アホダラキョウ
【一月三日】
母親のつくる夕飯に 毒が入っていたら ボクは 楽に死ぬことができるんだ
【一月五日】
やりたいことがない
それに焦ることがない
やるべきことがあるのだろうが
それが何かすら わからない
【一月六日】
死、あたたかいよ。
遠くにあるから、こちらから近寄っていくんだよ。
ひっそりと、こちらを見守ってくれていたんだよ。
「さ、いっしょに」
死が、ボクの手をとってくれた。
『死ぬときは独りだ。腹を括れ、人間』
なんて先人の戯言。
ちゃんと、目の前に、死が、いるじゃないか。
そんなんさ、死に失礼だよ。
死が、いっしょにって、そこに連れて行ってくれるんだよ。
独りにならないようにって……。
【一月七日】
無職で
能無しで
年寄りのくせに
昼間からベンチで寝てやがってよぉ
寝顔だけは穏やかだな ほんと
【一月八日】
ペン回しするやつ キライ
両手離しながら 自転車走らせるやつ キライ
足音うるさいやつ キライ
声が詰まってるやつ キライ
咳払いするやつ キライ
迎え舌 キライ
前髪で前が見えないやつ キライ
オーバーリアクションなやつ キライ
叫ぶやつ キライ
くさいやつ キライ
鼻を啜るやつ キライ
キライが言えないやつ キライ
昼間から公園のベンチで寝てるやつ キライ
黒いパーカー着てるやつ キライ
擬人化するやつ キライ
あなた キライ
【一月九日】
飽きた なんて 嘘だろ わからないだけだろ 隠すなよ そんなことで いちいちさ
【一月十日】
七時五十分に起きた。やけに静かだ。恐ろしい無音。
そろそろ母が、一階から、猫と一緒に日光浴をするために階段を上がってくるはずだ。
なかなか来ないな。しょうがない。私が一階に降りるか。
「どしたん。調子悪いん? 日光浴、しなくていいの?」
「え? 今日、土曜日でしょ」
母よ、あなたは時代遅れだ。土曜日が消えたのは、もう何年も前のことなんだ。
いい加減、認めてくれ。
【一月十一日】
痩せていく
どれだけ食べても 毛が抜けていく
全部 もう そろそろかな
ちょうどいいんじゃないかな
つい うっかりの死を期待しよう
永遠の旅に出よう
【一月十二日】
共感できないくせに
羞恥だけは
いっちょまえにできるのな
ほんと
イヤな人間だな
【一月十三日】
「意識不明の重体です……。身元不明の遺体です……。え? 自己紹介しろって、言ったのは、そっちでしょう」
【一月十四日】
「家庭的ってなによ。生きている人全てを侮辱しているわ!」
【一月十五日】
肥えている人は 痩せている人の食事を 餌と言う
痩せている人は 肥えている人の食事を 餌と言う
【一月十六日】
親の言うことだけで生きてきた。
邪なことは、何もしてこなかった。
なのに、
「やっぱり、教育、間違ったのかしら」
なんてことを夕飯時に、ボクを見ながら、とびきり低く、震えた声で呟く。
ボクに、どうしろと?
