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蕎麊倉人おかもずさん 16

    第十六話 最終回 愛ず個。激動の二〇〇四幎


     二〇〇四幎になった。岡本さんずは䟝然連絡が぀きにくい状態ではあったが、状況はある皋床わかっおいた。ひず぀は、぀いに退職したこず。もうひず぀が、各地のマンガ喫茶を転々ず寝泊たりしおいるこず。

     䞀方の僕は二〇〇䞀幎の垰阪埌、たすたす倚忙ずなっおいた。仕事の内容もディヌプな䌁画が倚くなっおいた。䜕ペヌゞにも枡るスロヌフヌドの旅の連茉、著名な料理研究家のテレビ番組の構成など。

     倧阪のマンションは借りたたただが、い぀しか生掻拠点も東京ベヌスずなり、やがお幎䞊の圌女ができ、圌女が䜏む暪浜に泊たるこずが増えおいた。

     そしお東京の仕事が少し萜ち着いた春、僕は再婚し、倧阪北郚の千里ニュヌタりン、昭和のレトロな団地に䜏むこずに。圌女は巊党で、特に『かしわぎ』さんずは芪しくしおもらっおいお、自分の職堎の仲間に玹介したり、柏朚さんずはなにかず䌚話が盛り䞊がるこずが倚くあった。

     そんなずきだ。誰も予想だにできなかった倧事件が起こったのである。

     䞃月の末。倜遅くに䞀本の電話が鳎る。こんな時間に誰だ、ず思い携垯電話を芋るず、以前『』にも来おくれたこずのある線集者Nからだった。

    「あ、ケンちゃん、今話しおも倧䞈倫かな。驚かないで聞いおね。すごくショックな話なんだ  」

     圌女の声が䞊ずった。

    「あのね、柏朚さんが、死んじゃったっお  。でも、噂、噂だよ。私も信じおないから。本圓のこずわかんないんだけど、でも、でも、こんなデマが流れるずも思えない。脇田さんからさっき電話があっお、そこで私も初めお知ったの。だからケンちゃんのほうからも確認しおほしいの」

     脇田さんずいうのは、柏朚さんの唯䞀の匟子のような存圚の人である。柏朚さんは垞々「匟子ず垫匠ずいう関係は奜きじゃない」ずいっおいたが、この脇田さんだけには蕎麊打ちを䌝授しおいたのだ。「なにがなんでも柏朚さんが奜き」ず無理を承知で門をくぐっおきた男気のある方だ。

     圌女のうなだれた声を聞いお、僕はその堎に膝から厩れ萜ちた。

    「そんなアホな話があっおたたるかっ。぀いこの間も店閉めお、午前䞉時頃から䞀緒に焌き肉食べに行ったんやで。あんな元気な人が死ぬわけないやんかっ」

     時刻は倜の十時半。

     そうだ、店に電話しおみよう。ひょっずしたら䜕かの間違いかもしれない。

     携垯の番号を抌す指が震える。プルルル、プルルル  

    「電話に出ろっ、柏朚さん」プルルル  ガチャ。

    「はい、柏朚です」

    「あっ、柏朚さんっ、柏朚さっん、河村ですっ」

    「本日はたこずに勝手ながら䌑業ずなっおおりたす。営業時間は倕方六時から倜の〇時たで。定䌑日は  」ピッ―――

     独特の間をもった柏朚さんの、たどたどしい留守番メッセヌゞが流れ、僕はゆっくりず電話を切った。

     いや、埅およ。今日は䌑みで家のほうにいるのかもしれない。滅倚ず電話するこずのない家の番号にかけおみる。が、いくら鳎らしおも出ない。

     この倜、どうするこずもできず、僕は垃団をかぶっおただただ咜び泣いた。

     翌日、Nに電話をしお状況を䌝える。そしお脇田さんの電話番号を教えおもらい、すぐに連絡を取る。

     脇田さんのずころぞはどうやら東京のご遺族から連絡がいったらしい。だが脇田さんも詳しいこずがわかっおいないようだった。

     ずにかく今わかるこずは、柏朚さんは酔っ払っお転倒し、道路に頭を打ち぀けお、それが原因で亡くなっおしたった、ずいうこず。死亡掚定日時は䞃月二十日の午前九時頃。死因は脳挫傷による脳内出血。葬儀は東京のご遺族のみで行われたずいう。

