
友達になれなかった紺野くんへ ~会えるうちに会うということ
最近、気付くと私が幹事をしていることが多々ある。
仲間内で楽しくなるメンツ調整や、それに向けての根回し。
こういったことを何の嫌気も感じず、
むしろ嬉々としてやっている感すらある。
また、「そういえばどうしているかな」と気になる友達がいれば、
臆せず声を掛けている。
そんな風に、“会おうよ”と言う側になったのは、いつからだろうか。
きっとそれは、ある一人の男の子の存在によるのかもしれない。
私の中では、紺野くん(仮名)のことが
原動力になっていると思う。
紺野くん。
高校時代の同級生だ。
話したことはほとんどなく、友達の友達、という関係。
でも、選択授業でレア扱いだった「地理」のクラスで一緒、
浪人時代の予備校も一緒で、しかもそこでの地理の授業も、
偶然同じクラスだった。
背が高く、すらっと長い手足。
なんとなく気高く美しい佇まい。
彼と廊下ですれ違う時には、にわかにこちらが緊張してしまうような、
そんな空気を纏っていた。
頭が良くて口数少なめ。
黒目がちの大きな目、静かな雰囲気の横顔。
恋愛とかではなく、私にとっては気にならざるを得ない存在だった。
自然と、仲良くなりたいな、とずっと思っていた。
友達の友達だから、そのうちキッカケがあって仲良くなれる。
そういえばいつも同じクラスだったよね!って、
いつか笑い合える日が来る。
友達の友達だから、待っていればきっとそうなる…
そのうち、
いつか、
きっと。
そう思うだけで、自分から話しかけるとかしなかった。
でも、彼とは未だに仲良くなれていない。
なぜなら、彼はもうお空の上の人だから。
紺野くんは浪人を経て、難関国立大学への進学が決まったものの、
ガンになり長く闘病…
結局大学にもほぼ通うことなく、亡くなってしまったのだ。
友達に声を掛けられてお葬式に行ったが、
泣いている友人たちの横で、
私は遺影の彼を見つめながら、一滴の涙も流せなかった。
「彼の友達になれなかったな…
それなのに私はなんで、ここにいるのかな…」
と、ただただ、とても寂しく虚しい気持ちになったのだ。
それからだった。
私が仲間内で幹事のような役割をするようになったのは。
まずは、「友達から誘われたら断らない」を行動の目標に掲げてフットワークの軽さを身につけ、次第に、今度は自分が誘う側になる回数を増やしていった。
みんなで会う、笑顔が生まれる、新しいつながりができる——
それはもしかしたら、
罪滅ぼしにも少し似たような原動力なのかもしれない。
自分から動かないと、
会いたい人には会えるうちに会わないと、
きっと後悔する日が来る。
体が動けるのに、
時間があるのに、
生きているのに。
だから私は今日も、会いに行く。
生きている限り、ためらわず、
会いたい人に、会いに行く。