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『マシな倜空の䞋で』第3章サナギの脱殻

    【第2章はこちらから】


    【第3章サナギの脱殻】

    䞀ノ瀬叀曞店から持ち垰った、小さくお頌りない玙包み。

    キッチンに立぀ず、心なしかい぀もより郚屋が静かに感じられた。私はお気に入りのマグカップを取り出し、䞀ノ瀬さんから手枡されたティヌバッグをそっず沈めた。

    泚がれたお湯の䞭で、茶葉がゆらゆらず螊りだす。
    立ち䞊がっおきたのは、どこか懐かしく、けれど背筋が䌞びるような凛ずした銙りだった。レモンやオレンゞのような、目が芚めるような柑橘系のフルヌツの匂い。

    「  芁らなかったら捚おおください、か」

    䞀ノ瀬さんのぶっきらがうな蚀い回しを思い出し、ふっず口元が緩む。完璧な接客ずは皋遠いけれど、その䞍噚甚さが、今の私のささくれ立った心には䞍思議ず心地よく銎染んだ。

    熱い液䜓を䞀口含み、私はリビングの゜ファに深く腰を䞋ろした。

    膝の䞊には、今日自分の手で遞んだあの絵本がある。
    ペヌゞをめくるず、鮮やかな色圩が目に飛び蟌んできた。
    日曜日に生たれたばかりの小さなあおむしが、月曜日から土曜日たで、猛烈な勢いで食べ続けおいく物語。

    「  すごいな」

    子䟛の頃は、ただ「たくさん食べお倧きくなっお、すごいね」ずしか思わなかった。けれど、今の私には、その姿が党く違っお芋えた。

    ペヌゞをめくる指が、ある堎面で止たる。
    そこには、あおむしが色ずりどりの食べ物を倢䞭で頬匵る姿が描かれおいた。その無心な゚ネルギヌに觊れた瞬間、蚘憶の柱おりが静かに揺れ、叀い映像が脳裏に浮かび䞊がった。

    五歳の頃の私は、䞖界を自分の色で塗り替えるのが倧奜きだった。
    ある日の幌皚園の写生倧䌚。私は配られた倧きな画甚玙いっぱいに、玫色の倪陜を描いた。理由なんおない。「今日は倪陜が怒っおいるみたいだから、玫の方がかっこいい」ず思った、ただそれだけのこずだった。
    だが、背埌から芗き蟌んだ先生の蚀葉が、私の誇らしさを䞀瞬で凍り぀かせた。

    「凪ちゃん、お空の倪陜さんは赀かオレンゞでしょう 描き盎しなさい。そんな色だず、みんなに笑われちゃうわよ」

    呚囲を芋枡すず、皆が刀で抌したように赀い䞞を描いおいた。私は恥ずかしさで顔を赀くし、玫の倪陜を真っ癜な絵具で塗り぀ぶした。

    「みんなず同じ、正しい色」を遞んだずき、初めお先生が優しく埮笑んでくれた。あの日から、私の䞖界は少しず぀自由を倱い、代わりに「他人の正解」をなぞるための定芏が心の䞭に眮かれたのだ。

    小孊生、䞭孊生ず䞊がるに぀れ、私の完璧䞻矩は孊業ずいう圢で掗緎されおいった。
    テストの点数が「100点」であるこずは、私にずっお単なる成瞟ではなかった。それは、呚囲の期埅を裏切っおいないずいう蚌明であり、誰にも文句を蚀わせないための免眪笊だった。
    ある時、数孊のテストで䞀箇所だけ凡ミスをし、98点を取ったこずがある。答案甚玙が返された瞬間、私は呌吞の仕方を忘れるほどのパニックに陥った。

    「どうしお間違えたの」

    そう問い詰める母の顔を芋るのが怖くお、私は自分の郚屋に閉じこもり、間違えた問題を癟回曞き盎した。間違えるこずは、自分の存圚䟡倀を吊定されるこずず同じ。その恐怖が、私を机にかじり぀かせ、友人の誘いを断り、針の穎を通すような緻密な毎日を送る倧人ぞず䜜り替えおいった。

    決定打ずなったのは、数幎前の就職掻動だった。
    リクルヌトスヌツに身を包み、鏡の前で「䌁業が求める理想の新人」を挔じる緎習を繰り返す日々。
    「あなたの長所は䜕ですか」ずいう問いに、私は「䜕事も最埌たで完璧にやり遂げる、正確性です」ず答えた。本圓は、自分が䜕を奜きで、䜕に情熱を感じるのかなんお、もうずっくに分からなくなっおいた。けれど、マニュアル通りの笑顔を䜜り、定型文のような志望動機を䞊べる私を、瀟䌚は「優秀な人材」ずしお歓迎した。
    内定を勝ち取った倜、私は䞀人で祝杯をあげる気にもなれず、ただ真っ癜な履歎曞のコピヌを眺めおいた。そこに曞かれおいるのは、他人が望むスペックを完璧に満たした、私ではない「誰か」の姿だった。

    あおむしは、迷わない。
    お腹が痛くなるたで食べ続け、やがお自分で自分の呚りに「さなぎ」ずいう家を䜜る。誰に呜じられたわけでもなく、そうするこずが自分の生きる道だず知っおいるかのように。

    けれど、い぀からだろう。「それは正しくない」「こっちの方がみんなに耒められるよ」ずいう、誰かが甚意した『正解』のレヌルに足を乗せるようになったのは。

    テストで満点を取った時、芪や先生が芋せた安堵の衚情。期埅に応えるたびに積み䞊がる、小さな『完璧』の欠片たち。い぀しか私は、倱敗を極端に恐れ、正解以倖の遞択肢を切り捚おるこずで自分を守るようになっおいた。

    「私は、ずっず『さなぎ』の䞭にいたのかもしれない」

    誰かが決めた「正解」ずいう箱。
    完璧に仕事をこなし、倱敗しないように呚囲の顔色を窺い、垞に正しい遞択肢を探し続ける。
    そうやっお自分をがんじがらめにしお、箱の倖に出るのが怖くお、ずっず暗闇の䞭で息を朜めおいた。

    それは安党だったけれど、ひどく息苊しい堎所だった。

    けれど、絵本の䞭のあおむしは、さなぎを脱ぎ捚おお、最埌には矎しい蝶になっお空ぞ飛び立぀。
    窓に映る自分の顔を、じっず芋぀める。
    そこには、か぀お「未来には䜕でもできる可胜性がある」ず信じお、キラキラした瞳で䞖界を芋おいた小さな女の子の面圱が、ほんの少しだけ残っおいる気がした。
    あの頃の私が今の私を芋たら、なんお蚀うだろう。
    きっず、「぀たらない」ず笑うに違いない。

    「  動くなら、今なのかな」

    誰かの「おすすめ」に埓う人生は、もう終わりにしたい。

    たずえ倱敗したずしおも、その責任を自分で匕き受ける芚悟を持っお、この狭い箱を突き砎っおみたい。

    玅茶の最埌の䞀口を飲み干すず、爜やかな果実の残り銙が錻を抜けた。
    それは、新しい䞖界ぞ螏み出す私を、静かに、けれど力匷く応揎しおくれおいるような気がした。

    第4章ぞ続く──────

     
     
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