
キャリア整理とは?|自分なりの基準を見つける思考法
目の前の仕事や働き方、これからについて悩んだり迷ったりしていたとき、私は、自分が考えて行動を改善すればなんとかできると思っていました。
現状を見て、その中から問題を見つける、その問題点を改善できる方法を考える、考えた方法に基づいて自分が行動を変える。そうすれば状況は良くなるはずだと信じていました。でも、その方法ではいつまでたっても状況は変わりませんでした。
むしろ考えれば考えるほど、頭の中は複雑になっていきました。自分なりに考え、自分なりに行動を変えていた。だからこそ、何も変わっていない現実が苦しかったのだと思います。
今振り返ると、当時の私は頑張る力が足りなかったのではなく、頑張る方向がズレていたのだと思います。
私は「どうしたら変われるか」のための行動を考えていました。でも本当に必要だったのは、行動する前に「何が起きているのか」を整理することでした。
違和感を掘り下げ、状況や感情を整理していくなかで、少しずつ行動が本質に沿うようになっていきました。以前の私は、行動することを頑張っていました。でも、整理を重ねるうちに、行動は頑張って生み出すものではなく、納得した先に自然とついてくるものだと感じるようになりました。本当に必要だったのは、もっと頑張ることではありませんでした。その前にある、自分の状況や感情、価値観を整理することだったのです。
それは他人の評価や理想やイメージといった
“ないもの”
を起点に考えることではなく、
自分の中にすでに存在している経験や事実など
“あるもの”
を扱うことでした。
20代でのリアリティショック、転職や休職、海外生活。30代での結婚、出産、育児と仕事の両立。30代後半での病気や治療と仕事の両立、キャリアの見つめなおし。その時々で悩みは違いましたが、共通していたのは「考えることで解決しようとしていたこと」でした。振り返ると、本当に必要だったのは急いで結論を出すことではなく、自分に何が起きているのかを整理することでした。
「考えること」と「整理すること」は違う。
やりたいことがはっきりしなかった私が、何度も立ち止まりながら、経験を通してたどり着いた実感です。
散らばっている出来事をつなぎ、
線にしていくこと
つながった線を何度も見直しながら、
少しずつ濃くしていくこと
一つ一つの出来事が点のままだった頃は、「あの経験はなんだったんだろう」「なんであんなに苦しかったんだろう」と感じていました。でも、整理をして、点が線でつながったとき、バラバラだった出来事も意味があったんだと思えて、前に進めるようになりました。私自身が体験したその感覚を、今度はまわりの人にも届けたいと思っています。
「整理すること」は、誰でも使える“構造化スキル”だと考えています。特別な才能が必要なわけではありません。また、働くことや仕事の場面だけではなく、人間関係や子育て、家庭のことなど、日常のさまざまな場面にも応用できる考え方だと思っています。
この方法がすべてではないと思っています。世の中にはたくさんの考え方や方法があります。その中のひとつとして、私自身が迷いながらたどり着いた整理の過程と、その中で見えてきたことを、ここに置いています。
整理のサインは「違和感」
最初に起きたのは、"なんかちがうかも"という感覚、「ほんまにやりたいこと、できてるんかな?」という引っかかりでした。でもその時は、目の前に、やらなければならないことが山ほどあり、そんなことを考えている場合ではありませんでした。仕事、育児、家庭、体調。毎日を回すことで精一杯で、“自分がどうしたいのか”を考える視点そのものがありませんでした。
でも、今振り返ると、それは“立ち止まって整理した方がいい”というサインでした。
