
第六章 未来への祈り 第十節 未来への祈り
地上界は、まだ完成していなかった。
そこには、なお貧しさがあった。
病があった。
孤独があった。
争いがあった。
支配があった。
許されていない痛みがあった。
まだ言葉にならない祈りがあった。
けれど、地上界は、闇だけの場所ではなかった。
誰かが、誰かのために手を伸ばしていた。
誰かが、傷ついた者のそばに座っていた。
誰かが、富を巡らせ、学びの場を作っていた。
誰かが、祈り、反省し、自分の中の悪から遠ざかろうとしていた。
誰かが、違う光を持つ者の声に耳を澄ませようとしていた。
小さな光は、地上界のあちこちに置かれていた。
それは、空を裂くような大きな奇跡ではなかった。
けれど、確かに地上界を変えていた。
親が子を抱く時。
子が老いた親の手を取る時。
友が友の沈黙を待つ時。
教師が一人の子の光を見つける時。
働く者が、自分の仕事を誰かのために差し出す時。
創る者が、まだ形のない美を地上界へ降ろす時。
そこに、未来の光は置かれていた。
未来とは、ただ後から来る時間ではなかった。
未来とは、まだ地上界に置かれていない光であった。
まだ語られていない智慧。
まだ守られていない命。
まだ癒やされていない痛み。
まだ結ばれていない祈り。
まだ生まれていない美。
花びらたちは、それを置くために生まれていた。
すべてを変えることはできなくてもよかった。
世界のすべての痛みを、一人で背負わなくてもよかった。
ただ、自分のいる場所に、一つの光を置けばよかった。
一つの言葉。
一つの行動。
一つの祈り。
一つの仕事。
一つの許し。
一つの美。
一つの愛。
それらは小さく見えても、地上界に残された光であった。
一枚の花びらが光を置くと、別の花びらがそれに気づいた。
一つの祈りが置かれると、遠くの魂が少しだけ息をしやすくなった。
一つの智慧が残されると、次の時代の誰かが、暗い道で迷わずに済むことがあった。
そうして、未来は開かれていった。
地上界は、完全な楽園ではなかった。
だからこそ、花びらたちは降りてきた。
まだ置かれていない光を置くために。
まだ届いていない愛を届けるために。
まだ磨かれていない智慧を磨くために。
まだ奪われている自由を取り戻すために。
まだ壊れている調和を結び直すために。
まだ見えていない美を形にするために。
その姿を、愛は見た。
智慧は見た。
自由は見た。
調和は見た。
美は見た。
愛は、地上界に生まれた小さな優しさを喜んだ。
智慧は、苦しみの中から生まれた一つの理解を喜んだ。
自由は、支配から離れ、自分の光を選び直した魂を喜んだ。
調和は、違う光を持つ者たちが、なお共に生きようとする姿を喜んだ。
美は、そのすべてが地上界に描いた模様を喜んだ。
五つの光は、静かに響き合った。
地上界は、まだ完成していなかった。
けれど、そこにはすでに、美しい世界が生まれ始めていた。
宇宙樹の夢の中で、花びらたちは今日も地上界に降りていく。
忘れながら。
迷いながら。
傷つきながら。
愛しながら。
祈りながら。
そして、いつか思い出すために。
未来とは、遠いどこかにあるものではなかった。
花びらたちが、いまこの地上界に置いていく祈り。
それが、未来であった。