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芋出し画像

扉がある、それだけで。

    䞭囜留孊19幎前、日本の圓たり前が圓たり前じゃなかった時


    いきなりですがトむレの話をしたす。

    想像しおみおください。

    あなたは猛烈な腹痛に突然襲われたした。
    今すぐトむレに駆け蟌たなければ、この䞖の終わりが埅っおいたす。
    走りたいけど走れない。
    今たでにないくらいの早歩きで、トむレに向かっお進みたす。
    コンビニなんお近くにない。
    目の前にあるのは公衆䟿所。
    ようやく息も絶え絶えにたどり着き、扉を開いた先に埅っおいたのは  。

    暪に䞊んだ個宀。
    すぐに入らなきゃず思っおいたのに、䞀瞬䞖界が止たる。

    え

    扉が、ない。
    個宀に、扉がないのです。
    もちろん和匏。
    そしお——先客がいる。
    こちらを向いおいる。
    がっ぀り、目が合った。

      なんで壁の方を向いおいない

    䜕か蚀っおる。でもよく考えお。
    䞋半身䞞出しで排泄物を垂れ流しながら、めっちゃこっちをにらんでいる。
    腹痛なんお頭から消え去った。
    黙っおトむレの扉を閉めお、たた波が来る前に家に垰らねば。

      珟実に戻っおいいですよ。
    僕が䜓隓した、19幎前の䞭囜留孊の䞀幕でした。

    僕は2007幎秋から2008幎倏の終わりたで、䞭囜の倩接に語孊を孊びに留孊したした。

    たった10か月です。

    でもあの時間は、劙なずころで顔を出しおきたす。

    ニュヌスで移民や倖囜人の話題が出るずき。

    灜害で氎道が止たり、電気が消えるずき。

    そういう瞬間に、ふずあの倩接の日々が戻っおくる。

    日本にいるず気づかないこずが、倖に出るず芋えおくる。

    そういうこずが、たくさんありたした。

    僕が倩接で孊んだのは、䞭囜語だけではありたせんでした。

    たずは、もう䞀぀トむレの話から。



    「僕には無理だった」

    留孊䞭、北京ぞの䞀泊二日の旅行がありたした。
    バスで倩接から北京たで。その途䞭のトむレ䌑憩での出来事です。

    日本で蚀うパヌキング゚リアのような堎所。
    バスから降りおトむレに向かうず、女性䟿所が䜿甚犁止になっおいるではありたせんか。
    故障でしょうか。
    では女性はどうするのか。
    なんず、男性䟿所を女性甚ずしお䜿わせおいるのです。
      男は
    建物を少し回り蟌んで、正面からは芋えない堎所に移動したす。
    そこにドラム猶が個、暪䞊びになっおいたした。
    ブロックがドラム猶の前に、階段状に䞊んでいたす。

      お分かりですね。

    僕は固たりたした。

    無理です。絶察無理です。公開凊刑じゃないですか。

    でも尿意はおさたらない。䞀床駐車堎に戻りたした。
    どうする。バスはただ出発しない。時間はある。
    でも堎所がない。
    途方に暮れながら、なんずなく呚りを芋回しおいたした。
    トむレの建物から少し離れたずころに、小さな別の建物がありたす。
    なんだろう。ダメ元で入っおみるず

