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映画スター#せりふ三題噺#火山シマウマ風鈴

     片桐朝雄は帽子にめがねと付け髭で変装し、午後十一時近くにある男と会っていた。
     そこは、客の少ない場末のバーだった。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     朝雄の父親は短気で喧嘩っ早い男だった。
     そのせいで、仕事は続かず、住む場所も転々と変わらざるおえなかった。まるで旅一座のような暮らしだった。

     父親は何度か傷害で刑務所も入ったことがあって家にいないことが多かった。
     そんなことで、朝雄は母子家庭のようになっていた。母親は、夜の仕事と昼間の仕事をかけもちして朝雄を育てた。
     当然ながら、家は貧しくおもちゃなどは買ってもらえなかった。
     唯一といえるものは、父親が古本屋で買ってきたシマウマやキリン、象などが表紙に描かれた動物図鑑だった。
     朝雄は、家に一人の時はその図鑑を何度も何度も見返していた。

     父親が家にいる時はいつも話をしてくれた。それは、戦国時代の話で「片桐家は由緒正しい武士の家柄で、ご先祖様は武田信玄の家臣として風林火山の旗のもとで戦った」という話だった。
     朝雄は父親の話すご先祖様の武勇伝をわくわくしながら聞いていた。
     話しが終わると、父親は決まって「朝雄、お前が片桐家を再び立派な家にするんだぞ」と言い聞かせた。

     そんなある年の夏、父親は風鈴を持って帰ってきた。
     そして、その風鈴に「風鈴火山」とシャレで書いた短冊を付け軒先につるした。
     その風鈴の音は朝雄にとって、一人寂しく家に居る時の慰めになった。
     冬になっても、一人でいる時にはしまわれた風鈴を取り出し耳元で鳴らした。

     朝雄が小学六年生の頃、父親は因縁をつけてきた二人のヤクザと喧嘩になり、一人を死なせもう一人に重傷を負わせてしまった。
     裁判の結果、父親は懲役二十年の判決を受けてしまった。
     それから一年後には、苦労の重なった母親が病気で亡くなってしまった。
     一人残された朝雄は養護施設に入れられた。そこから中学へと通い、卒業後は東京に出て働いた。

     中学の頃から映画俳優になる夢を持った朝雄は働きながら俳優養成所にも通った。そして、長い下積みを経て時代劇を中心に活躍する映画スターになったのだ。

    ・・・・・・・・・・・・・・・

     映画スター朝霧雄二こと片桐朝雄が場末のバーで会っていたのは片桐平吉だった。
     平吉は父方の叔父だった。
    「おっちゃん悪いねこんな所で、銀座辺りのもっと良い店で会えたら良かったんだが」
    「でも、そんな所じゃあ、ワシが気おくれしてかなわん、こういう場所の方がゆっくりできるよ」
     二人は、バーの隅の席で女の子を付けづに座っていた。
    「すまんなあ、喉渇いてたんだよね。生ビールを頼んでいいかな?」
    「ああ、いいよ」
     
     生ビールがきて、二人は音をたてないように軽くジョッキを当て乾杯をした。
     枝豆や乾き物、お新香やアジフライ等がテーブルに並んだ。
     それらをつつきながら、二人は目立たないように小声で話をした。

     そうやって一時間ほど過ぎたころ。
    「それじゃあ、これを・・・」と言って、平吉は持っていたカバンから封筒を出し手渡した。
     朝雄はそれを受け取ると、今度は自分が現金百万円の入った封筒を出して渡した。
    「悪いね、こんな大金。安い年金暮らしの身には助かるよ。これからも、何かあったら声をかけてくれ」と平吉は嬉しそうに言った。

     その後、二人は午前零時過ぎにバーを出た。
     出てすぐの商店街は明かりがおち暗く人通りも無かった。
     平吉はだいぶ酔いが回っていた。朝雄は平吉の左腕を抱えながら支えて歩いた。

    「なあ朝雄、血の繋がった身内は俺たち二人だけになっちまったなあ。これからも、何かあったらお互い協力しようじゃないか。お前の親父のことを覚えている奴は残ってねえ。俺はお前の過去を誰にもしゃべるつもりもねえから安心していい。まあ、ただな俺も歳で独り身だ。こうなったのもお前の親父のせいでもある。今さら恨んでいるわけではないが、お前に面倒見てもらってもバチが当たらんだろう。これからも、まずは金のことで相談させてもらうよ。代わりに、今回みたいな俺にもできそいなことがあったら声をかけてくれ」
    「ああ、わかったよ、おっちゃん」

     二人は踏切の前に着いた。踏切の先には平吉が宿泊する宿屋があった。
     二人が渡ろうとした時、ちょうど電車の音がして遮断機が落ち警報器もなった。
     踏切の脇には比較的大きな建物があり、二人が立っている場所は漆黒の闇になっていた。二人の姿は完全に消えたように見えた。
     踏切で待っている人は二人の他に誰もいなかった。向かいの道にも人の姿は見えなかった。

    カン、カン、カン・・・・
    ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・・
     
     電車が近づいてくる。

    カン、カン、カン・・・・
    ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・・

     電車がすぐそこまで迫ってきた。

    カン、カン、カン・・・・

     朝雄は、ふらつく平吉を支える腕に力を入れた……。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・

     それから数週間後、付け髭をし眼鏡をかけ変装した朝雄は生まれ故郷の寺の墓地にいた。
     目の前には墓石があり、それには「片桐家代々之墓」と彫ってあった。
     その墓には出所後に亡くなり、他の寺で無縁仏になっていた父親の遺骨が入っていた。同じく、無縁仏だった母親の遺骨も入っていた。
     二人の遺骨は平吉が探し出しこの墓に入れたのだった。

     朝雄は墓に花やお酒、お菓子をお供えした。さらに、折りたたまれた紙もも供えた。
     その紙には片桐家の家系図が書いてあった。
     六代前までさかのぼると身分は低かったが、たしかに片桐家は武士の家柄だったのがわかった。でも、それが武田信玄の家臣につながるかどうかは定かでなかった。
     あの場末のバーで平吉に渡された封筒には、この家系図が入っていたのだ。もちろん、これを調べたのは平吉だった。

     線香をあげた朝雄は両手を合わせた。
    「親父、武田信玄に仕えたはわからなかったが、確かに家は武士の家柄だったよ。俺は、これからもっともっと片桐家を繁栄させるからね、見ていて」
     朝雄は心の中でそう誓った。
     その脇で、平吉も手を合わせていた。

          おわり

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    すいません、名作「砂の器」のパロディーみたいになってしまいました……。
     

    はらとけいさんの「せりふ三題噺」参加作です。
    よろしくお願いします。


     
     
     
    東北地方の田舎に住む60代男性です。90代の母親と2人暮らしです。 今までノベルデイズというサイトで小説等を投稿していました。 2026年5月7日に、ここnoteで「死ぬまで短編小説宣言」をしました。 これからは、短編・掌編小説だけを死ぬまでnoteに投稿し続けます。

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