組では定番の星座占いである。見覚えのある女性アナウンサーがカメラに向かって微笑みながら、色鮮やかな電子パネルの前で原稿を読み上げている。こんなものは退屈しのぎにもならない。それなのにマスメディアは朝から晩までこんなことばかり垂れ流しているのだから、世の中の人間はよっぽど忙しいのか、この程度で満足できるほど軽薄なのか。テーブルの上のリモコンを手に取り、うんざりとした気持ちでテレビの電源を消す。

     隣で週刊誌に目を落としていた友人がこちらの脇腹を肘で突いてきた。何の用だと振り向くと、彼は目の前のテーブルに雑誌を置き、開いたページを指し示した。

    『今月の運勢』

     まただ。ここでも、見ず知らずの人間がこちらの性格や人生を勝手に分析して決めつけている。俺の何を知ってるんだよ。そう思いながら視線を下へと滑らせると、ふたご座の欄に行き着いた。

    『明るく社交的で、好奇心旺盛なふたご座のあなた』

     どいつもこいつも似たようなことばかり抜かしやがって。俺が何者であるかを決めていいのは俺だけなんだよ。思わず眉根を寄せて顔を上げると、友人がニヤニヤとしながらこちらを見つめていた。

    「お前さ、ふたご座じゃないんじゃない?」

     そんなわけねえだろ。俺は歴としたふたご座だって。そう思いながらも、俺は自分自身の根幹が揺らぐような感覚に襲われていた。

     そう。俺は5月31日生まれのふたご座である。もともとは4月中に生まれる予定だったが、母親の胎内があまりにも心地よかったために出てくるのが遅くなってしまったらしい。何事も後回しにする癖は大人になってからも直らず、未だに自宅に引きこもっている。外出するのは、バイトの時と、こいつの家に来る時だけだ。ぎりぎり5月に生まれたのは、おそらく6月に生まれるのが嫌だったからだろう。梅雨は湿気が多く、天然パーマが炸裂してしまうので好きではない。さながら、ラーメン大好き小池さんである。

     5月21日から6月21日の間に生まれた者は皆、ふたご座という星座を配される。だから当然、俺もふたご座ということになる。しかし、友人にはそれが納得できないらしい。

    「だってお前、社交的じゃないじゃん。フットワークも軽くないし、コミュ障だし、何より暗い」

     こんなことを言われて友人を続けていられるのか甚だ疑問であるが、それは後で問い詰めるとして、彼の言い分にも一理あると思えた。

     子どもの頃は、おつかいを頼まれると、レジで店員と話すことが怖くて何も買えなかった。中学・高校時代は、文化祭を一緒に回る友人がおらず、ロッカールームに閉じこもって時が過ぎるのを待っていた。大学時代は、講義を受けようとして大教室に入ったところ、席がほとんど埋まっており、大勢の学生たちがひしめき合っている状況に耐えられず家に帰った。そんなところである。明るく社交的で、フットワークが軽くて、コミュニケーション能力に長けているふたご座とは正反対の人間だ。

     もしかして、俺はふたご座じゃないのか?

    「Aさんは冒険が好きな射手座だから、会社で全裸になっちゃったんだろ。Bさんは分析力がある乙女座だから、味付けに文句をつけ過ぎて、近所の小料理屋を出禁になったんじゃん。他の人が当たってるのに、お前だけ外れてるのっておかしくない?」

     友人が雑誌を読みながら、共通の先輩の名前を立て続けに口にする。控えめに言って失礼すぎる。分析力があるからってクレーマーになるとは限らないだろ。会社で全裸になった理由は知らないが、冒険という言葉で表現してはいけない気がする。とにかく他人の奇行を星座のせいにするな。

    「本当に5月生まれなんだったらさ、5月に誕生日を祝ってもらってるはずだろ。そんな記憶ある? 5月中、お前とずっと一緒にいたけど、誰からも祝ってもらってなかったじゃん!」

    「いや、ずっと一緒にいたわけではないだろ。バイト終わりとかにさ、プレゼントをもらったりとか、ケーキを用意してもらったりとか、そういうことがあったかもしれねえじゃん」

    「え、あったの?」

    「なかったよ!」

    「ほら! お前はふたご座じゃないんだって!」

    「俺に友だちがいねえからだよ!」

     言わせないでほしい。誕生日はいつも一人である。プレゼントもケーキももらえない。自分が生まれたことを誰にも祝ってもらえないのだ。咳をしても一人。6月になってから祝ってもらってる、なんてこともない。

     というか、お前が祝ってくれたっていいだろ。なんでそこはスルーなんだよ。

    「俺の母親がさ、お前は5月生まれだよ~って言ってたんだから、5月生まれで合ってるんだろ」

     適当に会話を終わらせようとすると、友人がはっとして目を見開き、神妙な面持ちで口を開いた。

    「え……。お母さんに騙されてるってこと?」

     ……どゆこと?

