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ズル休み

     社会人になってから、できなくなったことがある。ズル休みだ。僕はそれに格別な思い出がある。コロナでの学生時代を通して、何か学校以外でできることがあるはずと思った僕は時々自分の好きに予定を入れて授業に出ない日を作った。今考えるとあんまりいいことじゃないが、それでもそうやって生きたかったのだ。 

     最初のそれは世界がコロナ真っ只中の時だった。今までの常識が全部通じなくなった。当時僕は高校2年生になるとこで、1年の修了式はできずに終わった。学校は6月から始まったけどあんまり楽しくなくて、日常がコロナに蝕まれていったのを感じた。

     思い出という思い出がないまま高校2年生が走り去ろうとしていた。僕はその1月、人生で初めてズル休みを決行した。

     いつもより1時間遅く起きた。電車の時間も碌に調べず、赴くままに家を出て歩き出した。目的地は京都の貴船神社だ。気温は低かったが、新しく買ったもこもこのジャンパーとワクワクで寒くは感じなかった。いつもと1時間ずれた電車は空いていて、乗り心地がとても良かった。
     大阪を出た先には乗り慣れない電車に見慣れない景色が広がっていて、それだけで非日常を感じられた。そんな旅の始まりに心が躍った。

     目的地である貴船神社は山の上にあった。本来は最寄駅からバスで行くのが良いらしかったが、僕は歩いてそこへ向かうことにした。果てしない山道だった。人に会えない道を進み続けたが、それほど苦ではなかった。傍には川が流れていて、木に囲まれたその道ではいつもより息がしやすかった。

     神社のそばに着いてやっと人と会うことができた。貴船茶屋というある料亭がそこにはあった。僕なんかが入って良いのかと思うくらい立派なお店で、通された場所は壺と掛け軸と屏風がある6畳ほどの個室だった。息を呑むくらい綺麗に整えられた空間で、少し緊張した。案内してくれた仲居さんは綺麗に和服を着付けていて、髪も上品に結っていた。話し方が柔らかく、僕を安心させてくれた。
    「お若いからいっぱい食べるでしょう、ご飯のおかわりは無料ですからね」

     僕は一番高いメニューの牡丹鍋を頼むことにした。元々奮発するつもりで来たのだ。そう思っていたから6600円も怖くはなかった。料理を待っている間はずっと部屋の内装を眺めていた。天井が高いなーとか畳が綺麗だなーなんてことを無邪気に思っていた。
     届いた牡丹鍋は普段の外食からはかけ離れていた。コンロに鍋が乗っていて野菜とお肉が別皿で届いた。仲居さんが具材の説明をしてくれた。鍋に野菜を入れ、火を通していく。グツグツした頃にお肉を一枚ずつ入れた。急に大人になった気分がした。こうやって一人で出かけて一人でいいものを食べることが大人の嗜みかもしれないと、僕は思った。

     お鍋を食べながらご飯をお茶碗二杯分平らげた僕は入れてもらった温かいお茶をゆっくりと飲み、もう一度部屋を見渡してから僕は席を立って会計に向かった。お財布から出ていく七人の野口英世を見送り、最後に仲居さんからお店について教えてもらった。大きな台風の影響で一度店を修理していたこと、この店の建築は厳島神社に携わった大工さんが関わったことなど、料亭というものの格の高さを教わった。「またいらしてください」と、言ってくれた仲居さんに礼をし、僕にその店を後にした。
     目的地の貴船神社はもう少し先だったが、お腹が満たされた僕はペースを上げ、気づけばもうその鳥居が並ぶ階段の前にいた。山奥なだけにやけに空気が澄んでいたことをよく覚えている。ご時世的に人が少なかったせいもあるかもしれない。何枚か写真を撮って、その度に深く呼吸をした。6時間目が始まったくらいの時間だったけれど、僕は社を目の前に立っていた。

     一通りお参りをして、おみくじも買って神社を後にした。帰りはバスに乗ることにした。胸いっぱいに京都の山の空気を吸い込んで、神聖な場所を満喫できたのは気分が良かった。

     その日の夜は小雨が降った。冷える手を擦り合わせながら僕は祇園を歩いていた。少し前までは家族で車に乗ってきていた場所に、一人でいる。一人で帰る。そのことに、自分で成長を感じつつ、このためにズル休みしたということに優越感もあった。

     次の日も授業は退屈で、いつも通りコロナに気をつけろとマスク着用を余儀なくされ、モヤモヤする日常に帰ってきたけれど、昨日のズル休みを思い出せば不思議と元気になれた。
     
     17歳になったばかりの冬、僕はリフレッシュを知った。


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