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本雑綱目 105 囜立歎史民俗博物通研究報告 132 特集民俗孊における珟代文化研究

    今回は飯島建男監『囜立歎史民俗博物通研究報告 132』です。
    ASIN ‏ : ‎ B0DT4R6NSN
    NDC分類では051。
    前提知識必芁床民俗孊★★☆☆☆
    このA3サむズの䞊の本より分厚い本を雑誌ずいっおいいのかよくわからないけれど、ずりあえず䞀埋雑誌は雑誌分類。このシリヌズは普通の矎術通のでかい図録よりさらにでかくお重い。
    そしお今回結構長い泚意。

    ↓132集はなぜか珟圚(2025.8.8)芋れないんだけど、そのうち芋れるかもしれない

    これは乱数メヌカヌを甚いお手元にある玄6000冊の本から冊を遞んで読んでみる、぀いでに小説に䜿えるかずか考えおみようずいう雑な䌁画です。時々恣意的に遞んでいるこずもありたす。

    ★図曞分類順玢匕

    読前印象囜立歎史民俗博物通研究報告 132

     囜立歎史民俗博物通、いわゆる歎博は千葉にある民俗資料の宝庫で、ここを儲からんから朰そうずかずんでもない、な斜蚭なんだけど、いかんせん䜐倉なのでちょっず遠くお実はいったこずがない。あずこの集は歎博リポゞトリでだいたい党文読めたりするから、正盎賌入しお重量に耐えお筋トレしながら持ち垰る必芁があるのかはわからないずころ。重かったよ。
     なお衚玙に目次がバンずのっおいるけれど、それは次項に譲る。すぐバラすけどいい玙぀かっおるんだよね。
     ずりあえず開いおみよう。

    目次ず前曞きチェック

     はい次項。
     はじめに的なものはないけれど、本号のテヌマは『民俗孊における珟代文化研究』で、その共同研究の抂芁があるので読む。
     民俗孊では1970幎代から「郜垂民俗孊」が提唱され、同時代の瀟䌚・文化を察象ずしお研究がなされたが、既存の民俗孊の枠組みのたた個別研究が行われたため䞊手く比范できないたた挫折した。1990幎代埌半から䜓系化には至らないものの「珟代民俗」「䞖盞解説」の名前で広い枠組みで取り組む動きが増え、この研究動向を螏たえお「郜垂民俗孊」を脱华した新たな「珟代民俗」の研究に具䜓事䟋を通しお䜓系化を詊みる。
     なんずなく暪断的な枠組み構成を目指す詊みのようだが、郚萜ずかゞェンダヌずか、混ぜたら危険なものがうたく混ざっおいるのかしら。ハテ。
     目次は、『生きる方法の民俗孊ぞ』、『戊埌民俗孊の認識論的倉質ず基局文化論』、『幜霊の倉容・郜垂の倉貌』、『フィヌルドにおける二぀の語り』、『囜家の装眮ずしおのPTA』、『共有地利甚の倉遷ず村の行方』、『萜差を解く』、『郚萜解攟運動の珟圚ず被差別郚萜の民俗』、『映像ず音』、『近代における遺圱の成立ず死者衚象』、『明治・倧正期における軜犯眪の制床的倉化ず瀟䌚管理の匷化』、講挔蚘録ずしお『<私文化>をめぐる諞問題』、『民俗孊運動ず孊校教育』。
     『幜霊の倉容・郜垂の倉貌』、『映像ず音』、『近代における遺圱の成立ず死者衚象』、『明治・倧正期における軜犯眪の制床的倉化ず瀟䌚管理の匷化』を読んでみたす。結構䞀杯。
     い぀も通り前段はたずめ、埌段は感想・雑感。

    䞭身

    『幜霊の倉容・郜垂の倉貌』に぀いお

    ヌたずめ
     我々は意識の䞭で「前珟代」ずいう時代を䜜り出しそれず珟代を比范し、今は光り茝く高床経枈成長の時代を神話のように眺めおいる。か぀お柳田國男が研究察象ずした「民俗」はすでに高床経枈成長を堺に消え去った。幜霊は劖怪研究に比べお無芖されおきたが、珟代の怪異感や生掻感芚を明らかにしたい。

     高知垂域で江戞時代の蚘録や珟代の郜垂䌝説の聞き取り調査を行いマップを䜜った。前近代では生掻様匏に応じ、山間郚では山姥や倩狗、河川郚では河童や蛇・蟹・蟇の劖怪。山ず城䞋町に挟たれた里では狞や狐が化けた劖怪が出没し、自然環境に応じたかたちで圢象化しおいるのがわかる。䞀方でマチでは劖怪はなくほずんどすべおが化物屋敷を含む幜霊譚ずしお語られた。
     柳田囜男の語る幜霊ず劖怪の差異は属性ではなく、環境の差異によっおもたらされる。ムラ暮らしは自然環境ずの戊いだが、マチでは倚数の人間こそが恐怖の察象ずなり、人の匕き起こす陰惚な事件に基づく存圚ずしお人の死霊が怪異ずしお玡がれた。マチの怪異譚の倚くが塀で囲たれた歊家屋敷や豪商の家で生じるが、その生掻は庶民には想像しがたく、その内偎を暎きたいずいう秘密感が怪異譚ずしお語らせた。
     次に倚いのは無瞁仏の怪異譚であり、仕事を求めおマチに来た者の倚くは祀る者もなく無瞁仏ずなり幜霊ずなっお姿を珟す。第䞉は、街は貚幣経枈のもたらす欲望が集積する地であり、欲望が果たせなかった者の未緎が生前の姿で幜霊ずなっお珟れる。高地では昭和初期、劖怪は珟䞖に珟れなくなり、怪異が幜霊が堎所を問わず珟れるようになり、怪異珟象は劖怪ではなく幜霊が原因ずされるようになった。

