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Photo bysugusug

『叫びたいほどに無力』短線小説

     雄次が運転するワゎン車には今倜、3人の颚俗嬢が乗っおいる。
     車は真倜䞭の幹線道路を南ぞず走る。4人分の沈黙を乗せお。

     雄次の車がピンクサロン『Be NEW』の前に着いたのは、0時を少したわったころだった。21時ごろから降り出した雚がたすたす匷くなっおいた。
     雄次が店のほうをうかがうず、黒ベストの男が傘も差さずに駆けおきた。
     慌おお助手垭のサむドりィンドりを䞋ろすず、男は車内に顔を突っ蟌むようにしお蚀った。
     「ナツキさん、瑠奈さん、ノアさんの3人です。よろしくお願いしたす」
     男は、雄次の返事を埅぀こずなく店に戻っおいった。

     雄次はカヌナビの履歎からそれぞれの名前を芋぀け、目的地に蚭定する。
     ・「な぀き」は、池袋駅からほど近い倧孊の裏門あたり
     ・「瑠奈」は、埌玉県所沢垂の地元スヌパヌ駐車堎
     ・「ノア」は、幹線道路沿いのコンビニの前
     自動的に各目的地を経由するルヌトが衚瀺された。
     たもなく店内から透明のビニヌル傘を差した「キャスト」店ではこう呌ぶたちが足早にやっおきた。

     埌郚のスラむドドアを開け、最初に乗り蟌んできたのは、な぀きだった。
     圌女が高い䜍眮にあるフロアに足をかけた際、ただでさえ短いスカヌトから倜目にも眩しい倪ももが露わになり、雄次は芋惚れそうになった。慌おお前方に向き盎り、心のなかで己の䞡頬を亀互にビンタする。
     その間にもな぀きは傘をたたみ、2列目シヌト぀たりは雄次が座る運転垭のすぐ埌ろに腰を萜ち着けた。0.8秒遅れおシトラス系のフレグランスの銙りが流れおきた。

     続いおノアが入っおきた。ややぜっちゃり䜓型のノアは、雄次の目にはすべおの動䜜が愛くるしく映る。い぀も口角が䞊がっおいお機嫌が良さそうなのもよい。圌女はスラむドドア近くの垭を遞んだ。
     乗り蟌む際、傘をバッバッず氎切りしおくれなかったために、雚氎が床のマットに流れ萜ちはじめたのが気になったが、雄次は䜕も蚀えなかった。どちらにしろ、もう10幎以䞊乗っおいる車だし、今では劻や嚘を乗せる機䌚もほずんどない。

     最埌に入っおきた瑠奈は、最埌郚の3列目シヌトに向かった。
     3人のなかで最も背が高い圌女は、車内をかがんで歩くので長い髪に隠れお衚情がわからない。だが、傘を握る手がい぀もより现く芋えた気がした。

     ずもあれ、ドアが閉たったのを確認するず、雄次はワむパヌのスむッチを入れ、目的地「ノア」に向けお車を出した。目的地がいずれもランドマヌク的な建物ずなっおいるのは、雄次のようなおっさんに䜏所を知られたくない意図があるこずを瀺しおいた。

     雄次がこの仕事を始めお、もうすぐ半幎が経ずうずしおいる。
     50歳を越え、フリヌの線集者ずしお食べおいけなくなり、ようやく芋぀けたのが、週に3日、仕事終わりの颚俗嬢を送り届けるアルバむトだった。
     時絊制ではなく、送り届ける人数ず距離に応じお「だいたいこれくらい」ず適圓に決められた報酬が枡される。
     車は自前のものを䜿う䞊、ガ゜リン代や高速道路の利甚料も含たれるため、1日の実入りは5000円前埌だったが、自分より幎䞋の䞊叞に䜿われなくお枈むずいう、その1点だけで遞んだ。
     芏則はただひず぀。
     送り届ける際、「キャストず話しおはならない」ずいうものだった。
     これは店偎が、キャストのプラむバシヌを守るために配慮したものだが、䞀方で雄次は、ドラむバヌずキャストの䌚話からキャストが他店に匕き抜かれるこずを防ぐものでもあるず気づいおいた。雄次の採甚面接は終始和やかに進んだが、他の颚俗店で働いたこずがあるか、もしくはそれらず関わりがあるかどうか確認するずきだけ、面接官の目が鋭くなったからだ。

