ゼルダとアスク・ジ・エンジェルズ
予想をはるかに超える遅さで進行中の『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』をプレイ中の阿Qさん。今回も氷の塔を彷徨っている。前回、受けるダメージを半分にできる「青い服」を手に入れたものの、スイッチを押して扉を開けるギミックがどうしてもクリアできずにいた。
前回の配信からようやく1部屋だけ進んだものの、やはりその先のギミックが分からず、同じような場所をぐるぐるとループしている。そこにはHPを回復してくれる「小妖精」が湧く部屋もあり、阿Qさん曰く「なまじ妖精を貰えるから、逆に拷問みたいになってるっ」とのことだった。妖精がいるせいでゲームオーバーにもならず、HPを全快させられたまま、出口のない同じルートを彷徨い続ける。それはまさに、私の日常そのもののようで恐ろしい光景だった。週末に美味しいお酒が飲めるから? 阿Qさんとたまに外食できるから? そんな細やかな事だけで、私は日々、同じ通勤路のなかを無限に彷徨い続けている。私はまるで、各部屋のモブ敵のように決められたアルゴリズムで稼働し、何か殺めようとしていた。
また月曜日がやってくれば、私はすっかり何事もなかったかのような「復活した顔」で笑うのだ。そう想像しただけで、まだ日曜日の昼下がりだというのに、胸の奥がうそ寒く寂しい気持ちになってしまった。
一方の阿Qさんは、同じ部屋を繰り返し通り過ぎるうちに、その部屋限定だが本物のRTAのような素早さで敵を華麗に回避できるようになってしまっていた。
空の目、蚤の目
会社で、インターン生の対応に関する感想や評価を求めるメールが送られてきた。そういえば先日、私も小一時間ほど彼らを車で別の場所まで送迎するという仕事をしたのだった。車中では、彼らは一生懸命に私へ質問を投げかけてくれ、私もそれに答えた。特に気まずい空気もなく、何の問題もなく、和気あいあいと過ごせたはずだった。彼らの若さは眩しく、当時の私はそれを純粋に好意的に受け止めていたつもりだった。
感想を入力するためのアンケートフォームをクリックした。そこには彼ら一人ひとりの名前と、その横に「協調性」や「積極性」といった項目が並び、5段階での評価と特記事項の記載欄が用意されていた。ほかの担当者たちの回答を覗くと、すでに「積極的に質問をくれた」「やや消極的な印象」といった文字が並んでいた。
私もそれを記入しようとして、ピタリと手が止まった。私自身はその協調性や積極性があるのだろうか? 他人の人間性に、私がとやかく点数をつけるような資格が本当にあるのか? もしここで私がすべての項目に「1」や「2」の低評価をつけたら、この子たちの評価はどうなってしまうのだろう?
動悸が跳ね上がり、私の指が震えた。全員同じ点数に丸を付ければいいのか? それとも「みんな親切でした」と全員に書くべきか。私には分からなかった。それらを何の迷いもなく、ためらわずスラスラと点数化できる同僚たちのことも、本当は恐ろしく感じられた。
結局、私は人事の人に「すみません、私は移動の車のなかで運転していただけだったので……」と頭を下げて、許してもらった。胸が痛んだ。たった1時間の車内で交わしたやり取りを評価なんてしたくなかったし、彼らと過ごした時間に点数を点けたく無かったのだ。
私はどうにか気持ちを落ち着かせようとカモミールティーなんかを飲んだが、喉の奥には何かが引っかかっていた。
ようやく終業を迎え、ビルの外に出ると、夕方の空気の涼しさに思わず驚いた。明日は休みという事実も相まって、私の頭のなか涼しくなった。恐ろしいほど空は曇っており、胸のチクチクも消えてはいなかったけれど、私はイヤホンでThe Killersの“When You Were Young”を聴きながら、赤く点滅しかけた横断歩道を小走りで渡った。
スタッフANOMIE