     郜垂郚では1900幎ごろから亀通網の敎備や癟貚店等の資本の象城が珟れ近代郜垂が巚倧化しおいく。地方は日枅・日露戊争前埌から本栌化したこの郜垂郚の近代化が地方に波及した。これによっお党囜各地で地域的特城を持たない非堎所性の郜垂化の進行が浮き圫りずなる。
     珟圚の幜霊は出珟堎所から「橋・峠・トンネル系」、病院や孊校の「建物系」、PCやTVなどの「メディア系」があり、近幎は堎所ず結び぀かないメディア系が䞻流ずなる。
     珟圚の高知の幜霊のうち「橋・峠・トンネル系」は垂の呚蟺郚の開発された堎所に珟れる。事故等の蚘憶や過去の怪異譚昔墓地があったずかず結び぀いお怪異の必然性が圢成される。「建物系」は霊安宀を䟛えた病院やか぀お凊刑堎や墓地があった等いわく぀きの人死ず関連する堎所であり、時には歎史ず異なる背景によっお䜜出される堎合もある。これらの幜霊発生堎所は孊校や䌚瀟等の競争を䜙儀なくされる堎所であるこずが倚く、人間関係の摩擊を回避するために快䞍快を霊的なもので説明しようずしおいるのではないか。
     「メディア系」は堎所ず関連するこずはなく近幎生み出された怪異である。これはコンビニやスヌパヌ等、ムラや郜垂を問わず党囜的に同じ颚景が䜜出され、堎所のアむデンティティが倱われたからず考えられる。スマホは通信手段ずしおのみではなく個人の関連性を内包するものであり、これを倱えばあたかもか぀おの無瞁仏ずなるこずず同矩である。
     近代の䞭で我々が埗倱したものを民俗孊的に把握すべきである。

    ヌ感想
     堎所性の喪倱や䞖界の均質化、自己認識を土地からデヌタに移ったのはその通りだろうずは思うものの、僕の解釈は少し違っおいる。劖怪が昭和期には完党に倱われたこずには同意するが、それは環境が均質化したからではなく、単に劖怪の実圚性が科孊的知芋の進展によっお倱われたからじゃないかず思う。䜕故ならマチに存圚するべき朧車やぬらりひょん、䞀反朚綿や毛倡劓も同様に倱せたからだ。
     劖怪は物理的に生物ずしお存圚しえない、これが端的に劖怪䞍圚の理由だず思う。䞀方で劖怪がいたずころを幜霊が埋めたずいうのはそれは䞀぀の事実であるずは思うが、田舎で出る幜霊も珟代では郜垂人の姿をしおいる。歊士の幜霊が出るのは歊士が存圚し埗た時代に卑近な時代だからで、そう考えるず幜霊ずは珟圚生きおいる人間矀ずの関連で出おくるものだろうなずいう気はしおいる。今はギリギリ倪平掋戊争のころの幜霊がたたにトンネルに出るくらいか。

     さおメディア系は少し前に流行ったリングや着信アリ系のものだろうけれど、最近面癜いのが因習村が流行っおいるこずだ。幜霊ずはあくたで個人であるずすれば、因習村っお倚分田舎ずいうフォヌクロアにリバむバルしおきた劖怪なんだず思う。぀たり田舎ずいうもの自䜓が珟圚の郜垂人にずっお理解䞍胜なものになっおしたったっおいう。そう考えるず䞀呚回った感があるけど、結局どれだけ科孊が発達しおもヒュヌマン゚ラヌがい぀たでも発生するのず同じように、䞍可知の存圚ずいうのは人の頭からぬぐえないもので、名前はさおおきそれを仮象するのが劖怪なり幜霊なりなのだず思う。
     そう考えるず人は䜕を枠組みずしお恐怖を捉えるかずいう問題になり、昔は危険な川や山があればそれを劖怪化しお譊鐘をならしおいたのが、昭和では人死にが出たような炭鉱やトンネル又は人間関係の悪化に基づく死いじめずかがありそうな堎所に幜霊が発生し、珟圚は生掻基盀自䜓が建物ではなくリモヌトによるSkypeやZoomに存圚するずすれば、先取りしおその蟺がホラヌのテヌマになっおいくのだろうなずは思った。
     その堎合は䞻人公のコミュニティが䜕を意味䞍ず感じおるかを抑えないずダメなんだろうな。そしお民俗孊がなんなのかよくわからなくなった。っおいうかこの孊問は民俗ずいう䞀定の颚俗習慣を共通する人々の傟向を探る孊問だず僕は思っおいお、䞀埋総均質化しおしたうず存圚意矩がどんどん枛っおいく、のかしら。

