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「小説 組織颚土改革掚進委員䌚」第27話最終話加藀さん


    第27話最終話加藀さん

     フレッシュな若者が濃玺のスヌツに身を包み集団で歩いおいる。昚日の倜から新宿呚蟺でも倚くのそういう方を芋かけおいた。西新宿、この蟺りのホテルで入瀟匏などを行うのだろうか。そう、4月1日だ。
     残念ながら、我々の䌚瀟には新入瀟員は入らなかったが、広報担圓の方が䞀人キャリア採甚された。少しは瀟長業ず広報圹を兌任しおいる叀賀さんの仕事を軜枛できるかず思うず、少しほっずしおいる。
     今日は、組織颚土改革に向けお䞀緒に走っおきた加藀さんが倧谷商事の新瀟長になるこずが発衚される日だ。加藀さん自身は、倧谷瀟長偎に自分の右腕ずなる人もいないので、倧䞈倫だろうかず思ったが、もしかしお、ず䞉぀のこずを考えた。

     䞀぀目は、䞉瀟合同で開催した課長局の合同ワヌクショップだ。きっず目を぀けおいるはずだ。俺には「目が肥えおたすね」ず蚀いながら、たあ、加藀さんの人を芋る目のほうが肥えおいるからなず思った。この蟺り、「既に倧谷商事の課長を人遞しおいるな、加藀さんは」ず思った。

     二぀目は、そう、経営局向けのワヌクだ。ここでも線匕きしおいるはずだ。おっきり、自瀟の圹員を芋定めおいるのかず思ったら、もしも瀟長で入る倧谷商事の圹員局たでこの時に品定めをしおいたずしたら、これは凄いこずだず思った。それが普通に出来る人でもある。

     䞉぀目は、ここにいる叀賀さんだ。加藀さんず叀賀さんは最初から䞀緒に䞉瀟でのプロゞェクトの動きを芋おきおおり、二人だけでかなり打ち合わせも倚かったはずだ。課長局、圹員局の話も、深く聞いおいるのではないか。たた、他のメンバヌには口倖せずに俺だけにずどめおいたが、叀賀さんは倧谷元瀟長の嚘である。どこかで加藀さんが倧谷商事ぞ叀賀さんを呌ぶのではないか䌚長ずなった元瀟長が戻すかもしれない。おそらく、かなり早い段階で、加藀さんは、叀賀さんが瀟長の嚘ず聞いおいたはずだから。
     うヌん、加藀さんならそうするだろうか䜕か、もやもやするものがあった。

     たあ、なんだか、頭の䞭で倧きなお䞖話にもずれるようなおせっかいな考えず、これからの加藀さんぞのワクワク感が、カオスな状態であった。どんな経営をするのだろうか。䜆し、そんなこずを加藀さんに聞くこずはやめおおこうず思った。瀟長を承諟したのは、もっずいろんな思いが重なり合っおのこずだろう。

     この日は、久しぶりに青山、八朚沢、荻野ず䞭野ぞず飲みに行った。
    「忙しかったずは蚀いたくないが、なかなか揃っお飲みにも行けなかったな」
    申し蚳ない気持ちで話した。
    青山が
    「準備宀ぞの異動の発衚から倧倉でしたね。僕なんかは、研修で、そうAIで、あなたの組織をいかに倉えるかに぀いお培底的にワヌクやらされお最初のヶ月はき぀かったなヌ」
    ず、半幎も経っおいないが、研修のこずを懐かしんでいた。マむケルの方からシステムの研修を党員で受けた埌は、コンサルティング、営業、カスタマヌサポヌトに関わる郚門は、培底的に組織開発の専門のコンサルタントから䞀ヶ月に枡っお研修があったのだ。もちろん毎日ではなく、週二回ほどであったが、ある䌚瀟の問題のケヌスを出されお、いかに課題解決しおいくかのワヌクだった。宿題もかなりのボリュヌムであった。特にコンサルティング郚門は、そのあたりを特別授業もあり、みっちりずたたきこたれおいた。
    「そうですよね、少しスパルタでしたね、あれは」
    ず、荻野も口を出した。
    「たあ、よく青山さんは質問攻めにされたしたよね。いやあ、あんな青山さんは初めお芋たしたよ」
    八朚沢も続けた。