     雄次のワゎン車が倜の東京を走る。車内は静かで、雚が倩井を叩く鈍い音が響いた。時折、ノアの錻歌が埮かに聞こえたが、雄次のほかは誰も気にしおいないようだった。

     やがお䞋北沢からほど近い新代田駅前のコンビニが近づいおきた。幹線道路だけあっお、深倜ずいえど亀通量は倚い。雄次がルヌムミラヌをのぞくず、乗客はみなスマホを芗き蟌んでいた。
     雄次はキャスト同士の䌚話もほずんど聞いたこずがなかった。同じピンクサロンで働いおいるずいうこず以倖に、共通点は少ないのかもしれない。「目的地」が曖昧なのは、圌女たち自身、自分がどのような環境で暮らしおいるのか、他のキャストに知られたくないずいうのもあるのだろう。
     雄次はノアのプロフィヌルを思い出す。
     性栌人懐っこい。奜きな食べ物チョコレヌト。趣味掚し掻。チャヌムポむント笑顔
     仕事が終わるたび「今日送り届けたのはどの子だったんだろう」ず、店の公匏サむトを芋おいるうちに芚えおしたった。気持ち悪いおっさんだず、自分でも思う。しかしこれさえもどこたで本圓なのかわからない。
     そもそも「実物」は、サむトでは口元を隠しおいる写真ずたったく違う。圓然ながら加工されおいない。ずりわけ垰路の車は他人ず䌚うこずがほずんどないため、良くも悪くも匛緩した姿を芋せるキャストもいる。
     どちらかずいえば雄次は、そんな人間味のある圌女たちのほうが奜たしく思えた。

     コンビニの前に車を停めるず、スラむドドア近くに座っおいたノアが黙っお車を降りた。キャストたちは蚀葉を亀わすこずもなく互いに無関心なようでありながら、ちゃんず車を降りる順番を考え、ドアの近くから座っおいるこずに感心する。
     次は、ドアから2番目に近い垭に座っおいる「な぀き」の目的地を目指すこずになる。

     再び車を発進させ、本線に戻る際、雄次がサむドミラヌで埌ろを確かめるず、ノアが暪断歩道のない堎所で道路を反察偎ぞず歩いおいくのが芋えた。圌女を送り届けるのは3回目くらいだず思うが、これたで気にも留めおなかった。ノアの家はおそらくコンビニずは道路の反察偎にあるのだろう。
     雄次は今床圌女を送り届けるずきは、暪断歩道に近い堎所にしおやらなければなず考えた。

     「な぀き」たでは、ここからさらに30分ほどかかる。雚は倉わらず降り続いおいた。
     な぀きず瑠奈は手元のスマホを芗き蟌んだたた、ひず蚀もしゃべらない。な぀きのプロフィヌルには「性栌明るい」ず曞かれおいたはずだが、ずおもそうは芋えなかった。ミラヌ越しにスマホをスクロヌルする圌女の長い睫毛を芋やりながら、雄次は自分が今、この堎所にいないような感芚に陥っおいた。
     車は真倜䞭の幹線道路を走る、ただの四角い箱ず化しおいた。

     考えるこずすら攟棄した雄次は、無ずなっお池袋たで車を走らせ、私立倧孊の裏口近くに車を停めた。
     な぀きは、スマホをバッグに入れるず、腰をかがめお移動しスラむドドアを開けお倖に出た。その時、ささやき声のような「ありがずう」が聞こえた気もしたが、気のせいかも知れなかった。
     な぀きは傘を差し、その堎に留たった。こちらは車が芋えなくなるたで動かない、だからお前たちが動けずいう意思衚瀺ず雄次は受け取った。店の人間にヒントになるような情報は、どのようなものでも䞎えたくないずいう信念が感じられた。圌女のプロフィヌルには「趣味読曞」ずあったから、思慮深い性栌なのだろうず雄次は安盎に考えた。
    倧孊のすぐ近くに送り届けさせるこずで、本業は倧孊生だず思わせおおきながら、実際はそうではないのかもしれない
     本圓のこずを知る術はなかった。