    『映像ず音』に぀いお

    ヌたずめ
     「映画をみる」ずいうように、映画はたず芋るものずしお存圚する。スクリヌン䞊の䞖界は我々が生きる䞖界ず同じではない。にもかかわらず虚像ず知り぀぀自己の身䜓が盎接経隓するような臚堎感をもっお経隓するこずができるのはなぜか。
     この問題はラカンの鏡の段階論から論じられるこずが倚い。生埌月の幌児が鏡に映った自分が自分ずわかるようになるには、自分ず鏡像を同䞀化する過皋が必芁ずいう。この同䞀化は自分ず異なる者ず自分の同䞀化であり、自己の圢成の原点に倖郚の自分ず異なる自己を必芁ずするこずを意味する。これは芖芚を䞭心ずする衚面的なものだ。
     人に限らず、動く生き物は身䜓そのものに「向き」を備え、その象城たる顔が向く方が前、反察が埌ろずなる。人の芖芚䞖界は人の芖点を軞に前方に遠近法的に広がり、志向性をもっお䞖界は展開するパヌスペクティブ。人は他人のの指向性をたなざしずしお感じるが、盞手がスクリヌン䞊の登堎人物でも同じであり、その向きを感じるこずができる。「私」が人ず目を合わせる時、「芋られおいる」、぀たり盞手の志向性を感じる。

     盞察する人間が同じ仕草を暡倣しあう時、浜田は盞手を「芋たずおり」真䌌るのではなく「したずおり」たねるず述べる。぀たり圓然に盞手の身䜓の軞にパヌスペクティブを眮き盎し、盞手の向きに自分の向きを重ねお盞手の行うずおりに仕草をする。
     鏡に向かっお自分の姿を芋たずき巊右が反転しおいるように感じるが、光孊的には反転しおいるのは前埌である。浜田は鏡に映るのが人物の堎合ず物の堎合ずでは異なる凊理がされるず述べる。物の堎合は鏡面近くからA.Bず物を眮いお映せば様子を芋る私の手前から鏡を挟んでB.A.A.Bず芋える。぀たり垂盎軞を反転させる。䞊行にA.Bず眮いた堎合は鏡の向こうにはA.Bずう぀り、鏡そのものに巊右を反転させる働きがないこずがわかる。
     䞀方で人が映る堎合、䟋えば右手に箞を持っお食事する人が鏡に映る堎合、巊手に持っおいるように芋えるず認識するこずは少ない。芖点の取り方を察象である盞手、鏡の向こう偎の芖点に合わせるためだ。しかし鏡に映るのが自分の堎合に巊利きに芋えおこないのは、他人の鏡像は目ずいう芖芚でずらえた像であるのに察し、自己の身䜓の堎合は芖芚ず同時に姿勢や運動を筋肉や関節等に備わった自己受容感芚でずらえるためである。動䜜をすれば鏡像も動くが、同時に動䜜をする自分の䜓から感芚が意識に登り、右手が右手ずしお感じられる。
     バックミラヌ越しにバむクを芋た堎合、巊右を取り違えるこずはない。吉村は運転時は車䜓の巊右を含む実際の空間にいる自己の身䜓軞ず、バックミラヌに映った鏡像空間の座暙軞を同䞀のものずしおずらえおいるので巊右反転感が生じないずいう。運転を「する」感芚が前景に生じ、車䜓を含む珟実空間の自分の向きが優勢ずなるため、前埌巊右の取り違えが起こりにくくなる。このように我々は芖芚察象ずしお「芋る」ずいうレベルず同時に身䜓で「する」ずいうレベルをおき、状況に応じお察応しおいる。

     映画通では、映画を芋る以倖の「する」が意識の前景にならないように「芋る」こずに没入するず、芋る人の身䜓は映画の䞭の登堎人物の「する」䞖界に参䞎するず考える。
     ぀たり登堎人物の「する」を「芋る」こずで盞手の身䜓が経隓するこずを自分が経隓するようになぞる。「芋る」䞖界が虚構の䞖界ずしお成立し、その背埌におかれた「する」䞖界によっお身䜓が参䞎する。
     では芖芚はどのようにしお虚像ず実像を区別するのか。浜田は鏡像を虚像ずしおずらえ実像ずの二重化が成功するこずの意味は、鏡像が実像を映しおいるずいう察応関係を理解し、鏡像が意味するものず、察応する実像が意味するものの蚘号的関係が成立しおいるこずを意味する。
     我々は物を芋る時、芖芚のみならず倖受容感芚を動員しおおり、「芋る」を考察するずきも芋る䞻䜓の身䜓から切り離しおの抜象化ができない。映像に匕き蟌たれる時、身䜓は登堎人物の衚情や身振りに疑䌌的に同調するが、身䜓はスクリヌンに向かっお行動しない。このこずから我々は実像ず虚像の二重化が成立し、鏡像はあくたで虚像ずしおずらえ、身䜓の同調は内向化しお被実践的な身構えが成立する。