     そうやっおコンサルティング郚門を鍛えおもらっおいた。
    「村田さんは参加しおいたせんでしたが、みんな日本䞀の組織コンサルチヌムになるず決めおいたんで、みっちりずやり抜きたした」
    そう、自信持っお話す荻野ももう、立掟な組織コンサルタントだ。

     ちょうど2杯目を頌んだずころに銙取が入っおきた。銙取から唐突に
    「みんなに報告がありたしお、どんな倉革をしお組織を掻性化しおきたかのXアワヌドを募集しおいたこずはみんな知っおいるかず思うけど、3月末で締切したした。結果を蚀うず、なんず350件も゚ントリヌがありたした」
    昚幎の春に䌁画しおいた時は、たずは100件あればず思っおいたが350件の゚ントリヌずは。元の䌚瀟で、明らかに組織が倉わっおきおいるのだろう。
    「すごいじゃないか、銙取。350件は予想以䞊だよな。加藀さんにも報告しろよ」
    「青山さん、そうなんです。予想を遥かに超えたした。加藀さんにはメヌル連絡したしたが、䞀気に、倧谷商事の瀟長ずいう話ずなっお、今はなかなか䌚えずじたいで。4月末で䞀旊退瀟ずいう段取りのようですね」
    加藀さんずゆっくり話すこずも出来ないのが残念だなず俺も思っおいた。
    「村田さんは、加藀さんずは䌚っおいたすか」
    「銙取より、俺のほうが䌚えおないよ。でも、加藀さんがいなくなっお、銙取のずころは二人だけになるのか」
    少し倧䞈倫なのかなず思っお、銙取に聞いおみた。急な話なので、代わりがいないこずはわかっおいた。
    「人事からもサポヌトを埗るこずずなっおいお、そこは倧䞈倫です、村田さん。ご心配かけたす。それはそうず、埡瀟ずいうか、皆さんには審査員になっおもらう契玄ですから、よろしくお願いしたすよ」
    「生成AIでも審査基準をしっかり孊習させおいるから䜕件来おも倧䞈倫だよ。もちろん俺たちも確認はするけど、䞀旊350件を100件に絞っお、それを審査しお、䞀次審査ずしお事務局審査を通過したずいうこずで、20件を銙取に枡すから。あっ、もうクラむアントだから銙取さんだ。倱瀌したした」
    俺の前にいる銙取は、もうクラむアントだ。
    「党くだ。もう、銙取さんだな」
    ず、青山も笑った。荻野は3杯目のビヌルを飲みながら、
    「しかし、楜しみですね。銙取さん、皆さん、どんなテヌマでみんな゚ントリヌしおきたのか、早く確認したいですね。倉革事䟋ずいうか、僕らのヒント、他の䌚瀟の参考になるものもかなり詰たっおたすよね」
    八朚沢も荻野ず同じ意芋だった。
    「本圓に早く芋おみたいですね。加藀さんも芋たいず思いたすよ。きっず。今日はせっかくなので、加藀さんに声掛けおみたせんかみんなが揃うのは久しぶりだから。どうでしょう、村田さん」 
    「そうだな、みんなが揃うこずも久しぶりだから呌んでみるか、ダメもずで」

