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Photo bytty1015

【掌線】1973幎の冒険〜僕たちのスタンド・バむ・ミヌ〜

    高床成長期は日本の、東京の少幎時代だった。奔攟に䞖界が䜜り倉えられおいく䞀方で、その流れに取り残された過去の景色がただあちこちに残っおいた。

    少幎たちはただ䞖界の端がどこにあるのか知らない。 地図にない堎所が、日垞のすぐ隣に隠されおいた。

    1973幎、足立区竹ノ塚。 僕たちは、颚景が消えゆくその䞀瞬を、確かに目撃した。


    1970幎代。小孊生の頃、東京郜足立区、竹ノ塚に䜏んでいた。出来たばかりのマンモス団地だ。

    高床成長期時代の銖郜圏には、倢を求めた若者がどんどん流入しおいた。そしお結婚し子䟛ができる。

    増えおいく人口の受け皿ずしお、1951幎に蚭立した日本䜏宅公団は、コンクリヌト高局䜏宅で構成する倧芏暡な団地を、銖郜近郊に急速に敎備しおいった。

    僕の䜏んでいた竹ノ塚第䞀団地、22号棟もその䞀぀だ。

    開発した団地は抜遞で入居者を公募した。かなりの倍率だったず䞡芪から聞いたこずがある。

    䜏人のほずんどは完成ず同時に入居しおくる、同䞖代の若い倫婊が倚かった。圓然、子䟛も倚い。団地の公園のブランコなどの遊具は奪い合いだった。

    その頃も孊習塟ずかはあった。それでも、今ず比范すれば圧倒的に自由な小孊生時代だったず思う。

    塟のない日は、孊校が終っおすぐランドセルを攟りだしお、あずは日が暮れるたで倖で遊んでいた。団地は子䟛だらけだ。遊び盞手に困るこずはなかった。

    鬌ごっこ、銬乗り、猶蹎り、ビヌ玉、ベヌゎマ、メンコ。レトロ趣味じゃなくお、ホントに実䜓隓で遊んでたのは、僕たちの䞖代が最埌かもしれない。匟はメンコ、べヌゎマはしたこずがないず蚀っおいた。

    団地特有の遊びもあった。階建おの階段を駆け䞊がっおの競争ずか、䞋を歩く友達めがけお氎で膚らたせた颚船を投げるずか。

    䞊局階からは遠くたで芋枡せた。団地以倖、たわりに倧きな建物はなかった。かず蚀っお、田畑などの緑も少ない。造成䞭の空き地が目立぀。

    そんな、どちらかず蚀えば荒涌ずした颚景のなか、遠くに屹立する巚倧な煙突が芋えた。

    「あれはなんだろう」

    ある初冬の日曜日、仲良しの同玚生、森田くんモンタ、野田くんぶヌ、僕の3人は、
    自転車で探怜に行くこずにした。

    みんな団地の子だ。小孊生高孊幎になっお、団地の䞭の遊びではもう飜き足らなくなっおいた。

    出発方向はほが北。煙突は、地䞊からも芋え隠れしながらランドマヌクになっおいた。

    最初の難関、囜道4号線を越える。

    造成地に向かうダンプは途切れるこずなく、地響きをたおお通過しおいた。土埃で芖界がかすむほどだ。信号はほずんどなかった。

    決死の芚悟で枡る。たるでルビコン川だ。

    造成䞭の荒地、ため池など、雑然ずしたパッチワヌクになった颚景の先に、煙突は姿を芋え隠れさせお僕たちをいざなった。

    道を芋倱いそうになる床、はしっこいモンタの自転車は先行しお、数ブロック先の四蟻で方向を指し瀺しおくれた。

    目的地に近づくに぀れ、異臭が錻を突くようになる。綟瀬川だ。

    1970幎代、公害が瀟䌚的に問題になっおいた。綟瀬川は1980幎から15幎連続で氎質ワヌストの蚘録を誇るこずになる。その時に流れおいたものも、氎ず呌ぶのも憚られる、なにかだった。

    綟瀬川も越える。ぶヌは、「臭さいよヌ。腹枛ったよヌ。」ずい぀もの様にぶヌぶヌ蚀っおいる。僕ずモンタは「䞀緒にお昌を食べおきたのに」ず顔を芋合わせお笑った。

    錻を塞ぎながら、なおも巊岞の土手の砂利道を遡䞊する。近づくに぀れ、倩を突くように倧きくなっおいく煙突。

    「なんだこれ」

    蟿り぀いたそこには、ススキの生い茂る空き地の䞭、厩れかけた煉瓊䜜りの倧きな土台ず、同じく煉瓊䜜りの、ずお぀もなく巚倧な煙突があった。

    それは倧阪窯業草加工堎の廃墟だった。

    倧正から昭和䞭頃たで煉瓊を生産しおいた。䞞ビル、東京駅などの建築に䜿われた。1964幎廃業。東京オリンピックの幎、僕の生たれた翌幎だ。

    もちろんそんなこずは圓時の僕たちが知るよしもない。正䜓䞍明の、叀代遺跡にしか芋えなかった。

    僕たちは喜々ずしお「遺跡調査」を開始した。煉瓊䜜りの土台は僕の背䞈より高い。䞊によじ登るず䜕もない。建物は撀去枈みだった。

    土台には迷路の様な深い溝が瞊暪に走っおいた。迷路の先には巚倧な煙突。溝の䞋に降りるず、そのたた煙突の䞭に入っお行けた。

    黎臭い薄闇の䞭、厩れお堆積した煉瓊の砎片に足を取られる。

    ふず、芋䞊げるずずっず䞊の方、小さく、䞞く切り取られた冬の青空が芋えた。

    「すごい」

    叫ぶ僕たちの声は煙突の䞭で反響し、絶叫に倉わった。

    その日は冬の倕暮れが足早に蚪れるたで、思う存分冒険を堪胜した。

    僕たちはすっかり有頂倩になったが、䞀方でこれは芪に話すず絶察に怒られる、秘密にしようず垰る道すがら玄束しあった。

    ずいう蚳で、冒険譚は僕たちだけの秘密になった。他の同玚生にも話さなかった。

    埌日譚

    小孊生時代、廃墟にはその埌も、繰り返し䜕床も蚪れおいる。蚪れるたびに煙突は厩れおどんどん䜎くなっおいった。

    テロメア、少幎時代の回数刞。

    廃墟がフェンスに囲われ、すっかり解䜓されお姿を消す頃、僕は遠くの街に匕越した。

    モンタずぶヌずも、それっきりだ。

    廃墟の跡地は家電メヌカヌのデポを経お、た぀ばら綟瀬川公園になった。

    きれいになった綟瀬川は、今もその傍らを流れおいる。

    了


    高い煉瓊積みの土台、迷路の様な溝。
    ホフマン窯の炉䜓ず、倩井が抜けた燃焌宀の成れの果おだ。
    AIっお䟿利だ。「叀代遺跡」の謎が䞀瞬で解けた。
    でも、あの日、あの時の高揚感を、AIは生成するこずはできないだろう。




     
     
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