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きんちゅりーとが来た――妖精さんと座敷わらしのいた家


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

    昔、転勤で横浜に住んでいたことがある。

    今、私は広島の瀬戸内海の島に住んでいる。海と山に囲まれた暮らしに慣れている私にとって、横浜での生活は、どこか少しよそ行きで、少し不思議なものだった。

    そのとき借りていたのは、築50年ほどの古い2階建ての1軒家だった。

    新しい家ではない。便利な家でもない。けれど、どこか懐かしい匂いのする家だった。階段は少しきしみ、2階の部屋には昼間でも古い空気が残っているような気がした。

    家というものは不思議だ。

    人が住んでいても、住んでいなくても、そこに過ぎていった時間だけは、静かに残っている。

    その家で、まだ小さかった息子が、ときどき不思議なことを言うようになった。

    息子の名前は、泉仁。
    「せんじん」と読む。

    泉仁は、言葉の発達が少しゆっくりな子だった。

    1歳半を過ぎても、話せる言葉は単語程度だった。1歳6か月児健診でも、いわゆる合格という感じにはならず、その後もしばらく横浜市の相談や健診に通っていたと思う。

    こちらの言うことがまったく通じないわけではない。

    ただ、会話としてきちんと成り立つかというと、まだ難しい時期だった。聞かれてわからないことがあると、泉仁は不思議そうな顔をして、

    「へっ?」

    と返した。

    無視しているわけではない。答えたくないわけでもない。ただ、質問の意味がうまく届いていないのだと思う。

    2歳、3歳になるころ、少しずつ言葉は増えてきた。

    そんなある日、1階で家族がくつろいでいると、泉仁が突然、顔を上げて言った。

    「きんちゅりーとが来た!」

    そう言うと、泉仁は当たり前のように立ち上がり、階段を上って2階へ行ってしまった。

    私はあわてて聞いた。

    「きんちゅりーとって誰?」

    泉仁は、不思議そうな顔をして、

    「へっ?」

    と返した。

    「どこにいるの?」

    また、

    「へっ?」

    「その子が、自分で名前を言ったの?」

    やはり、少し首をかしげるようにして、

    「へっ?」

    と答えた。

    だから、“きんちゅりーと”が何者なのか、どこから来たのか、なぜその名前なのか、私は結局わからなかった。

    そもそも、“きんちゅりーと”という名前が不思議だった。誰かに教わるような言葉ではない。テレビに出てくるキャラクターの名前でもない。もちろん、私も妻も、そんな名前を教えた覚えはない。

    それでも泉仁にとっては、“きんちゅりーと”は確かにそこにいる存在のようだった。

    “きんちゅりーと”は、毎日来るわけではなかった。

    2か月か3か月に1回くらいだったと思う。多いときでも月に1回あるかないか。全部で5、6回だったのか、もしかすると10回くらいはあったのかもしれない。

    たいてい、家族が1階でくつろいでいるときだった。

    泉仁は突然、

    「きんちゅりーとが来た!」

    と言って、2階へ上がっていく。

    私たち大人には、何も見えない。音もしない。誰かが玄関を開けたわけでもない。

    けれど泉仁には、何かが見えている。

    そうとしか思えない様子だった。

    あるとき、私は泉仁について2階へ上がった。

    そこは寝室だった。畳の上に布団が敷いてあり、部屋の隅には、とても古いエアコンがついていた。

    泉仁はその部屋の中で、何かを追いかけていた。

    「あ、きんちゅりーとだ!」

    「それ、それ、それ、それ!」

    そう言いながら、部屋の中を追いかけ回している。

    泉仁の視線は、どちらかというと下の方を向いていた。だから私は、その“きんちゅりーと”という存在は、背の低い、小さなものだったのではないかと思っている。

    たとえば、『となりのトトロ』に出てくる、まっくろくろすけのようなもの。

    黒いのか、白いのか、丸いのか、細いのか、それはわからない。ただ、泉仁の目線からすると、人間の子どものような背丈ではなかったように思う。

    その部屋のエアコンは、なかなか気難しいエアコンだった。

    どれくらい古かったかというと、リモコンをかなり近づけてボタンを押しても、なかなか電源が入らないくらいだった。完全に壊れているわけではないのだろうが、普段から反応が悪く、すぐに動いてくれるようなエアコンではなかった。

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    泉仁は、そのエアコンの送風口のあたりを見ていた。