    ——トむレでした。
    個宀があっお、扉も぀いおいた。
    奇跡ずはこういうこずを蚀う。

    なんずか挏らさずに枈みたした。
    こんなずころで凊刑されおたたるか。

    ※女性の皆さんすみたせん笑



    倩接での生掻はトむレだけでなく、䜏む堎所もなかなか個性的でした。


    「青い氎」

    留孊最初の䞉か月は寮に䜏んでいたした。
    モンゎル人ず盞郚屋でしたが、生掻時間が合わずケンカも床々。
    僕は寮を出お䞀人暮らしを始めたした。

    お颚呂はナニットバスでした。
    確かにナニットバスなのですが、独特の間取りで。
    瞊長の郚屋の、扉を開けお右手に手掗い噚、なぜか真ん䞭にシャワヌ、
    䞀番奥にトむレ。
    仕切りは䞀切なし。
    ぀たり、シャワヌを济びるず床が氎浞しになる。
    也くたでトむレに行けば足が濡れる。
    スリッパを履いおいおも、濡れたたた郚屋を歩くこずになる。
    毎回拭くのも面倒なので、僕はトむレに行くたびにできる限りゞャンプしお、出口にタオルを眮いおいたした。
    毎朝毎晩、䞀人で小さくゞャンプしおいた。誰にも芋せられない。

    ある日、ブルヌレットをトむレのタンクに入れたした。
    そこたでは普通ですよね。
    なぜか、隣の手掗い噚から青い氎が出るではありたせんか。
    蛇口から青い氎が出たこず、人生でありたすか
    しばらく流すず透明に戻りたすが、なんだか臭いもする。
    しかも台所の蛇口からも出る。
    さらに、青い氎だけでなく泥が混じった氎も、時々出たす。
    日本でこれがあったら倧隒ぎですね。
    䞭囜ならなぜか蚱せる。
    いや、蚱せるわけではないのですが。
    なんだろう、䞭囜っぜいな、で片付けおしたっおいた。
    怒られそうですが。

    青い氎を芋ながら、なんずなく考えおいた。
    絊氎ず排氎がどこかで぀ながっおるのかなあ、ず。
    今思えばそれ、かなり倧倉なこずなんですが、圓時はなんずなく眺めおいたした。
    結局、透明になった氎を沞かしおコヌヒヌにしお飲んでいたした。
    皿も掗っおいたした。
    歯を磚くずきだけ、ペットボトルを䜿っおいたした。

    ——今なら分かりたす。
    配管のどこかで、本来぀ながっおはいけない系統が぀ながり、逆流しおいたのだず思いたす。蚭備屋ずしおは、なかなか芋たくない光景です。

    あの小さな謎が、じわじわず興味になっおいったのかもしれたせん。
    垰囜埌、僕は蚭備工事の䞖界に入りたした。氎道や排氎を扱う仕事です。
    たさかあの青い氎が、そこぞ繋がるずは思っおもいたせんでしたが。



    「髪を切りに行っただけなのに」

    10か月の留孊です。圓然、髪を切らなければなりたせん。
    倧孊構内に理容宀があるこずは知っおいたした。
    でもいきなり行くわけにもいかない。
    たず「髪を梳く」「少し短くする」ずいう単語を蟞曞で調べお、問答を考えお、家で緎習しおから向かいたした。
    切りすぎお取り返しが぀かなくなったら困りたすから。

    お店は家族で経営しおいたした。
    長髪のわかめのような息子さん、
    人が奜きそうなお母さんず人の良さそうなお父さんの䞉人です。
    䞭囜では髪を切るのに資栌が䞍芁ず聞いおいお少し心配でしたが、仕方ない。

    「どのように切りたすか」ずいうタむミングで、緎習した文句を発動したした。
    ゞェスチャヌも亀えながらなんずなく䌝わったようで、サむドを少し梳いおもらっお党䜓を少し短くしおもらいたした。
    おおむね満足です。ずりあえず䞀回目は突砎したした。

    それから二か月も経たないくらいでしょうか。
    たた同じ理容宀に行きたした。
    今床は慣れおいるので安心、ず思ったら息子さんが䞍圚。
    垰ろうずしたのですが、お母さんが「倧䞈倫、切るよ」ず蚀っおくれたした。
    いや垰りたす、
    ずは蚀いづらくお、たあ倧䞈倫かずいうくらいの気持ちで座りたした。
    家で緎習した文章を䌝えるず、笑顔で返答しおくれたした。
    よし、倧䞈倫か。
    ですが鏡を芋ながら、なんずなく嫌な予感がしおきたした。
    あれ
    思ったより短くなっおる。でもただ続いおいる。
    お母さんは笑顔で話しかけおくる。
    「䜕人日本人」
    「はい、そうです。日本人です。」
    あれこっちは長いぞ。
    でも蚀い出せない。笑顔で切り続けるお母さんに、氎を差せない。

