
♯159|断る=悪い人だと思っていたあなたへ――「困っている人を助けなきゃ」という思い込みの正体
「断るなんて、ひどい人だよね」
もし、そんなふうに感じたことがあるなら、
この話はきっとあなたのためのものです。
私はずっと、
「断る=悪い人」
そう思って生きてきました。
困っている人がいたら助ける。
それが“いい人”で、正しいこと。
小さい頃から、当たり前のように教えられてきた価値観です。
だから私は、
忙しくても、疲れていても、
「今は無理」と言えませんでした。
相手が困っていそうだと、
その気配を感じ取ってしまう。
先回りして、察して、動いてしまう。
人の痛みを、
自分のことのように受け取ってしまう気質も
少なからずあったと思います。
「大変なんだろうな」
「私がやれば楽になるよね」
そう思うと、
断る選択肢はいつの間にか消えていました。
でも、ある時ふと気づいたんです。
断れなかったのは、
優しかったから“だけ”じゃない。
「断る=悪い人になる」
そんな思い込みに縛られていただけだったんだと。
この思い込みは、
ある日突然できたものではありません。
その正体は、とてもシンプルで、
とても美しい教えでした。
「困っている人がいたら助けなさい」
道徳としては、間違っていない。
むしろ、大切な価値観です。
でも、この教えには
大事な“条件”が抜け落ちていました。
本来は、こうであるはずです。
・助けられる余裕があるとき
・相手が本当に助けを必要としているとき
・お互いが対等な立場のとき
この条件がそろって、
はじめて「助ける」は健全な優しさになります。
けれど、子どもの頃。
そこまで丁寧に教えてもらうことは、
ほとんどありません。
その結果、心の中に
こんな形で刷り込まれていきます。
困っている人を助けない私は、冷たい人
断る私は、悪い人
こうして、
「断る」という選択肢そのものが
悪いことのように感じるようになる。
私は、まさにこの思い込みの中で
大人になりました。
断ることは、
冷たいことでも、意地悪でもありません。
それはただ、
自分の限界を伝える行為です。
それなのに私は、
自分を守る行為=悪
誰かを優先する行為=善
そんな極端なルールを
無意識に信じていました。
今思えば、
誰にでも、どんな時でも、
無条件で手を差し伸べることは
「優しさ」ではなく、
自分を後回しにする癖だったのかもしれません。
このシリーズでは、
そんな私が
・なぜ疲れ切ってしまったのか
・何を間違えていたのか
・どうやって自分を守るようになったのか
少しずつ、言葉にしていこうと思います。
もしあなたも、
「断れない自分」に疲れているなら。
ここに書いていく話は、
きっと他人事じゃありません。
今日はまず、これだけで大丈夫です。
「断る=悪い人」
そう思い込んでいた自分に、
気づいてあげること。