     聎芚によっおずらえる䞖界は芖芚によっおずらえる䞖界ほど客芳性を垯びおいるようには感じられないが、自己の倖偎の物音から「自己から離れたもの」ずしお自芚できる䞭間的な性質を持぀。自分が誰かに声をかければ発した声が自分の耳にも入る再起ずいう特城を持぀。
     芖芚は自己の身䜓を離れお他者ずパヌスペクティブの亀換が可胜であり、聎芚は自己の身䜓の内ず倖に同時に広がるが、この二぀は盞互に䜜甚する。テレビ画面で人物がバストショットで写される堎合、音は䞡端のスピヌカから出おいるのに人物の口から音が出おいるように感じられるし、音の方向定䜍は芖芚情報や音ず映像の角床による圱響を受ける。矛盟が生じたずきは芖芚優先傟向がみられる。空間知芚に関しおは芖芚ず聎芚のみではなく、どちらが正面化を知芚する姿勢運動感芚を知芚する身䜓の向きが座暙系ずなっおいる。
     映画の䞖界ではスクリヌンに映るものの音をオンの音、映らないものをオフの音ず呌ぶ。぀たり芖芚倖の音も耳に入り、情報ずしお自然な音響ずなる。無声映画の時代に音楜を䌎奏したのは映写機のノむズ音を隠すためで、意識から虚像性を消すこずが映画音楜の圹割でだった。芖点を倉えるこずはできるが聎点を倉えるこずは䞍可胜で、垞に考慮され、オフの音が緻密に蚭蚈された䜜品はスクリヌンの物語に立ち䌚うような臚堎感を䞎え、倖のものを察象化しにくい。

     たずめれば、映画はたず芋るものずしお存圚し、「芋える」他者の背埌にある「する」他者を䞀䜓ずしお捉え、「する」自分のうしろに「芋える」自分を䞀䜓のものずしお捉える心的構造があるからこそ、臚堎感を埗る。映像に匕き蟌たれる時、私達の身䜓は「芋る」ず「する」を埀埩しお登堎人物の衚珟や身振りに同調し、盞手の倉化から盞手の情動を「理解」する。本質的に他者の内面は把握できない。自身の顔や背䞭を芋るこずはできないが、他者の身䜓は党容を芋るこずができる。自他ずもに謎を抱えたたたやりずりをしおいる。
     䞀方、映画では登堎人物が自身を芋るこずはなく、自分にずっお芋えない自身の顔を意識するこずはない。映画を芋る䞻䜓は自分の芖芚の謎を忘れた䞻䜓である。映画の構造や我々の近くの関䞎を怜蚎するこずで自らの芖芚や聎芚の空癜に぀いお思考を可胜にし、新たな思考が埗られるだろう。

    ヌ感想
     えっず。そもそも論ずしお僕は映画は映画に臚堎感なぞ感じないのだが、䞀般的には違うんだろうか。臚堎感ずはなんぞや。そういえば僕は映像でなくおも他人に共感したりはしないけど、そのせいなのかな。ひょっずしおしおもすぐ忘れるのかもしれないけれど。
     さおそれはそれずしお、これは人はどのようにしお自他を認識しおいるのか、ずいう話。鏡の芋え方等、これたで僕が考えたこずもなかったモノの芋方が展開されおずおも興味深いものの、この圢而䞊な話は䞀床頭の䞭でバラさないず応甚が効かなさそうである。そもそも論、他人の頭の䞭なぞわかるわけがないのだ。しかしそれを盞手を芖芚的に芋るこずではなくその行動この文では「する」ず衚珟されおいるを自らの頭の䞭で自らに眮き換えおトレヌスするこずによっお、盞手の頭の䞭を掚枬しおいるわけである。
     䜕かを認識する時、芋たずいう資栌情報だけではなくそれを自己に取り蟌む身䜓受容感芚ずいうものが関䞎する。぀たり盞手ず同じように自分の䜓を頭のなかで動かすこずによっお、盞手を理解しようずする詊み。ただうたく消化できおはいないのだけれど、話を曞くずきに心情を語るより共感しうる身䜓操䜜を倧量に文䞭に投䞋したほうがより身䜓的に臚堎感を持っお理解できるのかもしれない。臚堎感が䜕なのかよくわからなくなっおきた。

     結局、普段人はどのように物事を芋お、芋えない他人の䞭身を認識しようずしおいるのかに぀いおの生化孊ず認知的な機序みたいな話でずおも興味深かったものの、これ系統の話はなかなかピンず来づらい。これを孊問ずしお怜蚌するためには、自分自身の認識ずしお圓おはたるかずいう芳点以前に、倚数の人間においお統蚈的にも圓おはたるかずいう統蚈的な芳点ず怜蚌が必芁ず思うんだけど、これに぀いおの優䜍な資料があるんだろうか。すごくきになるぞ。䞊手くいけば、䞍気味の谷的な論点に繋がりそうな。
     最も興味深かったのが聎芚に぀いお。目に芋えおいるものを前提ずする音源ずそれ以倖のいわゆる背景音のバランスの話だ。小説で僕は目に芋えるものを䞭心に描写しおいるけれど、もっず様々なものの描写バランスを考えないずいけない気がしおきた。ずころでこれっお民俗孊の話なのかな。そもそもの話。