【一月二十七日】
「ボクの発言は、すべて、負け惜しみです。
青い歌姫は、歌っていないとき、ビール腹のオジサマの上で踊っています。大事な、大事な、喉元を、毛塗れでヤニ臭い、厚ぼったい、黄色くて灰色な手で締め付けられているんです。
それでも、健気だと言えますか。
そんな彼女に、泡銭を払ってでも、歌声を聴きたいのですか」
【一月二十八日】
約束は守るべきものであって お約束は破るべきものであって ほしい
【一月二十九日】
気づけば
警察が家にやってきていた
気づけば
妻が裸で手錠をかけられていた
気づけば
両隣で我が子たちが腐っていた
なんだかくさい
すごくおもい
だれか おれを 起こしてくれ
そこの警察の人でもいいからさ
息が苦しいんだ
【一月三十日】
客観視できている、なんていう主観。
【一月三十一日】
真夜中のガレージ。ドラム缶の中。家族。
【二月二日】
とくになにもしない
たいしてなにもない
ひるにおきて
さけをのんで
くって ねる
それが しあわせっていうわけではないけれど
文字を書くのも
絵を描くのも
うっとうしいのでね もうね
でも おかしをいっぱいかったら
すこしだけ おだやかになった
もう なんだかね
【二月三日】
「かわいいものを見て死にたくなっている人を見て、生きていこうと思いました」
【二月四日】
ずっと 水中にいるみたい
息苦しい 夕方
【二月五日】
「このメモ用紙だけで、書ききることのできる人生でよかった。出費がおさえられる」
【二月六日】
子どもの言い訳=大人の事情
【二月七日】
顔にイヤって書いてある
書いたおぼえなんてないのに
まぁいいや らくだし
【二月八日】
さっきまで話したかった
今では 黙っていたい
【二月十二日】
音が聞こえない
呼吸は落ち着ている
泣いている人々
雨は 人々の記憶を排水溝に流していった
【二月十四日】
全く知らない車窓に映る よく知っている顔
【二月二十七日】
「あれは、ツチボタルの幼虫ではない。
オマエの親が、オマエを生むまでに性交したときにうまれた、オマエではなかったオマエだったかもしれないものたちだ。
ようは、使用済みのコンドームだ」
【三月七日】
ビニール袋が猫に見えた
でも 近寄って見てみたら
ビニール袋に入れられた仔猫だった
【三月十四日】
常に 半分くらい 死体です
【三月十七日】
ものを大切にできる人が好きと言っているあなたは、ものを大切にできない人を大切にできていない。
【三月二十三日】
逆に ってするなら 逆にしたあとのことを先に言えば もっと簡単になるよ
【三月二十四日】
卒業式を終えた家族の足跡に、肉屋の主人が煙草の先をグリグリと押し付ける。
【三月二十五日】
みみのなか かゆい
【三月二十六日】
遠くへ行こう
できるだけ
自分の匂いのしないところへ
春一番が
「おまえは どこにでもいる」
と
風を ひとつ
【三月二十九日】
昼間
お金を使うために
外へ
風が痛い
ジンジンと痛む
目的のない散歩ほど
苦痛なものはない
帰ろうとした そのとき
二車線のど真ん中に
子どもが飛び出した
左側の歩道には
父親と母親
すぐ近くに住んでいるお婆さん
子犬を抱えたまま
子どもを助けようと道路に出た
しかし のろい 遅い
幸いなことに
車の通りが少なかったため
父親が子どもを
とっ捕まえて
歩道に引き返し
ベビーカーに押し込むことが
できた
帰ろう
とても気分が悪い
ちょうど
言い訳ができてよかった
部屋に戻った
風なんて吹いていないのに痛い
すべてが
【四月一日】
「相合傘をしているうちに、相手の肩が濡れているのを見たら逃げてください。
あなたは約一年後、地下に幽閉され、拷問され、子どもを無理矢理孕まされ、銃で撃たれて死にます」
【四月九日】
ひとふくろ三十一円のもやし を ふたふくろさえ 買うことができない
【四月十日】
「人生の最優先事項は、歯が、あることだ」
と言った男には、すべての歯がない。
【四月十二日】
夕方の鬱を こえて たどりつくさきは 夜中の悦 くたばれ
【四月十六日】
「一人の意見を信じてはいけません」と言っている一人を盲信する人たちしかいないと言っている一人である私を信じてはいけない――。
【四月十七日】
昼間に寝ている人たちの寝顔が苦しそうなのは
座っている椅子がかたいから
それと
かたいことが
自分への罰であると思い込んでいる
【四月十九日】
自分をピエロと自称する男は自尊心純度百%の弱者である
【四月二十日】
ファストフードを入れたビニール袋を持つ人々は、どこか悲しい。
CMに出演する俳優たちは、あんなにも笑顔なのに。
いまだに、三船敏郎が泡を吹いて喜び、沢田研二がチョコレートを顔から浴びている。
【四月二十一日】
「この歌を聴いて この子たちは 大きくなるのか」
それそのものが曲の歌詞になって
ミュージシャンの肥しになるんだから
言わない方がイイよ
【四月二十二日】
むりやり やらされて
それを応援する歌 歌うの
正気?
それで金
貰ってるの?
人 苦しめておいて?
それで 優しいって?