    「出た!」

    「入った!」

    「出た!」

    「入った!」

    そう言いながら、何かを目で追っている。

    どうやら“きんちゅりーと”は、その古いエアコンの送風口から出たり入ったりしているらしかった。

    もちろん、私には何も見えない。

    けれど、泉仁の様子は真剣だった。ふざけている感じではなかった。目の前にいる何かを、本当に追いかけているように見えた。

    そのときだった。

    泉仁が、

    「入った!」

    と言った瞬間、普段はなかなか動かない古いエアコンが、

    ボボボボボボボボッ。

    と、突然音を立てて動き始めた。

    私は驚いた。

    リモコンを近づけても、なかなか動かなかったエアコンである。古くて、反応が悪いと思っていたエアコンである。

    それが、泉仁が“きんちゅりーと”が入ったと言った瞬間に、急に動き出した。

    さすがに泉仁も驚いたようだった。

    それまで夢中で追いかけていたのに、エアコンが動いた瞬間、びくっとして、私にしがみついてきた。

    その様子を見て、私は思った。

    やはり、何かいたのではないか。

    子どもの空想だと言ってしまえば、それまでかもしれない。偶然エアコンが動いただけだと言えば、そうかもしれない。

    けれど、普段なかなか動かない古いエアコンが、“きんちゅりーと”が入ったと言った瞬間に動き出す。

    そんな偶然があるだろうか。

    私は今でも、本当に何かがいたのだと思っている。

    それが座敷わらしだったのか、妖精さんだったのか、何か別の小さな存在だったのかはわからない。

    けれど、泉仁には見えていた。

    少なくとも、あのころの泉仁には、私たち大人には見えない何かが見えていた。

    “きんちゅりーと”は、いたずら好きだったのかもしれない。

    私にも、少し不思議な体験がある。

    ある日、私は庭でバイクをいじっていた。白いヤマハのドラッグスター250だった。修理というほど大げさなものではないが、あちこち触っていた。

    バイクの鍵は、たしかにバイクにつけたままだった。右前のあたりにある鍵を、私は見ていた。

    ところが、少しして鍵がなくなった。

    おかしい。

    さっきまで、そこにあったはずだ。

    ポケットの中を探した。工具のそばも見た。地面も見た。バイクの周りを何度も確認した。

    けれど、鍵がない。

    私はふと思った。

    これは“きんちゅりーと”のいたずらだな。

    そう思うと、なぜか腹は立たなかった。むしろ、少し笑えてきた。

    私は、見えない相手に向かって言った。

    「きんちゅりーと、そこにいるんだろう。鍵を返して」

    もちろん、返事はない。

    それでも私は続けた。

    「僕は1回、家の中に入るから。その間に鍵を返しておいて」

    そう言って、私はいったん家の中に入った。

    そして、しばらくしてバイクのところへ戻った。

    すると、鍵は元の場所に戻っていた。

    本当に戻っていた。

    自分で置き忘れただけかもしれない。探し方が悪かっただけかもしれない。そう言われれば、そうなのかもしれない。

    けれど私は、あれは“きんちゅりーと”のいたずらだったのだと思っている。

    横浜の古い家には、きっと何かがいた。

    それは怖いものではなかった。

    小さくて、すばしっこくて、いたずら好きで、でもどこか人懐っこい。そんな存在だったのではないかと思う。

    そして、不思議な存在は横浜だけではなかった。

    私たち家族は、転勤で横浜に住んでいたが、広島にも家があった。横浜にいる間、広島の家は普段は空き家の状態だった。

    正月、ゴールデンウイーク、お盆には、広島の家へ戻っていた。

    特にお盆は、私たちにとって1番大切な時期だった。

    あるとき、広島の家に帰った。

    門を開けた瞬間、泉仁が急に怖がった。

    「ひまぼんぼんがいる」

    そう言って、私にしがみついてきた。

    “ひまぼんぼん”。

    また、聞いたことのない名前だった。

    横浜には“きんちゅりーと”。

    広島には“ひまぼんぼん”。

    泉仁の中では、それぞれの家に、違う何かがいたのかもしれない。

    “きんちゅりーと”は、どちらかというと遊び相手のようだった。泉仁は追いかけ回していたし、私の鍵を隠したのも、いたずら半分だったように思う。

    けれど“ひまぼんぼん”は、泉仁にとって少し怖い存在だったのかもしれない。門を開けた瞬間に怖がって私に抱きついてきたのだから、少なくとも、楽しい相手ではなかったのだろう。

