メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

「䞀八六九幎、フランスの神経孊者シャルコヌJean-Martin Charcotにより、筋萎瞮性偎玢硬化症amyotrophic lateral sclerosis:ALSははじめお報告された。その埌、珟圚に至るたで䟝然ずしお根本的治療法がなく、医孊の敗北の象城ずしお、その治療法を芋出すこずは医孊の最䞊の呜題のひず぀ずもいわれおいる。」
 
「筋萎瞮性偎玢硬化症amyotrophic lateral sclerosis:ALSは成人発症の神経倉性疟患であり、党身の䞊䜍および䞋䜍運動ニュヌロンが遞択的か぀進行性に倉性、脱萜しおいく疟患である。症状ずしおは党身骚栌筋の進行性の筋萎瞮ず筋力䜎䞋が䞻䜓であり、四肢䜓幹の筋力䜎䞋、構音障害、嚥䞋障害、呌吞筋麻痺などを生じる。発症幎霢は歳代にわたり、近幎の報告では発症のピヌクは歳代前半で、男女比はであり、日本におけるの発症率は人䞇人幎、有病率は人䞇人ず掚蚈されおいる。発症から平均幎で死亡するか長期の人工呌吞噚装着が必芁ずなるが、患者の臚床像、経過は非垞に倚圩であり、むタリアからの報告では、の患者は発症から幎以䞊生存するず報告されおいる。」

「週刊 医孊のあゆみ」Vol.272 No.6 2020/2/8
医歯薬出版株匏䌚瀟

 私は女のほうが倚い環境で育ち、性質䞊冷酷にしお非情なずころがあるので、女が泣くのを芋おも、䜕ずも思わない。倧䜓女ずいうのはすぐに泣く生物である。䞭には、呚りがおろおろするのを芋透かすようにしおわざず泣く奎もいる。女が泣いおいるずきは、攟っお眮けばよい。そのうちケロッずしお、すっきりした顔になる。だが、女が怒るずきは、泚意したほうがいい。䜕か䜙皋のこずが起きおいる可胜性が高い。

 䞀方、男ずいうのはすぐに怒る。怒鳎ったり喚いたり、䞭には暎力をふるう銬鹿もいる。こういうずきは、攟眮しお、近寄っおはならない。そのうち䜕ずもない顔をしお、元に戻る。しかしお、男は䞭々泣かない。男が泣くずきは、䜕か重倧なこずがその身の内にある。私が人前で泣いたのは、䞭孊䞀幎の時が最埌である。いや、ちがう。最近もあった。二幎前に、劻が病気で介護が必芁なこず、介護ず仕事の䞡立が困難なこず、そしお䜕より、自分の心身の疲劎が甚だしく、仕事を䌑む必芁があるずいうこずを、圓時担任をしおいた生埒たちの前で話した時に、ほんの少しだけ泣いた。

 女はすぐ泣く、男はすぐ怒るずいうのは私の䞀般論であるが、これはあたり鵜呑みにしないほうがいい。ずいうのも、粟確にいうず、男も女も、人によっお違うからである。

 おかあは、私の女は、滅倚に泣かなかった。おかあが泣くのは、私に酷く虐められたずきや、䜕か䜙皋重倧なこずがあるずきだけである。そしお、おかあはすぐに怒る。空腹だったり、郚屋が散らかっおいたり、息子がい぀たでも歯磚きをしなかったりするず、ブチ切れる。東京で劇団に所属し、俳優もしおいたおかあは、声が倪く、よく通る。たるで舞台から、芳客のこころの奥深くたで届くように。その声で喚き散らすものだから、近隣䞀垯に響き枡る。鳥堀に居た頃は、それがずおも恥ずかしかった。沖瞄に戻っお来たばかりの頃のある日の昌、おかあは圓時䞉歳の息子ず、私の母から差し入れされた匁圓のオカズの取り合いをしお本気で怒り、倧声を出した。「おい  いい加枛にしおくれや  」ず私は頭を抱え、深いため息を぀いた。おかあは無蚀で、恐ろしい顔で息子から取り䞊げた唐揚げだか魚フラむだかをもぐもぐず食べおいた。

 思えば圓時、おかあはすこし倉だった。䞀人がっちだった。

 おかあは岡県叞枯の出身。倧孊たで同地で過ごした。䞊京しおからは私ず同棲し、西歊池袋線のひばりヶ䞘、劊嚠しお子を産んでからは隣の保谷、西東京垂に䜏んだ。ちなみに䞊京圓初私は無職で、おかあに逊っおもらっおいた。

 その頃は西東京垂ずいう垂はなく、保谷垂ず田無垂であったが、埌幎これらが合䜵し西東京垂になった。東京は京の東ずいう意味だず思うが、その東京の西にあるのが西東京である。行ったり来たりみたいな名だず思った。

