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“分かってほしい”を抱えて働いていた私が見た、保育現場の構造問題──人手不足では説明できない現実

    はじめに

    保育の現場では、何か問題が起きるたびに「人手不足」という言葉が免罪符のように使われる。 国や自治体の議論も、基本的には「配置基準の緩和」や「給与の底上げによる採用人数の確保」といった、いわゆる『量(人数)』の議論に終始しがちだ。

    しかし、私が保育士として30年間、泥にまみれ、子どもの涙を拭き、保護者の不安に寄り添いながら働き続けてきた中で感じていた現现实は、それとは少し違っていた。

    問題の本質は、単純な「頭数」ではない。 むしろ現場の人間を限界まで追い込み、静かに心を削り続けていたのは、「組織としての構造そのものの歪み」と、「情報共有の設計(システム)の弱さ」だった。

    人が足りないから現場が回らないのではない。 「仕組みの前提」が、目まぐるしく変化する現場の実態と致命的なまでに噛み合っていないのだ。 その違和感が、30年という歳月の中で、まるで地層のように自分の中に積み重なっていった。その感覚を、単なる愚痴ではなく、これからの保育のために一度言葉として整理しておきたい。

    第1章:崩壊のトリガー──ドミノ倒しのように連鎖する現場のリアル

    保育の現場では、子どもたち一人ひとりの個性が年々多様になっている。 強いこだわりを持つ子、集団活動への参加に強い抵抗を示す子、感情のコントロールが難しく突然パニックを起こしてしまう子など、専門的な支援や個別のアプローチを必要とするケースは、今や決して珍しいものではなくなった。

    しかし、国が定める制度としての「配置基準」は、そうした多様性や個別のケアを十分に前提としていない。近年、ようやく数十数年ぶりに基準がほんの少し見直され、改善の兆しが見えた。しかし、それはあくまで長年の放置から一歩進んだという程度のものであり、目まぐるしく変化する現代の保育現場のニーズには、到底追いついていないのが現実だ。

    そのため、たとえ書類上の人数が最新の基準を満たして(=足りて)いたとしても、現場は驚くほど簡単に崩壊する。

    ある朝の、具体的な光景を思い出す。 登園時、一人の子どもが保護者と離れたがらず、激しく泣き叫んで床に突っ伏した。その子の強い不安を受け止め、安全を確保するために、当然一人の職員がマンツーマンで対応に入ることになる。

    この時点で、クラス全体を見守る人員のバランスはすでに変化している。 そして、恐ろしいのはここからの「連鎖」だ。

    保育士の目が手薄になったその直後、別の場所で玩具の取り合いによるトラブルが発生する。制止が間に合わず、一人の子がもう一人の子の腕を噛んでしまった。 「ガブッ」という鈍い音と、引き裂かれるような泣き声。 当然、噛まれた子の止血や冷却、そして激しいショックを受けた双方の子どもの心のケアに、もう一人の職員が取られる。

    この“二重対応”が起きた瞬間に、そのクラスの「通常の保育の流れ」は一気にストップする。 そこへさらに、別のクラスでの嘔吐や発熱、あるいは保護者からの急な電話連絡などが重なると、現場は「予定通りに進める」という前提を完全に失う。

    本当に手をかけてあげたいのは、噛んでしまった子の背景にある衝動や、噛まれて傷ついた子の恐怖、そしてクラス全体に広がった動揺のケアだ。しかし、人員の限界は、保育士からその「最も大切な時間」を無慈悲に奪い去る。目の前のトラブルを「処理」することだけで手一杯になり、子どもの心に深く寄り添う余裕など、あっという間に消えてしまう。その瞬間に保育士が抱く「もっと丁寧に見てあげたかった」という切なさと罪悪感は、誰にも見えない。

    本来なら、複数の職員が互いにカバーし合いながら、ゆとりを持って吸収できるはずの小さな「揺れ」。それが、最低限の人数しかいない空間の中では、ドミノ倒しのように全体をなぎ倒す「崩壊のトリガー」になってしまうのだ。

    このようなイレギュラーは、決して特別な日に起きるわけではない。保育現場においては、これこそが「日常」なのだ。その結果、保育士は常に「今、誰を優先すべきか」「何を切り捨てるべきか」という過酷な優先順位の判断を、1秒単位で下し続けることを強いられる。