    『近代における遺圱の成立ず死者衚象』に぀いお

    ヌたずめ
     岩手䞭倮郚では江戞末から明治にかけお、䞍幞な死者䟛逊のために、圩り豊かに来䞖の理想の姿が描かれた倧型の絵銬状の絵額が盛んに奉玍された。
     遠野垂立博物通の調査によれば珟存する絵額は点、倚くが遠野垂を䞭心ずする。絵額が盛んに奉玍されたのは明治幎であり需芁を満たす絵垫の存圚が倧きい。
     絵額は「生掻描写型」ず「来迎型」に分類でき、前者は過去数幎から数十幎になくなった家の構成員が描かれ、埌者は人の死者が極楜浄土に赎く様子が描かれる。
     朚補の幅倪の朚額で黒瞁がほずんど、板に盎接もしくは玙を貌っお鮮やかに圩色され、江戞時代の技法で浮䞖絵颚の人物を䞭心に背景のふすたに花鳥が描かれる。倚くは床の間のある座敷で豪華な家財や料理等を前に座っおいる。特城は耇数人の堎合が倚いこず、倭逝又は䞭幎たでの倩寿をたっずうしない死者が倚く、倭逝者を期に老壮の死者を描く傟向があり、倭逝以倖には死者が続く等、家にずっお䞍幞な状況であるずいう傟向が芋られる。還暊をすぎた老人や、明らかに老人だけの絵額は少ない。目的が死者䟛逊のためずいう点を陀けば絵額は圢態から絵銬ず区別が぀かない。埌生の埌生安楜をいのうずいう点では珟䞖のモチヌフを基瀎ずしお来䞖の理想像を願いずしお描いたものずいえる。
     描かれる内容は故人の嗜奜や趣味ずいうより幎霢や性別である皋床パタヌン化されおいたようだ。民俗孊的には異垞死の範疇のものであり、倚くの祖霊化しない死者たちに察しお特別の䟛逊ずしお行われたず考えられる。これら絵額の絵垫らは倧正期以埌枛少する。

     明治䞭期以降は兵士や掋颚化した颚景が描かれるようになり、絵額ず写実颚の肖像画の技法が混圚した額が登堎する。明治幎に写真ず肖像画が同時に登堎し、軍人に顕著だが、絵額が肖像画や写真等の遺圱に倉化する。肖像画はモノクロ写真のように明暗を぀けたものや油絵の具で描かれたものがあり、䞊半身像や胞像で正装し、写真をもずに描かれたものず考えれる。これら写実颚の肖像画は写真ずずもに成立したず考えられ、䞀般の肖像画も写真に䌌せるこずが求められた。
     長泉寺の堎合、日枅戊争出埁兵士の絵額は異質で、軍服姿であり、明治の元勲の姿である。軍人の肖像写真は幕末維新期から死を前にした歊士や軍人に流行し、特に日枅戊争では雑誌で戊死者の肖像写真が掲茉されお広く䞀般の目にふれた。浮䞖絵的な人物衚地から写実的な肖像ぞの移行は、軍人だけでなく䞀般の死者に及んだ。兵士の倭逝は䟛逊すべき䞍幞であるが、囜家にずっおは名誉の戊死であり顕地功瞟を称えるこずすべき存圚ずなり、䞍幞を匷調するこずはできなかったため、死者の顕地、぀たり珟䞖の組織に力点が眮かれるようになる。
     肖像写真の初出は明治幎の死者であるが、その次に珟れるのは倧正期で以降次第に増加する。初期は日垞の写真を匕き䌞ばしたもので、随分埌に瀌装ずなる。
     昭和幎代たでは擊筆画が倧郚分をしめ、死者の倚くが子どもから䞭幎たでの倭逝した人々であるが、倩寿を党うした者も散芋されるようになる。昭和幎以降は軍服姿の遺圱写真が増加し、昭和幎代以降になるず奉玍される死者のほずんどが還暊を超え、倭逝者の写真が少なくなる。絵額の䌝統から䞀぀の額に耇数の死者の写真を䞊べるものもある。

     明治期たでの絵額ず肖像画や写真の遺圱の決定的な差異は、遺圱が生前の珟身であるこずからも、死者のむメヌゞが来䞖でなく生前の姿に倉化したこずだ。絵額では死者を死埌の䞖界の時間に䜍眮づけおいたが、遺圱では過去の生前の蚘憶ずいう珟䞖に倉化した。昭和幎代たでの倭逝者の䞭に老人の遺圱が増えるのは、顕地の芖点が加味されたためである。昭和幎代以降は倭逝死者が医療の発展によっお枛少する䞀方、埀生し瀟䌚的に貢献した人に察する顕地装眮ず捉えられるようになり、高䜍戒名が増加した。䞀方で写真は生前の蚘憶ず盎結するため、顕地のみならず远慕を深めるために有効ずなった。぀たり死者はいた、ここにいる。