【五月一日】
何も浮かばない
ぬらーん
とても疲れてしまった
今月はとくにひどい
【五月六日】
救急車
「まあ、縁起の悪い」
おい ボクは乗っているんだぞ
担ぎ込まれたんだぞ
せめてボクの聞こえないところで言ってほしいね
【五月七日】
いいわけではない。そんなわけだ。せいとうかできない。
わたしをしなせてください!
わたしはどりょくしている!
じっとしていろ
すわっていろ
おねがい! いきて! いきをつづけて!
ことばがきたなくてすみません
おくれてるんです
とにかくがんばっていた
それをちゅーぶでくくりつけてなげた
きんしじょう
だいじょぶか?
「どうして、母親を殺したんだ?」
「ビョーキのボクを嗤ったからです」
【五月十日】
なにかしら
わたしたちは
しそうのシャツを
なんまいもかさねぎしてしまっているようだ
きづかないやつしかいないと
せんじんはもんくしかいわないが
しそんにきづかせられないしそうなんて
おもいつきみまんのおもいこみでしかないだろうに
しにんにくちはないが
のうはあるだろうから
わかることぐらいはできるだろう
どうせ いじんなんだろうから
【五月十二日】
少女たちが鉄の階段を降りる
青春
汚男たちが真下から撮影する
搾取
【五月十八日】
だめだよ
気だるいボーカルに
感傷的なアコギ
すぐに奪われてしまうから
ゴリラみたいな先輩に
ヒグマみたいな先生に
学祭のシャツ 汗で透けて
ほんの少し 下着が見える
周りの熱がフオンドなんだ
もちろん ボクも
このまま 帰るしかないんだ
どれだけ
錆びたガードレール
褪せたカラーコーン
濡れたアスファルト
を歌っても
枯れるまで
果てるまで
尽きるまで
どこかの空き教室の
だれかの机と椅子の
ステージで
また
ボクたちの前では歌わない
秘密のアンコールを
日が暮れるまで
やるのだろう
ボクは
キミの歌ってきたものに沿って
帰ることしかできない
こんなことでしか
応援できない
と
いいきかせることでしか
現状を保てない
と
周りのやつらみたいに
そろそろと
キミで卒業するなんて
卒業するまでできないだろう
真っ赤な空
生暖かい風
キミが ボクのすべてを歌ってしまう
そしてそれが
ボク以外のものからできていることを
自覚できていることに
おそらく
この先に
その時点から
ずっと先まで
後悔しながら生き続けるのだろう
配られたデモテープ
ほんの少しだけ
キミの匂いがした
それだけで 満足してしまうんだ
だから
ボクは キミの歌で感動できるんだ
来年も よろしくね
【五月二十日】
だめだ もう うんざりだ
遠くへ行く
絵のないところへ
文字のないところへ
思想のないところへ
とにかく
自分にないものしかないところへ
歩いて行こう
【五月二十一日】
もっと遠くへ行こう
昨日よりも荷物を少なくして
より 遠くへ行こう
できるだけまっすぐに
ときどき まがって
疲れたら 区役所の前の公園のベンチで休む
日焼けなんか気にせず固い地面を
歩いて行こう
急に出てくる車や後ろから突き抜けてくる自転車に気をつけながら
歩いて行こう
昨日と同じ道 と 知らない道を足していきながら
歩いて行こう
午後四時の まったく知らない公園のベンチに座っているだけの時間
至福
ほどよい日陰
力を抜け と全身を通り抜ける涼しい風
勝手だな
あんなにも憎かった風が心地いい
場所と時間と気分で
変わってしまうんだから
ちょろいもんよ
帰り道の途中
温かい店名の文体と
冷たい店内の様子を見比べて
しばらく道の向かい側で立ち尽くしていた
ここでまた 私は私として
自分が遠ざけていた絵と言葉に出会いたくなった……気がする
さらに遠くへ来てしまったのだから
その分また さらにさらに戻らなければならない
そういえば炭酸水がきれていたんだっけか
いつもの業務スーパーで一本買って行こう どでかいの
最近絶縁した人の家の近くあるからなんて関係ない
暮れなずみ
見知らぬ公園
手付かずの噴水に置いてきた
もし なにか 一言あるのなら
自分の家から そこへ行ってきて
そこにいたであろう私と話してみるといい
その私には何もない