    この積み重ねは、単なる肉体的な疲労ではない。脳のキャパシティを限界まで使い果たすような、深刻な精神的疲労として蓄積していった。

    第2章:構造の問題──現場に集中する負荷と「情報の断絶」

    私が働いていた園では、園長と主任が兄弟という血縁関係にあった。 その関係性そのものを悪く言うつもりはない。家族経営ならではのアットホームさや、決断の早さというメリットもあっただろう。しかし、それが現場との意思疎通を良くしていたかというと、現実は逆だった。

    主任は園長に対して心理的な距離が近く、身内だからこそ強く意見を言えない、あるいは言わずに波風を立てないようにするという空気があった。そのため、経営陣の決定事項は、現場の事情や負担を考慮されないまま、一方的に下りてくることが多かった。

    さらに問題だったのは、その決定に対する「十分な説明」が現場に届かないことだった。 なぜこの行事を行うのか、なぜこの配置になったのか。理由が明かされないため、現場に疑問が生じても、保育士が自ら職員室へ確認しに行くしかなかった。

    つまり、情報が組織の上から下へと自然に“流れてくる構造”ではなく、現場が業務の合間を縫って能動的に“取りに行かなければならない構造”になっていたのだ。

    こうした歪んだ構造の中で、特に負荷が一気に跳ね上がるのが、冬場の感染症流行期である。 ある日、園内で嘔吐、下痢、高熱の症状が同時に、しかも複数のクラスで発生した。

    保育現場における嘔吐処理は、単に床を拭けばいいというものではない。二次感染を防ぐための厳重なガウンテクニック、次亜塩素酸ナトリウムによる消毒、周囲の子どもの誘導、保護者への緊急連絡、そして何より、体調を崩して不安に怯える子どものケア。これらをすべて、同時並行で行わなければならない。

    そのたびに、動ける職員が一時的にそのクラスへ集中的に動員される。 当然、応援を出した側の他クラスの人員は減る。 すると、人員が減った別の場所で、手薄になった隙を突くように新たなトラブルやケガが発生する。 現場は常に、この「連鎖する負荷」のモグラたたきに追われていた。

    ここで最も保育士を疲弊させていたのは、作業そのものの多さではない。 「判断をし続ける状態」そのものだった。

    • 今、目の前の嘔吐処理を優先すべきか、それとも泣いている別の子を抱きしめるべきか。

    • どの対応を一時的に止めれば、全体の安全が保てるのか。

    • 自分の判断で、隣のクラスに応援を頼んでもいいのだろうか。

    これらを、現場の保育士がその場で即時に判断し続けなければならない。 本来であれば、組織のマネジメント層が交通整理をし、共有すべき「判断」と「責任」が、すべて現場の一兵卒に丸投げされていた。

    “実行”だけでなく、“意思決定”の重圧までをも現場が同時に背負う構造。 この「マニュアルのない即興の意思決定」の繰り返しこそが、保育士の心を内側から削り取る「判断疲労」の正体であり、一部の職員に調整役が集中してその人がいなければ回らないという、極めて不安定な個人依存の構造を生み出していた。

    第3章:情報の局所化──安全を脅かす「見えない分断」と、ある朝の対峙

    ある日の午前中、忘れられない出来事があった。 1〜2歳児クラスで、おやつの準備を始める直前の、もっとも慌ただしい時間帯のことだ。

    机を消毒し、おしぼりを用意し、遊びからおやつへと子どもの気持ちを切り替えさせていく。本来なら、職員同士のあざやかな連携で、1分の隙もなく流れを進めるべき時間帯である。

    その時、一人の保護者が血相を変えて保育室にやってきた。その表情には、怒りと、それ以上に深い、押しつぶされそうな孤独が滲んでいた。 話を伺うと、その胸の内には二つの切実な訴えが渦巻いていた。

    一つは、園の別の保育士に対する強い不信感だった。その保育士はフレンドリーなつもりなのだろうが、まるで「友達」のような馴れ馴れしい距離感で話しかけてくるのだという。その日も、お子さんの様子について友達感覚の軽いトーンで話されたが、保護者にとっては決して好ましくない表現が含まれており、「なぜ我が子の尊厳に関わる話を、そんな軽い態度でされるのか」と、激しく憤っておられた。

    そして二つ目は、さらに深く、暗い悩みだった。そのお子さんは、日頃から特別な支援や丁寧な配慮を必要とする子だった。保護者の方は日々、我が子の育児に限界を感じており、「頭では分かっているのに、ついつい我が子に対して不適切な言葉や、きつい暴言をぶつけてしまう。そんな自分をどうしたらいいのか分からない」と、涙ながらに吐露されたのだ。

