
【短編小説】『天国、Wi-Fi弱すぎ問題』
天国に着いて、まず驚いたのは
雲の柔らかさでも、
光の綺麗さでもなかった。
Wi-Fiが、異常に弱かった。
スマホを取り出すと、画面の右上にあるはずの電波マークが、一本だけ、しかも点滅している。
通知は全く来ない。
動画は再生されない。
写真を送ろうとすると、ぐるぐる回ったまま固まる。
「ここ天国ですよね?」
思わず近くにいた天使に聞いた。
天使は申し訳なさそうに笑って言った。
「電波はね、最低限しか飛ばしてないんです」
最低限、という言葉が一番信用できない言葉だと、生前に学んだ。
案の定、検索はできないし、
タイムラインは昨日の投稿で止まっている。
イライラした。
死んでもなお、読み込みに待たされるとは思わなかった。
仕方なくスマホをポケットに入れ、あたりを見渡した。
歩いて散歩するなんて全然していなかったなと思いながら
周りを散策する事にした。
知らない人が、知らないのに懐かしい顔で笑っている。
誰も急いでいない。
風が心地良い気がする。
しばらく歩くと、川があった。
水の音が、こんなにも心地良いなんて、知らなかった。
ベンチに座っていると、隣に知らないおじいさんが腰を下ろした。
「Wi-Fi弱すぎませんか?」
思わず愚痴ると、おじいさんは笑った。
「昔はな、Wi-Fiなんて
ましてや、スマホなんか無かったんやで」
知ってる、と言いかけてやめた。
その頃の自分は、きっと今よりずっと暇で、
今よりずっと人の顔を見ていた気がした。
気づけば、スマホを一時間触っていなかった。
ポケットの中で、何も起きていないのに、安心していた。
雲の上で、昼寝をしている人がいた。
誰かが歌っていた。
遠くで笑い声がして、理由はわからないのに、こっちまで楽しくなった。
もう一度スマホを取り出した。
相変わらず、電波は一本だった。
でも、さっきほど腹は立たなかった。
「まあ、ええか」
そう言って、電源を切った。
すると、天国は少しだけ明るくなった気がした。
天国は、今日もほぼオフラインだ。
けど
それが、ちょうどいい。