すべてが抜けていて 欠けている
何もかもがある あなたからすれば
利用できるものがないことを
わかってくれるだろう
何もかもがない私をどうにかするほど
あくどい人でもないだろう
だから そのまま できるだけ
幸せのまま
遠くにいたであろう私と
今の私から 離れたところで
どうにかいてほしい
ついでのついで
もやしを買っていこう
この間 売り切れていたがために買えず 夕飯をナシにしたから
【五月二十二日】
歩きすぎた
足が痛い
それぐらいだ
自分になかったものは
【五月二十九日】
うるさい
と
うるさく歌うミュージシャンを応援する人
うるさい
と
隣の部屋から壁ドンするシニア
うるさい
と
文字にする私
うるさい
静かなのは
ひとりきりになった妻が義父に誘拐され 殺害されるまでのときだけ
あとは
全部うるさい
うるさい
うるさい
うるさい
だまってほしい
しずかにしてほしい
おとをたてないでほしい
ブルジョワとは静かな場所にいるやつだと釣り好きのヒッピーが言っていた
そこには板張りの窓
腹を空かせたピューマが 老父の恋人を食らうだろう
うるさい
うるさい
うるさい
どこもかしこも
いつからいつまでも
だれもがだれも
うるさいだけ
【五月三十日】
すんごい
かわいい
ちいさい
いとおしい
バンズとハンバーグとトマトとピクルスで挟んで
いただきます
ガブッと噛み付いたら
とっても小さな叫び声
トマトよりも真っ赤な旨味が
バンズをビッチャにする
うわ
きたない
みにくい
きもちわるい
たべたもの
吐き出して
飲み込んだもの
すべて戻して
残ったものは
黒いビニール袋に入れて
車しか通らない田舎道の脇に
捨てよう
これで
夜食の罪悪感は
ほんとーの罪になった
【六月一日】
冗漫 単調 反復 連続
が弱みならば
人類の人生そのものに当てはまる
それをつまらないとして放棄したとき
それは生活ではなく
生息であり
それこそ
生物ではなく
動物になる
ほら イヤなんだろう?
動物って言われるのが
だったら
自分の人生をつまらないと
卑下するの やめなよ
自省は自涜でしかない
と
とある漫画家のエッセイ漫画の一コマを見て 思う
これで一二〇〇円
脳内自涜が?
自己満足が?
燃やせば逮捕だ
だめだ
釣り合わない
パタンと閉じて
元あったところに閉まった
【六月三日】
肉も 髪も 骨も 血も 水も ぜんぶ 邪魔だ 捨ててしまおう
【六月四日】
不思議だ
歩いている人々は いったい 何を考えているのだろうか
思想を持っているのだろうか
主張を掲げているのだろうか
不可解だ
信号待ちの人々は スマホに何を託しているのだろうか
スマホに首を曲げてまで
何の話題にくいついているのだろうか
これは興味ではない
懐疑である
さあ青になったぞ
左右を三回確認
一歩前へ
そこで気づく 私以外の人間がまだ手元のスマホに夢中になっていることに
一歩前へ
ここでやっとスマホから目を上げる
一歩前へ
スマホをしまう か そのまま前に掲げたまま
一歩前へ
そしてようやっと歩き出す
信号さえ見ずに 周りの人間が歩き出したから ああ 青なのだろうなと
青信号であることを見ても確認しても認識さえしていないのにプァ〜っと歩き出す
どこへ行ってもこうだ
人通りが少なかろうが何だろうが 違う場所で同じことが毎度毎度繰り返される
みんな みんな生きているんだ ともだちなんだ
というが
私は彼らとともだちにならない
四歩前に進んでいるがために仲良くなれない
そも
四歩前から見る彼らを含めた景色は とても生きているとは思えない
死者の集い
たしかに みんな みんな ともだちみたいだ
【六月五日】
二ヶ月にわたって飢餓死していく様子と心境を綴った壮年の男の手記を読むに
なんとも人間はしぶといものだなと頷く
また
助けを求めているのにニヶ月もの間放置されたがために
結果 飢餓死を選ぶほかなかったその不条理に慄く
元々七〇キロあった体重が三〇キロにまで落ちていた
その写真まで掲載されていた
肉付き
骨の出っ張りは
白黒写真な上 解像度が低くガビガビであるため 細に欠けるが
なんとなくぼんやりと
