
ビジュが良いそんな私を愛していたいし好きでい続けたい
可愛いって正義であってお守りのようなものだと私は思う。
嫌なことがあっても今日のメイクが上手くいって可愛い自分の顔が鏡に映るたび
(まあいっか!今日私可愛いし)
という気分で過ごせる気がするのです。
可愛いくなることって誰かのためにってよく使われる言葉ですが
(例えば、彼氏のためにとか、男に好かれるメイクとか)
私はああいう媚びるフレーズが苦手で、どうしても他人の為に自分を可愛くすることが嫌だった。私の顔で私の為に可愛くしていたいのに、どうして受けが悪いだとか言われなきゃいけないのだろうと20代の頃はよく考えていました。今では派手髪も可愛いとされる時代になりましたが、私の20代の時代は派手髪は奇抜とされていたし、今でいうサブカルファッションも奇抜だと言われ冷笑とされたり、悪目立ちすることが多かったように思います。
「せっかく可愛いんだから可愛いメイクしなよ」
「そんな変な服着てないで女の子なんだからワンピースやスカートとかにしなよ」
「そんな派手な髪色で個性なんか出す必要ある?」
言われるたびに言い返す気力もどんどんすり減っていって半年くらいは大人しく地味な茶髪とナチュラルメイクをするようになり、服装もシンプルなものを選ぶようになりました。
その期間中の私は自分を全然好きになれなくてお洒落すら楽しくなくなってしまいました。
どこかのタイミングでその不満が爆発した瞬間、反動で地味な茶髪から派手な緑のヘアカラーを買い自分で染め直し、服装も好きなものを着るようになりました。ピアスも開けて増やし、メイクも派手な色で自分好みの顔に仕立てて鏡を見た瞬間、ようやく深呼吸して酸素が吸えた心地がしたような気がしました。
他人の為に可愛いを纏うことは私に合っていなかったんだと思います。
私にとっての可愛いは私という人間が構築してきた価値観から生まれた可愛いのであって万人受けや媚びを売るための道具にすること自体が気持ちが悪かった。
私にとっての可愛い私をずっと愛し続けていたいし
可愛い私のことを好きなのは他人ではなく一番は私でいたい
だって、他人が言う可愛いほど曖昧で不明瞭で流行りに流されやすいものに憑りつかれている必要なんてないと思うのです。
私が流行りで私が一番かわいいって私だけが思って
そんな私を私だけがずっとずっと愛していたい
それだけで一日を乗り切れるし
寂しさや孤独なんて小さく思えると感じるのです。