テラ・ノッツ ―ちいさな宇宙人たちと地球のひみつ― 第6話「消えゆく氷と、海の底のひみつ」
北極海は、地球のてっぺんに広がる、果てしなく広い海です。
冬になると海の表面が一面に凍りつき、どこまでも白い大地がつづきます。そこに生きるのは、地球でいちばん大きな陸上の肉食動物——ホッキョクグマです。
「うわあ……」
コックピットの窓に顔をくっつけながら、ソラが息をのみました。眼下に広がるのは、果てしない白。海が、そのまま固まってしまったような世界です。
「気温はマイナス三十度」ピカがスキャナーを見ながら言いました。「でも……あのあたりの氷だけ、おかしい」
ワンダラー号がゆっくりと高度を下げます。広がる白い氷原の中に、ぽっかりと黒い水面が見えました。まるで穴があいたように、そこだけ氷が溶けています。
「はやすぎる」とハナがつぶやきました。「あそこだけ……なにかが、熱い」
氷の端に、白い影がふたつ、じっと立ちつくしていました。大きなホッキョクグマと、その横にぴったりとよりそう、小さな子グマです。
渡ろうとした先の氷が溶けていることに気づいた母グマは、足踏みをしながらじっとしていました。

「渡れなくなってる」ゴロが言いました。「向こうに、えさがあるのかな」
「ホッキョクグマはアザラシを狩るために、広い氷原を移動するんだ」とピカが答えます。「氷が溶ければ、移動できなくなる。えさにもありつけなくなる」
ハナが静かに目を閉じました。「下から……あたたかいものが来てる。海の底から」
「スキャンします」ピカのスキャナーが、ぴっと鳴りました。「水温が局所的に上昇してる。熱源は海底、深さ四十メートル。金属反応あり——沈んでいる、船です」
「船?」
「かなり古い。五十年以上前のものと思われます。船底の亀裂から液体が漏れ出しています。昔のエンジンに使われていた冷却用の廃液です。毒性は低いですが……あたたかい」
「つまり」ソラが言いました。「その船がずっと、ここの海を温めてたってこと?」
「少しずつ、何十年も」
しんとした沈黙が落ちました。
誰かがずっと昔に残していったもの。忘れられた船が、ずっと、ここの氷を溶かしつづけていた——。
「ふさごう」ゴロが立ち上がりました。
ワンダラー号の水中モードが起動します。黒い水面からゆっくりと潜ると、視界が深い青に変わりました。海底に降りていくと、錆びついた古い貨物船が、砂の上に横たわっています。
船底の亀裂から、ゆらゆらと温かい液体がにじみ出ていました。
「ゴロ、いける?」
「やってみる」
ゴロが船外へ出ました。極寒の海水の中でも、ゴロはものともしません。太い腕で亀裂の両側をぐっとおさえると、ポッケが「ぴたっとパテくん」を打ちこんでいきます——押しつけた場所を瞬時にかため、水も熱も通さなくする、ポッケ特製のガジェットです。

ぴたり。
にじみ出ていた流れが、止まりました。
一分。五分。十分。じっと待ちます。
「水温……下がりはじめてます」ピカの声が弾みました。「ゆっくりですが、確実に」
水面に戻ると、母グマと子グマはまだそこにいました。
しばらくして——溶けていた黒い水面のふちに、うっすらと白いものが張りはじめました。新しい氷が、少しずつ、少しずつ、育っていきます。
母グマが一歩、氷を踏みました。割れない。もう一歩。大丈夫。
それからゆっくりと、子グマを連れて、向こうの氷原へと渡っていきました。

「よかった……」ハナがぽつりと言いました。「ぜんぶ、つながってるんだね。昔のことも、今のことも」
「そう」とピカが静かに言いました。「地球は、ずっとおぼえてる」
ゴロが、自分のごつい手を見つめながら言いました。「小さな穴ひとつで——こんなにも変わるのか」
「だから、小さな穴ひとつで、もどせる」ポッケが笑いました。
ワンダラー号が白い大地の上へ舞い上がります。眼下に、果てしない氷原がひろがっていました。そのほんのひとすみで、白いおやこが並んで歩いていくのが、小さく小さく見えていました。
さあ、テラ・ノッツが次に向かうのは、緑の海——アマゾンの奥地です。世界最大の熱帯雨林を流れる大河に、ある朝突然、ピンク色のイルカたちが姿を消しました。川の流れの中に、いったい何が起きているのでしょう——。つづく。