    ヌ感想
     このたずめにはカットしたけど原兞には214点に及ぶ絵額、肖像、写真に぀いおの皮別や性別、幎代、服装等が蚘茉されおいお、資料ずしお興味深い。
     内容は前埌しおいるずころも倚いが、簡単に蚀えば死者を祀る絵が珟圚の遺圱に倉化した背景ず意味を探る詊みだ。来䞖の幞犏ぞの祈りが珟䞖での顕地に倉化したずいうのは文化的にずおも興味深いずころだが、おそらく科孊の進展によっお来䞖が芋えづらくなったのず、あず時間の感芚認識の倉化によるものだず思う。時間にずっお『先のこず』がい぀を指すかは近代以降倧きく倉遷しおいる。今の人間にずっお先のこずずは将来のこずだが、昔の人間にずっお先のこずずは昔のこずだ。先の倧戊ずか先の戊ずかいう蚀い回しは少し前たで䜿われおいたし、珟圚も先月や先週ずいう蚀葉に残る。先ずいう蚀葉は珟圚から少々距離がある時間の地点を指すのだろう。

     ずころで愚者は経隓に孊び賢者は歎史に孊ぶずいう蚀葉がある。ようはこの孊ぶずいう方向の倉化が起きおいる。昔は䞖界の原理の解明䞀般化が進んでおらず高床な挔算凊理に基づく未来予枬はできなかった。だから未来を予枬するためには珟圚に続く過去を振り返っお先人の教えや類䌌の事象を叀曞などから発掘したわけだ。ずころが珟圚では科孊技術や統蚈孊なんかの進展によっお個別事䟋をいちいち玐解くこずもなく、぀たり埌ろを振り返るこずなく未来の方を向いたたた未来を蚈算するこずができるようになった。
     ずころで来䞖ずはある意味異䞖界ず呌べるけれど、未来にはない。そこで生者ず死者ずは䞊行䞖界的に違うルヌトの䞖界を歩むこずになる。埌ろを向いおいた時代はその先を芋れば先祖がいるわけで、そこに合流するこずが䟛逊ずかいう単語に繋がったけれど、珟圚ず未来を芋るようになるず、結果的に過去、぀たり先祖をみるこずがなくなる。人の目は倧抵䞀方向しか芋えない。だから死者の匔いずいうよりは顕地のために死埌珟圚を讃えるようになった。最近は墓じたいずか簡単な葬儀が流行っおいるけれど、これは信仰や経枈的理由ずいうよりは、過去を芋なくなったからじゃないかなず思っおいるのだけれど、僕は民俗孊者じゃないのでよくわからない。
     ずころで東北で絵銬ずいうず山圢のムサカリ絵銬のむメヌゞだが、ムサカリ絵銬の珟存資料の最叀は江戞末くらいだから、この項目を読んで改めおみるず倭逝した男子䞍幞に来䞖での暮らしにきちんずした家族を残したいずいう感芚ず近䌌しおいるのかなず思った。

    『明治・倧正期における軜犯眪の制床的倉化ず瀟䌚管理の匷化』に぀いお

    ヌたずめ
     明治・倧正の軜犯眪を察象ずしお法芏制や譊察の瀟䌚管理の倉化ず犯眪件数の関係に぀いお調査した結果、殺人や傷害等の重い眪は戊埌の貧困や瀟䌚混乱があっおも怜挙件数にさしお圱響はなく、時代の䟡倀芳のや法䜓系の倉化によっお範囲が異なる軜犯眪の増枛が芋られた。

     近䞖たで原因䞍明の犯眪を神隠しや狐憑きず説明するこずで個人責任の远及を免れ、特に粟神障害は狐憑きずされ犯眪を犯す者ず認識されなかった。近代以降は刑法によっお犯眪の原因を個人の性栌等に求められ、「犯眪者」ずいう人間が発芋された。
     粟神科医は明治30幎以降『狂気』ず犯眪を同䞀芖し、粟神障害者を粟神病院に収容し瀟䌚防衛をしなければならないず叫んだ。埓来の民俗孊は『民俗』を近代化に䌎い消滅するものず䜍眮付け『終わった問題化』しようずするが、柳田民俗孊は民俗は珟圚の瀟䌚問題を解決するために必芁な知識であるずし、䌝統を根拠に郜合の良く正圓化しようずする䞖論圢成を歎史的倉化実䜓を瀺すこずによっお吊定し、各地方の史実を正しく孊ぶこずによっお瀟䌚問題の原因を远究する。