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    私たちが横浜にいる間、広島の家は空き家だった。

    その間に何かが住みついたのか。

    それとも、もともとそこにいたのか。

    もちろん、今となってはわからない。

    ただ、幼い泉仁がそう言ったという事実だけが残っている。

    泉仁は言葉の発達がゆっくりだったので、3歳児健診のころも、私たちは家で練習をしていた。

    「お名前は?」

    そう聞かれたら、自分の名前を答える。

    「お歳は?」

    そう聞かれたら、

    「3歳です」

    と答える。

    ただ、泉仁の発音では、それは「シャンシイです」のように聞こえた。

    私たちは、何度も何度も練習した。

    「お名前は?」

    「泉仁です」

    「お歳は?」

    「シャンシイです」

    これで大丈夫だ。

    そう思っていた。

    そして、3歳児健診の当日になった。

    会場へ行ったのは、妻と泉仁だった。

    家であれだけ練習したのだから、きっと答えてくれるだろう。

    ところが、横浜市の担当の方が、

    「お名前は?」

    と聞くと、泉仁は、

    「いわな〜い」

    と答えた。

    そして、

    「お歳は?」

    と聞かれると、

    「教えな〜い」

    と言って、タタタタタッとどこかへ走って逃げてしまったらしい。

    その話を聞いたとき、私は思わず笑ってしまった。

    あれだけ練習したのに。

    本番で「いわな〜い」「教えな〜い」と言って逃げるとは。

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    当時は、親として心配もあった。言葉が遅いこと、健診に引っかかること。いろいろ気にしていたと思う。

    けれど今思い返すと、その姿はとてもかわいい。

    何度も練習した「シャンシイです」ではなく、堂々と「教えな〜い」と言って走って逃げた泉仁。

    その泉仁が、“きんちゅりーと”や“ひまぼんぼん”を見ていた。

    そう考えると、あのころの泉仁は、私たち大人とは少し違う世界にいたのかもしれない。

    幼稚園でも、泉仁らしい出来事があった。

    泉仁には、仲のよい女の子がいた。

    名前はミナミちゃん。

    ミナミちゃんは、少し色黒で、活発な女の子だった。元気がよく、物おじしない感じの子だったと思う。

    それに対して、泉仁は人見知りが激しく、おとなしい子だった。知らない人の前ではなかなか話せないし、自分からどんどん前に出ていくタイプではなかった。

    そんな泉仁は、どうやらミナミちゃんのことが好きだったらしい。

    親の目から見ても、なんとなくそれはわかった。本人だけは隠しているつもりだったのかもしれないが、たぶん周りにはわかっていた。

    もちろん、ミナミちゃんにもバレていた。

    ある日、幼稚園で遊具の順番を待っていたときのことだった。

    泉仁の前に、ミナミちゃんがいたらしい。

    なかなか順番が進まなかったのだろう。泉仁はミナミちゃんに、

    「早くしてよ」

    と言った。

    するとミナミちゃんは、

    「センちゃん大嫌い」

    と言ったそうだ。

    子ども同士の何気ない1言である。

    大人から見れば、よくある小さなけんかだったのかもしれない。

    けれど、泉仁にとっては大事件だった。

    それ以来、泉仁の中では、ミナミちゃんはいないことになってしまったらしい。

    私や妻がミナミちゃんの話をすると、泉仁は、

    「ミナミちゃんは転校した」

    と言った。

    いなくなったのだと言う。

    ところが、ある日、妻がお遊戯会を見に幼稚園へ行ったときのことだった。

    舞台の上、あるいは園児たちの列の中に、どう見てもミナミちゃんらしい女の子がいた。

    妻は、かなり不思議な感覚になったと思う。

    ん?
    ミナミちゃん、転校したんじゃなかったの?