    実は、その保護者の方ご自身も心に疾患を抱えておられた。そのため、こちらも細心の注意を払わなければ難しかった。少しでも言葉のチョイスを誤れば、「園から責められた」「見捨てられた」という誤解を生み、さらに追い詰めてしまう危険性がある。私は、頭をフル回転させ、彼女の張り詰めた心を傷つけないよう、慎重に、慎重に言葉を選びながら、その孤独な訴えを受け止め続けた。単なる事務的な対応ではなく、一人の人間の人生の重みと対峙するような、極めてプレッシャーの大きい時間だった。

    しかし、話は長引き、私はその場から動けなくなった。 最悪だったのは、他の職員に「なぜ自分が今、ここで話し込んでいるのか」という状況や理由を、一言も共有する余裕がなかったことだ。

    残された現場は、当然、最低限の人員で回すしかなくなる。フォローに入った臨時の職員は、背景が分からないまま、とにかく目の前の子どもたちの安全を確保しようと必死に動いていた。

    後からその職員に聞いて、私は胸が締め付けられるような思いがした。 当時、クラスには特定の子を噛んでしまう癖のある子や、歩行が始まったばかりで転倒リスクの極めて高い子がいた。人員が足りない中、その職員は万が一の事故を防ぐため、苦渋の決断として、噛みつきのある子や歩行が不安定な子を一時的に「ベッドの上」で過ごさせるという対応を取っていたのだ。

    保育の視点から見れば、子どもたちの自由な探索活動を制限するその対応は、決して本意ではない。しかし、あの極限状態の中で重大事故を起こさないためには、そうするしかなかったのだ。

    この苦い経験を通して、私は強烈な危機感を抱いた。 現場の安全性を最も大きく脅かしているのは、「情報の局所化」が生むリスクだ。

    直接話を受けた私だけが状況(背景)を把握し、他の職員は何も知らないまま、ただ「人が一人消えた」という結果だけを受けて動いている。 もし、インカムやインフォメーションボードなどを通じて、「今、〇〇先生が保護者対応で離脱している。クラスはイレギュラーな状態である」という前提が全職員に一瞬で共有されていたらどうだっただろう。

    その前提が一つあるだけで、フリーの職員が自発的に応援に入る判断ができたかもしれないし、残された職員も安全確保の焦りからベッドに隔離するという手段をとらずに済んだかもしれない。

    情報共有とは、単なる「仲良しの連絡事項」ではない。 現場における最大の「リスク管理」そのものなのだ。情報が個人単位で処理され、同じ空間にいる職員の間で「知っている情報量」に差が生まれるとき、現場には見えない分断が生じ、それはそのまま、子どもの命を脅かす隙へと変わる。

    第4章:30年で見えた境界線──「変えられること」と「変えられないこと」

    こうした日々を送りながら、私の心身には目に見えない負荷が着実に蓄積していった。 それは、タイムカードには決して記録されない、数字にならない負担だ。

    園にいる間は、常に何かに急き立てられているような感覚。 15分の休憩時間中も、隣のクラスから泣き声が聞こえれば耳がそばだち、心も体も全く休まらない状態。 何より恐ろしいのは、退勤して家に帰り、布団に入ってからも、頭の中で「あの判断は正しかったのだろうか」「明日、あの保護者になんと説明しようか」という脳内会議が延々と止まらないことだった。 「これでよかったのか」という終わりのない問いが、静かに、しかし確実に心身の余白を奪っていった。

    それでも、30年もの間、私がこの仕事を辞めずに続けられたのは、現場で「仕組みがカチリと噛み合う瞬間」の、あの驚くほど美しい成功体験を知っていたからでもある。

    そんな私たちが現場単位で死守していた「工夫」があった。それは、各クラス専用の「申し送りノート」の徹底的な運用だった。 誰がいつ読んでも状況が寸分の狂いもなく把握できるよう、その日に起きたこと、子どもの状態、保護者からの伝達事項を、かなり事細かに文字にして残した。さらに、勤務時間が異なり直接会えない職員にも確実に伝えるため、退勤後や勤務外であっても「申し送りノートの内容をLINEで知らせる」というところまでを、現場の暗黙の了解として徹底させていた。もちろん、ケガや体調急変など緊急性が高い場合には、タイムラグを防ぐために必ず電話連絡を回した。

    ここまで徹底したのは、「どの職員が保護者から突然質問されても、全員が全く同じトーンで、同じ返し(対応)ができるようにする」ためだ。情報の一貫性こそが、保護者との信頼関係を守り、現場のブレをなくす唯一の武器だったからである。情報共有がうまく回った日は、同じ人数、同じ子どもたちであるにもかかわらず、驚くほど穏やかで落ち着いた時間が流れた。

