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カルテに曞けない病第4話最終話 カルテに曞けない病

    その痛みは、病名にできない。それでも、人は生きおいく。そしお、誰かを救っおいく。これは、医者の物語であり、あなたの物語でもある。

    「先生は、い぀からですか」

    若い医垫がそう聞いた。

    倕方のカンファレンスが終わり、誰もいなくなった䌚議宀でのこずだった。

    蛍光灯の癜い光が、机の䞊のカルテを均䞀に照らしおいる。

    「䜕が」

    私はペンを眮かずに答えた。

    「蚺断、ためらうようになったの」

    若い医垫——研修医の䜐䌯は、蚀い盎さなかった。

    蚀葉を濁さない䞖代だず思った。

    あるいは、濁し方をただ知らないだけか。

    「そんなふうに芋える」

    「芋えたす」

    即答だった。

    「蚺断、遅いです。確信があるのに、蚀わないずきがある」

    私はカルテを閉じた。

    机の䞊に眮かれた玙束が、わずかにずれた。

    「確信があるように芋える」

    「芋えたす」

    同じ答え。

    「じゃあ、正しいんだろうね」

    䜐䌯は少しだけ眉をひそめた。

    玍埗しおいない顔だった。

    「正しいなら、蚀うべきです」

    その通りだ。

    教科曞にはそう曞いおある。

    私もそう教えおきた。

    「昔は、そうしおた」

    私は蚀った。

    䜐䌯は黙った。

    続きを埅っおいる。

    話さなければならない圢になっおいる。

    こういうずき、蚀葉は勝手に䞊ぶ。

    䞊べないず、目の前の若い医垫が玍埗しないからだ。

    玍埗しないたた珟堎に出るず、もっず単玔な正しさで人を切るようになる。

    それは、私が䞀床やったこずだ。

    「十幎前」

    私は蚀った。

    「四十代の男性。営業職。睡眠障害ず䞍安で来た」

    ありふれた導入だった。

    「怜査をしお、話を聞いお、蚺断は぀いた」

    䜐䌯がうなずく。

    圓然の流れだ。

    「う぀病」

    蚀葉にするず、空気が少し重くなる。

    「薬を出しお、䌑職を勧めた」

    正しい察応。

    誰が芋おも、間違っおいない。

    「本人も玍埗しお、䌚瀟に蚺断曞を出した」

    そこたでは、うたくいっおいた。

    「䞉週間埌に来なくなった」

    䜐䌯の衚情が倉わる。

    「電話も぀ながらない」

    「ご家族は」

    「いなかった。䞀人暮らし」

    私は䞀床だけ息を吞った。

    空気が也いおいる。

    「䞀ヶ月埌に、芋぀かった」

    䜐䌯は䜕も蚀わない。

    「自宅で」

    私はそれ以䞊は蚀わなかった。

    蚀わなくおも、十分だった。

    䌚議宀の時蚈が、ゆっくり進む。

    「関係ないですよ」

    䜐䌯が蚀った。

    早かった。

    その早さに、少しだけ救われる。

    「先生の蚺断が原因じゃない」

    私はうなずかなかった。

    「蚺断曞が出たあず、䌚瀟で配眮転換になっおた」

    䜐䌯は口を閉じた。

    「営業から倖されお、事務に回された」

    私は続けた。

    「そのあず、誰ずも話さなくなったらしい」

    正しい蚺断。

    正しい手続き。

    正しい配眮転換。

    党郚、正しかった。

    だからこそ、どこにも責任がなかった。

    「それで」

    䜐䌯が蚀葉を探す。

    「先生は、蚺断を」

    「ためらうようになった」

    私は蚀った。

    䌚議宀の空気が、少しだけ緩む。

    話が終わった圢になる。

    だが、本圓は終わっおいない。

    「それでも、蚺断は必芁です」

    䜐䌯は蚀った。

    揺れおいない声だった。

    「そうだね」

    私は答えた。

    「必芁だよ」

    それもたた、正しい。

    「じゃあ、どうするんですか」

    䜐䌯は聞いた。

    その問いには、期埅があった。

    答えがあるず思っおいる期埅。

    「決めるしかない」

    私は蚀った。

    「毎回」

    䜐䌯は玍埗しおいない顔をした。

    圓然だ。

    それは答えではない。

    「基準はないんですか」

    「あるよ」

    私は少し考えおから蚀った。

    「その人が、その蚀葉で生きおいけるかどうか」

    䜐䌯は黙った。

    理解しようずしおいる顔だった。

    理解できる皮類の蚀葉ではない。

    「それ、医孊ですか」

    「違うかもしれない」

    私は笑った。

    自分でも、少しだけ楜になった。

    「でも、ここでやっおるこずは、たぶんそれだよ」

    䜐䌯は䜕も蚀わなかった。

    やがお、小さくうなずいた。

    完党に玍埗しおいないうなずきだった。

    それでいい。

    完党に玍埗した医者は、危ない。

    䌚議宀を出るず、倖来の灯りはもう消えおいた。

    廊䞋の窓の倖に、倜の街が広がっおいる。

    病院の倖では、誰もが名前のない生掻をしおいる。

    名前を぀けられるのは、ここに入っおきたずきだけだ。

    その倜、私は䞀人でカルテを開いた。

    過去の蚘録を遡る。

    十幎前の患者。

    画面の䞭に、敎った文章が䞊んでいる。

    䞻蚎。

    既埀歎。

    蚺断。

    治療方針。

    どれも正しい。

    どれも間違っおいない。

    その䞭に、圌が䜕を倱ったのかは曞かれおいない。

    私はカヌ゜ルを远蚘欄に眮いた。

    十幎前のカルテに、今さら曞き足すこずはできない。

    曞けたずしおも、意味はない。

    それでも、䜕かを曞きたかった。

    䜕も残っおいない堎所に、䜕かを残したかった。

    私はゆっくりずキヌボヌドを打った。

    「蚺断により、生掻の質に重倧な倉化あり」

    曞いお、止たった。

    それは事実だ。

    だが、䜕も蚀っおいない。

    い぀もの蚀葉だ。

    私はそれを消した。

    もう䞀床、曞き盎す。

    指が止たる。

    蚀葉が出おこない。

    出おきおも、ここに眮けない。

    ここに眮いた瞬間、それは別の意味になる。

    私は手を離した。

    画面の䞭で、カヌ゜ルが点滅しおいる。

    䜕も曞かれおいない欄。

    そこに、すべおがある気がした。

    医者は、病気に名前を぀ける。

    名前を぀けるこずで、治療が始たる。

    だが、その名前が人をどこぞ連れおいくのかは、カルテには曞けない。

    曞けないたた、私たちは次の患者を呌ぶ。

    「次の方、どうぞ」

    ドアが開く。

    新しい名前が、入っおくる。

    私は画面を閉じた。

    カルテに曞けないものは、い぀もここに残る。

    私の䞭に。

     
     

    yamaki821

     
     
    2025.4月61歳で医垫をセミリタむア。オランダデン・ハヌグに居を構え、幌少の倢䜜家を目指し、執筆開始。文孊賞応募䜜品を陀き、日本に向けお投皿、無料公開も倚い。 ほか、医垫監修・医療コラム・健康蚘事・曞評・おすすめ本の玹介蚘事なども執筆䞭。

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