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私の最後の日

    西加奈子さんの
    くもをさがすを読み終わった
    乳がんの闘病について書かれたエッセイだ



    人は死ぬ


    当たり前だけど1番遠いそれを
    29歳の時、私は父の死という形で思い知らされた


    「普通にやったのに、どうしてこうなったか分からない」手術の失敗で死んだ



    世の中で大人の代表だと思っていた父は
    たくさんの管につながれ、黄疸で真っ黄色になり
    昏睡させられているので白目をひんむき
    喉をかっさいて呼吸器を入れられた


    「今日持たないかもしれません」
    「すぐ病院に来れますか?」
    と何度も何度も言われた


    心臓がダメになっていたので
    血液を無理やり体中に循環させる機械を
    付けられた

    その機械に体が耐えられる日数は7日

    7日以内に自発で血液循環させられなければ
    父は死ぬ


    1回目は奇跡的に機械を外すことができたので、その後1ヶ月半生きられたが、
    それはもう、生きていると言えたのか分からない日々だった


    「お れ だ け な に も わ か ら な い」


    どうにか意思疎通を取りたかった我々に
    レーザーポインターを咥えさせられ
    あいうえお表を見せられた父が
    赤いレーザーでなぞった言葉はこれだった


    昏睡からとけた父は、自分に一体何が起きているのか分からない

    私たちは明らかにしんどそうな笑顔で
    「大丈夫、帰れるからさ!」としか言わない

    長生きするための心臓弁膜症手術だったのに
    目が覚めたら
    体中が痛く、だるく、なんなら声を発することも出来ず、どうしてこんなことになったのか誰も説明してくれない状況を、父はどんな気持ちで過ごしたのだろう


    正直私の記憶はとても曖昧になっていて
    当時医者からどのような説明をされたかも、
    どうやってあの日々を過ごしていたかもあまり思い出すことは出来ない


    その後たしか先生が父に説明したのかしてないのか
    もうどうだったか忘れた(多分なんかしてた)

    関東でオペ看をしていた(はず)の
    いつも穏やかで落ち着いてるいとこが
    声を荒らげて私達の代わりに病院に怒ってくれた事は記憶している

    大人たちの顔色が尋常じゃない毎日が続き、
    当時2歳くらいだった姪っ子が全く笑わなくなってしまったことを機に、
    私は彼女に日常生活を取り戻して欲しくて
    あまり病院に来ないように妹に伝えた事もあった



    家族に不幸が起こると、
    相談出来る人がいなくなる


    笑って過ごせる話じゃないから
    他人にもそれを話す気になれなかった

    さすがにどうしようもなくなって、
    2人くらいに少しだけ、自分のしんどさのほんのひとかけらを零してみたが、
    励まさせることが忍びなくてそれも辛かった


    入院中も、父が死んだ後も
    私がどうしたいか、より
    父はどうしたいか、と
    父ならどうするか、にフォーカスして動いた


    その結果、元旦那にも妹にも、
    あんたおかしいよ、と言われた


    でもずっと私の心の中は、
    「父ならどうするか」だった


    父が死んで9年目になる


    今も父に
    「ま だ か え ら な い で」
    と言われた記憶で
    大泣きする

    きっと父はもっと弱音を吐きたかっただろう
    それは顔を見ればわかったけど
    私は受け止めきれずにあの日逃げた

    「また夜もくるからさ!」と
    浮腫でパンパンになった父の足を揉みながら
    上手く笑えなかった自分を思い出す


    頼むから弱らないでくれよ
    と思った
    私にだって頼る人は居ないんだから頼むよ。


    後ろで流れていたラジオはどこの局だったか
    父との会話はたしかそれが最後だった


    再び状態が悪くなり
    また無理やり血液循環させる機械をつけるために
    父は昏睡させられた


    その後7日をまたずして、
    父の肺が1ヶ月半の無理やりな負担に耐えられなくなり
    破裂したんだかなんだったかで
    結局もう無理です、との事だった


    心肺、と言うだけあるのだなあと
    その時思った


    色々な人に連絡し、色々な段取りをつけて

    7月31日 14:00に
    父の命を繋ぐ機械は
    私の許可によって止められた


    当たり前に明日が来ないことも
    生きていることが奇跡なことも
    父のことがあったから
    少しだけ自分事にできている


    だけど、きっとあの日から
    私とこの世を繋ぐなにかや
    この世に留まっている理由が無くなった


    母も妹も姪っ子も甥っ子も友達も彼氏も
    みんなのことは大好きだけど

    私がこの世で頼れた唯一の人間は
    父たった一人だったんだなと
    あとからじわじわ思い知らされた


    きっといつか
    然るべき方法で父は私を迎えに来る


    思ったよりあれだったな、とか言われるだろうか
    もしくはなんにも言わずに一緒にご飯を食べるんだろうか



    9年間まだ私はあの日を越えられずにいる


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