    しかし、長く働く中で、私はもう一つの、残酷とも言える真実に気づくことになる。 それは、「現場の保育士の努力だけでは、この構造そのものは絶対に固変えられない」という壁だった。

    私たちがどれだけ身を削って申し送りノートを書き、LINEを回しても、それはあくまで現場の「綱渡りの努力」に過ぎない。国が定める配置基準、自治体の予算配分、園の加算の仕組み、そしてその園が長年培ってきた意思決定のピラミッド。これらはすべて、現場という最前線からは遥か遠い、動かせない領域(システム)にある。

    国や行政の制度は、常に全国の「平均値」や「書類上の数字」を見ている。 しかし、現場の保育士が見ているのは、目の前で今まさに泣いている、傷ついているという「現実」だ。 この視点の差がある限り、現場がいくら「人が足りない」「業務が回らない」と悲鳴を上げても、制度上は「基準を満たしているから足りている扱い」にされてしまう。

    若い頃の私は、この壁の存在を知らなかった。 だからこそ、「自分がもっと頑張れば」「もっと大きな声を上げて提案すれば」「みんなで工夫を重ねれば」いつか園の組織も、保育の仕組みも、劇的に良くなるはずだと信じて疑わなかった。

    何度も企画書を書き、会議で発言し、周囲を巻き込もうとした。 しかし、ある時から、自分がやろうとしていたことの途方もなさに気づき、めまいがした。 私が変えようとしていたのは、日々の業務の効率化などではなく、その園が、ひいては日本の保育界が長年維持してきた「組織のあり方そのもの」だったのだ。

    経営陣や制度を作る人と、現場を支える保育士とでは、見えている景色も立場も、持っている権限も違う。当時の私はその構造的な違いを理解できず、「なぜ伝わらないのか」「なぜこれほど苦しいのに変えてくれないのか」と、一人で勝手に絶望し、エネルギーを消耗させていた。

    今の私は、少し違う見方をしている。 30年かけて私が得た最も大きな知恵は、諦めではなく、「変えられる範囲」と「変えられない範囲」を明確に切り分けるという境界線の引き方だ。

    制度や組織の体質という「変えられないもの」に対して怒り、エネルギーをぶつけて自滅するのをやめた。その代わり、先述した申し送りノートの運用の徹底や、今日組むペアの同僚との密なコミュニケーションといった「自分の目の届く、変えられるもの」に、自分の大切なエネルギーを集中させる。 その視点を持てるようになってから、私の心の中に、ようやく確かな余白(すきま)が戻ってきた。

    第5章:チームで命を預かるために──これからの保育運営への提言

    保育という仕事は、その大半が「目に見えないグラデーション」で成り立っている。

    子どものわずかな表情の陰りに気づくこと。 言葉にならないイヤイヤの裏にある、本当の寂しさを受け止めること。 連絡帳の文字の筆跡から、保護者の張り詰めた不安を感じ取ること。 職員室の空気を読み、疲弊している同僚にそっと温かいお茶を差し出すこと。

    これらはすべて、配置基準の計算式にも、園の経営計画書にも、監査のチェックリストにも、一切数字としては表れない。 しかし、保育という営みの本質を支え、子どもの命を守っているのは、間違いなく、この「目に見えない小さな積み重ね」の精度である。

    だからこそ、私は声を大にして言いたい。人手不足という便利な言葉だけで、現場の苦しさを一括りに処理してはならない。本当に必要なのは、単なる人頭の追加ではなく、多様な働き方をする職員全員が、断絶することなく繋がれる「情報共有のインフラ設計」である。

    現場を見渡せば、正職員だけでなく、多くのパート職員によって日々の保育は支えられている。しかし、そのパート職員の働き方は実に多様だ。週に2日だけ来る方もいれば、週に4日勤務される方もいる。この「勤務日数や時間帯のバラつき」こそが、重要な情報をリアルタイムで伝えることを著しく困難にしていた。

    私たちはこの溝を埋めるためにLINEを活用していたが、そこにも新たな「見えない壁」が立ちはだかった。年配のパート職員の中には、スマートフォンの画面を頻繁にチェックする習慣がなかったり、通知を見るのがどうしても遅くなってしまう方が少なくなかった。 さらに深刻だったのは、ツールへの慣れ不慣れだけでなく、「そこに流れる情報の重要度に対する感覚のすれ違い」だった。現場を動かしている正職員にとっては、命に関わる、あるいは明日のクレームを防ぐための『絶対に見逃してはならない最重要情報』であっても、たまにしか来ないパート職員にとっては「後で読めばいい私信のようなもの」という、受け止めの温度差が生まれていたのだ。