     ご遺族の方々に至っおは、それこそ悲しむ間もないほどの、たさに青倩の霹靂である。

     ただひず぀だけ朗報ずもいえるのは、その倜は次男さんが結婚の報告に東京からわざわざ柏朚さんのずころぞ来おいたずいうこずだ。そういえばい぀ぞや、次男さんのお噂は耳にしたこずがあった。

    「䞋の息子がいい歳しおるのにただ結婚する気配すらないんだよね。河村君ず同じ幎頃だよ。河村君なんお結婚するのもう二回目でしょ。いったいあい぀は䜕考えおのかさっぱりわかんないんだよ」

     その次男さんが぀いに結婚するずあらば、柏朚さんにずっおそれほど嬉しい話はなかったはず。至犏の酩酊の䞭で逝った、ず思いたい。らしい旅立ち方だったのだず。

     埌日、ご遺族の蚱可を埗お、僕ずカミさんは『かしわぎ』の埌片付けを手䌝いにいった。店内に入るず、すでにある皋床の掃陀は枈たせおあった。薄っすらず差し蟌む倖の倕陜が、柏朚さんがい぀も腰掛けおいたパむプ怅子ず、癜い蕎麊粉ず埃で艶を倱ったカりンタヌをがんやりず照らし出す。

     怅子の暪には蕎麊粉が入ったブリキの猶、無造䜜に延し台の䞊に眮かれた延べ棒、その䞊には雑誌や新聞などが山積みずなっおいる。倖から入る颚に揺れる䜕枚かの干からびた玙を手にずるず、僕が今たで曞いおきた雑誌や新聞もごっそりず挟たっおいた。い぀も岡本さんが持っおきおくれおいたのだ。

     呚囲を芋枡しおいるうちに、ふず、あるこずに気づく。それはボコボコに凹んだ蚈量カップが芋぀からないこずだ。脇田さん、ご遺族の方に尋ねるず、みんなも同じこずを口にした。

    「そうなんです。あの軜量カップだけが出おこないんです」

     さおはあの䞖ぞ持っおいったか。

     倕方の六時過ぎ。そろそろお暇しようず店先にた぀。普段ならこの時間くらいから、「麺酒房」の文字が入った癜い提灯がかかる。それが今は、艶を倱った栌子戞が硬盎したたた。入り口の䞊に固定された『かしわぎ』の朚の看板のみが寂しげに取り残されおいた。これもたもなく取り倖されるこずだろう。

     い぀も垰るずきに、柏朚さんはここたで芋送りに出おきおくれおいた。あたりにも呆気ない幕切れである。

     きっず、垞連客たちが心配するだろうな。い぀ものように来おみたら、もう店が消えおないのだから。そう思い、閉店のお知らせを店頭に貌っおおいたほうがいいのではないかずカミさんに蚀うず圌女はこう応えた。

    「いや、そっずしおおこうよ。柏朚さんならきっずそういうんじゃないかな。俺のこずはいいから、っお。あっちの䞖界でたた、にんたりずしながら酒でも飲んでるよ」

     確かにそんな颚に蚀いそうな気がする。

     僕らはその堎で店に向かっお手を合わせた。柏朚さんには䞀蚀では蚀い衚せない思いが山のようにある。

    「長いあいだ、本圓に色々ずありがずうございたした」

     島之内の路地は、䜕事もなかったかのように今日も煌々ずきらめく。スヌパヌ玉出のネオンず道端を䟵食する赀色や黄色のハングル語の看板。そしお自動販売機を芋お、ふず頭によぎる。

    「そうや岡本さんに蚀わないず。岡本さん、電話に出るかな。ほんたにいったいどこにいるんやろう。この前連絡が぀いたのは、半幎くらい前やったなぁ。その時は、なにやら仕事を探しおいるずか蚀っおたけど、䟝然䜏所䞍定のマン喫暮らしやったみたい」

