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Photo byfair_sedum3206

# 夢と現実の狭間で漂う…

    若い頃、料理人になれば毎日美味しい料理を作り、お客様に喜んでもらい、仲間と店を盛り上げて生きていける!


    そんな人生を想像していた。


    本当は、カウンター越しにお客様と話せるような店に憧れていた。


    バーでもいい。


    小料理屋でもいい。


    常連さんがいて、仕事の話や人生の話を聞きながら料理を作る。


    そんな店だ。


    でも現実は違った。


    給料は安い。


    休みは世の中の休みと真逆だ。


    ゴールデンウィーク。


    お盆。


    年末年始。


    みんなが遊んでいる時ほど忙しい。


    だから友達とも予定が合わなくなる。


    気がつけば疎遠になった人も多い。


    貯金もなかなか増えない。


    若い頃は遊びたい。


    飲みにも行きたい。


    付き合いもある。


    借金なんて珍しくもなかった。


    そして何より、自信を砕かれる。


    自分では頑張っているつもりでも、上には上がいる。


    もっと上がいる。


    さらに上がいる。


    飲食店経営の厳しさも知った。


    料理が上手いだけでは店は続かない。


    原価。


    人件費。


    家賃。


    売上。


    料理以外の数字ばかり追いかける日もあった。


    接客業だから、たくさんの人と関わる仕事だと思っていた。


    でも実際は違う。


    毎日同じメンバー。


    同じ厨房。


    同じ人間関係。


    狭い世界の中で働く。


    だからこそ人間関係は難しい。


    逃げ場も少ない。


    若い頃に憧れていた世界と、現実は少し違った。


    いや、かなり違ったのかもしれない。


    最近は会社の研修で、


    ハラスメント。


    ホスピタリティ。


    コンプライアンス。


    そんな言葉をよく聞く。


    もちろん大切なことだと思う。


    昔のように怒鳴ればいいとも思わない。


    理不尽が正しいとも思わない。


    でも現場に立っていると、少し気になることがある。


    厨房は毎日が本番だ。


    しかも一日に何十回、何百回と本番が来る。


    ただ、本当に本番なのは厨房ではなく、お客様の方なのかもしれない。


    厨房から見れば100件のオーダーのうちの1件。


    100皿のうちの1皿。


    でもお客様から見れば違う。


    今日初めて食べる料理かもしれない。


    今日しか来ない店かもしれない。


    家族との食事かもしれない。


    恋人との食事かもしれない。


    記念日かもしれない。


    つまり、厨房にとっての100分の1は、お客様にとっての1分の1なんだ。


    だから現場は必死になる。


    急ぐ。


    確認する。


    指示が飛ぶ。


    失敗を防ごうとする。


    問題は、その必死さをどう伝えるかだ。


    理想は必要だ。


    でも現場も存在する。


    その両方を知った上で考えないと、本当に大切なものを見失うかもしれない。


    そんなことを考えるようになった。


    そして今、なぜか「深夜食堂」が好きだ。


    最初は理由が分からなかった。


    派手な料理は出てこない。


    有名シェフも出てこない。


    成功物語でもない。


    でも気になる。


    何度も読んでしまう。


    ある日、気が付いた。


    私は「深夜食堂」に出てくる料理が好きなのではない。


    あの店の空気が好きなんだ。


    カウンターがあって、


    常連がいて、


    誰かが来て、


    少し話をして帰っていく。


    人生を語る人もいる。


    何も語らない人もいる。


    マスターは前に出ない。


    ただ料理を作る。


    そして人が集まる。


    若い頃、本当はこんな店をやりたかったのかもしれない。


    でもできなかった。


    経験が足りなかった。


    知識も足りなかった。


    自信もなかった。


    当時の私は、自分で思っていた以上に未熟だった。


    料理は作れても、人を受け止めるほどの器はなかった。


    だから店を持たなかった。


    持てなかった。


    気が付けば30年、40年近く厨房に立っていた。


    そして今になって「深夜食堂」を読みながら思う。


    夢は叶わなかったのではない。


    現実を知ったんだ。


    現実を見るとは、夢を諦めることではない。


    夢の値段を知ることなのかもしれない。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
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