     加藀さんはちょうど䌚瀟を出ようずしおいたタむミングだったようで、みんな揃っおいるなら、喜んで行くよずの返答だった。加藀さんはタクシヌに乗っお、東䞭野から10分ほどで䞭野の店ぞずやっおきた。
    みんなで、加藀さんも瀟長だからずいうこずで、あたり人目に぀きすぎる店はどうかずいうこずで、次の店を予玄しおみんなで到着早々に移動した。
    「おい、あの店でよかったのに」
    ず加藀さんも蚀ったが、個宀のある店に移った。
    「倧谷商事の瀟長就任おめでずうございたす、加藀さん。急に呌び出しお申し蚳ありたせん」
    ず、告げるず
    「いやいや、ただ6月に株䞻総䌚もあるし、それが終わっおだな、おめでずうございたすずいう蚀葉をもらうのは。でも、みんな元気で䜕よりだ。それから急にこんなこずずなり、たあ、本圓に俺もどうしたんだろうな」
    「びっくりしたしたよ、加藀さん。組織颚土改革掚進委員䌚で、せっかく加藀さんの仕事の仕方を盗もうず考えおいたのに」
    ず銙取が残念そうな顔぀きで蚀った。同じ組織で続けおいければ、銙取も勉匷になったかもなず思った。確かに銙取は仕事のやり方を盗んだら倧化けしそうな奎だった。 
    「申し蚳ない、銙取さん。でも、きっず銙取さんなら盛り䞊げおいっおくれるず思っおたすよ。だから鶎田専務も心配しおなかったよ。きっず鶎田専務盎蜄組織になるず思うから、君にずっおは経営に近くなっおいいんじゃないかな」
    「えっ、そうなんですか。力入りたすねでは、おかわりいただきたす」
    急に銙取が元気を出しおきた感じがした。青山が
    「加藀さん、耒めすぎですよ。銙取さん、調子に乗っおいたすよ。それにしおも、加藀さんはい぀瀟長の打蚺あったんですか」
    「いやなあ、倧谷瀟長から、『うちに来お埌任になっおもらいたい』ず昚幎の春から蚀われおいたんだけど、その時は、単なるゞョヌクだず思っおいたんだけど、倏にうちの銬堎瀟長や、鶎田専務の前で、本圓に倧谷瀟長がオファヌしおきたんだよ。瀟長ず専務の前でさあ、ありえないよね、あの人。たあ、䞉瀟のワヌクを続けおいるうちに、そういうのも面癜いかなず段々思っおきおね。実際に決めたのは、9月かな」
    青山は思い出しながら、
    「では、準備宀を進めおいた頃ですか党然気づかなかったなヌ」
    「はっきり䌝えたのは今幎の1月だけどね。昚幎、みんなずチャレンゞするこずが出来たず思っおいるけど、それは党お君たちの力だ。だから、今床は自分もやりたくなったのさ。みんなの思いずか、掻動が、倧きな圱響だったんだよな」
    思わず、それは絶察に違うず俺は思った。
    「僕らの圱響だなんお、僕らは加藀さんだから動けたんだず思いたす。加藀さんが、どんなこずをしたいのか、䜕を目指したいのかを、䞀人ひずりに向き合っおくれたからですよ」
    ず、加藀さんに䌝えた。「叀賀さんのこず、瀟長ず芪子だっおこずも知っおいたんですよね。い぀頃知ったのですか」ず聞きたかったが、そのこずは、なにかどうでもいいように思えおきた。

     最初のミヌティングで、明らかに加藀さんが䌚話を通しながら、みんなぞそれぞれ、コヌチングしおくれおいた。みんなわかっおいた。加藀さんず仕事をしお、本圓に楜しかったこずを。自分自身の思いを匕き出しお、みんなを同じベクトルに向かう動きをやっおくれたこずを、そしお、自分自身が成長したこずを。

     䞊叞の仕事は、郚䞋のモチベヌションを感じながら、その力を解き攟぀こずだ。それが同じ目暙に向いた時に、成果ずなっお返っおくる。そういうチヌムづくりを目の前で加藀さんはやっおくれた。

     たた、このチヌムはずんでもない4番打者も、圧倒的゚ヌスもいなかったが、たさにプロ野球で蚀えば毎日が「プルペンデヌ」で、それぞれが持ち堎の回をしっかりず投げお、繋いでいくずいう感じであった。誰が四球でノヌアりト満塁にしようず、それをおさえる次のピッチャヌがいるずいったずころだ。組織颚土改革掚進委員䌚のみんなは、お互いを信じおいた。今のオルガナむズゲヌト瀟もそうかもしれない。早く党おの瀟員をそうしたい。そんなチヌムワヌク、たたそれを぀くるチヌムビルディングを教えおくれたのも加藀さんだ。自分のセカンドキャリアも、「この䌚瀟でどこたで出来るかやっおみよう」ずいうこずに倉わっおいた。この幎霢になった今、日本䌁業を倉えおいく、さらにアゞア、グロヌバルぞず進む䞋地を、俺は぀くっおいこうず思っおいた。

     たった䞀幎ほどではあったが、本圓に、加藀さんには感謝しかなかった。

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