     新たな瀟䌚芏範や法埋を䜜る際、政治家や官僚、マスメディアが必芁性を創出する。圌らは日本垝囜統蚈幎鑑や内務省統蚈報告等のデヌタで裏付けを䜜る。本皿は正しく犯眪実䜓を怜蚎するために圓該デヌタを参照する。察象は明治・倧正の日本であり、重芖するのは軜犯眪に関する法制化ず犯眪感の倉化である。
     開囜埌、倖囜人から奜奇の目で芋られた日本的な肌を芋せる等の旧習は為政者にずっお文明化の遅れを象城するもので、悪ずしお排陀すべきものだった。しかしこれらを取り締たるこずを目的ずするずいわれる軜犯眪法の前身である東京郜違匏詿違篠䟋以䞋「本条䟋」ずいう。の眪目远加には野蛮な行為を取り締たるための条文列挙が意図的に回避され、法制課ず瀟䌚管理匷化をすすめる教郚省のせめぎあいで、特に問題ずされた項目に限られた。
     本条䟋は時代の倉化に䌎う新埋綱領様々な法什を適甚できない近代化によっお生じた新たな問題や公衆迷惑、個人トラブルに察凊する雑倚な法埋である。雑倚なために犯眪ず非犯眪の境界がわかりにくく、犯眪ず知らず逮捕されるものも倚く、人々は本条䟋を口実ずしお逮捕されるこずを恐れた。地方に適甚される際にはその状況にあわせお加陀され、村萜生掻の生きる芏範をそのたた継承したものずいえる。1881幎に怜挙者が増えた原因は束方デフレによる米䟡䞋萜のあおりを受けお貧民が無断で山林䌐採を行ったこずが原因だ。

     1880幎に本条䟋は刑法に組み蟌たれた、刑法の犯眪枠組みの拡倧ずずもに行政的な色圩を垯びる代わりに刑法党䜓は埓来より刑眰が軜くなった。刑法は被害者のない行政的な事件も察象ずし、博打や神仏ぞの䞍敬を含む被害者のない事件の囚人は党䜓の25を占め、庁府県定芏則違反を含めるず50に達する。眪目が増加しお取締察象が拡倧したこずは、譊察の管理䜓制の匷化に぀ながる。譊察ず叞法による瀟䌚管理の匷化が進められ、譊察眲が急増し、䞀譊察眲あたりの管蜄人口は1882幎の24995人から1891幎の3135人に急枛した。
     その結果怜挙者が増え、犯眪者数は1880幎代䞭頃以降急増した䞀方で殺人眪の怜挙者数が倧幅に枛ったこずから、日本は急速に安党な瀟䌚ぞず倉貌したこずがわかる。
     1885幎の違譊眪怜挙者䞊意は健康保護及び䌝染病予防芏則違反衛生、売淫、違法営業工商、酩酊等のモラル違反は枛り、浮浪者による埘埊、むンフラ䞍敎備による道路劚害が急増しおいる。重い眪が枛ったこずは庶民のモラル改善ずしお刑法改定ず譊察の瀟䌚統制によるものず評䟡できるが、生掻困窮者の怜挙を増やし、圓該怜挙数増加により、違譊眪は瀟䌚芏範ずしお浞透しおいく。

     違譊眪目制定ず同時に違譊眪即決䟋が定められ、譊察は裁刀に寄らず自ら刑を科せるようになった。被告人の裁刀暩を著しく損なわれ、䞍圓逮捕の実䜓の隠ぺいも容易ずなった。同時期に犯眪者総数が増加したが、瀟䌚が荒れたのではなく即決䟋の利甚が増えたためである。
     即決䟋における裁刀に移行するための日以内の異議申し立おは垂民には困難であり、譊察の蚀い分をそのたた認める悪法ずなる。特に「公然ず人を眵倒嘲笑する眪」のように物蚌がなく非犯眪ずの境界も曖昧で、庶民の譊察ぞの䞍信感は高たった。1909幎は即決䟋の乱甚が問題芖され、垝囜䌚議で違譊眪は割が䞍圓逮捕であるずいう意芋が出された。別件逮捕ぞの利甚も暪行しおいた。
     1880幎の刑法は刑名を眪の軜重ず行為の皮類で区分し、裁刀所があたり裁量を持たず、譊察に怜挙された時点で被告人の眪状ず刑眰の軜重が決たった。1907幎の刑法では違譊眪が廃止・刑法に統合され、それたで違譊眪で凊眰された軜い暎力暎行も裁刀を受けるこずになった。刑法で裁かれる察象の倉化を意味し、実態の倉化がないたた刑法による怜挙数ず重い犯眪の皮類を増加させた。この結果、傷害眪が急増した。統蚈䞊件数は倉わらずずも凶悪化を瀺すものずしおメディアに利甚されるこずもある。刑法改正以前は喧嘩は江戞の華ずしお愛嬌をもっお迎えられおいたが、厳眰化により瀟䌚の芋方が倉わったずも考えられる。即決䟋自䜓は残ったため、譊察の暩限も瞮小されなかった。
     1906幎以降に傷害が増加するのは日露戊争埌の瀟䌚混乱によるもので、1909幎以降の急増は圓該刑法改正を原因ずする。

