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Photo bytakanashiren

10/9(日)私の仕事について…

    天道貴詞

    おはようございます。
    こんにちは、こんばんは、天道です。

    いつも、ありがとうございます。

    今日は「私の仕事について」というお題で、書いていこうと思います。

    ※   ※   ※

    自分の職歴を振り返る

    高校生まで

    天道がこれまでどんな仕事をしていたのか、少し振り返ってみると…

    高校生まではバイトになるのかわかりませんが、
    家の手伝いを少しだけしていました。

    家の仕事は、そのときはスナックバーを経営していたので、
    たまにお客様に出す「おしぼり」を作る手伝いをしていました。

    夕方前にお店にいって父親と黙々とおしぼりを巻いていました。

    男子の高校生なら大体、父親とそんなに仲は良くない人が多かった
    と思うのですが、天道もそんなに父親と仲は良くなかったです。

    仲が良くなったのは一緒に酒が呑めるようになった20代からです。

    ※

    新聞奨学生

    高校を卒業して進学のため東京に出てきたときにやることになった
    のは、新聞配達です。

    「新聞奨学生」というのを聞いたことがある人もいると思います。

    奨学金と聞いて一般的に考えるのは、大学・短大・専門学校に入学から卒業までに必要なお金を借りて、卒業後に働きながら返していくということだろう。
    私立4年制大学で卒業までに必要な金額は授業料だけでも300万円から400万円くらい。卒業後にこれを返済してゆくのは結構大変で、何年もかけて返済している人が多いんだ。
    新聞奨学会制度は奨学会が学校に学費を立て替えてくれる代わりに、新聞配達で得た給与から奨学金を差し引かれた金額を受け取るシステム。卒業してから返済が始まる普通の奨学金と違って、新聞奨学会は在学中に給与から返済し続けることになる。
    卒業後にお金を返す必要はまったく無いのがメリットだよ。

    新聞奨学生ガイド様より引用

    天道は短大資格がある専門学校に通うために、この制度を活用しました。

    卒業までの2年間お世話になりました。
    朝は早いときは午前3時から働き始め、集金や拡張と呼ばれた営業活動も
    行っていたので、夜は午後9時すぎまで働いていた日もありました。

    新聞を配るのは日曜を除く毎日2回、朝と夕方です。
    雨が降ろうが雪が積もろうが、休日以外は毎日配っていました。

    休日は一応週休2日でしたが、周りとの関係で十分に取れないことも
    ありました。

    住む場所も今考えると自分は良い環境ではありませんでした。
    あの場所によく住めていたな〜と思います。分かりやすく表現すると
    したら、現在の山谷などの格安で泊まれる場所より狭く汚かったというと
    いいのかな〜と思います。

    この時代が有ったからこそ、今まで頑張ってこれたと思います。

    ※

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    最初の会社時代

    都内にある舞台関係の会社に入社しました。
    その会社はビルのメンテナンスも行っていて、ちゃんとした会社でした。

    ちゃんとした会社と書いたのは、ちゃんとボーナスがあったからです。
    今の会社も舞台関係の会社ですが、舞台関係の会社の多くはボーナス
    など無縁のところが多いです。

    ちゃんと支払われているのは大手だけだと思います。

    天道はここで舞台関係の師匠に出会い、様々なことを教えて頂きました。
    この教えのお陰で今まで生き延びてこれました。

    この会社は兎に角、楽しかったです。
    いい師匠、いい先輩、いい同僚に恵まれ、よく皆で旅行も行っていました。
    休みなども気を使って頂いて、人生のなかで一番良い時代だったと思います。

    ※

    サクッと辞めたパワハラ会社

    最初の会社の業務変更に伴い、会社都合で解雇されました。

    次に入社出来たのは、舞台関係では大手の会社でした。
    ただ、最初の会社とはかなり違っていました。この辺りは一般的な会社と
    舞台専門の会社では成り立ちの違いから生じたものだと、後でわかりました。

    この会社で配属された場所にいたのが、今で言うところの「パワハラ」を
    行ってくる上司でした。自分の気に食わない人はトコトン虐めてくる、
    そんなタイプの人でした。

    そこで天道は体調が無茶苦茶悪くなって、2ヶ月で辞めてしまいました。
    辞めるときも色々ありました。今考えると人生勉強になった…と、プラスに
    考えられるようになりました。けれど、その当時はかなり凹みました。

    ※

    現在の会社

    最初の会社の雇用保険でニートをしばらくしてから入社したのが、
    今でも働いている会社になります。

    一番長く働いている会社になります。
    と言っても、正社員扱いになったのは最近です。
    それまでは個人事業主として会社と契約していた状態でした。

    それが正社員になれたのは、行政などの指導や個人情報保護など、
    時代の変化が影響しています。

    それらが無ければ未だに個人事業主だったと思います。

    舞台関係の会社では上記のような雇用関係は珍しくありません。
    普通の会社だと、案件でフリーの方と契約している感じです。

    こんなに長くいるつもりはなかった…というのが今の感想です。
    良い人達に恵まれてズルズルといるというのが現状です。

    でも、コ◯ナで業績がガクッと下がって、給料もガクッと下がって
    人もかなり離れました。

    天道もいつ離れるか…タイミング次第な感じですw

    ※   ※   ※

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    まとめです

    職歴を振り返ってみて

    「私の仕事」というお題で自分の職歴を振り返ってみました。

    本来なら、自分が現在行ってきた仕事の内容とかを書くべきなのだと
    思いますが、業務内容的に様々な出せない情報ばかりです。

    よくある業界通みたいなことを書いてもいいのかも知れませんが、
    どこで誰が見ているかわかりません。

    自分だけのことに留まらないので、自分の職歴を振り返る内容に
    なりました。

    目指す人達に向けて

    舞台関係の仕事は一見華やかに見えますが、裏では無茶苦茶大変です。
    覚えることも多く、離職率も高いのが現状です。

    一通り業務を覚える前に辞めてしまう人が多いので、本当の意味での
    「舞台」のある部分の完結した仕事が出来る人は一握りです。

    簡単な「仕込み」が出来るだけでフリーとして食べていける業界でしたが、
    コ◯ナで仕事が激変したことで、出来る仕事が少ないフリーの方々は淘汰
    されています。

    もし舞台関係の仕事を目指すのなら、一通りの仕事を覚えるまではフリーに
    ならない方がいいです。一通りの仕事を任せてもらえるようになるまでに、
    早い会社で5年くらいはかかると思います。

    様々な仕事に対応出来るようになるには、もっと時間がかかります。

    夢だけでご飯は食べられません。
    目指すなら気合と根性が必要です。
    対人関係のスキルはある程度必要になります。

    後、学校で教えて貰ったことは、そんなに役に立ちません。
    「学校でやれたから」といって、そのままでは仕事になりません。
    すぐ鼻を折られます。バキッとw

    それと給料は…大手以外は期待してはいけません。
    なので、オススメはしない業界です。

    それでも目指す人達には「頑張って」と応援だけしたいと思います。

    ※

    今日もここまで読んで頂きありがとうございました。

    今回はかなりの長編になりました。約2900文字です。
    仕事の合間にポチポチ書きました〜。

    これから舞台関係の仕事を目指す人の参考になれば幸いです。

    それでは、
    また明日もnoteでお会いしましょう〜ではでは〜(・∀・)ノシ

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    #私の仕事

     
     
     
    天道貴詞(てんどう たかし)と申します。 毎日明るく生きていくためにnoteを始めました。 note1年間毎日更新しました。毎日更新継続中です。 広島東洋カープとプロレスとVtuberと栄冠ナインを愛しています(・∀・)ノシ

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