“なんか違う”という感覚のとき「この違和感ってなんだろう」「なんで今、この環境にいるんだろう」と私はいつも同じところに戻っていました。その引っかかりを掘り下げていくうちに「私は何を大切にしたいのか」「自分にとっての最善は何か」という自分の基準を探す流れへと変わっていきました。そして「このままでいいのか」「私はどんな時間を過ごしたいのか」というこれからの進み方についての思考も、次々と浮かぶようになりました。当時はそれぞれ別の悩みだと思っていました。でも今振り返ると、すべてに共通していたのは「違和感」でした。
言葉にはできないけど、どこか引っかかる
うまく説明できないけど、このままではだめな気がする
その感覚を無視せずに見つめ直したことが、整理の始まりでした。私にとって違和感とは、問題そのものではなく“今の自分を整理する必要がある”というサインでした。
整理そのものへの捉え方の変化
こうした違和感と向き合い続けるなかで「整理」に対する理解も変わっていきました。
☑ 最初に気づいたのは、立ち止まる余裕もないのに考えようとしていたことでした。
余裕がない
疲れている
目の前のことで精一杯
そんな状態で、「このままでいいのか」「何がしたいのか」を考えようとしていました。本当に必要だったのは考えることではなく、まず立ち止まれる状態になることでした。
☑ 整理すると迷い方が変わりました。
整理すると迷いが消えると思っていましたが、迷いは消えませんでした。ただ、以前は感情に振り回されることが多かったのですが、「私は何に迷っているのか」が見えるようになり、迷いを扱えるようになりました。
☑ また、何を大事にして選ぶかも変わりました。
私は長い間、どう評価されるか、どう見られるのかを基準に選んでいました。でも整理を繰り返すうちに、「自分が納得できるかどうか」を基準に考えるようになりました。判断の軸が、外側から内側へ移っていきました。
☑ そしてもう一つ大きかったのは、問題を「自分のせい」だけにしなくなったことでした。
以前は、
頑張りが足りない
能力が足りない
自分に問題がある
と、考えていました。
でも整理を繰り返すうちに、
環境
役割
自分の中の当たり前
まわりからの期待
など、いろんな要素が複雑に絡み合っていることが見えてきました。問題に対して「自分が悪い」だけではなく、環境や役割、自分の中の当たり前などが複雑に絡み合っていることもある、と理解できるようになりました。
☑ さらに、整理は一度で終わるものではないことも知りました。
自分の中の当たり前も、環境も、時間の使い方も、立ち位置も変わります。だから整理も一度では終わりません。必要になるたびに繰り返すものなのだと思います。
☑ そして振り返ると、整理をしたから、迷いがなくなったわけではありませんでした。整理をしたから、自分が何を感じているのかを言葉にできました。言葉にできたから、自分がどうしたいのかが少しずつ見えるようになりました。その先に行動がありました。そんな順番だったように思います。
迷いを構造化する思考メソッド
こうした経験を繰り返す中で、私の中で整理は次のような流れになっていきました。
STEP1 分解
まず、「何が起きているのか」を整理します。
・出来事(事実・環境・役割など)
・思考(どのように思ったか、考えたか)
・感情(どのように感じたのか)
・行動(どのように動いたのか)
・感覚(なんかおかしい・なんかいい、しっくりくる・こない など)
項目にそって、別々に並べます。混在しないように、分けて、ただ並べるだけです。
STEP2 違和感を拾う
次に、自分が何に引っかかっているのかを見ます。
・この違和感はなんだろう
・なんで気になるんだろう
・本当は何が苦しいんだろう
すぐに結論を出す必要はありません。引っかかっていることをそのまま並べていきます。
STEP3 掘り下げる
並べたこと1つ1つに対して、
・どのようなイメージをもっているか
・そのイメージをもったきっかけは?