    この悪意のない、しかし構造的に発生してしまう「情報のトスミス」こそが、現場の連携を不協和音へと導き、保育士たちの精神をすすり減らす真の原因だった。

    もし、長年現場で這いつくばってきた私が、今、仮に「園を運営する立場(マネジメント層)」に就くとしたら、華やかな最新の設備投資や、流行りの知育プログラムの導入などは絶対に後回しにする。 真っ先に予算と時間を投じて整えるのは、以下の2点だけだ。

    1. 「実行」と「意思決定」の分離、および責任所在の明確化 現場の保育士に「即興のルート選択」を丸投げしない。トラブル時の優先順位やイレギュラー発生時の指揮命令系統をあらかじめデザインし、現場が「判断」ではなく「目の前の子どものケア(実行)」に集中できる環境を作る。そして、現場の下した判断の責任は、すべて運営側が引き受けることを明文化する。

    2. 正職員・パート・世代を問わない「確実な情報共有システム」の構築 個人の私的なLINEや「見てくれるだろう」という善意の期待に依存するのを完全にやめる。週2日勤務の方でも、年配の方でも、出勤した瞬間に「今日、この園で起きているリスクと背景」を、勤務時間内に必ず100%強制的にキャッチアップできる業務フローを確立する。情報共有のための時間を「ボランティア」にせず、正当な労働時間(コスト)として運営側が保証する。

    保育は、個人の高い能力や自己犠牲の精神に依存して行う「個人プレー」であってはならない。多様な大人の目を重ね合わせ、全員が同じ情報というインフラの上に立って進める、極めて緻密な「チームプレイ」であるべきだ。

    全員が同じ方向を向き、安心して自分の役割を全うできる設計(システム)の精度こそが、最終的に預かる子どもたちの命の安全を守る。

    おわりに

    若い頃の私は、自分が正義のヒーローにでもなったつもりで、がむしゃらに頑張れば世界(現場)を変えられると信じていた。足りないものを見つけたらすぐに声を上げ、自分の身を削って工夫を凝らせば、いつか理想の保育園が作れると本気で思っていた。

    確かに、その情熱によって救われた子どもや、改善された業務もあったかもしれない。 しかし、30年という地べたを這うような経験が私に教えてくれたのは、「個人の努力や根性だけでは、構造という巨大な壁はビクともしない」という、静かな、しかし確かな現実だった。

    だからといって、私は保育の未来を諦めたわけでは決してない。 「変えられないもの」にエネルギーを使い果たして燃え尽きてしまう前に、「変えられること」を見極め、そこにすべての愛と知恵を注ぎ込む。その境界線を見極めることこそが、長くこの業界で生き残り、子どもたちを守り続けるために、私たちが持つべき本当の「強さ」なのだと思う。

    今、保育の現場には、相変わらず多くの課題が山積している。ニュースを見れば、心が痛むような事件や事故の報道が後を絶たない。それでも、現場の保育室の扉を開ければ、子どもたちは毎日、大人が作った歪な構造のことなど知る由もなく、ただ一生懸命に今日を生き、成長している。そして保育士たちもまた、その純粋な光景に命を救われ、支えられながら、必死に笑顔を作って働いている。

    私がこの記事を書いたのは、かつて自分がいた場所や、特定の誰かを糾弾し、批判したかったからではない。 人手不足という記号のような言葉の裏で、日々、本当は何が起きているのか。言葉にならない違和感を抱えながら、今も現場で踏ん張っているかつての私のような同志たちへ、「あなたの苦しさの正体はこれだよ」と、そっと答え合わせの言葉を届けたかったからだ。

    現場で命を預かる同僚たち、これから保育の世界に飛び込もうとしている未来の先生たち、形成、毎朝祈るような気持ちで我が子を園に預けて仕事へ向かう保護者の方々。 この記事が、この記事を読んでくださったすべての人にとって、今の保育が抱える「本当の課題」について、ほんの少し立ち止まって考えるための、小さなしおりになれば、これ以上の喜びはない。

     
     
    🍀30年、誰かのために頑張ってきた私が、今さら自分ファーストはじめました|保育士歴30年×HSP気質で、言葉にできない気持ちを言語化するのが得意|自分を後回しにする癖がある人へ、そっと寄り添う言葉を発信中

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