その死体が 現在 鏡に映っている自分の身体とを見比べても
あまり違いのないように思われる
彼は極寒の中 ひたすら雨水で命を延ばしていた
その間 死の間際とされる直前の手記の冒頭には 必ず
『生きている』
と書かれていた
その現実の重さ どれだけ体重と命が自然と周りの人間から軽んじられても
そのたった一言でズシンと 生きている者としての重圧と自覚が降りかかる
手記はすべて
メモ帳でも木の皮でもなく 赤いビニールテープに乱雑に書かれていた
書き残す執着とエネルギーは 目を見張るものがある
もし
この人が飢餓死する直前か何かのときに誰かの手によって救われ 健康になり
筆を執るならば…………
ゴホッ 咳が出た
薬は毒らしいから 寝ることにする
【六月八日】
食べなければならない
身体に悪いものを全部 一気に ああ気持ちいい
スーッと意識が遠のいていく 満腹を通り越して 吐き気を催すまで……
一時間ほど寝ていたようだ
くらくらする
気持ち悪い
意識が より遠のいていく
呼吸ができない
水が飲めない
パンツ一丁のまま
強風にあおられながら
敷地内の庭を歩き回る
情けない喘ぎ声が出る
死の間際
生の渇望
膝から崩れ落ちる
手先足先が痙攣する
祖母のもとへ駆け込んだ
どうしたと聞かれても答えられない
テーブルに上半身を投げ出す
貰った水が飲めず 吐き出す
救急車に電話で連絡する祖母
どうにも慌てているようで情報を伝えられない
私は祖母から電話を受け取り
現状を話そうとした瞬間
これまで自分を苦しめていたものの一切がスッと身を退いた
身体が軽くなり
呼吸が整い始めた
手先足先に痺れが残るものの
今の自分を説明するのに何の苦労も躊躇もなかった
「――今、ご本人様?」
「はい、本人です」
「症状って、どんな感じです?」
「呼吸が乱れています、手先と足先に痺れがあります、水が飲めません、吐き気がします、目眩がします」
「はい、わかりました。今ね、救急車が向かっていますから」
「は、はい……」
「じゃあ、あのね。生年月日を教えてもらっていいかな?」
「二〇〇二年一月二四日です」
「はい。ああ、平成一四年生まれね」
「はい」
「それでね、できればでいいんだけど、保険証用意できるかな?」
「はい、できます」
「じゃあ、もう少しで着きますから」
「はい、ありがとうございます」
電話を切った瞬間 再び先ほどと同じ症状が高波のようにやってきた
そこに祖母は
「なに飲む? ジュース? お茶?」
とツッコミを入れたくなるほどの天然というか無関心というか無神経というか
そういった発言をパンツ一丁で死にかけている私に向かって投げかけた瞬間
また発作がスッとおさまり
「いや、水しかないでしょ」
と呆れと怒りとが混ざった笑みでもって答えた
でもまた 発作がやってきた
何とか二階の自室にある財布をとり 中身を確認した
なんと そんなときにかぎって保険証がなかったのだ
そういえば最近財布の中身を整理したときにファイルの中に閉まっていたな
ああ 今日はとことん 何もかもがうまくいかない
ぐわんぐわんとする意識のなか
シャツとズボンと財布を持ったまま
震える足腰で一階に降りる
玄関のベンチにぐたっと座りこむ
救急車のサイレンが聞こえる
ああ 対応しなければ と ぐいっと立ち上がり
全身で重たいドアをガバっと開けた
その拍子に膝から崩れ落ちた
そこにちょうど救急隊員が三人やってきて 何かしら声をかけてくれた
二人がかりでパンツ一丁の私を持ちあげて 玄関のベンチに座らせた
そこからの記憶は曖昧で どんなことを話したかのは覚えていないが
ここに至るまでの過程を事細かく話したとは思う
「もう、お兄さん、シャープなんだからさ、もうそんな食生活しないほうがいいですよ」「ボクたちのほうが体型を気にしたほうがいいですよ」
「あっはっは!」
その会話を聞いている私の表情は いったいどんなものだったのだろう
どこのタイミングで上のシャツを着たのかすら 不明瞭
救急車が音もなく帰っていく
隣に座る祖母が私を宥める
素足に祖母の唾の飛沫がかかる
冷たい
気分が悪い
今は黙って 側にいてほしい