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私は魚眼レンズが欲しかったわけではない

    私は被写体と背景を切り離すのではなく、その場の空気ごと写したくて、中望遠でもボケ感の少ないマイクロフォーサーズをサブ機として購入した。

    MFTを使い始めてしばらく経った頃。

    せっかくだし広角レンズも一本くらい欲しいなと思い、焦点距離の短いレンズを探していた。

    その時、ふと疑問がよぎった。

    広角の極地って、魚眼レンズではないのだろうか。


    正直に言うと、私は今まで魚眼レンズにほとんど興味がなかった。

    魚眼レンズは現実を誇張し、世界を大きく歪ませる。

    そういう表現のために存在するレンズだと思っていたからだ。


    MFTを手にしたことで、その見方が少し変わった。

    センサーサイズの小さなMFTでは、魚眼レンズの極端な周辺部分が切り取られる。

    すると、魚眼特有の強烈な歪みが和らぎながらも、超広角という特徴は残る。

    しかも被写界深度も深い。

    それは私が今まで思い描いていた魚眼レンズとは、少し違う存在だった。


    魚眼レンズが欲しくなったわけではない。

    むしろ逆だ。

    MFTを使い始めたことで、魚眼レンズの中に超広角レンズとしての可能性を見つけてしまったのだ。


    全く興味のなかった魚眼レンズが、ある日突然、自分の世界に飛び込んできた。


    そしてもうひとつ興味が湧いた。

    私は広角レンズを風景のためのレンズだと思っていた。

    魚眼レンズが超広角レンズとして使えるのなら、話は変わってくる。

    超広角レンズは風景だけのものなのだろうか。

    人物を主役にした写真の中でも成立するのだろうか。

    それを確かめてみたくなった。

    画像
    Brightin Star 10mm F5.6 II Fisheye Lens

    実際に使ってみると、思っていたより歪まない。

    カメラの位置を極端に下げれば魚眼らしい表現になるし、目線の高さで撮れば広角レンズのようにも見える。

    魚眼レンズだと意識しなければ、普通の超広角レンズとして使うこともできた。


    ただ、そこで別のことにも気が付いた。


    私には少し世界が広すぎた。

    そこには人を含んだ広い世界が写っている。

    空も、橋も、街も、その場の空気も全部写る。

    それは確かに面白かった。

    でも私が本当に見たいものは、少し違ったらしい。


    私は主役を人にしたい。

    背景は必要だ。

    その人がどこにいて、どんな時間を過ごしていたのかを伝えてくれるから。


    ただ、人よりも背景が前に出てほしいわけではない。

    私が見たいのは世界ではなく人だった。


    魚眼レンズを使ってみて分かったのは、魚眼レンズの面白さではない。

    私が何を撮りたいのか だった。

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    カメラのレビューよりも、そのカメラを選んだ理由を書いています。 なぜそのカメラを選んだのか。 なぜ上手い写真より好きな写真を残したいのか。 カメラという入口から、 ファインダー越しに見えた家族や記憶、 モノ選びや価値観について綴るnoteです。

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