・そのイメージはどこからきているのか
・なんでそう感じるのか
・直接的なきっかけは、本当はなにか
などを掘り下げながら、その出来事や感情の背景にある考え方や、自分の中で当たり前に思っていることを見ていきます。
STEP4 関係性を見つける
何と何がどうつながっているのか、何が今の気持ちや苦しさにつながっているのかを見ていきます。
出来事が感情に影響しているのか、自分の中で当たり前になっていた考え方が感情に影響しているのか、環境の問題だと思っていたことが、実は自分の考え方や捉え方の問題だったこともあります。
ばらばらに見えていた出来事をつなげることで、本当は何が起きていたのかが少しずつ見えてきます。
例えば、私の場合、
・出来事
フルタイム勤務と育児の両立が苦しい
・感情
辛い、苦しい、申し訳ない
・思考
自分の頑張りが足りない
もっと工夫すればできるはず
これを、さらに掘り下げていくと、
仕事を中途半端にしたくない
母親としてちゃんとやりたい
どちらも両立できるはず
できないのは自分の努力不足
まわりの期待には応えなければならない
求められる役割を果たしてこそ価値がある
という、自分の中で当たり前になっていた考え方がありました。
当時の私は、ワーママだから苦しいのだと思っていました。でも実際には、仕事、家庭、育児という複数の役割を抱えながら、すべてに100点で応えようとしていたこと。“まわりの期待にこたえられる自分でなければ認められない” という自分の中で当たり前になっていた考え方そのものが、苦しさにつながっていました。ワーママという状況だけが問題だったのではなく、その状況をどう捉えていたのか、どんな考え方で頑張ろうとしていたのかが大きく影響していたのです。
同じ出来事でも、人によって感じ方や捉え方は異なります。ある人はチャンスだと感じることを、別の人は不安だと感じることもあります。そこに正解や不正解、良い悪いはありません。違うのは出来事そのものではなく、その出来事をどう受け止めているかです。
その受け止め方の背景には、これまでの経験の中で少しずつ作られてきた、自分の中の当たり前があります。
・頑張ることを大切にしてきた
・期待に応えることで認められてきた
・責任を果たすことで前に進んできた
そうした考え方は、これまでの自分を支えてきた財産でもあります。だからこそ、何が苦しいのかだけではなく、自分は何を当たり前だと思っているのかを見ていくことで、出来事と感情のつながりや、自分の中の構造が見えてきます。
STEP5 その当たり前は今も必要なのかを考える
見えてきた“自分の中の当たり前”は、過去の自分にとって必要だったのかもしれません。実際に、その考え方があったからこそ乗り越えられたこともありました。
私の場合、
・頑張れば何とかなる
・期待には応えるべき
・途中で諦めてはいけない
・人に迷惑をかけてはいけない
・成果を出してこそ価値がある
そんなことを当たり前のように思ってきました。だからこそ、営業として成果を出し、新しい挑戦にも踏み出し、多くの経験を積むことができました。これまでの人生を支えてくれた大切な当たり前なので、否定する必要はありません。
ただ、
・今の自分にとっても必要なのか
・今の環境でも機能しているのか
・そのまま持ち続けることで苦しくなっていないか
・少し緩めてもいいのではないか
・別の捉え方もできるのではないか
そんなふうに、一度立ち止まって見直してみます。
私の場合、
・頑張らなければ認められない
・まわりの期待にこたえなければならない
とこれまで当たり前に思っていたことが、
・そのままの自分でも意味がある
・まず自分が納得できるかどうか
へと変わっていきました。その当たり前が変わると、同じ出来事でも見え方や感じ方が変わることがあります。
このSTEP1~STEP5を必要に応じて何度でも行き来します。
整理の本質は「構造化」
―つながりを見つけることー
今の私は、キャリア整理(思考整理と自己理解)の本質は、結論を出すことではなく、整理して見えるようにすることだと考えています。
出来事(事実・環境・役割)
思考(どのように考えたのか)