     刑法改正ずずもに違譊眪はなくなったが、乱甚犁止の通達ずずもに即決䟋は残った。1910幎から1913幎たでは䞀応おずなしくしお即決事件は枛っおいるがその埌倍増し、本来軜犯眪ぞの刑眰の蚀い枡しを簡略化する目的だった即決䟋が適甚範囲を違譊眪から特別法や庁府県什ぞず拡倧し、たすたす乱甚されるようになった。
     1916幎から1919幎に物䟡は2.2倍に増加し、この間怜挙者が66000人増加した。殺人・傷害は暪ばいであるが窃盗や賭博が増加しおおり、この時期の怜挙者増加分の7割以䞊に達する。第䞀次倧戊は重化孊工業化を進展させ、蟲村から郜垂郚ぞの移䜏者を倧量発生させたが、仕事にあぶれたものが賭博を数少ない嚯楜ずした。戊埌の譊察は経枈困窮した人々を怜挙しお隔離する圹目を担っおいた。圓該時期の怜挙者の増加は退廃や倖来思想の圱響ではなく、物䟡䞊昇による経枈困難ずこれを瀟䌚的に隠ぺいする譊察の管理䜓制にある。1919幎から1921幎にかけお怜挙者が激枛したのは、1922幎以降に増加に転じるのは劎働争議の増加ず沈静化による。
     このように統蚈デヌタを䞀芋すれば、明治埌期から倧正にかけお犯眪が倚発したように芋える珟象の䞭身も違っお芋え、問題は犯眪の原因を個人に求め、それらを管理する䜓制にあった。

     本条䟋はこれたで倖囜から芋た野蛮行為を犁止するものず考えられおきたが、実態は新法を適甚できない新たな諞問題等に察応するための雑倚な法埋であり、雑倚ゆえに䞀般から犯眪か吊かの境界が䞍明確であるため故意ではない事件で逮捕されるこずもしばしばあり、庶民は逮捕の危険性ず譊察ぞの䞍信を抱いた。
     第䞀次倧戊埌は物䟡䞊昇によっお実質賃金が䜎䞋したため、窃盗や賭博の怜挙者が急増したが、殺人等の銃犯眪やモラルに関する軜犯眪は増えなかったこずからも、経枈困難や倱業によっお窃盗や賭博が増えおもこれによっお瀟䌚党䜓の凶悪化やモラルの䜎䞋が進行するわけではない。

    ヌ感想
     これ話が行ったり来たりしおるのを無理やりたずめたので、ちょっず倉な感じになっおおごめんなさい。
     そもそもこれはパッず芋の統蚈結果が実は実態を反映しおいないずいう統蚈の誀謬的な話だけれど、ある皋床の刑法の知識がないず意味が半分くらいしか理解できない気はする。
     近代刑法の倧原則は眪刑法定䞻矩であり、眪は法埋で明らかでなくおはならないずいうものだ。だからそもそも、この眪に圓たるかどうかが曖昧ずいう珟象自䜓が刑法系の法兞ずしお欠陥がある。ここにも曞かれおいるけれど、譊察のさじ加枛で捕たるようでは近代法治囜家ずはいえない。しかしそれは建前で、実際はごく最近たで違譊眪がなくなっおも別件逮捕が暪行しおいた珟実はあるし、今は䞀定以䞊の犯眪が党件録画になっお取締りの可芖化がされおいるけれど、実際に党おの取締り画像をチェックする人的リ゜ヌスがあるかずいうず悩たしいずころ。
     さお、確かに僕も倧正時代は犯眪率が増加しおいるずいうむメヌゞはあった。賭博ず窃盗の増加が瀟䌚モラルの䜎䞋に぀ながらないず蚀い切る論にはいささか同調しきれはしないけれど、江戞川乱歩あたりが䜜出した猟奇殺人の枩床みたいなむメヌゞは実䜓ず乖離するらしい。異垞殺人が増加したかどうかに぀いおは、この論の冒頭に觊れられおいたように、江戞時代ず西欧化した明治では凊眰感情ずいうものはそもそも倧きく異なる気がする。この論はあくたでも明治から倧正にかけおのスポット的なもので、その前の江戞時代ずは文化的に倧きな倉転があるので、その蟺は気になるずころ。

    たずめ

     党䜓的に、各論的にはずおも面癜かった。他の郚分も読んでみたい。さすが歎博感はある。僕はこの界隈の論文の曞き方に぀いおは寡聞にしお存じないずころが倚いのだけれど、どうも論旚重耇が倚い気がしお、でもたあ論文だからそんなものかず思い぀぀、肝心の論点が䞀郚よくわからないずころがあるのが残念だった。ずころで映画の芖芚の話は民俗孊ずは関係ない気がするんだけど、どうなんだ。
     小説に䜿えるかずいうず、抂念ずしおは䜿える郚分はそれなりにはあるものの、これを小説にわかりやすく䜿うのはなかなか悩たしい感じ。

    結び

     たずめのたずめなので、ちょっず短くする方法に倱敗した。かずいっお結論だけ玹介しおも必芁なのはその結果を導いたものが䜕か、なので、なかなか悩たしいな。たずめの仕方は䞀考の䜙地がある、ずおも。
     次回は桑原隲蔵『䞭囜の考道』です。
     ではたた明日 倚分

    リク゚スト䌁画

     蔵曞が6000冊に達したので、読む本を冊たでリク゚スト受け付けたす。残り4冊分。↓にDBの短瞮URLをおいおいるので、リク゚ストがあればこちらからご連絡ください。

    ★䌌たテヌマの本
    䞁床いいのが党然ないので、投げやりに柳田囜男。

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    こんにちは。小説や絵をかいおいたす。 䌁画参加するずきだけ突発的に来たす。基本的にいたせん。 アンダルシュノベルズより『恒久の月』発刊䞭。 https://tempp-kz.github.io/tempp/

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