メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byayame_yamamoto

Never Forget

    今年も9月11日がやってきた。


    画像
    昨年の春訪れた ONE  WORLD TRADE CENTER

    23年前のこの日、授業中にスタッフの1人にメールがきていた。

    「いまどこ?」というような内容で、、、

    私は、同級生のスタッフとともに、10日後くらいにNYに行く予定だった。

    私の人生計画が狂った日でもあったのだけれど、
    それに気が付くのはもっとずっと後の話。

    ただただ、衝撃だった。その後
    間一髪で難を逃れた友人たちの話に、ぞっとした。

    一方で、私の友人たちは、間一髪で難を逃れたけれど、逃れられなかった人々に思いを馳せると、悲しみがあふれてきた。

    きっと、大切な人を失った人々は悲しみのあとに怒りも伴ったのだと思う。

    戦争が避けられないと知ったときのやるせなさは忘れられない。

    画像
    犠牲者の名前が刻まれた メモリアル

    2001年9月11日まで、年に多ければ3~5回、海外と日本を行き来していた。そして、この日のテロがなければ、もっと行き来していただろうし、それが当たり前のことだと思っていた私の生活は一変した。

    あれから、23年が過ぎた。

    でも、あの日に感じた「虚しさ」と「やるせなさ」は、今でも心に残っている。

    同時に、高校留学から帰国して1年後に、アメリカの友人たちの卒業式に招待されたとき、高校3年生だったというのに学校を休んで渡米することに同意してくれた両親が言っていたことを心に噛み締めた日でもあった。

    画像
    9/11メモリアル

    「これからの国際交流は『1人ひとり』の交流を土台とする。培った友情を大切にして、自分ができることをしなさい。」

    Life must go on.  生き続けなければならない。

    と、テロによってNY行きをあきらめた私に、私が訪ねる予定だったNYにいた大切な人が言っていた。

    残された私たちのできることを1つ1つしながら、とりあえず、生かされている間の人生を大切にしたいと改めて思う日だ。



     
     
    2000年3月から松阪市内五曲町で小さな塾を営んでいます。かめい英語教室として、昭和30年代から父が実現しえなかった理想の塾の形を追い求めて23年目ー50歳になった自分の着地点を探す10年の始まりに、今の思いと考えをまとめて、次につなげていけたらいいなぁと思っています。

    あなたへのおすすめ