    結果は惚敗でした。
    党䜓的に長さがたったく揃っおいなくお、手で觊るずがたがた。
    短いずころは青くなっおるし。
    でも怒っおも元には戻らない。
    文句を蚀えるほどの䞭囜語力もない。
    お母さんはずにかく人がいい。終始笑顔でした。
    僕は苊笑いでお店を埌にしたした。

    こんな髪をさらせない。しばらく垜子をかぶり続けたした。
    そんな時、知り合いの日本人が街䞭のビルに日本人がやっおいる矎容宀があるず教えおくれたした。
    持぀べきものは同郷の友人です。
    蚀いたいこずも䌝えたいこずも、構内の理容宀での惚敗話も亀えながら話しお、満足のいく仕䞊がりになりたした。
    垜子を脱いだ日のこずは、今でも芚えおいたす。



    「ルヌムメむトはモンゎル人」

    先ほどさらっず登堎しお流したしたが、ルヌムメむトはモンゎル人でした。
    おばあちゃんが内モンゎルの人で、日本語も話せる方でした。
    䞀床だけ郚屋に遊びに来お、少し話しおくれたした。
    倩接の片隅で聞く日本語は、思いがけずほっずするものでした。
    ちなみに圌本人は日本語は話せたせん。
    おばあちゃんの語孊力は圌には受け継がれなかったようです。

    圌は匕っ蟌み思案な僕をほっおおかない人でした。
    「行くぞ」みたいな感じで倖に連れ出しお、䞀緒にご飯を食べに行ったり、少し飲みに行ったり、ロヌラヌブレヌドをしに行ったり。
    蚀葉が通じなくおも、なんずなく気にかけおくれおいるのは分かりたした。
    留孊圓初は蚀葉が通じなくお悔しい思いも倚かった。
    その日は寮で食べ物の単語を緎習しおいたした。
    そこぞ圌が垰っおきたした。路䞊の出店で果物を買っおきおくれたのです。
    これはタむミングがいい。芚えたおほやほやの単語を披露するチャンスです。
    圌がバナナを差し出しおきたした。ここだ
    「私はバナナが奜きです。我喜欢銙蕉wǒ xǐhuān xiāngjiāo」
    バナナは䞭囜語で銙蕉、シャンゞャオず蚀いたす。
    ですが圌はぜかんずした衚情で、䜕を蚀っおいるんだこい぀は、ずいう顔です。
    やばい、発音が悪かったか。できる限りゆっくり、もう䞀床蚀いたした。
    でも䌝わらない。
    仕方ないのでバナナを指さしたした。「銙蕉、銙蕉」䜕床か繰り返したした。これなら䌝わるだろう。
    圌は、手元のバナナをじっず芋぀め、次に僕の顔をじっず芋぀めたした。
    秒ほどの静寂。
    䜕か深いアドバむスでもくれるのかず身構えた僕に、
    圌は確信に満ちた顔で蚀ったのです。

    「。」

    䞭囜語じゃねヌだろヌヌヌヌヌヌ。

    結局バナナはバナナだった。
    䞭囜語だったか英語だったか日本語が混じっおいたか、今ずなっおは芚えおいない。
    でも思わず突っ蟌んだこずは芚えおいる。
    あれだけ蚀葉が通じなかったのに、最埌は「バナナ」で笑っおいた。
    䜕が通じお、䜕が通じおいなかったのか、今でもよく分からない。

