【連載:素材の解剖学 第14回】「牛鬼」という素材の特性について
今回は、界隈で物議を醸している「牛鬼」の皮について記述する。
この素材は、個体による品質差が激しい。これまで愛媛産、香川産と試したが、繊維の密度や脂の入り方が全く異なる。特筆すべきは和歌山産だ。最近は「クロム鞣しでも十分柔軟性を確保できる」と主張する若手も多いが、私はあまり賛成できない。牛鬼特有の、あの奥底に澱むようなコシを殺してどうするつもりなのか。
関西の一部では、牛鬼皮に蜜蝋を塗り込んで仕上げる向きもあるが、あれは艶が出すぎて品がない。素材そのものが持つ、鈍い光沢を活かすのが職人の矜持というものだろう。
和歌山産はとにかくエイジングが早い。半年も使えば艶が出る代わりに、満月の前後だけ妙に手へ馴染みすぎる。持ち主の体温や湿度に反応して、まるで生きているかのように革のコシが微妙に変化するのだ。革好きにとって、この吸い付くようなグリップ感は一度味わうと病みつきになる。
製法におけるアドバイスを一つ。牛鬼の皮は「繊維の向き」を絶対に見誤ってはいけない。初めてこの素材を扱った頃、私も繊維の向きを読み違え、高値で仕入れた一枚をまるごと駄目にした苦い経験がある。逆目に漉(す)くと、断面から滲み出す脂がまるで血管のように脈動を始めるのだ。和歌山産は特に乾燥工程で油断すると銀面が鳴く。この現象さえ抑えれば、切断面の強度は一般的な成牛の三倍に近い。
今回、自分用の長財布と、妻へのプレゼントとしてカードケースを仕立てた。
裁断から縫製まで、この革は非常に素直だ。特に長財布は札を入れるたびに独特の吸い込みを見せ、非常に高い摩擦係数を維持している。しかし、完成品を妻に渡した翌日、私の試みはあっけなく瓦解した。
「あんた、また変なもん拾ってきたでしょ。ベタベタして気持ち悪い」
彼女はケースを一瞥し、まるで忌々しい生物でも扱うようにテーブルの端へ放り投げた。
「この湿気った質感、カビてるんじゃないの? 満月でもないのに、なんかこれ、微かに脈打ってない?」
妻の指摘は、品質管理の観点からすれば極めて真っ当な「不良品判定」だ。革の経年変化として愛でていた特徴が、一般人の目には不衛生な異物としか映らないという、工芸におけるもっとも残酷な乖離を突きつけられた。
結局、そのカードケースは現在、除湿剤に囲まれて作業部屋の隅で眠っている。私は自分の長財布の表面をなでながら、妻には近々、真っ当な栃木レザーでケースを作り直そうと考えている。
怪異を制御下に置くよりも、家庭内のオペレーションを円滑にする方が、よほど高度な物流能力を要するようだ。素材の特性を理解できない側が悪い——そう切り捨てるには、私にはまだ「家族」という大事な在庫が多すぎるらしい。
【出典・参考文献】
鏡 晦道『怪異皮革の基礎鞣しと銀面管理』(私家版、2014年)
宇和島精肉皮革組合 編『南予地方における伝統的「牛鬼」解体及び塩蔵処理の実際』(1962年)
和歌山県立民俗資料館紀要 第28号「熊野酸性岩地帯における大型怪異の生態と土着の皮革産業」(1991年)
『新版 レザークラフトの教科書:型紙から始める手縫い革小物』(スタジオタッククリエイティブ、2018年)
日本クロム鞣し技術研究会「特殊タンパク質含有皮膜における金属イオン浸透実験」『日本皮革化学会誌』Vol.44(2005年)