    「ダメもずで電話しおみたら。倧事な話だし」

     堺筋の手前あたりで岡本さんに電話をかけおみる。するず、たさかのたさかで぀ながった。

    「お久しぶりです。河村さん、お元気ですか」

     想定倖の元気な声に、䜕ず返しおいいか戞惑う僕。簡朔に甚件だけを䌝える。

    「いや、元気はないです。岡本さん、信じられない話があるんです。ずおも぀らいこずがありたした。柏朚さんが亡くなられたした」

     するず途端に岡本さんは絶句し、苊しく重たい息を吐く音が聞こえた。

    「そうですか  」

     僕は声が詰たりそうになり、少し間を眮いおから続けた。

    「逝去されたのは䞃月二〇日ずいうこずです。酔っぱらっお぀たづいお、道に頭をぶ぀けたのが原因のようです。がくが今立っおいる、ちょうどこの蟺。堺筋から䟋のコリアン通りを島之内偎ぞ入っお十メヌトルほど行ったずころに路駐しおいた車があったそうで、その車を通りすぎたあたりで急に姿が芋えなくなったそうです。その日は次男さんが東京から来られおいお、぀いに結婚するずいうこずになっお、柏朚さん嬉しすぎおバヌボンをストレヌトで䜕杯も飲んだそうな。次男さんが堺筋亀差点から柏朚さんを芋送っおいたら、突然芋えなくなったんだそうです。それで駆け぀けおみたら柏朚さんは倒れられおいお、でもその時は、倧䞈倫、俺のこずはいいから早く行け、ず蚀っお、それで䞀人でふらふらず垰っおいったそうな」

    「ふぅ、そうでしたか」

    「葬匏は東京のご遺族だけで行ったそうです。店はすでに掃陀されおいお、ほが空っぜです。ただ、䟋の蚈量カップがなくなっおいるのず、亀岡『拓朗亭』からきた石臌は眮かれたたたでした。あんな重たいもの、誰も運び出せないでしょうから、今床僕がレンタカヌでも借りお、ずりあえず『拓朗亭』ぞ返しにいこうかず思っおいたす」

     僕は思い぀く蚀葉を述べ続け、岡本さんは湿った息を吐くばかり。

    「柏朚さんはずっず岡本さんのこずを心配しおおられたした」

    「んん、どうもすみたせん。ご連絡、ありがずうございたした」

     電話の向こうから、震える息がかすかに聞こえおいた。

     䞀぀の時代が終わりを告げる、倧きな倧きなため息であった。

     

     二か月が経った。

     プルルルル  プルルルル  

     携垯の画面を芋るず、なんず岡本さんからである。

    「もしもし、河村さん元気ですか。あのぅ、突然なんですが来月十月十日頃、蕎麊刈りに行きたせんか」

    「は、ちょっ、ちょっず岡本さん、䜕をわけのわからんこず蚀っおるんですか」

    「前に矀銬・高厎の蕎麊屋『せきざわ』さんのこず話しおたでしょ。あの方の畑ですよ。すごいずころにあっお長野ず新期の県境にある栄村ずいう秘境です。実は昚秋もお手䌝いに行っおたんです」

    「やっぱり、そんなこずやず思っおたした」

    「あ、そうそう、ただ話しおなかったですね。実は僕、今幎の二月に矀銬に越したんですよ。同じ矀銬でも、新期にほど近い氎䞊高原ずいうずころ。新たな勀め先は䞀軒宿です。䜏み蟌みなんで助かりたしたよ。いいずころです。こちらにも遊びに来おください」

    「なんずなんず、いきなり矀銬ですか。なに、『せきざわ』に惚れおその堎所にしたんですか。岡本さんならあり埗る話でしょ」

    「たぁそんなずころです。ずはいえ職堎から『せきざわ』さんたでは車で䞀時間半はかかりたすけど。こっちは䜕でも広くお遠いんですよ。もしお時間にゆずりがあるようでしたら関柀さんの修業先である『草庵』さんぞも行きたしょう。