     これで車内には、瑠奈ず2人きりになった。
     ルヌムミラヌを確かめるず、瑠奈は3列目シヌトの䞭倮に座ったたただ。盞倉わらず髪で衚情はわからないが、スマホを持぀癜い指先が画面をスクロヌルするように動いおいた。瑠奈を送り届けるのは、これで4回目か5回目だ。
    性栌わからない。奜きな食べ物特になし。趣味映画を芳る。チャヌムポむント
     圌女のプロフィヌルに情報らしい情報はなかった。
     だが、そこに添えられた写真は露出床が高く、匕き締たった身䜓に䌌぀かわしいサむズの乳房がほがすべお写っおおり、プロフィヌル欄を確かめるたび雄次は目を奪われおいた。
     だから雄次は圌女ず2人だけの時間が苊手だった。

     この仕事では、車内で「キャスト」ず2人きりになる時間が必ずある。それはわかっおいるのだが、車に乗った瞬間から目的地に着くたでずっず眠っおいる「優垌」や、スマホで動画を芋ながらひずりで笑っおいる「亜衣」の堎合は、こちらも気楜に過ごせる。䞀方瑠奈は、雄次を緊匵させる間ずいうか、空気をたずっおいた。
     これが「ミク」だったらな楜しかったんだが、ず雄次は思う。
     ミクは送りの車に雄次ず2人だけになるず、遠慮なく話しかけおくる。
     「今日はこんな客がいた」、「お金が貯たったら欲しいカバンがある」、「青森の生たれだが店では東京出身ずしおいる」などなど。「運転手ず話しおはいけない」ルヌルは圓然ミクにも䌝えられおいるはずだが、雄次は店に告げ口しないず信じお、いや芋極めお、おかたいなしに話しかけおくるのだった。
     雄次は雄次で、そんな秘密の時間を楜しんでいた。
     だが瑠奈は真逆だ。正䜓が芋えない。沈黙の重さが他のキャストず違う。
     10分ほど走ったあたりでもう䞀床ミラヌをのぞくが、圌女は先ほどずたったく同じ姿勢でスマホに芖線を萜ずしおいる。起きおいるのか寝おいるのかさえわからない。

     高速道路に入るず、街の煌びやかさから隔離され、無機質な静寂が匷床を増した。
     暗闇にオレンゞの車線がレヌザヌビヌムのようにワゎン車に向かっおくる。い぀の間にか小雚になっおいる。
     雄次は䜕かに責め立おられおいるような焊燥感に駆られる。額に脂汗がにじみだした。ワむパヌの音が煩わしくなっお、止めた。
       ず、背埌から錻をすするような声が聞こえた気がした。
     こっそりルヌムミラヌをのぞくず、瑠奈は倉わらず手元のスマホを芋おいる。特に異状はなく、雄次は芖線を深倜の単調な光景に戻した。道路の぀なぎ目を乗り越える際、車がごずんず持ち䞊がるリズムが早くなる。

     所沢に向かっおさらに3分ほど走ったころだろうか。
     今床は、小さな咳払いが聞こえた。思わずあふれそうになった蚀葉をごたかすずきにやる咳払いだった。
     ミラヌ越しの瑠奈は、口元をスマホを持぀のずは逆の手で抌さえおいた。
     雄次が思わずミラヌをのぞき蟌むず、瑠奈はこちらに気づいたのか、頭をわずかに持ち䞊げた。前髪の隙間から運転垭のほうを芋たようだ。気配を察した雄次は、その盎前で芖線を倖した。
     雄次は䜕ずか気づかれずに枈んだず胞をなでおろしたが、本圓に気づかれなかったかどうかは疑わしかった。

     少し間を眮いお、車線倉曎のタむミングをうかがうフリをしおミラヌをのぞいた時には、瑠奈は身䜓を右にずらしおおり、2列目シヌトの座垭の圱に隠れおいた。雄次の䜍眮から圌女の衚情がたすたすわかなくなっおしたった。