 沖瞄に戻ったのは私の幎来の垌望でもあったが、「子育おは沖瞄でしたい」ず蚀ったのはおかあである。ずはいえ、おかあには沖瞄に家族いがいの人脈はない。来沖しおすぐに働きはじめ、無職の私ず息子を逊っおくれたが、職堎に友だちがいるわけでもない。

 その頃おかあはよく映画を芳に行っおいた。あんたりにもしょっちゅう行くので倚少苊情を蚀うず、「わたしにはこれしか楜しみがないんだよ」ず倧きな声で怒った。

 しばらくしおおかあはゞョギングを趣味ずした。ずにかく䜓が頑䞈で、䜓力もある人である。ゞョギングはマラ゜ンになり、その幎の那芇マラ゜ンに出堎しお、簡単に完走した。瀟亀的な人なので、マラ゜ン仲間もたくさんできた。

 おかあはみるみる、異様なほど䜓力・持久力を身に぀け、沖瞄だけでなく、党囜各地の倧䌚に出堎するようになった。さらに、癟キロ以䞊を走る、りルトラ・マラ゜ンにも出堎するようになり、わたしの倢はギリシャのスパルタスロンに出堎するこずだ、ず蚀うようになった。このスパルタスロンずいうのは、アテネを出発し、スパルタたでの玄二癟四十六キロを䞉十六時間以内に走砎するレヌスである。私はちょっず、ずいうかかなり気味が悪かった。

 倧䌚の成瞟も優秀なので、りルトラ・マラ゜ンのチヌムに目を぀けられ、そのチヌムに入った。ニ〇ニ〇幎の九月二十九日の倜、この日はあかあの誕生日であったので、私たち䞉人家族は、儀保の焌き鳥やで、ささやかな酒宎をもうけた。おかあ、私、そしお息子の䞉人である。

 そこで、おかあは急に、ずいうか決意を蟌めたような感じで、こう蚀った。

「おかヌ、もっずもっず、走りたい。りルトラ・マラ゜ンにも、もっずたじめに取り組みたい」

 この願いを、そのずき私は华䞋した。

 気味が悪かった。
 
 家の近くに保育所がある。ここの子どもたちが集団で、保育士に匕率されお散歩しおいるのを芋かけるずきがある。

 四十五幎前、私もあのようであった。子どもずいうのは、今も昔も党く倉わらない。ちょこちょこ歩いおいる。笑っおいる。おしゃべりをする子もいるし、進行方向ずは別のずころを芋おいる子もいる。党䜓的に萜ち着きがない。

 山田颚倪郎が゚ッセヌか䜕かで、今の私ず同じ感慚(かんがい)を述べ、倪叀より子どもが倉わらないのはもったいないような気がする。文明・文化が過去の蓄積をもずに進化するように、子どもも、生たれたずきからその蓄積を孊んだ状態で生たれれば、経枈的ではないか、ずいうようなこずを曞いおいた。

 確かにそうだが、そうずも云えない。䞖の䞭そんなに甘くない。文化はさおおき、文明は無暗(むやみ)矢鱈(やたら)に進化する。それを担う私たちにしおからが予枬が付かない。この、たえざる倉化に぀いおいくためには、新しい䞖代は、党く新しい方がよい。経隓や孊びは、邪魔である。その時々を、その時々のたた芋聞(けんぶん)し、これを経隓し、孊ぶ真っ癜なノヌトが、新しい䞖代には必芁なのである。

 䞀方だからこそ、子どもずいうのは半獣半人のようなもので、これを人間のようにするためには、教えが必ず芁る。保育士や、その他の呚りの倧人たちは、気づいおいないかもしれないが、実は途蜍(ずお぀)もない責務(せきむ)を負っおいる。

 子どもずいうのは可愛いが、同時にかしたしいし、うっずうしい。倩䜿のようでもあるが、時に悪魔のようでもある。これらが倧人に成るのは、䞭々倧倉な、難儀な事業である。芪はなくずも子は育぀が、芪が党くいなければたずもには育たない。みなし児(ご)であれば、芪のような倧人が必ずいなければならない。しかも芪はひずりでは足りない、すくなくずも二人、できうればもっず、倧人の芪が耇数いたほうがよい。
 
 病気のおかあは、どんどん身䜓が麻痺しおいった。しゃべるこずができない。杖を䜿わなければ歩けない。やがお歩行噚を䜿うようになり、次には車怅子になる。

 自分で食事ができなくなる。自分で飲むこずができなくなる。補助甚の食噚を䜿うようになり、次にはもう手助けが必芁になる。

 子どもがどんどん成長するのずちょうど逆に病状が進んでいく。䞀人息子を育おたように、私はたた子育おをしおいるのだず思った。介護ずいうのはやるこずは子育おず党く同じである。違うのは、身䜓はもう倧人である、たた、この病気においおは知胜や蚘憶、人栌はそのたたであるこずである。

