
アフォリズム
アフォリズムを書いてみました。
1. 欲望が卑小だと、それを煽らざるを得ない。だから「欲望に駆られて」と何の恐れもなく言う人を信じてはいけない。
彼らの多くは抑えきれない強い欲望を持っていた訳ではなく、欲望が卑小だから、煽らざるを得なかっただけである。
自己を脅かすほどの強い欲望を持つものは、生存のために、それをコントロールする術を、大抵は心得ているものである。
それらとは別の病的な欲求は、しばしば外からやってくるように感じられ、その人の内面に恐怖を引き起こす。そうした時、それを内からの欲望と感じることには、困難が伴うだろう。
2. 学んでからやるのではない。やってから、学ぶのである。そしてやりつつ学ぶ。
それは On-the-Job Training でも Off-the-Job Training でもない。そのような区別は意味をなさない。
目の前の the Job に取り組む時、既にあらゆるところから手にしたものを総動員するのだし、やりながらも、その Job の領域内外・時間内外のあらゆるものを全て導入するのであるから。
学びを制御する試みは、その表面上の成功の裏に、大きな落とし穴を持っているものである。
3. 自然を完全にコントロールするという考えは愚かだが、そのような考えを起こす感情もまた自然である。
自然は、人にとって脅威だったから、その制御は必須であった。しかしそれに成功しだすと、脅威は忘れられ、自然のコントロールを愚かとする観念が育まれる。それを過去に投影し、昔は自然と調和していたという幻想をも育むが、過去の人々はその時代のテクノロジーで自然の制御を試みた上で、諦めたのに過ぎない。
外部の自然を制御しても、内面の自然に人は襲われる。また外部の自然も時に突然牙を向く。そして自然をコントロールした事への反動という感情の嵐にも見舞われるのである。
必要なのはそのような反動に次ぐ反動の連鎖から逃れる術を探る事である。
今までにあげたエッセイ・論文など
今までに上げた詩など
自己紹介?!