     その埌も錻をすするような音や短いしゃっくりが䜕床か聞こえた。雄次にはそれが、女性が感情を抑えながら泣くずきのそれに聞こえお、気たずさに抌し぀ぶされそうになった。
     思わず挏れるような声は小さかったが、瑠奈は毎回、小さな咳ばらいで䜕も問題はないずいうようにごたかした。
     雄次はサむドりィンドりを少し䞋げた。雚は完党に止んでいた。倜颚が吹き蟌み、窓ガラスが颚を切る蜟々ずいう音が車内に響いた。瑠奈の声が聞こえなくなった。雄次の気持ちが少し軜くなった。

     雄次にずっお8䞇幎の時が流れたあず、ようやくむンタヌチェンゞが芋えた。
     ワゎン車は高速道路を䞋り、垂街ぞず続くひず気のない道路に入る。
     颚が冷たくなったこずもあり、雄次はサむドりィンドりを閉めた。前方を芋たたた耳に党集䞭力を泚いだが、もう瑠奈の声は聞こえなかった。

     目的地であるスヌパヌたで残り10分ずいったずころだろうか。
     ルヌムミラヌのなかで䜕かが動いた。思わずミラヌを芋るず、瑠奈の手が髪のあたりを䞀床だけ觊ったようだ。先入芳もあっお、目のあたりをぬぐったようにも芋えた。雄次は再び窓を開けようかず考えたが止めおおいた。わざずらしい気がしたからだ。アクセルを少しだけ匷く螏んだ。

     東京の郊倖にありがちな芁玠をすべお詰め蟌んだ小芏暡スヌパヌが芋えおきた。
     この時間、駐車堎には入れないので、チェヌンが匵られた入口ギリギリの堎所に車を寄せる。
     「着きたしたよ」
     ずは蚀えないので、ミラヌ越しに埌ろを確認するず、瑠奈が座垭から立ち䞊がりのそのそず歩いおきた。
     ほんの䞀瞬、目が合った。その瞳はわずかに濡れおおり、目もずが玅朮しおいるように芋えた。雄次は思わず顔を反らした。
     ドアを開ける音がしたので、今床は振り返った。瑠奈はたさに車を降りたずころだった。
     圌女はドアを閉めようず、こちらを振り返った。
     そのずき、倧きく開いた圌女の胞元が芋えた。巊の乳房の䞊あたりにほくろがあるのもわかった。公匏サむトのプロフィヌルに添えられた写真の通りだった。䜕もかも飲み蟌んでしたうような匕力があった。
     雄次は思わず
     「お」
       っぱいきれいですねず蚀っおしたいそうになり、なんずか螏みずどたった。
     瑠奈は動きを止め、雄次の目を真正面から芋た。やはり目もずが腫れおいるようだ。雄次は蚀葉が出おこなかった。䜕も蚀うべきではなかった。今床は8億幎の時が必芁だった。
     やがお、瑠奈が
     「お疲れさたです」
     そう蚀うず、スラむドドアを閉めた。そのたた振り返りもせず、深倜の所沢に向かっお歩き出した。
     雄次は呆然ずしおいた。
     埌ろからタクシヌにクラクションを鳎らされ、慌おお車を出した。その堎で倧きく切り返し、反察車線にたわる。瑠奈が歩き去った方向を芋るが、もうそこに圌女の姿はなかった。

     雄次は自宅に向かっお車を走らせる。だいぶ遅れお、埌悔の念が波のように襲いかかっおきた。
     思わず声をかけおしたったこずを瑠奈が店に報告しないでくれるずいいなず考えおいた。せめお、圌女の胞元に芋入っおしたったこずに気づいおいないでくれず願った。同時に、たぶんそれは無理だずわかっおいた。
     垰りは高速を䜿わず、䞋道を通っお垰ろうず決めた。
     今宵限りでクビになるかも知れないのだから。 
    了

     
     
    (æ ª)たちこぎラむダヌ代衚。ラむタヌ/線集者/ゲヌム開発者。代衚䜜は、ナマコを矎少幎に捧げる恋愛ゲヌム『なたこれ』䌁画・シナリオ。珟圚は『DANRO』をはじめ、Webメディアで曞いたり線集したりしおいたす。https://twitter.com/douran