    「お母さんに言われたから、5月生まれだと思ってるんだろ? ってことは、お母さんがお前を5月生まれだと思わせようとしたってことじゃん。本当は違うのに!」

     ……んん? なんで?

    「息子をふたご座にしたい理由があったんじゃないの?」

    「社交的な子に育ちますように~って?」

    「そう!」

    「んなわけねえだろ」

     親が子どもの星座を操るなんてあり得ない。子どもに名前を付ける時とは違うんだから、と呆れた表情で友人を見る。ちなみに、俺の名前は拳志郎である。強い子に育ちますように~という願いから、北斗の拳の主人公の名前を付けられた。ゴリゴリのマッチョに成長するかと思いきや、ガリガリの天然パーマに育ってしまったのだからお笑い草である。

    「考えてみろよ。Aさんは射手座のままだったから会社で全裸になった。Bさんは乙女座のままだったから小料理屋を出禁になった。星座を変更しなかった末路だろ。ふたご座に変更していれば、あんなことにはならなかったかも」

     だからそれ失礼だろ。何回も言わせんなよ。

    「出生届を出す日をずらせば、星座なんていくらでも操作できるんだから」

    「無理に決まってんだろ」

     強引な理屈である。そもそも俺がふたご座らしくないから5月生まれではないという話だったのに、ふたご座らしく育つために5月生まれに変更されたという話にすり替わってしまっている。

    「だったら、俺はもっと社交的な人間になってたはずだろ。なんでそうならなかったんだよ」

    「たしかに」

    「星座を偽装したって意味ねえんだって」

    「お前のお母さんに言ってやれよ」

    「言わねえよ」

     これだけでは、母親による星座偽装説はくつがえらないらしい。母親への無用な疑いを晴らすために反論を続ける。

    「母親が俺の星座をふたご座に偽装したんだったら、俺がそれを信じ込めるように細工してくるもんじゃねえの? それこそ、誕生日を祝うとか」

     友人が哀れみの目を向けてくる。

    「……ごめんな」

    「いや、いいって。大丈夫だって」

     別に、親に誕生日を祝ってほしいわけではない。友人が励ますように二の腕を摩ってくるが、こちらを不憫な人間に仕立て上げないでほしい。なんとなく、いたたまれない。

    「お前はどうなの? お前の星座は何?」

    「牡羊座」

    「牡羊座はなんなの」

     友人が雑誌を手に取り、書かれている文字を読み上げる。

    「堅実で努力家。目標に向かって着実に進む責任感を持っている」

    「うわ、かっけえ……」

    「俺の真志って名前は、真っ直ぐに志を貫いてほしいって意味」

     友人が涼しげな顔で見上げてくる。ムカつくな、こいつ。なんでこんなにかっこいいんだよ。そう思って睨んでいると、友人が何かに気づいたらしく、口をぱくぱくと開閉しながら訴えてきた。

    「待って! 親が子どもの星座を偽装できるってことは、俺も、本当は牡羊座じゃないかもしれないってこと?」

    「……そうだよ? お前がそんなかっけえ星座に生まれてるわけないじゃん」

    「俺も親に騙されてるのか……?」

     友人が顎に手を当ててうつむく。そうそう。お前も俺と同じくらい悩め。

    「じゃあ、本当は何月生まれだったんだろ。プレゼントもケーキも、しょっちゅうもらってるんだよな。2月も、12月も、3月も、5月も……」

     しばらく間を置いたあと、友人が顔を上げて言った。

    「もしかして、俺がふたご座なんじゃない?」

     そんなわけねえだろ。黙れよ。

    「あー、終わり終わり。もう帰るわ」

     つまんねえ。こいつの話に付き合うんじゃなかった。星座と人間の性格に関連性なんかねえだろ。あったとしても親が星座を偽装するなんて不可能だし、子どもの性格なんて親の願い通りにはいかねえんだよ。

     空になったタバコの箱を潰しながら、コンビニに寄るかどうか迷う。すると、友人がソワソワとした様子で立ち上がり、冷蔵庫まで歩いていった。喉が渇いたのだろうか。気にせず財布の中身を確認していると、友人がショートケーキの載った皿をテーブルに置いた。

    「友だちからもらったやつ。一人じゃ食べきれないから」

     不自然に目を逸らしながら、プラスチックのフォークを差し出してくる。こんな俺と一緒にいるこいつも大概だ。そう思いながら、短くて透明なフォークを受け取った。

     降り出した雨が窓を打っていたが、不思議と気にならなかった。


     
     

    潮騒

     
     
    書きたいだけ

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