
ニャーベラス(粘土)
このまえ、友人のおっさんに紙粘土で遊んでいると告白した。
理由はない。
ただ、トイレにいくのと同じような動機でただフッと漏らした。
そして、キミもやってはどうかね。
キミの作品を見せてくれたまえよと言った。
レスポンスは「恥ずかしい」というものだった。
私は感動した。
その一言ですべてが分かった。
こっ、ここここれが常識というものか。
大の大人がやることではないぞというんだね。
同調圧力、共感性うんぬんかんぬんが脳裏にきらめく。
それがフツー。大衆の総意だ。よしわかった。
もっとやってやる。叛逆だ。なんという面白くない連中だ。
何が恥ずかしいんだ。何かかくような恥を持っているのか。いや、ないね。
いつも思っているのだが
自分の芸術や文章、プログラムを他人に見せるのは、なんというか自分の排泄物を見せつける行為に近いと感じている。
ほれ、オレのやつのほうがデカいだろう。
いや、わたしのほうが圧倒的にウネリがあるわよ。
まて、この私の智慧に満ちた色合いの素晴らしさを見るがよい。
全く同じことをやっている。
冷静になると恥ずかしいですか。
そして、このプラットフォーム(言い方は自粛しました)でそれをみんなで楽しんでいますよと。
創作ってそういうものなんじゃないのですか。
ここでふっと我に返る。
翻って排泄は、その理論上、ガチで芸術なのだろうか。娯楽なのだろうか。
たぶん違う。見られたら恥ずかしい。無理だ。
私は衝撃を受けた。
彼は正しい。すべて完全に正しい。
間違っているのは私だった。
たまにはテイストを変えて投稿。
こちらが本日の排泄物となっております。
最初は猫の頭が8個ついているトーテムポールを作っていたのだが、ワイフが通りすがりに「あらオシャレなのつくってるわね」と一言。

確かに幾何学模様というかフラワー的なものに見えなくもないな。
「えっ、おしゃれ?これ猫の頭なんだけど」
「えっ、あぁ、ネコベロス的な話・・・?」
おーいいねその発想。いただき。
作り直す。
頭が3個、なんとなく背骨も3本要るような気がしたのでそうした。
内臓もたぶん3個づつある。
しっぽは1本。背骨の数と矛盾しているが、まぁいいや。

最近、猫の造形がめちゃくちゃ早くできるようになってきた。
どこに向かっているのかはわからない。

着色して完成。ロシアンブルー系。
目玉がちょっとイッてしまった。

うんちく
20年くらい前にMASS EFFECTというゲームで、アメリカではケルベロス[Kerberos]をサーベラス[Cerberus]と言うことを知った。
そしてその10年後、SSOでKerberos Delegationとかが流行って、またアメリカでケルベロス言いだした。どっちだよと思った。