
【穴の中の君に贈る】#毎週ショートショートnote
この1年間書きためた君への恋文を、今日は全て捨てに行く。
あぁ。捨てると思えば悲しすぎる。そうだ。せめて、あの穴の中にいる君に贈ると思えば悲しくなくなるだろうか?
いやいや。君はあんな穴の中にいるわけがない。
もしもあの穴の中に君がいるとしたら、恋文ではなく僕自身を落としてしまいたい。
それにそもそもあの穴は僕が人知れず掘った穴だ。
恋文を1通書いては穴を掘る。
恋文を落とすだけにしては随分と深い穴になってしまった。
本当に、僕自身を穴に落とそうか?少なくともこの恋心を一緒に落とそう。
穴の前に立つ。
息をひとつ大きく吸ってゆっくり吐き出す。
捨てるのではない。穴の中の君に贈るこの思い。そう思えば悲しくはない。
「待って」
不意に声がした。
「捨てる前に私にくださいな」
「え?」
顔を上げるとそこに君は立っていた。
「その手紙もその思いも私に対してのものならば、どうぞ私にくださいな」
差し出す白い手。
思わず手紙の束を渡しそうになる。
「いやいや」
僕はゆっくり首を振る。
君がそこにいるわけがない。
僕は手紙を穴に落とす。
彼女の白い手が落ちていく手紙をすくいとる。
「穴の中に私はいない。私はここにいる」
僕は穴の前で膝をつく。そんなはずはない。僕は。僕が。1年前に君を。
「私はここにいるわ」
君の重みを全身に受けて、僕は穴に堕ちていった。
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本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です。