
歌舞伎BGM・長唄『藤娘』前編*亀戸天神の藤まつりに行ってみた
昨年、映画『国宝』で話題になった『藤娘』。舞踊で人気の曲ではありますが、長唄の演奏会にかかる機会の多かったこの曲、主役は藤の精です。映画『国宝』では、藤の一枝を肩の上にのせたふたりの花道登場シーンが印象的でした。実は、あの場面の前に「置唄」と呼ばれる演奏だけのくだりがあるんです。
津の国の 浪速の春は夢なれや
はや二十年の月花を 眺めし筆の色どりも
描きつくされぬ数々に 山も錦の折を得て
故郷へ飾る袖袂
「津の国」と「浪速」は大阪。故郷に錦を飾るって、誰が? ………などと、考えている間に、唄は舞台美術に描かれた「藤の蔓を枝にからませた松の木」の描写へと進みます。
歌詞の「十返りの花」は千年に十回だけ、咲くという「松の花」。松の花のように見えた「藤浪」とは「藤の房」です。私には山の斜面の木が紫の花をつけている。よくよく、見たら、藤だった。という経験があります。あれも、松かしら?
若紫に十返りの 花を顕す 松の藤浪
と、ありまして「ハナヤカニ」三味線が一節。ドンチリリン・ドンチリリンと、すり足で藤娘の登場です。背を向け、肩越しにチラ見しながら、踊り始めるわけですが……
人目せき笠、塗笠しゃんと 振りかかげたる一枝は
紫深き水道の水に 染めて嬉しき由縁の色の
いとしとかいて藤の花 えゝ しょんがいな(以下、略)
ここで気になるのが「紫深き水道の水」というくだりです。紫色の水面をイメージします。どんな感じか、藤の花の名所に行って、検証してみました。
都内の藤の名所といえば!
亀戸天神は地元の天神様でした。「明暦の大火」後の復興を願った四代将軍・家綱の寄進により、大宰府に習った広い境内の庭が作られました。
「心字池(しんじいけ)」と「男橋」「女橋」の赤い太鼓橋が人気を集め、平橋と合わせた三つの橋を回廊で繋いで、その広い回廊を藤棚が埋めています。今では、背景のスカイツリーが「映え」スポットです。

さて。桜には「花筏」がありますが、豆科の藤の花弁は、桜のように盛大に散りません。全国には、藤棚の下を水路にした庭もありますが『藤娘』の歌詞とは違うようです。


蝶々の羽の形をした花を、たっぷりとつけた藤の房。打ち寄せる白波に似て、ゆらゆらと風に揺れる藤の房を、飲めない酒を嗜んだ娘の千鳥足に例えたのは、戦前の歌舞伎役者、六代目・菊五郎でした。
さて。今度は「水」に着目してみましょう。歌詞の「水道の水」は江戸の上水道です。辞書によると「水道育ち」は玉川上水や神田上水の水で育った江戸っ子の証。昭和の若者は「都会の色に染まる」なんて、言い方をしていました。これを「置唄」に繋ぐと、大阪から江戸に下って来たわけですって、誰が?
ちなみに、玉川上水を通した武蔵野台地の原野には、紫草が自生していたという記録が残っているそうです。栽培の難しい紫草。紫草の根の色素こそ、紫根染めの材料なのでした。
古い解説書に、曲の由来が書かれていました。
文政九年、中村座の九月狂言に、二代目關三十郎が『歌へすがえす名残大津絵』と云ふ五変化の所作事を出した。(中略)名題に「名残大津絵」と附けたのは、大阪から江戸へ下って久しく人気を得ていた三十郎が、今度故郷へ帰るお名残の出し物だからである(以下、略)
歌詞に「染めて嬉しき」「由縁の色の」と続くことから、三十郎と江戸の観客との関係は良好だった様子です。『藤娘』には、藤の精の恋心の陰に、この曲を初演した歌舞伎役者・二代目関三十郎の節目の気持ちが、唄い込まれているのでした。
※参考文献/竹内淳子・著『ものと人間の文化史148・紫 紫草から貝紫まで』(2009年/法政大学出版局)