感情(どのように感じたのか)
行動(どのように動いたのか)
感覚(どんな違和感や納得感があったのか)
それぞれを分けて見ていくことで、ばらばらだったもののつながりが少しずつ見えてきます。
何を大切にしたいのか
何に違和感を感じているのか
今は何を優先したいのか
今の自分はどんな状態なのか
が見えるようになります。
整理とは、結論を出すことではありません。自分の中にあるものを取り出し、見える状態にすることです。そして、それは一度で終わるものでもありません。そのときの状況の変化に合わせて、何度でも繰り返していくものなのだと思っています。繰り返すたびに、自分自身への理解も少しずつ深まっていきます。
そして振り返ると、整理によって最も大きく変わったのは、頑張って行動しようとしなくなったことでした。
以前の私は、
・どう変わればいいのか
・何を頑張ればいいのか
・次は何をすればいいのか
ばかりを考えていました。
でも整理を重ねるなかで、
・自分は何に違和感を感じているのか
・何を大切にしたいのか
が見えるようになると、
その後の行動は自然と決まっていきました。頭の中だけで考えていたときには見えなかったものが、
・書き出すことで見えるようになる
・見えることでズレに気づく
・ズレに気づくことで言葉になる
・言葉になることで行動がすでにきまっている
そんな流れでした。
整理は、思考の終着点ではなく、
自分が納得できる行動につながるための起点なのだと思っています。
私が届けたいもの
私の考えるキャリアの悩みとは、何を選ぶかという結論が出ていないことではなく、自分の中で何が起きているのか分からなくなっている状態だと思っています。
さまざまな出来事や感情、考えが混ざり合い、自分でも何に悩んでいるのか分からなくなってしまうことがあります。
だから必要なのはアドバイスではなく、ゆっくり立ち止まって整理する時間です。
今、何が起きているのか
何に違和感を感じているのか
何を大切にしたいのか
なぜ動けないのか
自分は何を当たり前だと思っているのか
その一つひとつを丁寧に見る時間、
そして、ばらばらに見えていた一つひとつが、どうつながっているのかを見る時間です。
私自身、違和感と向き合うなかで、自分の中で起きていたことのつながりが少しずつ見えるようになりました。
何が起きていたのか
なぜ違和感を感じていたのか
本当は何を大切にしたかったのか
なぜ動けなかったのか
自分は何を当たり前だと思っていたのか
それぞれがつながって見えたことで、自分なりの基準も少しずつ分かるようになり、前に進めるようになりました。
だからこそ私は、ゆっくりした対話のなかで、自分の中で何が起きているのかを整理していくお手伝いがしたいと思っています。
一人では気づきにくい出来事や感情、考えのつながりを一緒に見つけていくこと。自分なりに納得できる選択につなげていく時間です。
おわりに
悩みや迷い、不安を感じているとき、
それは、整理されていないだけなのかもしれません。
そして整理とは、誰かに答えをもらうことではなく、自分の中にすでにあるものを見つけ直すことだと私は思います。
私自身、何度も立ち止まりながら、自分の状況や感情、思考を整理してきました。
仕事では、約15年間、広告業界で営業職として働くなかで、多くのサロン経営者の方と対話を重ねてきました。
表向きの仕事は広告営業でした。
でも、私がやりがいを感じていたのは、広告やサービスを提案することそのものではありませんでした。サロン経営者の方が
今どのような状況で、
何に悩み、
何を目指しているのか
なぜ今に至ったのか
これからどこへ向かいたいのか
対話を通して現状を並べ、その背景を深掘り、次の方向性を一緒に整理することでした。
月に一度の打ち合わせは、数字や結果を確認するだけではありません。見えている事実だけではなく、その背景にある考え方や価値観、本音を共有させてもらう時間と捉えていました。そのうえで、
何を変えるのか
何を変えずに続けるのか
サロン経営者の方が、ご自身で納得して意思決定できる状態を一緒に整理する過程に、大きなやりがいを感じていました。