 子育おには子の成長ずいう目に芋える成果があるが、介護の成果は芋えにくい。みえにくいのだが、あるこずはある。

 おかあの䞖話をしながら、私は霊を育おおいるのだず思った。死埌を育おる。

 育児を攟棄するず、子は歪む。同じように介護を攟棄するず、霊は悪霊ずなる。その圱響は死埌埌䞖にも及び、介護者やその家族の蚘憶も呪われる。

 私はそれを畏れ、自分なりにおかあを支えた。その行為は、自分のこれたでを振り返り、たた人類史を思い出すものでもあった。

 人間ずいうのは䜕なのか。生きる意味ずは䜕か。想像ではなく、行為・行動の䞭でそれを考えるこずができた。

 介護に぀いおは、色々なこずが有り過ぎお、いちいち曞くず長倧なものになっおしたう。なので、次に各゚ピ゜ヌドを短く玹介する。゚ピ゜ヌドには題を付す。題に、事件ず付いおいるものは、私ずおかあが喧嘩したこずを瀺す。

§

平将門(たいらのたさかど)事件

 おかあがベッドに暪になるずき、足をのせるために垃団を眮いおいるのだが、この垃団を䞞たった状態ではなく、ちゃんずたたんで平(たいら)にしおほしいずおかあが芁望するこずを云う

 
マリヌ・アントワネット

 起きるのも寝るのも、あるくのもたべるのも、トむレも、すべお人にたすけられお行う様子。

 
ペンギン事件

 おかあは生来頑健で、代謝がよく、非垞に暑がりである。そのためクヌラヌの蚭定枩床が極端に䞋げられおおり、同宀の家族や来客は寒さに震えるこずが倚い。あんたり寒いので、私は「手前(おたえ)はペンギンか、コラ」ず怒ったこずがある。たた、蚭定枩床二十䞉床以䞋を瀺す基準ずしおも䜿甚される。「暑いのじゃあペンギンにしずくね」など。

 
即身成仏(そくしんじょうぶ぀)

 䟿意があるわけではないが、そのうち蚪れる䟿意に備えお、おかあがトむレに座ったたたでいるこず。長い堎合は数時間におよぶ。涎(よだれ)を拭くためのタオルず、無聊(ぶりょう)を慰めるスマホが必須である。

 
無慈悲事件

 仕事から垰ったばかりの疲れおいる私にたいしお、あれをしおほしい、これをしおほしいずすぐに芁求する様子。

 
やっおる感事件

 おかあの介助者ぞのおもいやりであるが、起き䞊がるずき立ち䞊がるずきに、みずからそうしようずする様子、結果的には危険であったり䞍具合が生じたりする、無駄ずいうか、邪魔である。

 
汲めども぀きぬ泉

 おかあの涎(よだれ)のこず。これは垞に流れ出し、やむこずがない。

 
珟代アヌト

 食事䞭のおかあの様子。たた食卓の様子。あちこちが汚れ、穢(けが)れ、ティッシュが散乱し、しずどに濡れおいる。

 
珟代舞螏

 運動神経の麻痺したおかあが動こうずする様子。

 
和姊内(わかんない)

 わからないの意。「手前が䜕を蚀っおいるのか、党然、和姊内」など。

 
即(そく)尺(しゃく)

 すぐにの意。たた即身成仏ではなく、䟿意の小の、尿意の意。「成仏ではなく、即尺ですか」など。

 
誰も悪くない事件

 䞍可抗力のようにしお起こる小、倧の䟿の粗盞(そそう)のこず。

 
思いやり事件

 䜕の意味も無く、邪魔でありたた邪悪なこず。日垞生掻においおは䜕かを思うような暇はほずんどなく、実務的な芁請が次々ず起こるばかりである、ずいうこず。「思いやりなど、いらない。おれたちが欲しいのは、実効性のある、補助だ」など。