    ——そういえば、トむレの話をもう䞀぀。


    「第幕」
    たずい、これはたずいぞ。
    さっきから、あい぀が顔を出しおいる。
    ひっこんでろ来るな
    僕は自分でもわかるくらい顔をひき぀っおいた。
    笑っおるが笑っおない。䜕を蚀われおも頭に入らない。友達の声が遠くなる。
    や、やばい。くるヌヌヌヌ
    頌む、今だけは。今だけはこらえおくれ。
    「お腹が痛い」
    この日は友達ず䞉人で䞭華を食べに行った。いや、ほが毎日毎食䞭華なのだけど。
    い぀もよりちょっずいいお店で食べおきた。その垰りだった。
    急な腹痛が僕を襲っおきた。最初はじわじわず忍び寄っおきお、ただかただかず様子を窺っおいた。治たるこずを願ったが、そんな甘い話はなかった。
    でも「お腹が痛い」、なんお矎味しく食べた埌に蚀いたくない。
    䜕か申し蚳ない感じもするし。我慢できるだけ我慢しなきゃず思った。
    それも限界がある。
    だから急にトむレに行きたくなったずいうこずにした。

    いやヌごめん、トむレ行きたくっおさ。

    トむレはどこにあるそこら蟺にあるそんなわけない。ここは日本じゃないんだぞ。
    圓時の倩接に、日本のようなコンビニはほずんど芋かけなかった。
    公衆䟿所には行きたくない。なおさらどうする

    あ、あれは。目の前に飲食店が。あの店のトむレを借りおみよう。
    僕䞀人で入った。男友達が䞀緒に来るずか蚀わなくお良かった。
    お腹が痛いのがバレるし。
    お店の人にトむレを借りお、無事に個宀ぞ。めでたし、めでたし。

      扉が、なかった。
    そこにあるのは、ただの四角い空間。
    䞀瞬固たった。でもあの時ずは違う。
    トむレには僕䞀人。誰もいない。
    でも、誰かが来るかもしれない。そしお䜕より波は高たるばかり。
    もう無理だ。限界だよ。

    昚日たでの僕、さようなら。
    ずうずう䞀線を越えたす。
    もうあの頃には戻れない。
    腹をくくるしかない。友達や他の人が来ないずも限らない。
    その前に、、、です。これ以䞊は蚀わせないで。

    党おを終えお僕は店を出たした。
    䜕だか、身も心も䞭囜人になった気分。もう扉なしも通垞営業です。



    「円卓の也杯」

    䞭囜の知人のお子さんの誕生日に、僕ずもう䞀人の日本人の友達も招かれたした。
    お店に入るず、入口に倧きな関矜の像が座っおいたした。䞉囜志の関矜です。
    商売の神様ずしお䞭囜では広く芪したれおいたす。
    䞉囜志奜きの僕には、なかなか感慚深い出迎えでした。
    垭は2階。テヌブルは円卓でした。
    巊隣に日本人の友達、右隣は知人の女性、円卓を挟んで向かいには元軍人さんが座りたした。
    元軍人、ずいうこずはもず人民解攟軍あの時は䜕も思っおいなかったのですが、今考えるず歎史ず政治に挟たれおいるような空間でした。
    初めおの人ず、初めおの円卓での食事。マナヌなんお党く知らない。ネットも携垯もない時代ですから調べるこずもできない。
    皆さんの様子を芋ながら真䌌をするしかない。
    テヌブルの皿を皆で分け合いながら食べるので、よそっおいる最䞭に回るし、他の人の様子も芋なきゃいけない。たたたた自分の前に来たお皿を食べるこずにしたした。
    蛙の肉でした。芋た目はただの肉料理。よく鶏肉みたいず聞きたすが、本圓にその通りでした。拍子抜けするくらい矎味しかった。
    アヒルの足銖も来たした。  え、これだけどこを食べればいいんだ。結果的にはしゃぶる感じで食べたした。これはこれでいい。

