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【短編小説】②タイムリープ相談室:真田薫「婚約破棄の手紙」

    第二話 「婚約破棄の手紙」

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    ◆ 突き刺さる依頼

    「婚約破棄、ですか……?」

     大和ワケルは資料を握りしめ、思わず声を上げた。
     三年間交際した末に婚約まで進んだカップル。式まであと三週間という段階で、突然、男性側から「気持ちが冷めた」と一方的に破棄。

    「……冷めたって、そんな理由で……」
     読みながら言葉を失うワケルの横で、真田薫は無表情のまま、指先で資料を軽く叩いた。

    「感情のラベルを貼るのは簡単。でも、それじゃ何も動かないわ」
    「……」
    「依頼人は“復縁”を望んでるわけじゃない。“納得”よ」

    「納得……」
    「理由を知って、自分の足で次に進むための整理。――私たちの役割はそれ」
     淡々とした声。それなのに、妙に確信めいた響きがあった。

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    ◆ 依頼人・佐久間美希

     現れた佐久間美希は、まるで糸が切れたような顔をしていた。化粧もせず、痩せこけ、両手は膝の上でぎゅっと握られている。
    「……突然“気持ちが冷めた”なんて……信じてたのに。理由が知りたいんです。どんな理由でもいい……」

     乾いた声。涙はもう出ないらしい。
     ワケルは、胸が詰まるのを感じた。
    「……僕が必ず、聞き出してみせます」

     その言葉に、かすかに浮かんだ笑み。
     だが、すぐ横で薫が低く言った。
    「“必ず”なんて、軽く言うものじゃないわ」

    「……でも」
    「結果は依頼人が受け取るもの。あなたが背負うのは“過程”よ」
     淡々とした声に、ワケルは言い返せなかった。

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    ◆ 爺の茶席・一度目

     休憩室。湯呑みを持ちながら、ワケルはため息をついた。
    「爺さん、室長ってなんであんな突き放す言い方するんです?」
     湯気越しに、爺は穏やかに笑った。
    「突き放しとるんじゃない。“寄りすぎない”だけじゃ」

    「寄らないほうがいいんですか?」
    「人は、寄られすぎると自分の足を止めるんじゃよ。室長は、依頼人に“自分で立たせる”ほうを選ぶんじゃ」

    「……なんか、冷たく聞こえるんですよね」
    「冷たさは“余白”の裏返しじゃ」
     爺はゆっくり茶をすする。
    「室長は、情を信じてないんじゃない。情だけで人は前に進めないと知っとるだけよ」

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    ◆ 一度目のタイムリープ:直球の壁

     ワケルは田辺に会いに行った。
    「……佐久間さんの件で」
    「終わった話だろ」
    「彼女が納得できてないんです!」
    「“冷めた”。それだけだ」

     門前払い。
     初手の勢い勝負は、見事に空振りに終わった。

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    ◆ 二度目のタイムリープ:情で迫る

     次は田辺の家。土下座に近い姿勢で頼み込む。
    「お願いします……理由だけでも」
     しばしの沈黙ののち、田辺は重く口を開いた。
    「……結婚って考えたとき、重くなったんだ」
    「重い?」
    「家に入るとか、親と同居とか……俺の望む形じゃなかった」

     聞きながら、ワケルの拳が震える。(それだけで……!)
     だが、それは彼女を責める言葉にしか聞こえなかった。

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    ◆ 薫の不可解な助言

     相談室に戻ると、薫は既に資料を閉じていた。
    「……情で迫ると、人は自分を守る方向に走る」
    「……じゃあ、どうすれば」
    「逃げ道を作るの」
    「逃げ道?」
    「悪者にならずに終われる道筋を用意する。それが、結果的に依頼人を救うわ」

     薫は立ち上がり、窓辺で外を見下ろした。
    「人は、自分を守れる環境じゃないと、誰かを傷つけた理由を口にできないのよ」

     ワケルは黙った。薫の言葉は、理解できるようで、底が見えない。

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    ◆ 爺の茶席・二度目

    「……爺さん、やっぱり室長は不思議です」
     ワケルは苦笑し、湯呑みに口をつけた。
    「逃げ道作るなんて……なんかずるい気がする」

     爺はにっこり笑い、茶托を回した。
    「情は“目の前”を見る。合理は“先”を見る。室長は“先”に立っとるんじゃよ」
    「……」
    「お前さんは情で目を潤ませて、室長は合理で道を引く。二つ揃って、初めて依頼人は歩ける」

     ワケルは黙り込み、茶をすする。
    「……室長、笑うときありますかね」
    「あるとも。依頼人が泣きながら笑うとき、室長も心の中で同じ顔しとる」

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    ◆ 三度目のタイムリープ:手紙

     薫の助言通り、ワケルは田辺に提案した。
    「“君のせいじゃない”と伝えるだけでいい。彼女を責めずに終われる言葉を」
     渋った田辺も、やがて折れ、短い手紙を書いた。

     “君が悪いんじゃない。俺が結婚に踏み切れなかっただけだ”

     その紙を美希に渡すと、彼女は指で震えながら文字をなぞり、涙を落とした。
    「……これで……終わります」
     その顔に、安堵と涙が同居していた。

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    ◆ 解決

    「室長! やりましたよ!」
     ワケルが報告に駆け込む。
    「彼女、泣きながら笑ってました!」
    「そう」
     薫はパソコンから目を上げない。
    「もっと褒めてくださいよ!」
    「……あなたがそう思うなら、それで十分」

     ワケルは誇らしげに笑った。

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    ◆ 爺と真田:静かな余韻

     夜、相談室。
    「室長、あの手紙、文面整えたのはあんたじゃな」
    「たまたまよ」
    「田辺の在宅時間も調べて……偶然かの」
    「偶然」

     爺はにやりと笑った。
    「……大和くん、自分の手柄と思っとる」
    「それでいいの」

     窓の外、ワケルがスマホを見ながら小さくガッツポーズをしている。
     薫はその姿を目だけで追い、ふっと表情を緩めた。

    「室長、笑っとるな」
    「笑ってない」
    「ほぅ、そうかの」

     爺は湯呑みをすすりながら、そっと呟いた。
    「――あんた、本当に面倒見がええわ」
    「違うわ」

     薫は視線を窓の外に戻し、ツンとした横顔のまま、ワケルの嬉しそうな背中を見つめ続けた。

     
     
     
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