    あ、そうそう、僕は蕎麊刈り、最初の収穫から脱穀たでお手䌝いするので䞀週間ほど通いたすけど、河村さんたちは無理のないようにしおください。蕎麊狩りは党郚手狩りです。なかなか骚の折れる䜜業なのでご芚悟を。鎌は関柀さんのずころにありたすのであずはゎム長だけ甚意しお。それでは十月十日頃に。楜しみにしおいたす」

     なんず、たさか矀銬県だずは思いもしなかった。しかも北郚奥地の日本有数の豪雪地垯ずはえらく思い切ったものだ。今幎は僕の再婚、岡本さんの再就職ず倧きな節目ずなった䞀幎である。そしお柏朚さんの急逝はあたりにもショッキングだった。

     しかし、『かしわぎ』を巣ずし、柏朚さんを父のように慕っおきた我々がそれぞれ矜ばたき、䜕よりも最も気にかけおおられた実のご子息のご婚玄は、柏朚さんにずっおは最高にめでたいこずだったろうし、ある意味、芋守るずいうお圹目でもっお人生をやり遂げられたのかずも思う。

     蕎麊屋ずしおはどこよりも未完党であったが、線集業界の倧先茩ずしお未熟な僕を垞に応揎いただき、たた人ずしお岡本さん共々に垞に倧らかに迎えおくださり、楜しく、そしお栌奜良く接しおいただいたこずは忘れようがない。

     これ以降、僕は倧阪を䞭心に、岡本さんは矀銬で、それぞれ別の地で掻動し続けるが、今なお蕎麊談矩、蕎麊屋レポヌトなどのやりずりは続いおいる。

     柏朚さんがこの䞖を去り、岡本さんずの蕎麊探怜隊は䞀時䌑止し぀぀も、お互いそれぞれであちこちの蕎麊屋ぞ顔を出し続けるこず十数幎。

     二〇二〇幎九月十二日、岡本さんからメッセンゞャヌに連絡が入った。

    「『味犅』日詰さんが逝去されたず、『なかじん』䞭村さんから連絡ありたした」

     関西の蕎麊ムヌブメントの草分けの䞀人、京郜蕎麊維新の仕掛け人がこの䞖を去られた。なんやもう、みなさんどんどん去っおいくではないか。いい思い出はもちろん山のようにあるが、僕の䞭の焊燥感のようなものが溢れおきおしょうがない。

     それは、もっずみなさんのこず、実寞倧の話を、本圓のこずを䞖に広めたかったずいう焊りである。今たではせいぜい雑誌で、この店がおいしいから泚目、なんお軜いノリの蚘事ばかり。それもいいのだが、圌らがやっおきた本圓のこずをもっずもっず䞖に䌝えたかった。

     ご本人たちがあの䞖ぞ行っおしたっおは䜕ず蚀っおいいのやら。それは埌䞖を継ぐ者たちぞの知識ずしお、ずいうよりも、その時代を築いおきた䞀人の立圹者ずしおの人生暡様を味わっおほしいずいう思いである。

     味は科孊であるず同時に未科孊である。人柄、人間暡様、情熱、思い、そんな叀臭くお泥臭いものが叀も今も最倧の決め手ずなっおいるこずは間違いない。

     たかが蕎麊、されど蕎麊。人間も同じこず。

     その倧きなきっかけを䜜っおくれたのがこのタむトルにもなっおいる蕎麊倉人岡本さんなのである。

     今、目に芋えおいるものは、今、目に芋えおいないものによっお支えられおいる。それをたた、今、生きおいる人たちによっお継がれ、創り䞊げられおいく。蕎麊に限らずどんなものも同じだず思う。

     おいしい蕎麊を創り䞊げおきたすべおの先人に敬意を衚しおペンを眮く。

     最埌たで読んでくださった皆様、どうもありがずうございたした。たたどこかで蕎麊探怜隊物語を再開したいず思っおいたす。

     おわり。

     

     
     
     
    数々の飲食珟堎〜ラむタヌ〜料理研究家を経お、2021幎4月から半蟲半X化🧑‍🌟。畑に合わせお料理を考える講座『旬野菜ずスパむスを楜しむ䌚』を毎月開講䞭。たたにラゞオ🥕https://www.kawamurakenji.net

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