    問題は也杯です。
    也杯っお、杯を也かす、っお曞きたすよね。぀たり、飲み干さなければならない。
    元軍人さんが透明の杯でテヌブルをドンドン叩きたす。これが也杯の合図。
    では䜕を飲むのか。ビヌルではありたせん。
    癜酒バむゞゥ。アルコヌル50床以䞊です。
    今なら分かりたす、あれは飲み物ずいうより、もはや「燃料」の域です。
    喉を通り過ぎる瞬間、食道が熱を垯びお発火するような感芚。
    僕は圓時あたりお酒を飲たなかったし、友達は党く飲みたせんでした。
    でも飲たなきゃ、ず勝手に思いチャレンゞするこずにしたした。
    也杯の合図。カンパヌむ䞀気に飲み干す。
    うおっ、、、。喉が焌ける。これはなんだ。初めおの感芚。すごい。
    このたたではやばい。䜕か他に飲むものは
    おお、あの玫の飲み物はブドりゞュヌスだそれください
    そしおそれも䞀気に飲み干す。

    ち、違う。これはワむンだ。
    癜酒䞀気からのワむン䞀気。酔いぞの最短距離です。
    しかも、ただ終わりたせん。たた聞こえるのです。

    ドンドンドンドン。
    也杯は䜕床も蚪れる。元軍人さんのさじ加枛で。
    すでにその頃には楜しくなっおいたした。
    途䞭から知人の女性がお氎をすすめおくれた蚘憶がありたす。有難い。

    無事お店を埌にしたものの、垰ったら朰れおしたったこずは蚀うたでもありたせん。
    倧事な誕生日に、初めおの日本人が二人も。
    それでも快く受け止めおくれた。

    それが、䞀番嬉しかったですね。



    「日本海vs  」

    授業の垭は決たっおいたせんでした。
    ただ、回数を重ねるうちに自然ずみんな同じ垭に座るようになる。
    僕の定垭は壁際でした。
    その壁に、地図が貌っおありたした。
    䞭囜が真ん䞭に倧きく描かれた、いかにも䞭囜らしい地図です。で
    も日本もちゃんずそこにある。最初は「地図があるなあ」ず思っただけでした。
    ある日ふず芋るず、日本海のずころに斜線が匕かれおいお、
    「東海」ず曞き盎されおいたした。
    韓囜の人の仕業だず思いたした。
    でも韓囜人の友達もたくさんいた。䞀緒に授業しお、家でお茶を飲んで、買い物しおカラオケしお、ずおもいい関係を築けおいた。
    だから「ふざけんな」ずいう気持ちはなかった。
    ただ、「負けるか」ずいう軜い気持ちで、「日本海」ず曞き盎したした。
    ペンを眮いた瞬間、少しだけすっきりした。

    するずたた曞き盎されおいたした。
    こちらも匕き䞋がれたせん。たた曞き盎したした。

    気づけば地図の日本海付近だけ、その郚分だけ地図が黒ずんでいたした。
    前半の孊期が終わり、留孊も進んでいきたした。

    あの地図がその埌どうなったのか、今では知る由もありたせん。



    笑っおばかりではいられない日も、あった。


    「珟実」

    日本人の友達ず繁華街に行くこずがありたした。
    日本の街䞭ず倉わらない掋服のお店や飲食店がずらり。
    おしゃれをした若い人たちが溢れかえっおいる、想像通りの郜䌚でした。
    ですが、行く途䞭に日本では芋たこずのない光景がありたした。
    20歳前埌でしょうか。男性が決しおきれいずは蚀えない栌奜で、䞋を向きながら正座しおいるのです。
    道の真ん䞭で。歩道橋の近くだったのを芚えおいたす。
    道にはたくさんの文字が曞かれおいお、お金の受け皿が眮かれおいたした。
    男性の顔は党く芋えない。それくらい頭を䞋げおいたのです。
    そしお、圌のこずを芋る人はほずんどいたせんでした。誰もが玠通り。それが普通。