その中でも特に、
「あ、そうやった、そうやった!」と、納得される反応や
「進む方向が分かりました!」と、すっきりされて話される瞬間に、
自分が営業マンの立場で存在することの意味を感じてきました。
振り返ると、私が仕事に対して興味を持っていたことは、広告、美容、営業という業界や業種、職種ではなく、人の考え方や意思決定の背景だったのだと思います。
だからこそ今後も、対話を通して、その人の中にすでにある考えや本音を整理し、自分なりの基準で選べる状態をつくることに関わっていきたいと思っています。
迷うこと自体が悪いとは思っていません。
私自身、迷い、悩み、立ち止まったからこそ気づけたことがたくさんありました。
人は迷ったり悩んだりしたときに、はじめて自分と向き合おうと思えることが多いのかもしれません。それが自然なことだからこそ、迷いや悩みに向き合うための視点や手がかりを、もう少し早い段階で届けられたらと思っています。
正解を出さなくてもいいこと
結論を急がなくてもいいこと
自分の言葉で考えていいこと
何を考えるのか、どう考えるのか、という視点を持つこと
そんな手がかりや考え方が頭の片隅に少しでもあれば、迷いや悩みに向き合う時間も、苦しさだけで終わらず、その経験を自分なりに受け止められる時間になるのかもしれません。
・
これから私がやりたいことは、
評価や優劣、他人の期待や世の中の正解ではなく、誰かから受け継いできた「こうあるべき」でもなく、
自分で選んでもいい
自分が決めていい
そう思える人が増えていくこと。
一人ひとりが、自分で選んだ基準で、時間の過ごし方や働き方を決めること
それが、私の目指したい未来です。
経験は、最初はただの“点”です。
その点を一つひとつ掘り下げながら、どうつながっているのかを見ることで、ばらばらだった、ただの“点”が“線”でつながり、自分のこれまで(キャリア)が線として見えます。
何度も見直すことでその線は少しずつ濃くなり、線が濃くなるほど線の先に点の集まりが少しずつ見えるようになります。
それがこれから(ビジョン)です。
・
役割を全うするなかで本音とズレてきた経験と、違和感を掘り下げて構造化してきた「キャリア整理」が、必要な人に届いていくことを願っています。
私にとっての点
―あとから線になった経験たち―
大学卒業後、22歳で社会に出たとき、最初に感じたのは、「思ってたんと違う」という感覚でした。学校にはテストがありました。部活には試合がありました。でも社会には、誰かが用意してくれるゴールがありませんでした。
どこに向かえばいいのか
何を基準に選べばいいのか
そもそも、どう考えればいいのか
何から考えればいいのか分からないまま、新卒入社から半年で退職し、その後すぐに転職しましたが、そこでも同じようにしんどさを感じるようになりました。“会社は変わっているのに感じている苦しさは前と似てる”、“このまま辞めてもまた同じことを繰り返してしまいそう” そう思って、退職ではなく休職を申し出ました。
休職期間中に初めて自分を振り返りました。そのとき気づいたのは、私はずっと「どう見られるか」を基準に選んできたということでした。そこから少しずつ、「自分はどうしたいのか」を考えるようになり、復職してからは、営業という仕事に本気で取り組みました。目の前のクライアントに向き合いながら、がむしゃらに営業を頑張り、少しずつ数字として結果が出始めました。営業数字を連続で達成し続け、自分自身の成長も感じられるようになり、自信もついていきました。そんな中で、「もっと挑戦してみたい」と思うようになり退職。25歳で渡仏したことは、私にとって初めて“自分で決めた”選択でした。
しかし帰国後は、仕事選びに迷い、事実と感情、過去と現在が混ざり合っていて、判断の基準が曖昧でした。半年間ほど、転職を繰り返しました。新しい環境に入るたびに、「これは自分が求めているものとは違うな」と感じることもあれば、「この部分は大事にしたいな」と思うこともあり、さまざまな会社や人との出会いを通して、自分が働くうえで何を大切にしたいのか、自分なりの基準が少しずつ分かってきた感覚がありました。そして気づいたのは、当時、私が本当に求めていたのは、以前の職場で感じていた働きやすさや環境、仕事へのやりがいでした。元いた職場の先輩とのつながりから、以前の職場に戻るお話をいただき、復職しました。