    でも、あの子はどう見てもミナミちゃんに見える。

    いや、もしかすると、ミナミちゃんによく似た別の子なのだろうか。

    私たちは泉仁から、ミナミちゃんは転校していなくなったと聞いていた。だから、そこにミナミちゃんらしい子がいることが、とても不思議だった。

    家に帰ってから、妻にその話を聞いた私も、同じように困惑した。

    「え? ミナミちゃん、いたの?」

    「いたように見えた」

    「でも、転校したって言ってたよね?」

    「うん。でも、どう見てもミナミちゃんだったと思う」

    実際には、ミナミちゃんは転校などしていなかった。

    ちゃんと幼稚園にいた。

    ただ、泉仁の中でだけ、ミナミちゃんは“いなくなった”ことになっていたのだ。

    「大嫌い」と言われたことが、よほど悲しかったのかもしれない。

    泉仁は泉仁なりに、自分の心を守るために、ミナミちゃんを“いないこと”にしたのだと思う。

    けれど、不思議で少し皮肉なことに、本当に横浜の幼稚園からいなくなるのは、ミナミちゃんではなかった。

    私たち家族の方だった。

    月日は流れた。

    泉仁が4歳半の秋、私たちは広島へ戻ることになった。

    横浜での暮らしも終わりに近づいていた。

    本当はその秋、幼稚園で芋掘り大会が予定されていたらしい。

    けれど、そのころには泉仁はもう広島へ引っ越している予定だった。

    ある日、幼稚園の教室で、先生が芋掘りの話をしていた。そのとき泉仁は泣き出したという。

    「もう僕はいないんだよ」

    そう言って泣いたらしい。

    その話を先生から聞いたとき、胸が少し痛くなった。

    小さな子どもなりに、別れを感じていたのだと思う。

    横浜の家。幼稚園。先生。友だち。秋の芋掘り大会。

    そして、もしかすると“きんちゅりーと”。

    泉仁の小さな世界の中で、それらはみんな大切なものだったのかもしれない。

    結局、秋の運動会が幼稚園での最後の日になった。

    その日、泉仁はミナミちゃんと2人で記念写真を撮った。そして、その帰り道、途中まで一緒に帰った。

    そのとき、私はミナミちゃんと少し話をした。

    ミナミちゃんは、あっけらかんとした顔で、少し得意そうに言った。

    「センちゃんは、ミナミのことが好きなんだよ〜」

    まるで、全部わかっているよ、という感じだった。

    泉仁の気持ちは、ミナミちゃんにはバレバレだったのだ。

    その様子が、なんともかわいかった。

    人見知りでおとなしい泉仁。
    少し色黒で、活発なミナミちゃん。

    泉仁の中で1度は“いなくなった”はずのミナミちゃんは、最後の日には、ちゃんとそこにいた。そして、泉仁の小さな恋心まで、ちゃんとわかっていた。

    子どもの心の中では、人は急にいなくなることがある。

    でも、現実の世界では、いなくなっていなかった人と、最後に写真を撮り、途中まで一緒に帰ることもある。

    あのころの泉仁は、“きんちゅりーと”や“ひまぼんぼん”のような見えない存在だけでなく、人の心の中にある「いる」「いない」まで、自分なりの感覚で受け止めていたのかもしれない。

    運動会の日を最後に、私たち家族は広島へ引っ越した。

    泉仁が妖精さんや座敷わらしのようなものを見ていたのは、たぶん4歳か5歳くらいまでだったと思う。

    それから少しずつ、そういう話はしなくなった。

    「きんちゅりーとが来た!」

    そう言って2階へ駆け上がることもなくなった。

    「ひまぼんぼんがいる」

    そう言って、私にしがみつくこともなくなった。

    言葉が増え、友だちができ、学校へ通い、泉仁の世界は少しずつ広がっていった。

    その代わりに、見えないものたちの世界は、静かに遠ざかっていったのかもしれない。

    子どものころだけ見えるものがある。

    私は、そう思っている。

    大人になると、見えなくなるものがある。

    それは、決して悲しいことではないのかもしれない。成長とは、そういうものなのだろう。

    けれど、見えなくなったからといって、最初から存在しなかったことにはならない。

    横浜の古い家には、“きんちゅりーと”がいた。

    広島の家には、“ひまぼんぼん”がいた。

    それが座敷わらしだったのか、妖精さんだったのか、幼い泉仁の心が見せてくれた世界だったのか、今でもわからない。

    ただ、あのころの泉仁には、確かに見えていた。

    そして私たち家族は、その不思議な存在たちと一緒に、ほんの短い時間を過ごしていたのだと思う。

    今でも、ときどき思い出す。

    古い横浜の家。

    きしむ階段。

    布団の敷かれた2階の寝室。

    普段はなかなか動かないエアコン。

    突然響いた、ボボボボボボボボッという音。

    そして、小さな泉仁の声。

    「きんちゅりーとが来た!」

    あの声は、今も私の中に残っている。

    まるで、見えない小さな友だちが、本当にそこに来ていた証拠のように。

     
     
    会社員、技術者、そして書き手。仕事、旅、人との出会い、歴史、夢。現実の奥に埋もれた物語を拾い、ノンフィクションと創作の間を行き来しながら書いています。

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