
【詩的エッセイ】父 2
咽喉がんフェイズ4の父は、
放射線治療でも緩和ケアでもなく、
手術を選択した。
一分、一秒でも、いのちが、惜しかったのだ。
声を失おうと、ゴルフができなかろうと、
湯船に浸かれなくなろうと。
わたしの実家は一軒家で、
一階に父の部屋が、二階に母の部屋がある。
ある夜、階下から父の声が聞こえてくるので、
母が階段を降りていったら、
父はテレビの歌番組に合わせて
歌っていたという。
「ああ、もうすぐ俺はこうして歌えなくなるんだなぁ…」と、言いながら。
繰り返すが、父は咽喉がんのフェイズ4で、
御年80歳だ。
治療をしようが、手術をしようが、
余命など幾許もないことは、
だれの目にも明らかだった。
…しかし、人間とは脆いもので、
その幾許もない残りの生命に、しがみつくのだ。
こうして、医療従事者というのは
食べていけるのだな…と、
わたしは、よくわかった。
今の父は、最後の温泉旅行を終え、
最後のゴルフを終え、抜け殻のようらしい。
無理もない。あと数日で入院、
さらにあと数日で12時間以上におよぶ大手術が、
手ぐすねを引いて
待っているのだから。
そしてそのあとは、一か月程度にわたる
入院生活。父の性格からして、
他人との共同生活など不可能ゆえ、
精神科閉鎖病棟のように、四肢と腹部の
完全拘束生活が待っているのだろう。
そんなものは、生活と呼ぶのも憚られる。
…わたしは、驚くほど何の感慨も湧かない。
80年間、病とは完全に近いほど無縁な生活を
送ってきた、父だ。
まさに、年貢の納め時、というやつだ。
わたしと妻は、どこまでも他人の振りを通す。
人間、自分の悪行は、自分に返ってくるように
できているのだ。