こうして、20代後半になる頃には、自分らしく働ける環境と、やりがいを感じる仕事が少しずつ見えるようになっていました。自分の居場所が見つかったような感覚がありました。ようやく“自分らしく働く”ということを実感し始めた20代でした。だから当時は、この先も同じように働き続けられると思っていました。
20代のキャリアが落ち着いた頃、結婚を考え始めました。順番通りに進めば、人生もうまくいく、手段が目的になっていた頃です。29歳で結婚、30歳で出産、その後育休を経て復帰。自分ではコントロールできない出来事が増えていきました。
仕事だけではなく、家庭や育児を通してさまざまな役割が増えました。当時は自覚していませんでしたが、私は必要以上に責任を感じていました。同じ職場で、同じ仕事をしているはずなのに、以前のようにうまく回らない、思うように成果を出せない焦り、自分の立ち位置が変わってしまったような寂しさや戸惑い、しんどい状況なのに「今は仕方ない」と、自分を納得させながら進んでいました。一生懸命やりたいのに、体力も時間も足りない。仕事も、家庭も、自分自身のことも、どれも中途半端に感じていました。気づけば、自信も目的も見失っていました。
それでも、仕事そのものには、やりがいを感じていました。営業としてサロン経営者の方と話し、提案し、検証し、改善する積み重ねや、社内の新人研修で新入社員の成長する過程に関わること、どちらも好きな仕事でした。
でも現実は違いました。子どもの学校対応、家庭内の調整、慢性的な体調不良、フルタイム勤務と育児の両立。毎日とにかく必死、時間にも気持ちにも余裕がなく“今日を回すことで精一杯”でした。気づけば、次から次へとやるべきことが増えいきました。
揺らされる出来事は、どれも自分自身のことではなく、“自分に付随する環境”でした。
子どものこと
家庭のこと
会社のこと
それらは常に変化し、不安定でした。その対応に追われるうちに、“自分はどうしたいのか”を考える感覚そのものが、少しずつ薄れていきました。
本当はどうしたいのか、何を優先したいのかを考えるよりも、「今日をどう乗り切るか」だけを考えるようになっていました。でも、20代も、30代前半も、その時々の自分にとっては、“これで良かった”のだと思います。
自分のことだけを考えることができた20代。役割や責任、制約の中で、必死に日々を回していた30代前半。状況は違っても、“外側に応え続けることで成り立っていた進み方”という構造は同じでした。でも、「もうこの進み方では続けられない」30代後半に入った頃、私は初めて、このままでいいのだろうかと思うようになりました。
今振り返ると、私は長い間、外側を基準に選択していました。
どう思われるか
どう評価されるか
期待に応えられるか
中学受験も、大学の学部決めも、新卒の会社選びも、営業を続けた理由も、どう見られるかで選んでいたからです。特に、営業を続けた理由については、
途中で諦めた人だと思われたくない
教えてもらった先輩の期待を裏切りたくない
評価を失いたくない
という気持ちがありました。
仕事で成果を出すこと
求められる役割を果たすこと
期待に応えること
それが、自分が認められる方法だと思っていました。だから苦しくても、自分が頑張ればなんとかなる、工夫すれば乗り越えられると思っていました。
でも、実際には、役割は増え続け、考える余裕はなくなり、気づけば「自分はどうしたいのか」が分からなくなっていました。
やりがいはある、でも苦しい、でも仕事を辞めたいわけではないでもこのままも違う気がする、「でも」を繰り返していた頃。とにかく毎日しんどくて、苦しい時期でしたが、当時の私はその苦しさの正体を言葉にすることができませんでした。
ただ、「何かが違う」という違和感だけが残っていました。
その違和感が、散らばっていた最初の「点」だったのだと思います。