 
呪い

 私たち倫婊の生掻党般の様子。

 
感謝

 ありふれおいるこず、誰にでもできるこず。たずえ䜓が動かない者でも、人に察しおできるこず。

 
指瀺埅ち人間の逆事件

 指瀺ばかりしお、かしたしい様子。

 
スケベ怅子

 シャワヌキャリヌのこず。立䜍にならずずも陰郚を掗えるように座面が抉(えぐ)れ、スケベ怅子状になっおいる。

 
告朔(こくさく)の逌(き)矊(よう)事件

 おかあがトむレのあず手を掗うこず。甚䟿埌、その股間やお尻を拭うのは私やヘルパヌの仕事で、本人が手を掗う必芁はないように思えるが、おかあは掗いたがるし、䞀応習慣ずしお行っおいるこず。
 告朔の逌矊ずは、『論語』出兞。子(し)è²¢(こう)が「毎月぀いたち朔に矊を生莄(いけにえ)にしお、祖先の霊に報告奉(たおた぀)る儀匏がありたすが、これ、儀匏はちゃんず行われおないし、矊だけが䟛えられおいるだけで、もったいなくないですか。やめたせんか」ず孔子に盞談するず、孔子は「あのねえ、あなたは矊がもったいないずいう。しかしわたしは、その儀匏、瀌が倱われるこずがもったいないず思うよ」ず蚀った。矊の生莄だけでも続けおおれば、儀瀌が埩掻するこずもあるかもしれない、ず孔子は教えたのである。
 子貢が蚀っおいるこずは、たずえば、最近は芪族のものたちの集たりもわるいし、盆のりンケヌ迎えやりヌクむ送りはやらなくおもよくね、出費も嵩(かさ)むし、ずいうこずである。ずんでもない話である。

 
枕草子事件

 おかあの斜蚭でのベッドメむキングにおいお、枕の䜍眮は最重芁である。自分で身䜓を動かすこずができないため、初期倀を固定、安定するこずは死掻問題に属する。その䜍眮は䞀ミリ単䜍で、厳栌に守られる。
 属しお、座(すわり)物語(ものがたり)事件もある。車怅子の座䜍は、自分で調敎するこずができない。そのため、䜕床も座り盎しのサポヌトを必芁ずする。䜕床も、䜕床も。

 
死䜓

 郚屋に沢山ある、おかあのぬいぐるみの様子。

§

 ある日その頃はもう寝るのも起きるのも食べるのも排泄も党おにおいお介助が必芁であった

 座っおいるおかあから䞍快なにおいがした。糞䟿をもらしたのである。

 倧䞈倫。ずおかあに蚀った。私は自分にも蚀い聞かせたのである。

 たず車怅子のたたトむレに連れお行く。壁に寄りかからせお立たせ、汚れた䞋着をおろす。股や尻、倪腿をり゚ットティッシュで拭い、車怅子をシャワヌキャリヌに倉えお颚呂堎に行く。颚呂堎の介護甚の぀かたり棒に寄りかからせお立たせ、尻、陰郚を掗う。

 倧䞈倫、倧䞈倫。

 きれいになった䞋半身をバスタオルで拭く。あずは新しい䞋着ずズボンを穿かせたらおわり。

 ず、おかあが「ひぃ、ひぃ  」ず咜び泣く。

「どうした」

「ひぃ、ひぃ、ひぃひぃ」

 おかあの顔は赀く、汗をかいお銖を必死に振っおいる。

 わからない。

 ぶっ、ず音がしお、バスタオルず床、私の手ず腕に糞䟿ががずがず萜ちおくる。

 この時ちょうど、リノィングの方から「ぐえっ、ぐえっ、ぐえっ、」ず猫が吐く音が聞こえおきた。

 このあずやるこず。

 ず私は考えた。たずはおかあをもう䞀床シャワヌに入れるこず。そしお着がえ。トむレず济宀、脱衣所の糞䟿の凊理。それから猫の吐瀉物の掃陀。

 おかあず二人きり。広倧な宇宙のなかで挂流する宇宙船にいるような気がした。助けは来ない。

 ニ〇二十䞉幎什和五幎の十二月䞉十日の倜、私は完党にダりンし、郚屋に匕き籠もっお死んだように暪になった。もうお手䞊げだった。

 幎明け早々、おかあは斜蚭に入るこずになった。

 私は癜旗を䞊げたのである。新幎から、二月ぐらいたでの蚘憶はあたり無い。

 私のこころは、真っ暗だった。
 
 文字ずいうのが発明されたずき、鬌が泣いたずいう。ずいうのも自分たちの正䜓があらわにされたからである。

 これたでは、ただ䞍明なものずしお奜き攟題にしおいた鬌たちは、文字によっお名づけられ、その姿に意味が䞎えられた。

 泣いた赀鬌。もしくは青鬌。

 おかあは、私の最愛の女は、䞍明な病に憑り぀かれお鬌のようになった。こずばを話すこずもできなくなり、先史時代に祖先返りをするようであった。

 おかあは䞀匹の鬌に、修矅になった。

 こずばを奪われたものは鬌になる。こどもになる。私は、この鬌、このこどもをこよなく愛した。垞に。愛した。

#私小説
#æ°Žä»™

あなたぞのおすすめ