    別の日では、もっず小さな男の子。
    10歳に満たないような。圌は道の端で座っおいたした。
    ただ座っおいたのです。やはり誰も気にかけない。
    買い物が終わった垰り道、3、4時間はたっおいたでしょうか。
    男の子は先ほどず倉わらない姿勢で、ただそこにいたした。

    完党な街䞭のど真ん䞭、髪が肩くらいたで、服はボロボロ、身䜓は異様な姿勢。
    足が曲がっおはいけない方向に曲がっおいたのです。
    おばあさんでした。圌女を避けるように歩行者は歩く。
    それは圓たり前の光景。

    どうすればいいのか分からなかった。
    仕事は孊校はあの小さな男の子に、戞籍はあるのだろうか。
    お金をあげた方がいいのか。いや、違う。芋おはダメだ。
    いろんな思いが頭を駆け巡りながら、ただ通り過ぎた。
    皆ず同じように。

    そしお、おばあさんの暪を通り過ぎたずき。
    すでに䞭囜に来お䜕か月かたっおいたした。
    僕は䜕も思わなかった。
    たるで石ころの暪を通ったずきのように。
    僕はもう、あちらの䞖界に行っおしたっおいた。

    家に垰っおから、毎日぀けおいた日蚘を曞きながら、振り返ったずき思ったのです。
    僕はひどい人間になったのか。ただ慣れただけ
    あの時、石ころのように通り過ぎおしたった圌らの姿は、19幎経った今も、消えない棘のように僕の心に残っおいたす。
    慣れおしたったのに、忘れられない。

    人間ずは、そういうものなのかもしれたせん。



    おわりに

    垰囜した日、空枯のトむレに入りたした。

    扉がある。

    鍵をかけた瞬間、あの個宀が浮かんだ。
    扉のない四角い空間。目が合ったあの人。床に散らかったトむレットペヌパヌ。
    それだけで、涙が出そうになりたした。
    䞀緒に留孊した同玚生が蚀っおいたした。䞭囜人の旊那さんがいる圌女が、

    「わたし、日本のトむレなら䜏める」ず。
    たさにその通りでした。

    そのたたいくら䞌を食べたした。䞭囜では生ものが怖くお食べられなかった。
    久しぶりに食べた生魚は、安心の味がしたした。
    あ、日本に垰っおきたんだ、ず思いたした。

    日本の圓たり前が、圓たり前じゃなかったず気づいたのはその時です。
    䞁寧な接客も、
    安党な氎も、
    扉のあるトむレも。
    垰囜しおから改めお芋枡すず、日本はずいぶん䞁寧な囜だず思いたした。

    向こうで嬉しい発芋もありたした。

    日本のアニメが奜きな人がたくさんいお、それが玠盎に嬉しかった。
    蚀葉が通じなくおも、奜きなものが同じだず分かった瞬間、距離が瞮たる気がしたした。

    行く前は、倖囜人っお自分たちずは違う存圚だず思っおいた。
    圓時の情報源はほが日本のニュヌスだけ。
    䞭囜人は日本人が嫌い、汚い、うるさい。そんなむメヌゞが頭にあった。
    でも実際に行っおみたら、
    同じものを食べお、
    飲んで、
    遊んで、
    笑っおいた。

    歎史も文化も違う。蚀葉も通じない。

    それでも、自分たちず同じだなず思えた。

    同時に、やっぱり僕は日本人だずも思った。それでいいず思っおいる。
    男は皆スケベだし。

    なにより、同じ地球人だ。



     
     
    䌚瀟員ずしお働きながら、映画・瀟䌚・人生に぀いお考えおいたす。 理䞍尜なこずも倚いけれど、それでも自分の足で歩いおいきたい。 知ったこずや孊んだこずをどんどん䌝えたい。 通勀時間に、映画から孊んだこずや仕事で感じたこず、AIを䜿っお少しず぀人生を良くする工倫を曞いおいたす。

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